24:小休止と尾行と告白と
朝日が顔を出し始める頃、清浄の姫園の中で誰よりも早く起きたクロは、フューリーを出て大きく背筋を伸ばす。
「くぁ⋯⋯。さて、行くか」
足に魔力を纏わせたクロが、手にスコップを持って駆け出した。
向かう先はあの巨竜と戦った場所、地下水が剥き出しになった大穴だった。
「ったく、オヤジめ! 何がこの水脈を破壊するかかのう? だよ。自分でこんなに壊して行きやがって⋯⋯もう!」
クロが溜息を吐いて魔法文字の刻まれたスコップを地面に突き刺し魔力を流し込むと、周囲に散っている石や砂が穴を塞ぐように集まる。
「うはぁ。これ終わんないぞ⋯⋯」
目の前に広がる大きな穴を見つめ、クロがぼやいている頃、フューリーの中で朝日を浴びたイリスがベッドから身を起こして目を擦る。
「やっぱり、おかしい⋯⋯」
イリスは握った右手の指を一本ずつ立て、呟きながら違和感を整理することにした。
人差し指を立てる。
「まず、はじめてのったディピスのぶそう、しってたし。しかも、つかいこなしてた」
中指を立てる。
「クロとはじめてあったとき、いきなりあたま、なでようとした」
薬指を立てる。
「クロ。ぜったいまほう、つかわない」
小指を立てる。
「いつも、クロがいないときに、メイメツがいた。しかも、こんかいは大蛇のおなかのなかから⋯⋯」
最後に親指を立てる。
「グレンさんのこと⋯⋯おやじってよんでた。こんなの、ぜったいおかしい」
でも、とイリスは小首を傾げ、開いた掌で頭を抱えた。
「クロはおんなのこ⋯⋯」
その目で確認した絶対的な事項が頭を過るが、彼女はそれを振り払うかのように首を横に振る。
「クロのひみつ、みつけだしてみせる!」
ふんす、と鼻息を荒くしたイリスは早速着替え、クロを追いかけるべく、部屋の外に出るのだった。
「へくちっ! うぅ。寒い⋯⋯のか? もう感覚すらないぞ」
目の前にあった巨大な穴は石と砂によって完全に塞ぎ、補強を終えたクロが荒野に座り込んでいた。
「やったなぁ⋯⋯」
目の前の大穴だった場所を見据えてクロは達成感に浸っていたが、しばらくその場で荒野の先を見渡していることに飽きたのか、すっくと立ちあがる。
「さて⋯⋯帰るか」
うんと背筋を伸ばした伸ばしたクロは辺りに誰もいないことを確認すると、体内で魔力を練り上げた。
「転移」
青白い光に包まれたクロが目を開くと、フューリーの格納庫にある秘密の部屋に居た。
クロがメイメツを見上げて物思いに耽っていると、目の前で待機していたネメアに声をかけられた。
「やあ、おかえり。お疲れ様だね」
「みゃぁぁぁ!? なんだ、ネメアか⋯⋯おどかすなよ」
白衣を着こんだネメアが、コーヒーカップを片手に手を上げて応じた。
「すまないね、ただ、イリス君がキミがクロス君ではないかと疑っていることを忠告したくてね」
「ああ。それは昨日聞かれたな」
「どうやら納得いっていないようでね、キミの行き先を聞かれたよ」
「そうか。レミは成り行きで巻き込んじまったけど、これ以上は⋯⋯特にイリスは巻き込みたくない」
「そうだね。だからこそ、魔王教幹部を捕まえて実績を挙げることと、国民の守護を優先しよう。魔王が復活なんて、あんな悲劇は二度と起こしちゃいけないよ」
「ああ。今ですら瘴気のせいで国同士が分断されてるんだからな⋯⋯」
「まあ、それは万全な状態に戻ってからだね。今は休息の時だよ。シフィ様も言った通り、羽を伸ばす時間が無いと身がもたないよ」
「それじゃあ、少し外に出てくる」
「うん。行っておいで」
手を振って見送るネメアを尻目に、クロはファウンティの街へ向けて歩き出した。
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「とか言って喜び勇んできたものの⋯⋯一人の時ってあんまりなかったし、何しようかな?」
考えつつ干からびた砂利を踏みしめて歩いていると、クロの顔に僅かに水がかかる
「ひゃっ! ⋯⋯もうこんなところまで来てたのか」
目を見開いたクロの目の前には見上げるほどに大きな噴水から飛沫が、照りつける太陽の光を受けて虹を生み出していた。
「こんなに綺麗だったんだな。最初に見たときは赤黒くて毒々しい色してたし、あと臭いも⋯⋯⋯⋯うん。守れて良かった」
青空を穿つように立ち上る無色透明な水を見上げ、クロは一つ頷いて歩を進める。
門を潜った先で、クロは人混みを避けるように南の大橋を回り込むように街の西側、商業区へ再び辿り着いた。
「南は居住区で東は産業区、北は農畜区⋯⋯北と東は身分証明できないから入らないし、結局ここの商業区になるんだよなぁ」
ネメアから預かった地図を片手に、描かれた街を指でなぞり、現在地である西側をくるりと指で囲ったクロのお腹から、きゅるると音が鳴る。
「⋯⋯飯にするか」
大通りから一本外れて裏路地へと向かい、コーヒーカップの描かれた看板を見つけ、カフェらしき店へ中に入る事に決めた。
クロが扉を開けると、扉の内側に括り付けられた小さな鐘がからんからんと小気味良い音を立てて来客を知らせる。
耳の形から犬系の獣人だろうと思われる細身の女性が出迎える。
「いらっしゃい」
窓際の四人掛けのテーブル席に通されたクロが顔を上げて目が合うと、エプロン姿の店員が垂れた耳と強気に細めていた目を張った。
「おや、光栄だねぇ。英雄様にウチの店を選んで頂けるとは」
「ちょ、やめてください。そんな柄じゃないです」
「謙遜するじゃないよ。ウチの旦那もアンタのおかげで助かったんだから」
奥の厨房から顔を出したのは、敬礼をしたエルフの青年だった。
「あの時の!」
「はい。マルク、と申します。あの時は本当に助かりました」
深々と頭を下げた彼に、クロは大きく目を見開いて名乗り返すと、横に居た女性が割って入る。
「ウチの旦那なんだ。あたしが冒険者だった頃の武器が欲しいなんて言い出した時はもう気が気じゃなくってねぇ⋯⋯」
「あの時、あなたに助けていただかなかったら、私の命はありませんでした。本当にありがとうございした」
「あの時は本当必死で⋯⋯というか、実際蛇に呑まれちゃったんで、お恥ずかしいというか⋯⋯」
「そんな事ないですよ! 貴女のおかげで今、こうして妻とまたこのカフェを構える事ができるのですから!」
「そういえば、お二人って⋯⋯」
「よしておくれよ。敬語なんて使わず、普通に喋ってほしいね。⋯⋯別に珍しくもないだろう? 五十年前の人魔大戦以降、異種族間で結婚なんて事はさ」
手をヒラヒラと振った彼女に、マルクが割って入った。
「そうですね。人魔大戦の折、勇者様が魔王を打ち倒すべく五種族の代表を集い、アストラーダ王国が建国され⋯⋯」
「はいはい、アンタが勇者様の演説を聞いて感動したって話でしょ?もう何百回も聞いたわ。まあ、そんな感じでボチボチやってるわけ。だから、本当に助かったよ。ありがとう」
純粋な感謝の言葉に、クロは大きく頷いて応えた。
「お役に立てたようで何よりです」
「さて、礼と言っちゃなんだけど、ウチでメシ、食っていきなよ。代はいらないからさ」
「いやいや、頂けないですよ! ちゃんと払いますから」
「そうは言ってもねえ⋯⋯あぁそれじゃあ、そこのローブで頭隠したヒトもタダにしてやろう。どうだい?」
「どうって、何の解決にもなってないぞ!?」
「すみません。妻は言い出したら聞かないもので⋯⋯私からもお願いします。どうしてもお礼をさせてもらいたいのです」
「そうは言っても、礼とかが目的じゃ⋯⋯ん?」
ふと、奥の席に座る人影を見ると、首元にきらりと光る雪の結晶をかたどったチョーカーがクロの目に映った。
イリスがあとをつけてきた事を察したクロは、指を一本立てて、少し大きめの声で提案した。
「それじゃあ、一つ教えてもらいたい事がある」
ごくりと固唾を飲んだ二人に頷いてクロはさらに続ける。
「この街や店の中で、私と同じ黒い髪の男を見なかったか? 髪は短髪で年齢は十八くらい、身長は百七十くらいで中肉中背、それから、特徴⋯⋯特徴は⋯⋯特に⋯⋯無いです」
改めてクロの脳裏に過ぎるクロスの姿に特徴的な部分を見出そうとするが、見つからず、だんだんと尻すぼみに声を小さく萎んでいく。
「あ、ああ、黒髪の男だね、うん。それは充分特徴さね! けど悪いねぇ⋯⋯この店に来た事も、街の中で見かけたことも無いね」
「すみません、私も見たことは無いですね。お役に立てず、申し訳ございません」
「ああいや、そんな簡単に見つからないのは分かってるんだ。気にしないでくれ」
「そう言っていただけるとありがたいです」
自分から振った話題なだけに、なんだか居た堪れなくなったクロはメニューの中のパンケーキとコーヒーを注文し、マルクの後ろ姿を見送ってしばらく待った。
「ふぅ。さて、これから何するかな⋯⋯」
頬杖をついて窓の外に広がる晴天の青空を見つめ思案していると、ふわりとバターの香りがクロの鼻腔をくすぐった。
「良い匂い⋯⋯」
運ばれてきたパンケーキに鼻をひくひくと鳴らしたクロは、早速ナイフを入れて齧り付く。
「うまぁ」
左頬を押さえて幸せそうな笑顔を咲かせた彼女に、窓の外を通る通行人が老若男女問わず見惚れた。
「コーヒーもうまぁ⋯⋯パンケーキの甘さとよく合うな。これなら何杯でも飲めるぞ」
ふぅ、とクロは一息吐いて再び外の景色を眺めようと窓の外に目を向けると、人だかりが覗き込んでいる事に気が付き、口に含んでいたコーヒーを慌てて飲み込み咳き込んだ。
「ミャア!? 怖っ! 視線が怖い!」
「あ〜、まあ、そんな幸せそうな顔してたらねぇ。あたしまで見惚れちまいそうだったよ。ま、これも美人の特権だと思って諦めな」
厨房から犬耳をひくひくと動かしたエプロン姿の店員が出てきて腕を組む。
「よ、よしてくれよ。変な冗談は」
「おや、気づいてないのかい? あたしの今まで見てきた中で一、二を争うくらいアンタは綺麗だよ。ちょっと吊り目がちなのが気になる所だったけど、笑うとそれも無くなって⋯⋯まあ、後はそこの連中の反応通りってことさね」
クロがチラリと窓の外を見ると、先ほどの人だかりは解散していたが、やはりチラチラと視線は感じた。
「いや、あの、えっと、褒めても何も出ないというか」
顔を真っ赤に染め上げたクロは気恥ずかしそうに指を組み替えていたが、それを誤魔化すように手に持ったフォークをパンケーキに突き刺して食べ進めた。
「別に世辞を言ったつもりはないんだけどねえ⋯⋯自分の価値を正確に判断する目も必要さね。要らんトラブルを起こすのは面倒だろ?」
「うぅ。肝に銘じときます」
「はは、贅沢な悩みだねぇ。正直羨ましいよ」
「何言ってるんですか、サラスも負けないくらい綺麗ですよ。私が選んだんですから」
「アンタ⋯⋯」
厨房から来たマルクが彼女犬耳と髪を撫でるように手櫛で梳いえ見つめ合う。
その雰囲気を壊すように、次々と扉に括り付けられたベルがからんからんと音を立てて、次々と客が入って来る。
「なんか、あの子見てたらお腹空いてきちゃって⋯⋯」
照れたように言う女性客の後にもゾロゾロと続き、あっという間に店内の席は満席になった。
「おや、宣伝までしてもらって悪いねえ」
「いえ、私は何も⋯⋯逆になんか騒がしくなっちゃいそうですみません、また来ます」
「気にする事ないのに。まあ、また来ておくれよ。色々とありがとね」
「はい! こちらこそ、ご馳走様でした。それじゃあ、また!」
クロは懐から銀貨三枚をテーブルの上に置き、人の間を縫うように外へ出た。
それから暫く裏路地を歩き、クロはため息を一つ吐いて背後について回る足音の主に声をかけた。
「もういいだろ、イリス」
物陰から青い髪と三角の耳を出したイリスは、目を見開いて姿を見せた。
「きづいてたの?」
「ここは静かだからな。⋯⋯さて、何か言いたい事でもあるのか?」
「ねえ、クロはたいちょーのこと、しってるの?」
淡々と告げられた言葉に、クロは迷いながらも首を横に振った。
「クロスさんのことは何も知らないよ。会った事もな「それはうそ」⋯⋯え?」
割り込まれた言葉にクロは目を剥いた。
「だってクロ、たいちょーの背とか、くわしく、きいてた」
「いや、それはネメアに⋯⋯」
「それもうそだよね? ネメアにもきいたけど、くわしくは知らないっていってた」
じりじりと詰め寄るイリスに、クロネメアと話を擦り合わせておかなかった事を悔やみつつ、何かないかと視線を泳がせると、クロスの顔が描かれた手配書を見つけた。
「あー、悪い。ネメアから聞いたのは勘違いだ。実は手配書に⋯⋯」
「とぼけないで! てはいしょに、しんちょうなんか、のってない!」
一際大きな声を出したイリスに、クロは一歩下がり項垂れた。
「クロ。わたしは、クロのことも、たいちょーと同じ位すき。子供みたいに笑うところも、美味しいごはんで笑いあえるところも、やさしく撫でてくれるあったかい手も、誰かのためにうごけるクロが、ぜんぶがすきなの!」
ぐしゃぐしゃになった感情が熱い雫となってイリスの頬を伝い落ちる。
「でも、このままじゃダメなの! おねがい、真実をおしえて!」
泣きじゃくるイリスの姿が痛ましく、クロはゆっくりと口を開いた。
「イリス、私⋯⋯いや、俺は⋯⋯」




