33:昏睡巫女と確信と長き夜の始まりと
陽はどっぷりと沈み、紺色の空に赤い月が空に昇った頃、ショタコーンを混じえて今後の行動を話し合えたクロは喉を潤そうと、広場の中央に置かれた噴水を覗き込んだ。
「え、ええ!? みんな、こっち来て!」
クロの手招きに一番に駆け寄ったイリスは、クロに頬をくっつけて噴水の中を見つめる。
「おんな⋯⋯のこ?」
赤い月に照らされて妖しい光を放つ噴水の底に、透明で巨大な空間が広がっている。
クロが更に目を凝らすと、半透明の大きな球体の中で、腰ほどまである雪を思わせる真っ白な髪を背中の下敷きにし、緋色のスカートに純白の衣を纏う少女が眠っていた。
「えっと、これってちょっとマズいよね!?」
慌てたクロが噴水の中に手を突っ込もうと押し出した瞬間、バチッという音と共に紅の閃光が眼前に噴き出して尻餅をつく。
「熱っ!」
「クロ! 大丈夫!?」
「うん⋯⋯平気。ただ、今の火花はなんだろう?」
「⋯⋯この子が魔王教の巫女なんじゃないですか?」
ゆったりとした動作で黄金の軌跡を残すショタコーンは、火傷の手当を受けるクロに手を差し伸べた。
「巫女⋯⋯この子が?」
触れる事のできない少女の姿をまじまじとみつめると、一同は揃って腕を組みつつ口を一文字に閉ざす。
「うーん⋯⋯ここで考えてても答えは出ないし、優先するべきは明日の朝、あの道化師⋯⋯マリス達が何かを企んでるって事だね」
「あ、クロ。アンタなら瘴気を追えるんじゃない?」
そういえば、と切り出したメルナの言に、クロは首を横に振って申し訳ないとばかりにに俯いて応えた。
「確かに、里の周りにも少しだけ瘴気は感じるんだけど、今日は赤い陰の月が出てるせいでかき乱されちゃって上手く掴めないんだ⋯⋯ごめん」
彼女の様子に嘆息したメルナは小さく息を吐いてしゃがみ込むと、その頭を撫で回す。
「謝る事じゃないわ。こうしてショタコーンを捕まえられたのもクロのおかげだし。アンタは良くやってる。とりあえず、今日は休みましょ。夜道の探索は魔物が出るし危ないわ」
「メルナ⋯⋯ありがと」
「気にする事じゃないわ。さ、もう行きましょう」
メルナに手を引かれ歩き出したクロの空いている手を、イリスが頬を膨らませて握り締める。
「おいてきぼりは、いや!」
「あ、皆ひっついて歩くんですね!?」
里へ来た時と同じく、三人がクロに引っ付く形で彼女達は、食糧が降り注いだ為に騒がしい里の中を練り歩くのだった。
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里を一周したクロ達は、ぐったりとした様子で広場へと戻って来た。
「宿が⋯⋯見つからない!」
空に浮かぶ赤い月へと嘆くように叫んだクロの言葉に一同が頷くと、暗がりの中から声が響く。
「誰だ!? ⋯⋯って、なんだお前達か。どうした、迷子か?」
ビクリと肩を硬直させたクロの視線の先には、ロクスが無精髭を弄びながら噴水の前に座っていた。
「なんだ、ロクスか⋯⋯」
「なんだとはなんだ!? 失礼だぞ!」
「アンタも言ってたじゃない!」
メルナの鋭い声に、ロクスは気まずそうに頭を掻いた後、再び自身の髭を弄った。
「あっ、これは失敬。⋯⋯それで、こんな所でたむろしてどうした? ⋯⋯いや待て、当ててやろう。宿が見つからないんだろ?」
「う、どうしてそれを⋯⋯」
「この里には宿はほとんど無いからな。それに、この騒ぎでやってる所もないだろ?」
少し考え込んだ後、ロクスは胸を拳で叩くと立ち上がり、彼女達へも向き直った。
「よし、お前ら俺の家で泊まれ! それなりの大きさもあるし、娘の遊び相手になってくれや」
「ロクス、結婚してたの?」
「おう!とびっきり美人で強い妻とめちゃくちゃ可愛い娘が待ってるんだ。俺の身体を戻してくれた礼もしたいからな」
得意げに語るロクスの左手を見れば、月明かりを照り返す指輪が嵌まっていた。
「なるほど⋯⋯少し考えても良い?」
「ああ良いぜ! ⋯⋯あー、すまんちょっと無神経だったか。ゆっくり考えてくれ」
深々と頭を下げたロクスが再び噴水前の石段に腰掛けると、クロ達は彼の元を離れ談合を始める。
「ど、どうする?」
「アタシ、野宿は嫌よ」
「ん。でもロクス、うそついた」
「確かに、信用はできないけど⋯⋯」
「まあ、アンタなら一人で逃げられそうだけどね」
「え?それってどう言う⋯⋯」
「どうかされました?」
クロとイリスの頬の間に、ぬっと顔を捩じ込んだショタコーンに、クロは目を見開いた。
「何かされそうになったら、全力で逃げよう。ショタコーンには悪いけど⋯⋯力を貸してくれるかな?」
「ええ。勿論ですとも。私も人の営みは興味がありますからね。どこまでもお供しますよ!」
「ん。きまり!」
顔を上げた四人がロクスへと向き直り、揃って頭を下げた。
「一晩、お世話になります!」
「よしきた! じゃあ今日のお勤めはこれで終了! 帰るぞ〜。あ〜、疲れた」
肩を回しながら首をコキコキと鳴らしたロクスに続き、クロ達はその足を踏み出すのだった。
暫く歩いた住宅の並ぶ場所で、ロクスが立ち止まると、彼女達へと向き直り両手を広げる。
「ここが我が家だ。ちょっとしたもんだろ?」
鼻高々に言うかれの言葉に誇張は無く、他の家々と比べるまでも無く頭ひとつ抜けて大きな木造の家がクロ達の前に聳え立っていた。
「やっぱ、隊長格ともなると大分給料が違うからな」
照れ隠しに鼻の舌を撫でたロクスに、クロは呆然と立ち尽くした。
「クロ?」
「えっ? ああいや、何でもない⋯⋯それにしても豪華な家だねぇ」
クロが立派な大門を見つめて感心していると、メルナが腰に右手を当てつつ赤い髪を払った。
「国守の五将の家なんて見たら失神するんじゃない?」
「俺がな!? あー⋯⋯家まで来て立ち話なんて不躾な真似したな。まあ、上がってくれや」
大きな門をくぐり抜け、扉を開けたロクスに小さな影が飛び込んだ。
「ばぱっ!おかえりー!」
声の主が玄関の明かりに照らされると、少女の深い藍色の髪がきらきらと照り返した。
その頭頂部からは髪を押し退けるように、黒い二本の角が見え隠れしている。
「この人たち、だれ?」
「あぁ、少し困ってる所に声をかけてな。今日だけ、寝る場所を貸してやりたいと思ってな。部屋は余ってるだろ?」
「また騎士の人たち呼んだの? しかもこんなに綺麗な子たち⋯⋯ちょっと!? 年端も行かない子もいるじゃない!」
「いや、これは少し訳ありでな⋯⋯あぁ! 少し話してくるから、風呂でも入ってゆっくりしててくれ!」
ロクスは青髪の女性の肩を押し、部屋の奥へと消えていくと、幼げな藍色の少女だけがその場に取り残された。
「いや、何が何だか⋯⋯」
「ウチのお風呂、おっきいんだよー!みんな入れるよ!」
僅かに頬を紅潮させた少女に手を引かれたクロは戸惑いながらも家の奥へと足を踏み入れ、促されるままに衣服を脱いで浴場へ通された。
「みんなは、里の外の人⋯⋯だよね?」
一様にこくりと頷くと、少女はさらに続ける。
「あのね。アイ、この里にお友達、あんまりいないんだ⋯⋯」
寂しげに顔を伏せ、アイと名乗った少女が顔を上げると、艶やかな藍色の髪が揺れる。
「だからね、外の人で年も近い子がいるなんて、すっごく嬉しいの!」
目を輝かせたアイに、クロは神妙な面持ちで答える。
「あ、はは。うん、私も嬉しいよ」
それから、湯気を立てる浴槽の中でアイに受けた質問を順番に答えていく。
来た場所。行った場所。出会いと別れ。
全てを思い出しつつ、クロは今までの旅路を振り返り語って聞かせた。
それを聞くアイの興味も尽きる事はなく、頬を赤く染め、瞳をうつらうつらとのぼせそうになる様を見たクロは手早く彼女の手を引いて浴室を後にした。
「ふぅ。まさかこんなに喋るとは。ちょっと感傷的になってたかも⋯⋯」
ロクス宅の屋根に登り独りごちたクロの背中から声がかかった。
「そうね。アンタがあのメイメツに乗ってるだなんて思わなかったもの」
「めっ、メルナ!?」
「ほら、湯冷めすると体に悪いわよ? ココア淹れてきたから、少し話しましょ」
クロの隣へと腰掛けたメルナは、片手に持っていたカップを差し出すと、一口コーヒーを口に含んで唇を湿らせた。
「あ、ありがとう⋯⋯って、メルナ! 違うよ、私は⋯⋯」
「⋯⋯誤魔化さなくて良いわ。あの転移魔法を見たら嫌でも分かるわよ」
カップを横に置き、抱えた膝に顔を埋めたメルナは大きくため息を吐いた。
「はぁ〜。何なのよもう! アタシの叱責はなんだったワケ? これじゃあとんだ道化じゃない⋯⋯」
暫くそうしていると、メルナはふと顔を上げてクロに向き直る。
「悪かったわね。初めて会った時、手、痛かったでしょ?」
思い詰めたようなメルナの表情に、クロは薄らと笑みを浮かべて返す。
「さぁ? 痛い思いなんて沢山してきたから忘れちゃったよ」
肩を竦め、努めてにこやかに手を振ったクロの頬をつねった。
「てことは、アンタ元はクロスなのよね!? 信じらんない⋯⋯こんなにぷにぷになのに⋯⋯」
「あうっ」
むにーと頬を伸ばされたクロは目尻に若干涙を浮かべ、腕を上下に振る。
「いひゃいよ〜」
「あ、ごめん」
メルナはクロの頬から手を放し、再び膝を抱えポツリと溢した。
「アタシね、グレンさんみたいになりたかったの」
「オヤジみたいに? やめといた方が良いんじゃ⋯⋯」
「今はチャランポランに見えるけどね。それでもあの人はアタシの英雄なのよ。五十年前、瘴気が溢れ出して魔物の軍勢が王都を襲った時、率先して立ち上がったあの姿に、当時まだ小さかったアタシは憧れたの。アタシもあんな風になりたいって」
「メルナ⋯⋯」
クロはそっとメルナの手を握り、寄り添った。
「当時戦場に出ていた奥さんを亡くしながらも、孤独に戦う彼の強さに正直、心が震えたわ」
でもね、とメルナは更に言葉を吐き出す。
「アタシは彼には成れなかった⋯⋯どうしても追いつけなかったのよ! そんな弱いアタシをアンタに重ねて、鬱憤を晴らしてた⋯⋯ホントごめん」
涙ぐむメルナに、クロは小さく眉尻を下げて握った手に力を込めた。
「私は気にしてないよ⋯⋯だって」
続けようとしたクロの言葉を遮るように、彼女の視線の先で黒い影が集まり粘着質な声が響いた。
「はぁい。こんばんはぁ」
「ネフィル⋯⋯」
ウェーブがかった金髪を振り乱し、赤い月明かりに照らされた彼女の姿を見咎めたクロはメルナと立ち上がり、拳を構えた。
「あらぁ? どこかでお会いした事がぁ? ⋯⋯その黒髪とちんちくりんは、何となくムカつきますねぇ」
「何の用?」
「あぁいえいえ、迷える子羊さんを救い出してあげようかと思っておりましてねぇ。力が、欲しいのでしょぅ?」
手を差し出したネフィルに、メルナは真紅の髪を払いながらフンと鼻を鳴らす。
「要らないわ。アタシは、アタシの力で強くなる!」
「まぁ、そう言うと思ってたんですけどねぇ。しかしながら、力を望んでいることもまた事実ぅ」
ネフィルが大きく両手を天に向けると、膨大な量の瘴気が彼女の頭上に集う。
「な、何する気よ!?」
「いえいえ〜貴女も魔王様のお力を受け入れれば簡単に、より一層! 高みへと至れるのですよぉ」
「だから、要らないって言ってるじゃない!」
「そう強情な事を仰らずぅ〜」
痺れを切らしたメルナは袖を捲り上げ、肥大化した腕を振りかぶり、ネフィルへと向ける。
「ネフィル! アンタを逮捕するわ!」
「できますかねぇ? 貴女みたいな二流に⋯⋯」
「言わせておけばぁぁぁぁ!」
額に青筋を浮かべたメルナが一歩踏み出すと、彼女の足元が妖しげに赤黒い光を放つ。
「ダメだメルナ! それ以上踏み込んじゃ!」
メルナがクロの制止もも効かず、更に一歩踏み出すと、ネフィルは三日月の如く口角を上げる。
「滑稽ですねぇ。竜人族の誇りとやらはこんなにも御し易いのですからぁ」
メルナの足を絡め取るように、赤黒い瘴気が纏わりつき、彼女の体を蝕み始める。
「うっ、あぁぁぁぁぁぁぁ!」
空に浮かぶ月へと吠えたメルナの目は、真っ赤に充血していた。
「何をした!? 言え!ネフィル!」
「五月蝿いガキですねぇ。今この子は夢を見ているのですよぉ。己の中に眠る欲望を解放するための、素晴らしい夢をねぇ」
理解できない回答に業を煮やしたクロは、目を瞑り、腰だめに拳を構えた。
「答える気がないなら、答えられるようにするまで!」
クロから発せられる青白い輝きに目を細めたネフィルは、ファウンティの街での出来事を思い出した。
「あぁ。なるほどあの時のぉ。それじゃあ、殴られた分と、計画を邪魔された分はお返ししないと失礼ですよねぇ!」
ネフィルは足を振り上げた状態のままクロの真正面へと引き寄せられると、光の収まった瞬間に蹴りを放つ。
「くっ!」
寸での所で回避したクロは、ネフィルを睨みつけた。
「同じ手は通用しませんよぉ? それじゃあ今度は、こちらの番ですねぇ!」
クロに向けられたネフィルの右手、人差し指には赤黒い瘴気が圧縮され蠢いている。
「私も、同じ手は二回も食らわないから!」
クロは力強く木造の屋根を蹴って、ネフィルを回り込むように駆け出した。
「コレ、使うなんて一言も言ってないですよぉ?」
ネフィルがニヤリと笑い、その指を天上へと突き立てると、クロの視線は自然とそちらの方向へと向いた。
「なっ、しまっ⋯⋯」
「はぁい、おしまい。今度こそ、冥府へと送って差し上げますねぇ!」
巨大で膨大な瘴気の球体へと、クロの小さな体は瞬く間に吸い込まれた。
「はぁぁ。達成感がぁ。興奮がぁ⋯⋯収まりませんんん! ごめんなさいマリス様ぁ! 私はぁ言いつけを破りますぅ!!」
恍惚とした表情で自身の顔を指でなぞり、クロを呑み込んだ大きな球状の瘴気を空高く持ち上げる。
「服従には魔王様の祝福を。抗うものには絶対なる神罰を。さぁ、始めましょう。終わらぬ常闇の夢幻宴舞を!」
ネフィルの高笑いが響くドランの里には、未だ里中を照らすの魔石灯の明かりをかき消すかのように、瘴気の塊が四方八方へと舞い降りるのだった。




