1:休息の時
クロが叙勲を受けてから一週間が経過し、彼女は清浄の姫園の面々を伴って再び五王の前へ呼び出しを受けていた。
「さて、お前さんを呼び出したのは他でもない。先に出した命令についてだ⋯⋯」
顎を組んだ手の上に乗せ、そう言ったファズに対し、クロは恐縮そうに手を挙げる。
「あの、ガラク様は⋯⋯?」
「あー、聞かずにはいられないよな。実はこの場に四人しか居ない理由なんだが⋯⋯フォゲルナの街でお前達は“獣幻粉”を見たな?」
「はい。現地の元領主コルグの手にあり、魔王教幹部であるマリスの手によって使用されていました」
ファズは茶色の紙袋を天高く掲げた。
「ああ。その報告は受けている。この粉のレシピはこの王国じゃわからない⋯⋯先王の時代に製造も出来ないほど駆逐し尽くしたからな」
「誰かが横流しをしていたと?」
「その容疑がガラクに掛かってる。ってな訳で、あいつの家での捜査が終わるまでは謹慎中って事だ。既にあいつの家から獣人が数名見つかって、事実関係を調べてる」
「そこでなんだが、魔王教に対抗する為、お前さん達には隣国、ガルドニアに赴き国交を樹立する事と並行してやってもらいたい事がある」
「はっ!」
「まだ言ってねえよ。“明滅閃姫”クロ・リュミナーレ並びに“清浄の姫園”はガルドニアに赴き獣幻粉の製造及び流通ルートをぶっ潰してこい! 以上!」
クロは敬礼を返したまま微動だにせず居たが、暫くして頭上に疑問符を浮かべる。
「手がかりは有るのでしょうか?」
「そこについては俺よりももっと詳しいのが隣いるだろ? ガラクがあれだけ固執してた理由もようやく分かったせわ。なあ、イリス⋯⋯いや、アイリスフィーネ・ガルドニア様よ」
その場にいた全員の視線がクロの手を握るイリスへと注がれる。
「ん。でも、わたしは今、家出ちゅうだから、あんまり、やくにたたない」
「イリスって、もしかして王女様だったり⋯⋯?」
クロが問いかけると、イリスは躊躇を微塵も感じさせず、むしろ目を輝かせてクロを見つめ返す。
「ん。第二王女。言うこと、きいてくれる?」
「いや、それとは話が違うでしょ!」
「じゃあ、ベッドのうえで、なかす」
「ふふ、一応御前だからね、猥談は後にした方が良いと思うよ?」
ネメアに諌められ、肩を落とした二人はファズに向き直ると、彼はコホンと喉を鳴らす。
「とまあ、そんな訳で先導者としては申し分ないだろう。今から一週間後、清浄の姫園にはここを発ってもらう。各々、万全の状態で旅に出られるよう準備せよ! 以上!」
「あの、お父様。私達も行ってよろしいのですか?」
「ん、ああ。国内の浄化石は全て浄化の儀が終わってるからな。それに、国境には瘴気の湧き出る壁があるからな。あれを渡れるのはレミファーラ様の歌による浄化しかねぇんだ」
ファズは手元の茶を啜り、一息吐くと口を開いて続ける。
「シフィたんは俺の娘として周知してきたし、何度か交渉の場にも立ってる。そして今回国内各地に回ってもらったのも、国外へ行く為の修行だったってわけさ。他に気になることはないか?」
ファズが並んだ五人を見つめていると、イリスがおずおずと手を挙げる。
「ん、魔王教、どうする?」
「あいつか⋯⋯正直、マリスと名乗った道化師の男は神出鬼没だ。なにせやつの魔法は、影を操る魔法だからな。これもガラクの調査から分かった事だが、まだまだ不明な点は多い。ヤツの目的もはっきりしないが⋯⋯浄化された場所は嫌がる傾向にあるみたいだな」
飲み干したカップを持たせ、使用人を下がらせると、ファズは肩をすくめた。
「って事でこの国は比較的安全地帯として見ても良いだろう。むしろ、ヤツの言う絶望が撒けそうな所はアストラーダ王国にはそう多くないだろう」
「では、我々の任務とは⋯⋯?」
「あぁ。国内外問わず、魔王教徒の活動は看過できん。しかし、教徒だからと言って違法性があるわけでもない⋯⋯だが、今回マリスと名乗ったあの男の行動は一線を超えた。獣幻粉をばら撒いたり、ネフィルやグレンを引き込んで破壊活動をしたりだな」
ファズの怒りは頂点に達したのか、漏れ出した魔力が重圧となって謁見の間に広がり、やがて彼の持つ器がパリンと音を立てて割れた。
「ヤツを捕らえ、然るべき罰を与える。よし、命令を追加しよう。あのマリスと名乗った男を捕らえるべし!」
パン!と打たれた彼の手によってその場は解散となり、クロ達は促されるまま謁見の間を退室する。
「一週間か⋯⋯どうしようかな?」
王城を背にして歩くクロは立ち止まり、顎に手を添えて思案していると、背後から手を引っ張られる感覚に襲われた。
「クロ。あのね」
「イリス? あぁいや、アイリス様って呼んだほうがよろしいでしょうか?」
「もう、ちゃかさないで。おしおき?」
「いや、お仕置きはもういいから!」
頬を膨らませるイリスはクロの手に込める力をさらに強める。
「何か言いたい事があるの?」
クロが黙り込むイリスに小首を傾げつつ聞き返すと、イリスはこくんと小さく頷いた。
「あのね、えっと⋯⋯なんていえば⋯⋯」
クロはしばしイリスを見つめていたが、やがて得心がいったとばかりに胸の前で手を打つ。
「あぁ、そっか。簡単な言葉の勉強しかしてなかったもんね。まさかイリスがガルドニアの王女様だったなんて思わなかったから⋯⋯」
むぅ、と頬を更に膨張させたイリスが首を横に振る。
「それ、やめて」
「あー、ごめん。そんなつもりじゃなかったんだ⋯⋯」
「ならいい」
二人の間に沈黙が降りて少しの時間が経ったとき、クロが気晴らしに周囲を眺めると、一つの人影が近づいてくる様子が目に映る。
「あっ。ネメア」
「やぁ。少しキミ達に用事があってね。少しだけ時間、いいかな?」
イリスはクロと手を繋ぎ視線を交錯させると、小さく頷いた。
「良かった。早速だけれど、この装置を見てくれないかな?」
ネメアが二人に見えるよう差し出した手のひらの上には、小さな薄紫色の宝石が乗せられていた。
「これ⋯⋯魔伝石?」
クロが魔力の流れを視る目に切り替えて見れば、それは魔伝石と同じような構造をしているようだ。
しかし、ネメアはクロの質問に対して首を横に振って答える。
「いいや。これは“翻訳石”と言って、名前の通り言葉に込められた意志を分解してこの石を介して再構成、翻訳してくれる優れものさ。ただし、一度言葉の分解を経由するからね、この翻訳石をもう一つ相手に身につけさせなきゃならない。⋯⋯細かい事を言っていても仕方ないね。早速実践と行こうじゃないか」
ネメアはクロに近づくと、手に持った宝石を首元のチョーカーにつけようと手を伸ばす。
「⋯⋯少し屈んでくれるかい?」
クロはごめん、と謝罪を口にすると、膝を折ってネメアと視線を合わせる。
「ふう。これでよし⋯⋯と。さぁ、イリス君。これを握ってクロ君に何か話しかけてごらん」
ネメアによって薄紫色の石を渡されたイリスは、ん、と小さく頷いて口を開く。
「クロ。好き。大好き。今すぐ食べたい!」
「イ⋯⋯イリス!?」
「ふむ。今の口の動きから、ガルドニア語で『クロ。わたしの言葉、分かる?』と言ったところかな」
「全然違う翻訳になってるよ!?」
「そうなのかい? う〜ん⋯⋯」
ネメアは眉間に皺を寄せて顎に手を添えると、やがてパチンと指を鳴らした。
「そうか。言葉に込められた意思を分解する都合上、もっと強い想いによって本来放った言葉は上書きされてしまったようだね。いやぁ。これは完全に誤算だったね。参ったよ」
肩を竦めるネメアに、クロは小さく項垂れた。
「会話するだけで相手の心が読める装置って事? それ、結構マズい代物じゃ⋯⋯」
「いやいや。言葉を上書きするほどの想いが込められていないと本来ならこんな事起きるはずがないんだよ。⋯⋯うん。それなら少しやり方を変えるだけで良い。イリス君。言葉を発する時に言葉通りの思いを乗せてもう一度言ってくれるかい?」
「ん、わかった。やってみる⋯⋯クロ。わたしの言葉、分かる?」
イリスの言葉がクロの細長い耳を刺激し、彼女はハッと息を呑んで目を見開く。
「分かる! 分かるよイリス!」
「うん。今度は成功のようだね。さて、ボクからは以上だよ。また何かあったら呼んでおくれよ」
それじゃあ、と立ち去ったネメアの背中を見送った二人は、顔を見合わせてクスッと笑い合う。
やがてイリスは首元のチョーカーに嵌め込んだ翻訳石に触れながら口を開いた。
「あのね、クロ。わたしが例え⋯⋯ううん。本当に王女だったとしても、普通に接して欲しいなって思うの」
「⋯⋯分かった。そうだね。イリスはイリスだもんね」
「ふふ、それ、わたしの言葉だよ?」
「いや、あの時貰った言葉のおかげで吹っ切れたんだ。ありがとね」
クロが膝を折ってイリスの頭を撫でると、頬を染めたイリスは気恥ずかしさ隠すようにその手を握って歩き出した。
「都の中、見てみよ?」
「ああうん。そうだね。そうしようか」
繋いだ手に引かれるまま、王城から一本、真っ直ぐに伸びた大通りを歩いたクロは、小さく鼻を鳴らせる。
「ここはやっぱり何度来ても食欲をそそられるなぁ」
「クロはよくここに来てたの?」
「非番の時にはね。イリスの事も何度か誘ってたんだけど⋯⋯」
「ごめん、興味がなかったわけじゃないけど⋯⋯もしわたしに何かあれば、お父さんに迷惑かけちゃうから⋯⋯」
「ああ。そういう事⋯⋯それじゃあ今日は沢山回ろう! 紹介したい店があるんだ」
「ん。クロが居れば安心だね」
握ったクロの手に込める力を一層強めたイリスは、にへらと笑いかけ、鼻腔をくすぐる香りの元へと歩き出す。
「いらっしゃい!」
頭に布巾を巻いた男性に声をかけられ、二人は小さく会釈をする。
タレの焦げる香りを含んだ煙を鼻で感じ取り、気付けば、クロは財布に手を伸ばしていた。
「おじさん! 串焼き二本ください!」
「あいよ! それで⋯⋯そっちの子はツレじゃないのかい?」
布巾を巻いた彼の視線を追いかけ、クロは徐々に足元へを向くと、そこには物欲しそうな顔をして指を咥えている白髪の少女、シロの姿があった。
「ママ! 僕頑張ったよね!」
「えっ、あぁうん。あの、クロガネが急に勢いづいたのって、シロのおかげだったんだ。ありがとね。えーと、串焼き、食べる?」
シロはえへんと腰に手を当てて胸を張った後、コクコクと首を縦に振る。
「ママ?」
衝撃的な呼び名に、しばし思考停止していたイリスがハッと目を覚ますと、首を傾げてクロに詰め寄った。
「ええっと、これは何というかこの子が勝手に呼んでるだけで、アレだ、あだ名みたいなものかな」
「ううん。ちがうよ!ママはママだもん。⋯⋯あっ、ごめん、これから行くところあるんだった! ごめん、もう行くね!ご馳走様!」
街の時計塔を眺めた後、シロはどこか慌てた様子でクロ達の前から立ち去った。
「忙しそうだね⋯⋯」
「クロ」
「ん?どうしたの?」
「頭、撫でて欲しい」
頭を差し出して待機するイリスに、クロは朗らかな笑みを浮かべる。
「甘えたくなっちゃったのかな? へへ、可愛いやつめ!」
「ん、両手で包まれたい」
「珍しいね。両手で撫でるなんて、あんまりしないと思うんだけど⋯⋯」
「いいから」
「あっ、はい」
言われるままに、クロは両手でイリスの頭を包み込むように開き、手を置いき、イリスの口角が上がり、クロは嫌な予感を背中を伝う冷や汗で察したその瞬間、ガシャン!と聞き慣れた金属音が響き、彼女の両手首には鈍色に光る錠が付けられていた。
「あの、イリス? ⋯⋯いや、イリスさん!」
「詳しく、説明してもらうから」
「えっと、あの、違うから! 私もどうしてママなんて呼ばれてるのか知らないんだって!」
「詳しくは、あそこでね?」
イリスに引かれ、向かう先は二階建ての宿屋らしき建物だった。
「いや、あれは⋯⋯やめとこう? 今はそんな雰囲気じゃないでしょ?」
「クロはもう、勝てないの」
「うわ、え、イリスこんなに力強いの!?」
んぐぐぐ⋯⋯と唸りながらクロは腕に力を込めるが、イリスの歩みは止められるどころか拮抗するまでもなくズルズルと引き摺られる。
「クロの三分の二は人間とエルフ。わたしは純粋な獣人。魔力なしで、勝てるわけない」
その言葉に、クロは首を張り更に顔を赤くして抵抗を見せる。
「待って、イリスさん、いや、イリス様ぁぁぁぁ!」
クロの叫びも虚しく、抵抗する間もなく連れ込み宿へと一直線に引き摺られるのだった。




