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星割の明滅閃姫  作者: 零の深夜
前章:生還、性転換、英雄譚!編
33/136

32:安堵の涙と再訪と蠢く悪意と


 「って、ネメアまで子供扱い!?」


 「ふふっ、悪かったね。まあ、仕方ないよ。元の体に戻るまでの我慢さ」


 「本当に、戻れると思う?」


 もちろん、と頷いたネメアはクロの体を抱き上げる。


 「あ、え、ちょっと、離し、こら!」


 「ふむ、筋力が減衰しているのは本当のようだね。碌に確認もしないで送り出してしまったのは悪かったと思っているよ。さて、戻れるか、という質問には肯定をしておこうかな」


 ネメアは格納庫に備え付けられている椅子に座り、クロを膝の上へと乗せて語り出す。


 「話しを聞いた通りだとすると、ボクらエルフの持つ能力⋯⋯とまでは言えないけれど、種族的特徴として魔力との親和性は高くてね。何が言いたいかというと、つまりキミは以前では視えていなかった物を視通す目を持っているわけだ。それと元々キミの持つ転移魔法が組み合わさると⋯⋯通常では()()()()()()()()()()()()能力に目覚めたわけだ。使い方次第では毒にも薬にもなる。気をつけるんだよ」


 「毒?」


 クロが聞き返して小首を傾げる様は非常に愛らしく、ネメアは破顔させて目の前のテーブルの上に置かれた袋からからクッキーを取り出して小さな口の中へ差し込む。


 「そう。ボク達含め、どんな強靭な肉体を持っていても、中身は意外と脆いものさ。魔石を取り出すどころか内臓一つ取っても致命傷だ。それが毒。そして、能力の開花が進めば、瘴気を転移させる、なんて能力が目醒めるかもしれ⋯⋯いや、そういえば実際ショタコーンから瘴気の塊を引き抜いていたっけ。薬になる兆候はあるようだね」


 「私が⋯⋯瘴気の浄化を⋯⋯?」


 「まあ、仮定の話なうえに取り除いた瘴気の受け皿の問題が⋯⋯あぁいや、これで良いか」


 ネメアはクロの背後からその右手同士を重ねると、その手に無色透明なガラス球のような物を持たせる。


 「これがショタコーンのお腹から出てきたのを浄化して出来た物体。“封玉(ほうぎょく)”と名付けてみたのだけれど、どうかな?」


 「どう⋯⋯って、随分直球な名前にしたねぇ。良いと思うけど」


 「そう言ってもらえると嬉しいよ。さて、それじゃあこれはキミにあげよう。好きに使うと良い」


 「えぇ⋯⋯? でもこれ、重要な物なんじゃ⋯⋯」


 「いいや、これはキミにしか扱うことはできないよ。実際、この封玉は瘴気を貯めておく用途しか無いようだからね」


 自身の手に乗せたまま手を離さないネメアに、クロははぁ、と息を吐いてその手を握り返す。


 「分かった。とりあえずこれは私が預かるよ。危険だって判断したら即座に壊すからね?」


 「ああ、それで構わないよ。さて、それじゃあショタコーンを連れて竜人の里を捜索してきておくれ。きっと、その先の案内の塔が、ロリコーンの住処だと思うから」


 話は終わったとばかりにネメアに背中を押されたクロは、得体の知れない球体と共に格納庫を追い出されるのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「それで、これを渡されたまま里に来ちゃったけど、どうすれば良いと思う?」


 ドランの里へと向かう山道の中、クロは手を広げると、赤黒かった時とは打って変わって微動だにしない球体をイリス、メルナ、そしてショタコーンの顔の前に差し出して首を傾げた。


 「いやはや。完全に別物ですね。貴女達が魔石と呼ぶ物とも違う⋯⋯浄化の影響か、はたまたこの物体の材質が特殊なのか⋯⋯」


 まじまじとクロの手の上にある封玉を見つめ、ショタコーンが唸ると、イリスがクロの裾を引っ張った。


 「それ、しまったほうが、いいかも」


 イリスの指差す方向にクロが顔を向ければ、そこには巨大な木造の門が見て取れた。


 「そ、そうだね。うん」


 クロは慌てて肩から提げた鞄の中に封玉を押しこんで前を向く。


 暫く里へ向かって歩くとロクスが手を振って四人の元へ駆つけた。


 「おい! ショタコーン様の件はどうなった!」


 「呼びましたか?」


 メルナの後ろに居たショタコーンが黒髪を揺らして顔を出すと、ロクスは顔をブンブンと横に振る。


 「俺はショタコーンを出せって言ったんだ!早く体を戻してもらわないと⋯⋯」


 「ああ⋯⋯なるほど、それはお気の毒でしたね。ですが、元の姿に戻る必要は無いのでは? 今の姿はとても可愛らしく、その口調も背伸びをしている生意気な子供みたいでとても良いですよ」


 「んだとぉ!? あーもう良いもんね!お前らはぜってぇ里に入れてやらん!」


 門の前で座り込んでしまったロクスに、クロが困ったように頭の後ろを掻く。


 「えっと⋯⋯私からもお願いしたいな⋯⋯って」


 「ええっ!? こんなにも愛らしいのに⋯⋯」


 クロの懇願に渋ること数十秒。


 「まぁ良いでしょう。こんなに可愛い子の頼みは断れませんもの」


 ショタコーンはその黄金の角を先端に向かって指でなぞると、強烈な光を放射した。


 「な、なんだ!?」


 「あぁ、動かないでくださいませ。失敗しますよ?」


 「あ、ああ。分かった⋯⋯」


 暫くして光が収まると、そこには先程まで着ていた濃緑色の軍服をまるで腰蓑のように巻いた大男がぼうっと立ち尽くしていた。


 「たいちょー⋯⋯じゃない⋯⋯?」


 イリスの落胆を孕んだ声の先、背丈は今のクロの倍はあろうかという大男の口元や顎には立派な髭が貯えられていた。


 「ロクス⋯⋯さん?」


 クロが見上げながら尋ねると、彼はがっしりとした体躯を膝を折って近づいて大口を開く。


 「ん? おお、お前あのちみっ子か。ははは、随分小ぢんまりしたじゃねえか?」


 更に特徴的なのは、頭部にある捩れた二本の角だろう。


 「たいちょー、こんなにおおきくない⋯⋯」


 その威圧的な様相を眺め、少しの間考え込んでいたイリスは、不意に地面に座り込み、目尻から一雫の涙を溢した。


 「よかった⋯⋯」


 「どこか痛いの!?」


 「ううん⋯⋯ちがうの。わたし、たいちょーを見て、なにもかんじなくて⋯⋯たいちょーのこと、好きじゃなくなっちゃったんじゃないかって⋯⋯」


 ゆっくりと、しかし真剣に言葉と涙をこぼすイリスの姿に、クロは下唇を噛み締めた。


 「イリス⋯⋯ごめん」


 「なんでクロがあやまるの?」


 「えっ、ああ、うん、何でもないよ」


 つい漏れた言葉に、クロは顔の前で手を振ると、ロクスに向き直る。


 「それで、ショタコーンを連れて来たんだから里に入れてくれるよね?」


 真っ黒な顎髭を撫でながらしばし考え込んだロクスは渋々ながら頷いた。


 「ああいいだろう。約束だからな。ただし、問題は起こすなよ?」


 開門! と大声で叫んだロクスの怒号に呼応して、木製の扉が軋む音を立てて開かれる。


 「やっと中に入れるな⋯⋯」


 「そうね、早く中でアンタの身体、戻す方法を探しましょ」


 「え、里の中に戻る方法があるの?」


 「ええ。だってロクスが⋯⋯」


 四人の視線に気がついたロクスは頭を掻いた。


 「すまん。アレは嘘だ。というか、方法があったらいつまでも子供の姿でいるわけないだろ」


 ケロッと悪びれもせず大口を広げて笑うロクスに、メルナは顔を真っ赤にして詰め寄ろうと足を踏み出す。


 「アンタねぇ⋯⋯!」


 「メルナ落ち着いて。ショタコーンには身体を戻す力があるって分かったし、きっとロリコーンも⋯⋯ね?」


 上目遣いに見るクロの視線に耐えられず顔を背けたメルナは、思わずに上がってしまいそうになる口の両端を押さえて立ち止まる。


 「まあ、アンタがそれで良いなら⋯⋯」


 ふと、メルナが空を仰ぐと、木々の間から茜色に染まる空が視界に広がった。


 「はぁ⋯⋯なんかもう、疲れたわ。もう日が沈むし、今日はこの里で一宿させてもらいましょ」


 「良いですね! (わたくし)この体で人の営みをするのは久々で⋯⋯」


 「アンタも着いてくるわけ?」


 メルナの鋭い言葉に、ショタコーンは思わず胸を押さえた。


 「置いてくつもりだったんですか!? せめて、ロリコーンに会わせてくださいよぉ!」


 しがみついたショタコーンを払おうと、足を浮かせたメルナは目を丸くする。


 「ちからつよっ⋯⋯!」


 「離しませんよ! ええ、離しませんとも! あの子に会うまでは!」


 「あぁもう! 分かったら足離しなさいよ!」


 「本当ですか!? ありがとうございます」


 目尻を下げて笑みを浮かべるショタコーンに、メルナは溜息を吐いてバツが悪そうに二人へと向き直る。


 「って感じなんだけど⋯⋯」


 「えっ⋯⋯と良いんじゃないかな。私は特に反対しないよ」


 「ん。かまわない」


 「それじゃあ早速レッツゴー! ですね」


 嬉しそうにメルナの肩を抱き、先へ先へと進むショタコーンにクロとイリスは顔を見合わせ、肩を竦めて後ろを歩くのだった。



 暫く歩き続けたクロ達一行は、殆ど加工もされずに建築された木造の家々を眺めながら、里の中心に向かって歩いていた。


 「結局、ロクスに振り回されちゃったね⋯⋯」


 歩く道すがら、何か話題はないかと思案していたクロは、不意にそう溢した


 「ホントよね。アタシの事知ってる口振りだったのに、まさか嘘を吐くなんて!」


 フン!と鼻を鳴らしたメルナに、秘密を抱えるクロは背筋が凍えたため、話題を逸らすことに決めた。


 「そ、そういえばショタコーン⋯⋯達は普段どこに居るの?」


 唐突に話題を振られたショタコーンは、口にしていたクッキーを急いで飲み込む。


 「それなら、ここから見えるあの塔の最下層で

番人としての役割も仰せ付かっておりますよ」


 しゃがみ込んだショタコーンの指差す先には、夕陽を浴びて影を細長く伸ばす安寧の塔が聳え立っていた。

 ショタコーンの言い様に、クロは再び小首を傾げた。


 「仰せ付かる? だれに言われたの?」


 「それは勿論、かの有名な勇者様であり、我らの創造主様であるイノリ・クルセ様ですよ」


 「創造主!?」


 「ええ。⋯⋯まさかご存知ないのですか!? イノリ様は“創造魔法”を使いこなしていらっしゃいましたが⋯⋯まさか、こんな刹那の間にその事すら⋯⋯くぅっ!」


 口惜しや、とばかりに爪を噛んだショタコーンは地団駄を踏むように、一歩の歩みを大きく踏み込み、先へと進んだ。


 「あの時、魔王城へと飛び込む事をネメア様と共に止めていれば⋯⋯!」


 さらりと出た言葉に聞き逃してしまいそうになったクロは立ち止まり、待ったをかけた。


 「ネメアが、勇者様と知り合い!?」


 「ネメア様の事をご存じなのですか!?」


 改めて世間の狭さを感じ取ったクロは、再び口を開こうとしたが、それは周囲の歓声によって掻き消された。


 「なんでしょう?」


 小首を傾げたショタコーンの視線の先では、白塗りの顔に赤い涙を模したメイクを施した奇抜な格好の男が、赤黒い封玉を六つ宙へと投げ回している光景がそこにはあった。


 男は、フォゲルナとファウンティの街で見かけたマリスと名乗った魔王教に相違なかった。


 「どおりで人気(ひとけ)がないわけだわ。ここに集まってたのね」


 クロ達は門から繋がる大通りを真っ直ぐ歩いて来ていたため、知らず街の中央にある広場へと向かっていたようだ。


 「ヨホホホホォ! ン〜! 巫女様がご就寝なされている間、僭越ながらワタクシが前座として⋯⋯あん?」


 突如目を凝らすように細めたマリスはメルナの姿を見咎めて小さく舌打ちをする。


 「なんだってこんな場所に⋯⋯あぁ。極秘任務ってそういう⋯⋯」


 背後に聳え立つ安寧の塔をチラと見やり、状況を確認していると、塔から伸びる影から、濃緑色の軍服を着たネフィルが顔を出しマリスに尋ねる。


 「排除しますぅ?」


 ねっとりとした口調の彼女に内心毒を吐きながらも、マリスは首を横に振った。


 「ヨホホ。奴らもここでは騒ぎは起こせないでしょう。それよりも首尾は?」


 「えぇ〜。全て万全ですぅ」


 「ならば、この場はアナタにお任せしますよ。決行は明日の朝、なるべく多くのヒトに絶望を与えるのです。ファウンティでの失態を取り返しなさい」


 「承知しましたぁ」 


 安寧の塔の影から這い出たネフィルは恭しく観客の前で礼をし、マリスはゆっくりと影の中に吸い込まれて行く。


 「あぁそれと、巫女様の事を必ずやお守りするのですよ。アナタの命に換えてもね⋯⋯」


 完全に彼の姿が消失すると、ネフィルは仰々しく両手を広げて観客へと向き直る。


 「さて皆様がたぁ。私よりマリスに代わりお届けしたい物がございますぅ」


 広げた手の向こう側、大きく開けた広場に無数の先見えないほど暗い円形の穴が開く。


 「そぉれ!」


 ネフィルが気の抜けた掛け声を発すると、その穴から穀物や野菜、肉等のあらゆる食糧が里中へ降り注いだ。


 「我らが神、魔王様は決してあなた方を見放したりはしませんよぅ。ああ、対価等は求めぬ慈善事業ですので悪しからずぅ」


 怪しさ満点の売り文句を最早聞き取る者や文句を言う者は居らず、飢えた腹に食糧を詰め込もうと、生唾を呑む音がクロの耳には確かに響いた。


 「さあ。万が一取れなくても当方は責任を追い兼ねますのでぇ。ではまた、明日の朝の鐘が響く時ここで会いましょぉ」


 粘着質な響きを残しながら、ネフィルもまた、マリスと同じように影の中へと吸い込まれるように消えていく。


 彼女の言葉を噛み締めた、広場の中心を囲んでいた三百人程度の観客達は一斉に立ち上がり、散らばった食糧を追いかけるべく駆け出した。


 「クロ。どうおもう?」


 先程まで騒いでいた観客達が去り、閑散とした広場の真ん中に立ち、イリスがそう問いかけた。


 「ん〜。思いっきり怪しいよね。イリスを攫った犯人みたいなものだし、ファウンティの街をあんなにした連中だし、中身の入った封玉も回してたし⋯⋯」


 「でも、その情報はこの里に入っていないのよね?」


 「決行は明日の朝とかの不穏なやり取りまで聴こえたよ。絶対何か企んでるのに⋯⋯ここでネフィルの事を正直に話しても、信じて貰え無さそうだし⋯⋯」


 「困りましたね?」


 未だに痛む頬を押さえて黄金の粒子を振り撒くショタコーンに、全員の視線が集中する。


 「「「それだぁ!」」」


 「あら?」


 突然上がった声に、ショタコーンは呆気に取られ、更に振り撒く黄金の光を強めるのだった。

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