9:来襲と乱舞と希望の歌声と
「つまり、彼の話を要約すると、あの巨大な夢幻機兵のジャルクに乗っているのはこの街の町長兼領主様の、コルグ・ランバースによって集められた獣人達と言う事だね。他にも倒した魔物の回収や、斥候もか。で、その収容所になっているのが、安寧の塔の地下空間というわけかい。なかなか大胆な事をしてくれるねぇ」
事のあらましをガリムから聞いたネメアが話をまとめた。
独り言の提で語る彼は頷くのみで、言葉は発しない。
「くそ! 胸糞悪い話だな。両者の顔に一発入れてやらないと!」
「ふむ。よく分かったよ。ありがとう」
クロが自身の右の拳を左手で受け止めると、ネメアが門の上から飛び降り、ふわりと着地すると、そのまま街の方向へ向かって歩いて行く。
「あ、おい、ネメア!?」
慌ててガリムへ小さくお辞儀をして、クロは彼女の後を追いかける。
その様子を見届けたガリムは月を見つめて呟いた。
「なーんで喋っちゃったんすかねえ?」
しんみりと月を眺める彼に、怒号が下から飛び込んだ。
「なぁにサボってやがる!」
声の主であるワイズの姿を見て、いけねえ。と呟いてガリムは梯子を伝って地に降りた。
「すみません!見張りをしてました!」
「あぁ?こんな時間にか?」
まあ良い、と呟いたワイズは、欠伸をしつつ、守衛所まで戻ろうと踵を返すと、それにガリムが着いて歩く。
「あ、そういえば、例の魔王教の拠点についてなんですけど、何か分かりました?」
「ん?ああ。あの男、尋問にも答えねえし、さっぱりだ」
ふっふっふー、と笑みを浮かべたガリムに、ワイズは目を細めた。
「んだよ気色悪ぃ! なんか分かったのか?」
「ええ。実はとびっきりのタレコミがありまして⋯⋯」
クロ達に聞いた話を意気揚々と語るガリムの話に耳を傾けて、彼らの夜は更けて行くのだった。
「で、これからどうするんだ?」
ガリムとの話を終えた後、ネメアの後に着いて、クロがそう声をかけると、彼女は振り返る。
「どうするも何も、もうボク達にできる事は無いよ。あとはシフィ様に報告して、あの塔の下を暴いて貰えば任務はお終いさ。簡単だったろう?」
その言葉に、クロは首を傾げて、しかし、と返す。
「領主の自治が認められてて、幾ら王国の権力でも⋯⋯」
そこまで言いかけて、クロの声を遮ってネメアが顔をずいっと近づける。
「ああ、気が付いたかい? 実はそうなんだよ。うん。良く知っていたね。うん。けれど、そこについては問題ないよ。一応、シフィ様に報告はするけれどもね。それよりも今はイリス君のことだ。ただの迷子だったら笑い話にもならないよ」
ネメアはそう言って、うんと背伸びをしてクロの頭を一つ撫でると、その手を放し、首元の薄紫色の魔伝石に触れて魔力を流すと、目を閉じて集中した。
その状態を維持すること数分、彼女が目を開けると、小さく頷いた。
「ふむ。これだけ魔力の干渉の少ない時間帯に、こんなにもノイズが走るということは⋯⋯やはり彼女は大規模な魔力を放つ場所の近くにいる⋯⋯?」
ボソボソと呟いて仮定を頭の中で検証して行く彼女は、ふと顔を上げる。
「しまった、ボクとしたことが。これの故障の線を失念していたよ。先にシフィ様に連絡を取ろうか。⋯⋯メンテナンスも兼ねて、映像通話にしよう」
頭を抱えたネメアは、すぐに気を取り直しそう言って、再び目を閉じて手の中の魔伝石に魔力を注ぎ込むと、すぐにシフィの薄桃色の髪が映し出される。
『あ、逆でしたわ。はいはぁい! いつまでも連絡が来なかったので、心配しておりましたの! こちらは丸々と肥えたオークのような男を相手にさせられて辟易しておりましたの!顔が見られて満足ですわぁ! ⋯⋯こほん。そちらには大事無いですか?』
振り返ってお辞儀をしたシフィの姿に、おや、繋がったね。と小さく呟いた後、ネメアが「実は一大事でして」と切り出し、この街であった出来事を一つ残らず報告を始める。
全ての報告が終わったのは、紺色の空が薄らと赤い明かりが混じり、朝陽が顔を出し始める頃だった。
『そうですか、まさかあの豚さんが国に反く行為をしていたとは⋯⋯もっと早くに知っていれば、踏み潰して差し上げたのに!』
シフィは親指の爪を噛む。
『そちらは承知いたしました。私に出来うる限りの事をいたします。⋯⋯それはそうと、どうしてクロさんの服装が私が渡したものと変わっておりますの?』
『それは⋯⋯』
切り出したネメアの言葉をシフィが切り捨てる。
『仰らなくても分かりますわ! 三人で服屋さんでお買い物ですのね!? 私が豚さんと戯れている間に! クロさんを着せ替え人形にしてご遊戯あそばしたのですわね!? その服も可愛らしくてグッドですわ!』
キーッと、頭を抱えたシフィの感情の昂りに魔力が乱れ、通信がブツっと切れる。
「⋯⋯報告はできたから良いか。さて、そろそろボク達も少し休もう。一晩中歩いて疲れただろう?ボクはもうクタクタだよ」
報告を入れた安心感からか、疲労感を露わにしたネメアは覚束無い足取りで、魔王教の男と争った場所付近にある小さな宿に辿り着く。
クロがそれに続くと、ネメアは半ば眠りつつ、銀貨五枚を支払って部屋の鍵を借りると、番号の振られた部屋に入るなり着の身着のままベッドへ飛び込んで、泥のように眠りについた。
「⋯⋯おや⋯⋯すみ。後はよろしく⋯⋯」
「おいおい、後はよろしくってこれ⋯⋯ベッド一つしかないんだが⋯⋯?」
クロが背負ったカバンを置いてネメアの眠るふかふかのベッドに腰掛けると、その弾力に、クロもまた唐突に睡魔に襲われ倒れ込むと、すぴすぴと寝息を立てて深い眠りについた。
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「クロ君。まずいぞ!もう夜だ! 盛大に寝過ごしてしまったよ!」
慌ただしくクロの体を揺さぶるのは、先に起きたネメアだった。
「うう⋯⋯ん?ああ、おはよう」
「うん。おはよう。じゃなくて不味いぞ!もうすぐレミ様の浄化の儀が始まっている!」
「なんでそんな焦ってるんだ?魔王教の拠点は衛兵に抑えてもらってるだろ?」
「ところが、脅威はそれだけじゃないんだ。詳しく話している時間は⋯⋯」
そうネメアが言いかけたとき、けたたましい警鐘が魔物の襲来を告げた。
「なんだ!?」
戸惑うクロに、ネメアが語りかける。
「実は、レミ様の歌は我々にとっては耳心地が良いものだけれど、瘴気に侵された魔物にとっては逆に不快な物なんだ。だから、この歌を聞いたこのエリア一帯の魔物が襲い掛かってくる可能性があるんだ」
「いや、先に言っておけよ!? というかそんな悠長に説明してる場合じゃないだろ!」
クロの覗いた窓の外に街の人々が、安寧の塔の前に集まり、彼らの視線の先には、ディピスの持つ照明によって照らされる、レミの姿があった。
彼女はその長い銀髪を振り乱し、舞うように歌い、その生き生きとした希望の込められた歌へ、クロが服を脱ぎ捨て、軍服に着替えつつ、感嘆の声を上げる。
「へえ。最初会った時はあんなにビビられてたけど、歌ってる時は凄いんだな⋯⋯」
「そうだね。魔物の襲来に気にも留めずに歌い続ける胆力と気迫、そしてあの歌唱力には多くの人が助けられているんだ」
そんな解説を受けつつ、クロの着替えが終わると、ネメアが彼女に、一つの白い鈴のついたチョーカーを渡す。
「これは?」
それを受け取ったクロが、ちりんと小さく音を鳴らす鈴付きのチョーカーをましまじと眺めて、首を傾げた。
「これは⋯⋯ボクから君へ渡せる唯一の“力”さ。ただし、扱い方の難しい代物でね。周囲に誰もいない時かつ、キミが危機に陥った時にだけ、そのチョーカーに全力で魔力を注ぐんだ。本当は使わない事が一番だけれど、キミはそうも行かなそうだからね。さ、時間が惜しい。もう行くんだろう?」
「ああ。それじゃあ行ってきます。転移!」
クロは青白いモヤのような魔力の残滓を残し、その場から姿を消す。
「頼んだよ、クロ君⋯⋯」
ネメアが祈るように向けた視線の先、街の北部に所在する、騎士の訓練地に停泊していた大型戦艦、フューリーの格納庫内で、リアが突然現れたクロに声を掛けた。
「クロさん!大遅刻っすよ!」
「悪いな。すぐに出撃できるか?」
「ええ!今回の調整で、クロさんの上がった身体能力に合わせて調整してあるっすよ!」
「助かる! さて⋯⋯」
待機中のディピスへ手をかざして魔力を送り込むと、その機体の胸部のコックピットが開き、クロはそこへ飛び乗った。
席に着いてベルトを締めると、両側の魔石に手をついて魔力を流し込むと、それは青白く発光する。
「とりあえずは、南門の前に押し寄せてる魔物を蹴散らしてくれば良いんだな?」
その呟きに応答するように、彼女の背後にある紫色の魔伝石が発光すると、ネメアの声が響く。
『その認識で構わないよ。キミの活躍を見せてくれ!』
短いやり取りでブツっと通信が切られると、クロはディピスの脚を操作して起立させた。
鈍い音を立てて格納庫のハッチが開かれると、ディピスは左、右と足下のカタパルトに足を乗せて、正面を見据える。
そこには、あの巨大な夢幻機兵のジャルクの通った大通りが南門まで一直線に伸びている光景が広がっていた。
「清浄の姫園所属ディピス改、クロ・リュミナーレ出撃る!」
両足がカタパルトに乗っているのを確認すると、リアが手元のスイッチを押すと、ディピスが勢い良く射出され、幾つもの照明に照らされた光の道を駆け抜けて、あっという間に門の外、魔物の群れへ躍り出る。
「まずは一匹ぃ!」
ディピスは腰から提げた剣を抜き、その勢いに任せて緑の毛並みの狼に切り掛かる。
突如現れた濃緑色の機体に、紺色のディピスに迫っていたウェンディウルフはなす術もなく首を斬られ絶命した。
『平気ですか!?』
クロが声を張り上げると、紺色のディピスから驚愕に震える声が上がった。
『その声⋯⋯まさかお嬢さんですか!?』
『え、まさかガリムさん!? ⋯⋯今は詳しく説明している時間はありません!早く本隊と合流してください!』
『でも、お嬢さんを一人にするわけには⋯⋯』
『良いから行け!』
ガリムはその声に気圧され、『はいぃ』と最早悲鳴のような声を上げて去って行った。
「ふぅ。付近に機影無し。さっさと終わらせる!」
クロがそう呟いて、ディピスに背中の手を回させたとき、ふと最初に戦闘をした時のことを思い出し、ネメアに通信を入れた。
『今回は素材とか言ってられないだろ?』
『ああ。戦況は劣勢だからね、現場判断はキミに任せるよ』
『りょーかい!』
クロはその言葉を聞いて通信を切ると、バックパックの下部のハッチを開いて銃を取り出して右手に構える。
「弾も込めてあるな!助かるぜ、リア!」
街の中心から聞こえる歌の影響か、いつもより口数の多くなったクロはディピスを操りその親指で撃鉄を引き起こすと、七回引き金を引いて、弾倉の中の弾を空にする。
その弾速は魔物達の目でも捉えることはできず、正確に眉間を撃ち抜かれ、次々に屍を作り上げていく。
続けて、クロの乗るディピスは左手を背中に回し、その箱から弾薬を適当に取り出すと、右手に持った銃の弾倉を開いてそれを込める。
炎を蓄えた口で噛みつこうと襲い掛かるフレイムウルフに、片膝を突いてその顎門を避けると、すれ違い様に銃身を上へ向けて引き金を引き、その弾丸は天を穿つように射出され、狼の脳天に風穴を開けた。
そのディピスへ、緑の体皮と、クロの乗る機体と同等の巨躯を持つ、オーガが手に持った丸太のように太い棍棒を振り下ろす。
それを左に転がり避け、ディピスはオーガの足を払い、その巨体を転倒させ眉間に銃を突きつけると、躊躇なく引き金を引いて頭を撃ち抜いた。
そのディピスはすぐさま体制を整え、何体かのオーガの急所に向けて弾丸を放ち、弾倉が空になった腰の剣を抜き放ち、魔物の間を剣を振り、まるで音楽に合わせる舞のように駆け抜けて行く。
その様子を遠方で見ていたワイズが思わず声を上げる。
『はあ? あれか量産機の動きかよ!?』
それに反応して、ガリムの乗る紺色のディピスがぶんぶんとくびを横に振った。
『無理っすよ!? 俺らにはあんな動き、絶対に無理っすからね!?』
『なら俺らにできる事をしねえか! てめぇら!横に一列に並べ!』
ワイズの指示通り、ディピスの隊列は横一直線に並ぶと、その両手に大砲程の極太の筒を持って構える。
『総員! 撃てぇー!』
紺色のディピスをはじめとした、様々な塗装の施されたディピスの持つ筒から、その色に負けぬほどの極光が打ち出されると、その光は放射線状に伸びて、魔物の群れを蹴散らした。
『やれるじゃねえか!』
誇らしげなワイズの声に振り返りクロは一つ頷くと、再びディピスを動かす。
「あいら⋯⋯」
彼らの活躍に感化されたように、クロの乗るディピスは両手の剣についた血を、空を裂くように数回払うと、背中の観音開きのバックパックを開いて魔力を噴射し、突撃を敢行する。
「これで終わりだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
並居るオーガ達より一際大きな個体、オーガリーダーと呼ばれるその魔物の、右胸に存在する魔石へと刃を突き立て、目にも止まらぬ速さで突進を繰り出し、一息にその石を突き入れる。




