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星割の明滅閃姫  作者: 零の深夜
前章:生還、性転換、英雄譚!編
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23:懐疑と父と戒めと


 「な、何言ってんだこんな時に!」


 「ねんまくどうしのが、まりょく、はやい」


 「そりゃそうだけど! なにもその、キスじゃなくても⋯⋯」


 「クロ。うるさい」


 尻すぼみに声を小さく、しどろもどろと狼狽えるクロに痺れを切らしたイリスは両側で結ばれた長い黒髪ををむんずと掴み、己の唇を重ね合わせる。


 「んむっ!?」


 塞がれた柔らかな唇の感触にの後、クロは胸が熱くなる感覚に見舞われた。

 イリスの膨大な魔力が一気に流れ込み、混じり合ったためだ。


 「ぷぁ。ごちそうさま」


 その感触を舐めとるようにぺろりと口許を一つ舐めたイリスは、まさに小悪魔を彷彿させる様相だった。


 「うっ!」


 身の内で猛り狂う魔力と熱の奔流に顔を赤く染めたクロは、それを吐き出すべく両側の魔石に手を乗せると、その上にイリスも手を添える。


 「ふたりで、たおす」


 「ああ、負ける気がしないな」


 感情によるものか、魔力によるものかは判断がつかない程の熱とともに迸る高揚感に身を任せ真正面の一角竜を見据えると、それは膝を折り曲げ力を溜めて、再び走り込むための予備動作をしていた。


 「クロ。まかせて」


 クロは更に魔力を込めて魔石を強く握りしめると、イリスも自然とクロに重ねた手に力が入る。


 二人から魔力を受けたそれが腰の剣を再び抜き構えるとその剣身に霜が纏わりつき、極度に冷却された剣は、振るうたびに周囲の空気を凍てつかせ霧を生みだした。


 突如発生した霧に視界を遮られ苛々とした様子で雄たけびを上げた一角竜は、向いていた方向へその凶暴な角を左右に振り回しながら駆け出す。


 「疾駆(ブースト)!」


 背中からこれまでとは比べ物にならないほどの魔力が噴射され、その威力家屋を軽く吹き飛ばす程で、鋼鉄の身体は紙のように軽く押し出される。


 「うあッ!?」


 力の調整が上手くいかず、クロ達の目の前にはその機体の全長を優に越す程の大きな鍾乳石がそびえたっていた。


 「クロ!」


 イリスが声を上げて正面を見据えつつ魔力を操り、ディピスの肩に据え付けられた狙撃銃(ライフル)の銃口を向けて放つ。


 「助かった。ありがとな」


 「ううん。それよりも⋯⋯」


 イリスとクロが見据える先には、ラスティを視界に捉えた一角竜が周囲の鍾乳石を破壊し、それを宙に浮かせていた。


 「させるかッ!」


 背負ったバックパックから回転式拳銃(リボルバー)を取り出したディピスは即座に撃鉄を起こし、引き金を引いて銃弾を打ち出す。


 「イリス!」


 「わかってる!」


 クロの打ち出した弾丸の後に遅れて炸裂音が鳴り響き、薄暗い空間に火花が爆ぜる。


 その後部に弾を撃ち込んで力を加え、その速度を更に加速させたのだ。


 一角竜の瞳目掛けて放たれた弾丸はその軌道が逸れるも、通常よりも何倍もの衝撃を加え、その竜の分厚い脚部の肉の壁をを穿つ。


 「はあああああ!」


 クロの掛け声と共に放たれた魔力を受けてデたィピスは目を光らせて腰の剣を抜き放ちつつ躍り出る。


 冷気を纏う剣で切りつけると、一角竜の足から噴き出す血液を凍らせ、足下の流水ごとその場へと縫い止めた。


 一角竜から距離を置き、肩の銃口を向けたディピスの中で、クロが吠える。


 「イリス。終わらせるぞ!」


 「ん。わかった」


 頷いたイリスがクロの首に手を回して顔を向けると、先程と同じく口づけを交わす。


 「えっ? ちょっ⋯⋯んむっ!?」


 激しく混ざり合う唇と魔力に、クロの全身は沸騰するのではないかと錯覚する程の熱を帯びる。


 「「これで決める!」」


 重なり合った声と魔力はディピスの砲身へと集い、これまで以上に強烈な冷気を収縮させた砲弾が、極光の光線となって射出される。


 『愚か者!』


 その一撃は乱入された銀色の大盾によって阻まれる。


 四方八方へと散った光が生み出した霧を振り払い中から現れたのは、その剣と同じく騎士のような形をした白銀の夢幻機兵だった。


 「何やってんだよ⋯⋯⋯⋯オヤジ」


 「えっ?」


 呟くような声を拾い上げ、耳をピクッと動かしたイリスがクロの表情を窺うと、彼女は歯を食いしばり、恨めしそうにその機体を睨みつけていた。


 『そこな者、退()け。この獲物は儂の物じゃ』


 しわがれた男の声が響き、白銀の光を放つ騎士は地を力強く踏みつけ一歩を踏み出すと、目にも留まらぬ速さで距離を詰め、竜の顎下を剣の柄でかちあげる。


 突き上げの威力に耐えきれず、竜は鍾乳石の垂れ下がる天井を破りながら上へ上へと昇って行く。


 やがて、絶叫と共に地表へと飛び出した竜は、両翼を大きく広げて大空へと羽ばたいて去って行った。


 『ちぃ。取り逃したか』


 天井に空いた大穴を見据え、白銀の騎士がぽつりとこぼしながらクロ達へ向き直った。


 『して。主ら⋯⋯この水脈を潰す気かのう?』


 白銀の夢幻機兵の胸部が空気の抜ける大きな音を立てて開かれ、大柄の老人が降り立った。

 それに合わせるように、クロも操縦席のボタンを押して飛び出し、彼の前で片膝を地について頭を下げた。


 「はじめ⋯⋯まして。グレンさん」


 「ふぅむ。そちらはイリス君と、きみは⋯⋯クロ・リュミナーレ君じゃな。王国式のあいさつを心得ているとは感心じゃのう。はじめまして。儂はグレン・シャジアルーグというものじゃ。国守の五将(ペンタグラム)の一角を担っておる」


 真っ白なオールバックの髪に触り彼は朗らかに笑う中、クロとイリスはそれどころではなく顔を見合わせる。


 「なあ、イリス?」


 「ん。ちょう、おおもの」


 目の前にいる老人は齢七十七にして最強の中の最強とまで評された、国主の五将第一席に位置する将であり、行き場のないクロスを拾い、自身の家名まで分けた人物でもある。


 クロ達が目で会話をしていると、彼がその顔を一転させ険しい表情を浮かべた。


 「さて、今一度問おう。キミたちはこの水脈を破壊する気だったのかね?」


 ギロリと刺すような眼光に怯みながらも、クロは懸命に言葉を探した。


 「そんなつもりはありません。あの魔物は危険です。つい先日もアルトシザースを襲ったばかりで⋯⋯」


 「そんな話をしているのではない。あの魔物が倒されたとき、その魔石に内包される魔力はどうなる? そこまで考えて初めて、騎士としての職務を全うしたことになるのではないかね?」


 何も言えずにいる二人に、息を吐いて続ける。


 「本来あれば、金等騎士におぬしらを任ずる打診のために来たのじゃがの。これではまだまだ先は長いかのう」


 ほっほ。と長く白い顎髭を摩り、グレンはクロ達に背を向けて白銀騎士に飛び乗る。


 「さて。儂はあの魔物を追う。では、また会おう。行くぞ、プレシエ」


 胸部のハッチが完全に閉じられ、プレシエと呼ばれた機体は背中に格納していた翼を大きく広げ、頭上の大穴から飛び出して一角竜の去った方向へと飛び立っていった。


 「なんだか色々あったけど、一旦戻って報告だな⋯⋯イリス、どうした?」


 「ん。なんでもない」


 ふるふると首を横に振ったイリスは改めてクロの手に自信の手を重ねた。


 「はやく、かえろ?」


 ああ、と答えたクロは後部の紫色の魔伝石に触れて口を開く。


 『ラスティ。お疲れ様。一旦戻ろう』


 『分かったよ! ありがとね、お姉ちゃん達!』


 『礼を言われるほどじゃ⋯⋯いや、反省会は後だな』


 ラスティの乗る空色のディピスが大きく手を広げると、足元を流れる川が柱となって頭上の大穴を貫いた。


 その上にイリスが氷を張り、三人が地表に降り立つと、その後ろから空色のディピスも水柱を昇ってくる。


 「あの、ね、クロ」


 広がる荒野を眺めていたクロに、イリスは震える声で問いかける。

 気まずそうに顔を顰めているイリスに、クロは首を傾げて次の言葉を待った。


 「クロは、たいちょーじゃ⋯⋯ないよね?」


 「そんなわけないだろ!?」


 「むう」


即座に答えたクロに納得いかない様子でなおも食い下がろうとするイリスに、沈黙を保っていたレミが割って入る。


 「あ、あの! ここは町の外ですし、瘴気の影響の影響も減ったとはいえ、まだ魔物は出るとおもいます!」


 「ほ、ほら、レミの言うとおりここは危険だ。な?」


 機嫌悪げに頬を膨らませたイリスの背中を押してステラに押し込み、クロもディピスにレミを伴って乗り込む。


 帰還のため荒野を歩く道すがら、クロが口を開いた。


 「ふう。助かったよ。ありがとう。レミ」


 「どういたしまして⋯⋯? でも、いつまでも誤魔化しているのは、イリスさんがかわいそうで⋯⋯」


 「はあぁ。そうだよなぁ。分かってはいるんだ。けど、もう少しだけこの旅をさせてくれないか?」


 「え? それって⋯⋯」


 「どうあっても規則は規則。私への処罰は免れない。ましてや夢幻機兵の私物化は大問題だ」


 「そんな!」


 「それが秩序を守るってことだ。規則を破ったことも分かってる。だけどせめて、この旅の末を見届けさせてもらえないかな?」


 「けど! あなたがすべてを背負う必要は⋯⋯」


 「もしも私が許されたことで、他の騎士が夢幻機兵で暴れだしたら?」


 「それは想像の話で⋯⋯」


 「庇ってもらえるのは嬉しい。だからこそ、貴女の、皆の力になりたいって思うんだ。だから⋯⋯」


 「⋯⋯わかりました。納得はできないですけど。あなたがそこまで思うのなら、私には止める権利はありません。このことは口外しないようにします」


 「悪いな、なんだか罪を背負わせた形になって⋯⋯」


 「いいえ。でも、貴女はもう少しわがままになってもいいと思います」


 その言葉にクロは何も答えられず前を向いて進んでいくと、いつの間にかフューリーの前までたどり着いていた。


 「お待ちしておりましたわぁぁ!」


 格納庫でそれぞれの機体のメンテナンスをネメアとリアに任せ、指令室へと向かった四人を出迎えたのは、帰りを今か今かと待ち望んでいたシフィだった。


 お決まりのようにクロに抱き着き、耳の香りを吸い込んだ彼女は恍惚の表情を浮かべてしばらく堪能した後、咳払いをして再び向き直る。


 「よくぞ戻ってきてくれました。地下から巨大な竜が飛び立つのと、一の将グレンがいらしたことはこちらでも確認しております。けど、私、心配で⋯⋯」


 手を胸の前で組む彼女に、クロは一人前に出て敬礼をとった。


 「地下の瘴気はレミ様のおかげで完全に浄化できました。ただ、あの一角竜を逃してしまったのが心残りですが⋯⋯」


 「それは彼に任せましょう。現在、グレンはあの魔物の追跡をしています。いずれ討伐の報告が入るでしょう」


 それはそうと、と再度咳払いしたシフィは人差し指を立てて口を開いた。


 「貴女達には今回の報酬として、皆に休暇を与えます」


 突然の言葉にクロとイリスは困惑顔を見合わせた。


 「あ、今この人何言ってるんだろう? とか思いましたわね!? 全く⋯⋯これだから王国の騎士教育は好きになれないのです!」


 嘆かわしい、と目頭を押さえたシフィは俯いたまま言葉を続けた。


 「ここのところ、ずぅっと働き通しでしたからね。補給機が来るまでの五日間、この街で英気を養ってもらいます。これは決定事項ですわ!」


 シフィが言い終わり、胸元で手をたたいて、その場は解散となった。


「いきなり休暇って言われてもなぁ⋯⋯」


 指令室から追い出された四人が格納庫へと向かう中、クロがため息交じりに言葉を吐いた。


 「ご、ごめんなさい! 私はこれから戻った声の調整があるので⋯⋯」


 真っ先に声を上げたレミが自身の部屋への扉を開けて顔だけを出す。


 「ああ。そうか、ありがとうレミ。今回は⋯⋯いや、今回も本当に助かったよ」


 「えっ、あ、その⋯⋯ありがとうございます!」


 レミ自身、礼を言われた経験が少ないため、早口にそう言って扉を強めに占め、蔵たちは再び歩き出す。


 「ラスティはこれからどうするんだ?」


 ふと立ち止まったクロが、足元にくっついていたラスティに問いかけると、彼女は少し考えた後口を開いた。


 「パパのお手伝いするの!」


 「ああ、魔物が居なくなってもまだ爪痕は残ってるもんな。何か手伝えることは⋯⋯」


 「ううん。これ以上お姉ちゃんたちに頼れないよ」


 決意の籠った瞳を見てクロが小さく頷き屈むと、ラスティの頭を撫でた。


 「分かった。でも、助けが欲しいときはちゃんと言うんだぞ?」


 「うん。でもそれは、お姉ちゃんたちも同じだから! 困ったときはいつでも呼んでね! すいすいって飛んでくるからね!」


 「はは、心強いな」


 再びクロがラスティの頭を撫でまわし、彼女が気持ちよさそうに目を細めると、クロの空いた左手をイリスが割り込み自身の頭に乗せた。


 「わたしも、いっしょ」


 「ああ、そうだな!」


 クロは嬉しそうに口角を上げて二人の頭を少し強めに撫でまわした。




 「あ⋯⋯そろそろ帰らないと⋯⋯」


 イリスがラスティを部屋に呼び、三人で談笑していると、フューリーの窓から夕陽が差し込む頃、ラスティは名残惜しそうに顔を顰めた。


 「もうそんな時間か。なに、また会えるさ。今度は王都でとびっきり美味い物、ごちそうするよ」


 「クロお姉ちゃん⋯⋯」


 「ん。かんこう、まかせて!」


 「イリスお姉ちゃん⋯⋯。ありがとう! 今度は絶対、遊びに行くからね!」


 涙ぐんだラスティにつられ、クロも目尻に涙を溜めて格納庫へと向かうラスティを見送る。


 「「まってる」」


 声を重ねた二人彼女の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。


 「さて、しんみりしてたけど、明日もラスティには会えるよな?」


 「あっ、ふふ。うん。でも、わたしはあした、ようじ、あるから⋯⋯」


 「あれ、そうなのか? なら私も明日は久しぶりにゆっくりしようかな⋯⋯」


 沈む夕陽に、クロは思いを馳せるのだった。

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