13:出立の乙女たち
「なんだって!? そうか。お前たち⋯⋯いや、貴女方は我々にとって、まさしく英雄だ」
クロが国境付近に蔓延る瘴気へと飛び込んだ経緯を話し終えると、ハンスは目を見開いて奥に控える少女たちに、深々と頭を下げた。
「これで、この近辺に住む住民、そして俺を含めた、ここに駐屯する奴らが夜中にビクビクして起きる、なんていう不安から解放される。どうお礼を言って良いか⋯⋯本当にありがとう!」
「いや、あの、頭を上げてください。私達の本来の目的はこの“封玉”を見つけ出す事だったんですから」
クロは手を忙しなく動かし、肩から掛けた鞄の中からガラスの破片のような物を取り出す。
その破片を見て、ハンスはまじまじとそれを観察すると、首を横に振った。
「目的が別だったとしても。だ。あなた方が我々砦を守る者達者を救った事実に変わりは無い」
依然として頭を下げ続けるハンスに、クロは小さく息を吐く。
「⋯⋯分かりました。感謝の言葉は受け取りました。それじゃあ物資も頂いたので、これで貸し借りなしって事で」
そう話を切り上げようと席を立ったクロに、ハンスは頭頂部の耳を揺らして吠える。
「待ってくれ。それじゃあこちらが貰いすぎだ。とても
じゃないが、平等とは言えない」
額に手を当て、暫く考え込み、ハンスは続けて口を開く。
「本来であれば、俺が直接王都へ行き、清浄の姫園をアストラーダ王国からの使者団として紹介したい所だが⋯⋯昨日も言ったが、俺はここを離れることはできない。そこで、だ。ミリィ」
「はいなのです!」
扉を勢い良く開け放ち、少女が勢い良く会議室へと入ってくる。
歳の頃はイリスと同程度だろうか、セミロングに切り揃えられた藍色の髪を靡かせた少女は、頭頂部から主張する三角形の耳をヒクヒクと動かし、ハンスの膝に迷う事なく飛び乗ると、自身の胸に手を触れて口を開いた。
「ミリィはミリィなの! よろしくなの!」
「ミリィは俺の妹でな。似てないのには理由があるんだが⋯⋯まあそこは関係ないだろう」
「え、と、可愛い妹さんですね。それで、この子が何か⋯⋯あだだっ!」
「大丈夫か!?」
「え、ええ。可愛い猫にイタズラを受けただけですよ。すみません。続けてください」
イリスに抓られた脇腹を押さえ、クロが続きを促すと、ハンスはコホンと喉を鳴らして口を開く。
「猫?まあ良いか。それでなんだが、俺の代わりに“清浄の姫園”にこのミリィを案内役兼、あなた方の身分の保証人として同行させてもらいたい」
「はいなの! 足は引っ張らないなの!」
ミリィが元気よく手を上げそう言うと、ハンスは誇らしげに胸を張る。
「ミリィはこう見えてガルドニア王国の中でも屈指の実力者でな。王都で行われる夢幻機兵を使った闘技大会では、何度も優勝し、国王様からも覚えがめでたい。つまり、今回みたいな事にはうってつけってわけだ」
「でも、いいんですか 彼女を私達が連れて行ったら、この砦の戦力が⋯⋯」
言いかけたクロの言葉をハンスが首を横に振って遮る。
「国境の瘴気が晴れた事で、ここら一帯の魔物共も少しは大人しくなるだろう。それに、ミリィにはもう少し実戦の経験が欲しいと思ってた所なんだ。確かに夢幻機兵の操縦は上手い。だが、戦場にはあまり出た事がなくてな。ミリィはまだ十四だ。本来なら戦闘の義務なんて無いんだが、陛下に顔を覚えていただけてるだけあって、戦場に出る機会がいつやってくるとも知れない。我儘なお願いだとは承知の上だが、一緒に連れて行ってもらえないか?」
「えっと、ミリィ⋯⋯さんはどうしたい?」
「ミリィのことはミリィで良いの! ミリィはね、早く兄様の役に立てるようになりたいなの!」
クロはそうか、と呟くと、シフィに視線をやると、彼女は鼻息荒くコクコクと激しく首を縦に振っており、了承の必要性は感じられなかった。
「ハンスさん。それでは、妹さんを我々“清浄の姫園”が一時的にお預かりします」
「本当か! それは助かる。もう出発の準備はできてるからな。お前達の準備が出来次第、声をかけてくれ。なにせお前達はこの砦を救ってくれた英雄だ。たっぷりともてなそう」
うきうき、と嬉しそうに語るハンスに、クロはふるふる、と首を横に振ったあと、懐から先程見せた透明な破片を取り出し、卓の上に置く。
「お気持ちは嬉しいんですけど、私達はもう出発しないといけないみたいです。これを見つけてしまいましたから」
「なんだこれ? ガラス玉の破片か?」
「いえ、これは私たちが“封玉”と呼んでいる代物です。前に話した通り、魔王教団の幹部を名乗るマリスという人物の使っていた物で、中に瘴気を保存しておく事ができる、という特性を持っています」
つらつらと並べられたクロの説明に、ハンスがその破片を受け取ると、興味津々、と言った様子でそれを観察する。
「ふぅん。こんな大きさの物がねぇ」
「彼には現在、アストラーダ王国で暗躍した容疑が、と言うか実際に私も見ていましたし、巻き込まれました。⋯⋯それで、私達は彼の拘束及び連行を任務として受けています。なので、彼の足取りを追う必要があります」
ほぅ、と感心したように息を吐き、腕を組んだハンスは、クロを見つめて口を開いた。
「なるほどな。それじゃあ、いつ出発するんだ?」
「ミリィの準備が整い次第すぐに発とうと思います。マリスの痕跡が消えてしまわないうちに⋯⋯そして、彼の被害者をこれ以上増やさないために」
「そうか。それな、邪魔はできないな。英雄をもてなすぐらいはしたかったんだがな⋯⋯」
「ええ。それはミリィを返しに来た時にでも、また。あ、そうだ。マリスがいつ戻ってくるとも分かりません。十分にご注意を」
「ああ。忠告どうも。お前達も、気をつけてな」
そのハンスの言葉が解散の合図となり、先についていた者たちが次々と会議室を出ていく。
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それから数十分の時が経ち、大きな鞄を背負ったクロが、フューリーの司令室で船員の体調を魔力探知でチェックを終えた。
「よし。瘴気の影響を受けたのは居ないね。けど、体調が優れない時はすぐに申し出て欲しい。何せ私達は、五十年もヒトを苦しめてきた瘴気を浄化しようとしてるんだから」
「ん。それはクロも一緒」
ぴったりとすり寄ったイリスの言葉にネメアが頷いた。
「そうだね。キミの二つ目の魔石に蓄積されていた瘴気はまだまだ根深い。自己管理も立派な仕事の一つだよ」
「分かってる。大丈夫。私はまだやれるから」
「言う分には簡単なんだけれどねぇ⋯⋯」
心底心配そうなネメアに、クロは笑いかける。
「大丈夫だよ。そんなことより次の目的地に行こう。案内は頼むよ、ミリィ!」
「はいなの!」
元気よく返事を返したミリィを膝の上に乗せたネメアの魔力に呼応するようにフューリーの船体が浮き上がり、荒野の上を駆けるのだった。




