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星割の明滅閃姫  作者: 零の深夜
前章:生還、性転換、英雄譚!編
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10:大破と救助と明滅と


 ディピスの突き出した刃は、分厚く頑丈なオーガリーダーの手に阻まれ、突き破る事は敵わなかった。


 「なあっ!?こいつ、どんな反応速度して!?」


 慌ててディピスを退かせるが、それすらも緑の巨人は許さなかった。

 血の流れる右手のひらで、剣を受け止め、更に左手でその機体の腕を握りしめていたのだった。


 「ああくそ!動かねえ!」


 魔力を強く込めてもびくともしないディピスの腕に苛立ちを抑えきれずにクロが悪態を吐くが、その状況が変わる事はなく、仕方なしに転移で逃げようと魔力を流し始めた彼女の体が、ふわりと浮かぶ。


 「なんだ!?」


 ディピスは、腕をその機体ごと軽々と持ち上げられ、緑の巨躯が雄叫びを上げて側に生えている木へと放り投げる。


 「ぐうっ!?」


 クロは内臓を掻き回されるような不快感と共に機体ごと林の中へと突っ込むと、その木を何本か折って、その勢いが止まる。


 「くそ、右腕がやられたか⋯⋯」


 放り出された衝撃でディピスの右腕は千切れ、何本かのワイヤーが剥き出しになっていた。

 それでもなお戦意を失わないクロが立ち上がろうと、両手の魔石に魔力を送った時の事だった。


 「足もか!?」


 その足へ視線を向けると、地面を跳ねた影響だろう、膝から足の付け根の辺りまでがおかしな方向へ曲がってしまい、思うように立てずにいる。

 更にオーガリーダーは、追撃をしようとその通り道に生えている適当な巨木を引き抜くと、それを棍棒代わりにしてぶんぶんと感触を確かめるように上下に振った。


 「まずっ⋯⋯」


 尚も歩み寄る緑の巨体に、クロは両手の魔石に力を込めて首を横に振る。


 ちりん。


 彼女の首の鈴が、その存在を主張するように、小さく高い音を一つ鳴らした。


 「使えって? ⋯⋯借りるぞ、ネメア!」


 クロは両手の魔石から手を離し、両手でその鈴を包み目を閉じると、祈るように魔力を込める。

 彼女の手から放出された膨大な魔力は、眩い閃光を放ち、ディピスの濃緑色の巨体をフューリーの中へと送還させる。


 その光を直視したオーガは堪らず左手で目を覆って光を遮る。



 クロが次に目を開けたとき、彼女は真っ暗な部屋の中にいた。


 「どこだ⋯⋯ここ?」


 『もしもし。聞こえるかな?』


 ネメアからの通信の声がクロの長い耳へと届く。


 『ああ。聞こえてるが⋯⋯ここは?』


 『場所自体は変わっていないさ。同じ戦場、同じ状況、キミへ向かってくる危機も変わらずさ。⋯⋯ただ、キミの乗っている機体だけが変わったがね』


 『なんでそんな落ち着いてるんだ!? ⋯⋯うわぁ!?なんだこれ!?』


 クロの上からにゅるにゅると這い寄る触手が腕や脚にまとわりつき、その身体をまるで、(はりつけ)のように雁字搦めにしてしまった。


 『きしょいんだが!?』


 『きしょっ!? ⋯⋯こほん。それこそが、ドレインスライムという魔物の素材から作り出した、ヒトの動きを完全に再現する装置、テンタクル システム。これは凄いぞ。なんと言ってもキミの動きを魔石による信号に頼らず、キミの動きを完全に反映してくれる代物なのさ。見た目は少々アレだがね。物は試しだ。魔力を少し出してから、キミの体を動かす意識をしてごらん?』


 クロが魔力をその体に纏うと、目の前の視界が一気に開け、目の前には大樹を担いだオーガが走り寄ってくる姿が映し出された。

 彼女はその手を握るように意識をすると、それに呼応して自身の乗る機体もまた、同じように右手を握りしめる。


 『凄い!遅延が一切ないぞ!』


 オーガが両手に持った巨木を振り下ろすのを見て、咄嗟に手で受け止めたクロだったが、その衝撃が彼女を襲い掛かる事はなかった。


 『そうだろう?それに出力も、キミの乗るディピスのざっと五倍はあるからね。負ける道理はないさ。付け加えておくと、その機体に乗っている間はいくらでも転移を使って問題ないからね。さ、派手に行こう!』


 通信が切られると、クロは了解と呟いて、未だに目の前で顔を歪ませて力比べをしているオーガリーダーの持つ巨木をへし折った。


 よろめいた緑の巨人はふらふらと二歩後ろへ下がると、自身の武器を壊した相手をまじまじと見つめると、驚愕に目を見開いた。


 そこには、細身の真っ黒な装甲と、関節部分にびっしりと刻まれた魔法文字が、まるで夜空に瞬く星のように眩い銀色の輝きを放っている光景が映る。


 オーガは精一杯の雄叫びを上げてその機体の両肩を掴もうとするが、その攻撃は機体が目の前から掻き消えた為に、失敗に終わる。


 「こっちだ!」


 流れるように転移を繰り出し、背後に回ったクロが叫ぶと、その機体は脚を高く上げ、今度こそ、その右胸の魔石を貫いて割り砕いた。


 力の根源を失い、その巨体が地に倒れ伏し動かない事を確認すると、クロはその機体を操り森を抜け、短距離転移を繰り返して戦場に躍り出る。


 『なんだありゃあ!?』


 驚愕に第一声を上げたのはワイズだった。


 それは、夜の戦場に銀色の光が走っては消え、その場所には魔物の残骸だけが残された。


 『分かりません!あの機体の登録データはどこにも載ってないです!』


 『所属不明機か⋯⋯』


 『ただ、物凄い勢いで魔物が討伐されています!』


 『近寄ると何があるかも分からねえ。ここは様子見だ!』


 ワイズの声に従い、騎士達が遠方で見守る中、クロの進撃は留まることを知らず、数十回にも及ぶ明滅の果てに、単独での魔物の群れの討伐を成し遂げた。


 『ご苦労様、クロ君。実はね、キミの乗っている機体はどこの国にも所属しない、正体不明(アンノウン)になっているんだ⋯⋯つまり』


 『領主の自治権にも縛られないって事か!いいこと聞いた!』


 クロは小さく笑うと、その機体を操って街の中心、歌声のする方向へと走り込むと、一直線に光の道を駆け抜け、民衆を飛び越すように大きく跳び上がる。

 空中で拳を下へと向けると、自然落下の力を利用して安寧の塔の土台部分を力強く殴りつけた。


 その手はあっさりと地を抉り取り、すぐに話に聞いた地下空間を掘り当てた。


 瓦礫に潰される人の出ないように、目に映る土砂を全て地表へと転移させた上で、クロはネメアに通信を送る。


 『当たりだ!中に獣人が百人程度見える!』


 『ご苦労様。それじゃあ後はシフィ様に任せて彼を裁いて⋯⋯』


 『なんだ!?』


 『どうしたんだい?』


 『赤い機体が⋯⋯空を飛んでる!』


 クロの見上げる空には、レミを照らす為に当てられた、照明の余波を受けて、燃えるような真っ赤な輝きを放ち、頭部にドラゴンの頭を模した一機の夢幻機兵(ルナティック・ギア)が空を飛んでいた。


 『そこの夢幻機兵、おとなしく投降しなさい!どこの所属か知らないけど、浄化の儀の邪魔は許さないわ!』


 その真っ赤な機体の色と声に、クロは強い既視感があった。


 『あれ、もしかしてメルナか?』


 『そうだよ!けどあれはまずい、早く撤退するんだ!』


 メルナの機体の竜頭ががぱりと開かれると、魔王教徒の男が出そうとした物とは比べ物にならない程の熱と光を蓄えた炎が噴き上がった。


 『無視とはいい度胸ね、消し炭にしてあげる!』


 「まてまてまて!?」


 吐き出すように発射された直径二メートル程の炎弾は、クロ目掛けて真っ直ぐに飛んでくる。


 「避けるわけには!」


 後ろの穴をチラリと見やると、肩を寄せ合い、身を震わせる獣人の姿が映る。


 「返品で!」


 クロが両手を広げるように意識をすると、彼女の意思を反映して黒い機体も両手をいっぱいに広げ、目の前の空間を歪ませると、迫る炎弾は一旦消滅した後に、上空のメルナへと向かって打ち出された。


 「小癪な!」


 メルナが打ち出された炎を避けると、その弾丸は遥か上空で爆ぜ、凄まじい音と光を放ち、レミの歌唱の終局を彩った。


 メルナは再びクロのいた方向へ目を向けると、あの眩い光を放つ機体は跡形もなく消えていた。


 「逃げられた⋯⋯?このアタシが⋯⋯?」


 失意に沈むメルナを置いて、一旦フューリーの格納庫に戻ったクロは、その黒い機体の中でネメアに通信を入れた。


 『助かった。正直この夢幻機兵が無かったら俺死んでたわ』


 『ご苦労だったね。さ、応急的にだけどキミのディピスは修復しておいたよ。⋯⋯リアが。早く戻ってイリス君を見つけてきておくれ』


 『どうやって降りるんだ?』


 『ああ、魔力の供給を止めれば、その触手から解放されるよ』


 言われた通り、クロが魔力の放出を意図的に止めると、彼女の手足を縛っていた触手は天井へと収納される。

 その様子冷めた目で見て、クロが正面のボタンを押下すると、プシュッと音を立ててコックピットが開かれる。


 「やっと解放された⋯⋯なあ、あの触手ってどうにか」

 「ならない。あれが一番効率的なんだよ。分かるだろう?」


 クロの意見をぶった斬って、ネメアがそう言った。


 反論しようとは考えたが、その時間がないことに気がつき、クロは口をモゴモゴとさせながら、千切れた右腕を応急的に修繕され、脚部が真新しくなったディピスに飛び乗った。


 「後でじっくり話し⋯⋯」


 その言葉は扉が閉められ、最後まではネメアに届く事は無かった。


 「頼んだよ、クロ君」


 祈るように告げたネメアの声はクロには届かなかったが、その思いを受け取ったかのようにディピスを走らせ、安寧の塔まで舞い戻った。

 その先で彼女が目にしたのは、シフィによって問い詰められている男の姿だった。


 彼はその身にまとった脂肪の塊と声をを震わせて盛大に叫び散らす。


 「人モドキをこき使って何が悪い! 奴らの利用価値など肉体労働以外には使えぬではないか!」


 「そう言っていられるのも今のうちですわ!このことはお父様にも報告いたしますので」


 「そうはさせるか! ぐふふ。つい昨日手に入れた活きの良い娘を使ってやるとしよう! ジャルク!」


 彼、コルグ・ランバースが声高に街の名物とまで言われている巨大な夢幻機兵を呼び出すと、安寧の塔の真下から、あの紫色の巨大な機体がせりあがってくる。


 『昨日って⋯⋯まさか!?』


 たまらず声を上げたクロに、コルグが間髪入れずに答える。


 「おーう!あの生意気な青髪の小娘さ!」


 「やっぱり、あの中にイリスが!」


 クロがそう呟いて紫色の機体を見据えると、それは動き出し、大型戦艦、フューリーのもとへと足を踏み出した。


 「ぐひぃ~。五王様にバレなければ話は終わり! お主らはあの船で連絡を取っておるのだろう?ならばジャルクよ!あの船を壊してしまえ!」


 その命令を受けた巨大な紫色の夢幻機兵はその歩幅を生かして素早く船の停泊している街の北部、騎士の駐屯所へと向かう。


 「やらせるか!」


 クロはディピスの中で叫び、その歩みを止めようと、バックパックの中から二丁の拳銃を取り出し、ジャルクの膝に向かって左右から二発、弾丸を打ち込む。

 しかし、それは分厚い装甲には傷ひとつつける事も出来ず、金属同士のぶつかり合う甲高い音を奏でるな留まった。


 「グヒヒ。無駄無駄ぁ!そんなちんけなオモチャが通用するほど、この街の技術力は甘くはないわぁ!はぁーっはっはっ!」


 高笑いをするコルグに青筋を浮かべたクロだったが、その銃口を彼に向ける寸前で我に返り、ジャルクへと向き治った。


 「絶対ぇ助ける!」


 駆け寄るクロへ見向きもせず、フューリーへと足を向けるジャルクを見据え、クロのディピス背中のバックパックを開いて魔力を噴射して空高く跳ぶ。


 「こっち向けぇぇぇええええ!!!」


 ジャルクの正面に回ったディピスは、渾身の飛び蹴りをその巨体の頭部へと繰り出した。


 『クロ、ダメ、やめて!わたしは⋯⋯』


 よろめいたジャルクに乗るイリスの意志とは関係無く、肩に据え付けられた銃口をクロのディピスへ向けると、閃光と轟音を生じさせ、弾丸の雨を降らせる。


 『イリス!? 意識があるのか!?』


 クロの焦る声を聞いたコルグはゲハハと笑い声を上げる。


 「そーう!そいつはただの貯蔵庫よ!いつ歯向かってくるか分からぬ人モドキに操縦など誰がさせるか!」


 『クロ、ごめん。わたし⋯⋯』


 腕を無茶苦茶に振るジャルクの攻撃を見て、震えるイリスの声に、クロは肩をすくめる。


 『謝るなって。すぐそんなゴツいのから降ろしてやっから』


 『クロ⋯⋯』


 穏やかなやり取りとは裏腹に、ジャルクからの攻撃は更に苛烈さを増す。

 肩口の砲塔からは耐えず赤い閃光が弾け、ディピスのいた場所へ穴を開け、腰から射出された鋼糸(ワイヤー)が鞭のように振るわれる。


 「それはまずい!疾駆(ブースト)!」


 バックパックから噴射された魔力の力を利用して、クロが空を裂きながら迫る鋼糸の間をすり抜けると、再度ジャルクの顔面に飛び蹴りを繰り出す。


 再びよろめいたジャルクは、先にクロが空けた、安寧の塔の土台部分の穴に左足がすっぽりと入り、大きく体勢を崩す。


 「今だ!」


 クロは目をぎらりと輝かせ、目の前のジャルクのコックピットの隙間にディピスの指を差し込み、最大出力でこじ開けようと踏ん張る。


 「ふんぎぃぃぃぃぃ!!!」


 クロの張り上げた声を操縦席の扉越しに聞いたイリスが声を掛けた。


 『クロ、どうして⋯⋯?』


 『何がだ?』


 『わたし、クロに、あんな⋯⋯』


 『そんな事!どうでもいいんだよおおお!』


 ミシミシ、とジャルクの胸部にある操縦席の装甲が軋むと、やがてバコっと音を立ててそれが外れる。

 その中で縛り付けられ、魔力を奪い取られ続けるイリスの姿が露になった。

 クロはディピスの操縦席を開けて、ジャルクへと飛び移る。


 「たいちょー⋯⋯?」


 体内魔力をほぼ抜き取られ朦朧とする意識の中、イリスが自身の肩を揺さぶるクロが、彼女が隊長と呼ぶ人物と重なって見えた。


 「悪かったな。白馬の王子様じゃ無くて」


 魔力を奪っていた鋼糸を、腰に差した短剣を抜いて切り刻むと、イリスの意識が徐々にはっきりとしてくる。


 「クロ⋯⋯その⋯⋯」


 「今は良い。喋ると舌噛むぞ」


 「みゃっ!?」


 イリスを横抱きに抱え、クロがその場から飛び降りる。

 降りた先で、コルグが肩と贅肉をわなわなと震わせて叫んだ。

 

 「ばかな!? こんなにもあっさりと⋯⋯グ、グヒヒ。しかし! 人モドキはいくらでも居る!まだ、ワシは⋯⋯」


 「うるせえ!!」


 「ブヒィ!?」


 イリスを優しく降ろし、ツカツカと諦めの悪いコルグの顔面に向けて、クロの右拳が炸裂する。

 歯が折れ、鼻血を噴き出しながら数メートル飛んだ彼は、そのまま気を失い、ピクリとも動かなくなった。


 「あ、やっちまった⋯⋯」


 うっかり、とばかりに自身の手を見つめているクロに、シフィが駆け寄る。


 「クロさん、イリスさん、怪我はありませんの?」


 「ええ。問題ありません。ただ、イリスが⋯⋯」

 

 「わたしも、問題⋯⋯ありません」


 魔力欠乏の辛さを押し殺し、イリスが気丈にそう言うと、シフィは二人を抱きしめた。


 「お二人とも無茶をしすぎですわ!あまり心配をさせないでくださいませ!」


 暫くして、彼女は二人をフューリーへ戻るよう促すと、クロが頷いてイリスへ肩を貸し、歩いて行くのだった。

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