碧色をした何かが鼻先を擽った
鍛冶屋を出てとぼとぼと歩いていると、何だか騒がしい。
広場の方だろうか?
……何だか不穏な気配だが、こういう事に関わると碌な事がない。
とっとと宿に戻るか。
くるりと反転し裏路地を行くことに決めて、横道に逸れる。
そういえばこの道は一ヶ月程前にユノと出会った場所ではないだろうか。
何と無く思い出し懐かしみながら歩いていると、何か視線を感じる。
僅かにだがその視線に嫌な感じを得て、そっと気配を探る。
――一人、か。
一つの気配が先程からずっと此方を窺って来ていた。
何だろう、身近にいる気配とは違う。
端的に言うと……戦闘慣れしている、のか。
まぁ最近親しく談笑する人々では、戦闘慣れしていない術式師や接客術に長けたウエイトレス、とか。
そういう人々に比べたらある程度は戦闘慣れしているだろうが、それにしても気配を隠せないのは未熟ではないか。
数歩歩んでから、ふと足を止めてみる。
此方を伺っていたその相手は、一歩音を余分に鳴らしてからその場に留まった様だった。
余り対人には慣れていない様だ。
街の外などの洞窟や遺跡などで魔獣などを討伐して、そこからの収集品や討伐結果などで生活を営んでいるタイプだろうか。
それならばこうまで対応が未熟であっても仕方ないのだろうな。
やれやれと溜息を吐きつつ。
胸の前であえて大きく両腕を広げ、一度大きく手を鳴らした。
――バシッ。
「きゃっ?!」
道幅の狭い裏路地で鳴らされた鋭い音は、追跡者の耳に響いたようだ。
反射的に悲鳴を上げてしまって、はっと口を押さえる様子が伺えた。
……最近はこういう、戦闘慣れしてない相手が多いなぁ。
うんざりした感情を隠そうともせずに、ジークルトは頭を二度振った。
「誰だ」
辺りを見渡しながら声を掛ける。
当然返答はなく直ぐに静寂は訪れた。
再度口を開き、今度は鋭く問い掛けようとして。
「わっ、わっ!」
気の抜けた悲鳴と共に、上から一人の女が降って来た。
また女かよ、と思いつつも両腕を伸ばして抱き止めると、若緑色の髪が視界の端に映った。
無事抱き止めた事に安堵していると、頭の上に何かが乗った感触がする。
何だ? と上を見上げると、碧色をした何かが鼻先を擽った。
あ、やばい。
と思う間も無くむずがゆさが鼻から喉元、そして顔全体に広がって。
一つのクシャミと共に身体がくの字に折れ曲がった。
その反動で両手を体に向けて引き寄せてしまって、ごろりと何かを地面へ落としてしまった。
「何なんだ一体……」
「こっちの台詞だよ!
どうして落としちゃうの!」
「いや、何を言い出すんだ」
ついクシャミと共に地面に転がしてしまったのは、上から落ちてきた女だった。
そもそも彼女を抱きとめたのはあくまで善意? のようなものであって、別に必須事項だとは思っていないのだが。
何ともいえない感情をそのまま視線に乗せて、地面に転がっている女を見る。
「そもそもお前、誰なんだよ」
「ただの通りすがりよ!」
「その言い訳を誰がそのまま鵜呑みにすると思うんだ?
何でも構わないから、取り合えず起き上がればどうだろう、どうぞ?」
ごろりと仰向けになったまま、此方に向かって色々と物申してくる女。
緩く編み込まれた髪は乱れて解けかけていた。
起き上がりもせずに、女は言葉を続ける。
「それと!
手を叩くの、吃驚するんだから止めてよね!!」
それなら人を追跡するのも止めて欲しい。
思ったことは口に上らせず、飲み込んでおいた。
「そりゃあ……驚かせようとしたんだし?」
「出て来い、って一言言えば良いでしょ?!」
「あぁそりゃそうだ」
「全く、本当に何を考えているんだか」
両手を腰に当てて、大きく溜息。
何だか腹立たしいような哀れなようなそんな複雑な感情で女を見るジークルト。
彼女は漸くやれやれと立ち上がると、髪を荒く解いてがしがしと弄って一度息を吐く。
それから片手を上げて、にこやかに笑った。
「じゃあ、あたしはこれで」
挨拶をされた。
思わずそのまま片手を上げて挨拶をし返して――
「ちょっと待て」
「な、何か用?!」
がしっと腕を掴んで引き止めると、物凄く驚いたように此方を見返してきた。
「何か用って……用があったからつけて来てたんじゃないのか?」
「知らないよ?
ちょっとあたし急いでいるから、その手を離してくれないかな。
ナンパならもうちょっと広場の方でやればいいよ!
そっちの道を抜けたところとかだったら、あんたみたいなのでも一人くらい物好きが引っかかってくれるんじゃない?!」
「物好きってそんな……じゃなくて」
口いっぱいに言葉をぶつけられて、面食らってしまった。
この妙に動じない対応は何なのだろう。
焦ってはいるみたいだが、何と言うか……何だ?
「あれ、本当に俺に用事があった訳ではないのか」
「だからさっきからそう言ってるよね?
あたしはただ歩いていたら急に足元に妙にふかふかもこもこした碧い何かが横切って」
「どう間違ったら裏路地の上を歩くんだよおいこら」
あ、と口を紡ぐ女。
きょどきょどと辺りを頻りに見渡しているそんな彼女を見ていると、何だか溜息しか出てこないのであった。




