12:霧中の収獲
『おまえら何を⋯⋯って、これは!?』
クロの見下ろす視線の遥か下で、ウルグの頭部が開き、中から飛び出したハンスが直接状況を確認すると、魔伝石を通して声が響く。
『なんて事だ⋯⋯瘴気が一切ねぇ! それどころか魔物の気配すら感じねぇ! 一体、どんな魔法で?』
『魔法だけど、魔法じゃない。ハンス。コレが今のわたしたち、清浄の姫園の仕事』
上空から響くイリスの上機嫌な声に、ハンスがあんぐりと口を開き空を眺めた。
「イリス⋯⋯様?」
メイメツが地表に降り立つと、膝を折り手のひらを胸の前に水平に添えた。
メイメツの胸部が無機質な音を立てて開かれると、レミを抱え、シロを背負ったクロがタン、タンと小気味良く地面に降り立つ。
「ゲホッ。瘴気の量が尋常じゃなかった。皆は大丈夫?」
腕の中のレミは晴れ渡った空の下、澄んだ空気をめいいっぱい取り込むように深く深呼吸し、シロはクロの背中から飛び降り、指でVサインを作る。
「僕は問題ないよ!」
「それは良かった⋯⋯って、そうだ、シロ。あの銀色の光は一体⋯⋯」
「何のこと? それよりも、レミお姉ちゃん凄かったね! あの量の瘴気を一気に吹き飛ばしちゃうだもん!」
唐突に話題を振られたレミは、朱色に染めた顔をブンブンと横に振る。
「私も夢中でしたから⋯⋯それに、今回はネメアさんの作ってくれたこの“携行型浄化石”のお陰で力を発揮できましたから」
そう言ってレミは自身の首元に手を回すと、チャリ、と音を立てて空色の宝石が括り付けられたアクセサリーが取り出された。
「ああ。そうなんだ。⋯⋯と言うことは、これからは瘴気のど真ん中に生身を晒さなくて済むってこと!?」
「一応、そう言うことになるかな。ただし、過信は出来ないよ。なにせこれは急造品だからね。魔石の純度も低い物を使ってしまったし、何より効果範囲が狭い事が欠点だね」
頬を上気させ、尻尾を左右に振りながら全身で喜びを表現したクロに、ディピスから降り立ったネメアがそう言いつつ、ふるふると首を横に振った。
「効果範囲が狭い? でも、現にここら一体にあった瘴気は⋯⋯」
そこまで言いかけたクロの言葉を遮るように、パンパンと手を打つ音が響く。
「俺を無視しないでくれよ! 一体ここで何があったんだ! それに、この瘴気は⋯⋯」
クロは一旦振り返り全員の無事を確認し、目配せだけでやり取りを終えると、再びハンスに目を向ける。
「それは後でお話しします。今はここから退避しませんか? 瘴気の異変を感じ取った魔物が近寄ってくるかもしれないですし」
「ふむ。わかった。一旦砦の方に来てくれ。そこで待ってるからな」
言うや否や、ハンスはウルグの頭部にある操縦席に乗り込み、足早に去って行った。
「さて、私達も行こうか」
クロがメイメツへと乗り込もうと足を踏み出した時、ふと袖口を引っ張られる感触に足を止める。
「イリス⋯⋯?」
「クロ。あそこ、何か落ちてる」
砕けた封玉の破片が周囲に飛び散っている事から、イリスの指差す物は衝撃によって飛び出した物であることが窺えた。
クロはキラリと光るそれを拾い上げると、まじまじと観察する。
剣の紋章のような物があったと思われるが、それは綺麗に半分になっており、欠片は周囲を見回してみても、見つからなかった。
「なにこれ⋯⋯何かの紋章だったみたいだけど。こんな所にあるのは不自然だよね? てことはここを通った貿易商の落とし⋯⋯物⋯⋯形見とかだったらどうしよう⋯⋯真っ二つ⋯⋯」
その価値を理解するにつれ、クロの背中に嫌な汗が流れるが、それはネメアが首を左右に振ったことで否定された。
「それは無いんじゃないかな。ほら。紐はこっち側だけについてるだろう? と言うことは、これはこの形で完成品ということさ。ボクが思うに、これは装飾品の類ではなく、“割符”じゃないかな」
聞き覚えのない単語に、クロがきょとんとした顔で首を傾げると、ネメアが小さく頷き返す。
「ああ。例えば、この半分をアストラーダ王国の誰かが持ち、もう半分をガルドニア王国の誰かがこれを持って形を組み合わせるんだ。これで簡単な貿易の照合ができるというわけさ。だから、元からこの形なんだ」
得意げに語ったネメアに同意し、イリスがクロの背中に飛びつき頭を撫でた。
「ん。ネメアの言う通り。この紋様、家来の誰かの家紋。思い出せないけど」
「なんだ⋯⋯そうだったんだ。てっきり誰かの大切な物、壊しちゃったのかと⋯⋯」
へなへな、と腰を抜かしたクロに寄り添ったイリスが、彼女の頭を撫でる。
「ん。頑張った。えらいえらい」
「さて、それじゃあ砦に戻ろうか。経緯の説明義務もあるからね。この割符だけれど、ハンス君に渡す前に少し預からせてくれないかな? 少し気になる事があるんだ」
ネメアがそう言って懐に紐のついた剣を模した装飾品を懐に入れる。
「それは良いけど、気になる事って⋯⋯?」
小首を傾げるクロに、ネメアは小さく首を左右に振る。
「ただの好奇心だからね。解析が終わればしっかり返すさ。さぁ、本当にそろそろ戻らないとハンス君の首が伸び切ってしまうよ」
肩をすくめたネメアがふわりと宙に浮かぶと、ディピスに乗り込み、先にウルグの向かった砦へと足を向けて去って行った。
「⋯⋯わたしたちも、戻ろ?」
イリスに抱き抱えられたクロは蒼い装甲を纏う、すっかり姿の変わったメイメツへと連れられ、ディピスの後を追いかけるのだった。