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ティアートロリアの謎  作者: えりせすと
第二章
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戦の神に誓いを、また土地に感謝を捧げ

「よぅし!

 出資者(スポンサー)も見つかった事だし」


 フィアナは立ち上がるなりそのしなやかな肢体を弓形に反らして伸びをする。

 気管から抜けるように漏れ出た息と共に、小さく声が漏れた。

 両手を高く上げて掌を開いたり結んだりを繰り返しつつ、身体の筋を伸ばしながら


「ジークルトは大抵の事では死なないでしょうから、私も思いっ切り出来るわ」


 などと物騒な事を言い出す。


「普通の人間なんで、お手柔らかにお願いしたいところだけどな」

「何を言い出すの。

 放たれた術式を斬り捨てる様な男が、普通の人間(ヒュルム)だなんて認めないわよ?」


 でもそれは、この剣のお陰だ。

 背中に吊るした剣の鞘の先端に手を触れさせて、胸中で独り言ちる。

 そんなジークルトの想いは彼女には届かず、微笑まれるだけに終わる。


「そこまで強い術式を扱うつもりは無いのだけど、此処でも大丈夫かしら?」


 にこにこと微笑みながら二人のやり取りを聞いていたレオノーラに、フィアナが確認を取った。

 此処で彼女が駄目だと一言物申してくれれば、逃げ出す理由にもなるのだが――


「構いませんよ。

 お客様達にだけはお気をつけ下さいね」


 まぁ、そうなるよね。


 宿やその宿泊客、または食堂や酒場の客。

 それらに被害が及ばないならば、彼女は必ずそう答えるだろう。

 何せ、フィアナ自体が既に常連のお客様だ。


「解ったわ。

 ならどうかこれで、合図をお願いね」


 胸元から一枚の金貨を取り出すと、そっとレオノーラに渡しながら簡素に答えるフィアナ。

 ジークルトは逃げ道が無いことを悟って、やれやれと諦めたように懐に忍ばせた短剣を手に取った。


「あれ、そんな小さな剣で戦うの?」


 ジークルトの様子を見ていたレオンハルトが、そう尋ねて来た。

 掌の上で鞘に収められたままの短剣を二度、三度弄んでから、少年と向き合う。

 女の子に見間違う程に綺麗な顔立ちをしたその少年は、わからない事をあっさりと口に上らせるだけの素直さがあった。


 ついぞ忘れてしまったなぁ、こんな素直さなんてさ。

 昔の俺は同じくらい素直だったと思うんだけどなぁ……違ったのかなぁ。


 何と無く考えてみたが、ふわふわとした赤毛の女に全力で首を横に振られる光景が見えて、考えるのを止めた。


 何時までも、何時までも、か。

 片手で後頭部を掻き毟りながら、少年の傍に屈み込んで視線の高さを合わせる。


「何か問題があるか?」

「だって、小さな剣だと威力も出ないし……。

 フィノリアーナの術式と戦うには、辛いと思うんだけどなー」


 唇を尖らして少し拗ねた様子で、言ってくる。

 この少年はどうやらフィアナの実力をそこそこ見知っているようだ。


「なら、俺がこの剣を抜けば納得するのか?」


 言いながら背中に吊り下げた剣を見せる。

 通常の剣より長く大剣のようで、それでいて刀身は細く少し重い長剣、そんな形状の愛剣。

 それを確認してから、大きく頷くレオンハルト。


「それくらい大きい剣なら、フィノリアーナと良い勝負が出来ると思う!」


 言い切りやがった、こいつ。


「いくらフィノリアーナが強くて綺麗でかっこよかったとしても、相手が試合開始早々に負けてしまったら、弱いものいじめしているように見えちゃうでしょー?

 僕は、愛しのフィノリアーナがそんな不名誉な見られ方をされると、悲しい気持ちになっちゃうから。

 だから、ジークルトにはきちんと手を抜かず本気で戦って、負けて欲しいと思ってるんだよー!」


 何とまぁ、歯に衣着せぬ物言い。

 嬉しそうに力説する彼を、冷ややかに見やる。


「お前なぁ……。

 じゃあ俺がこの剣で、フィアナに勝ったらどうするんだよ」

「勝たないもん!」

「解らないだろう?

 戦いなんて結果が見えていないから面白いものだ」

「絶対、絶対にフィノリアーナは勝つもん!」


 ほんの少しむきになったように言い合うジークルトに対して、周りは彼よりも冷ややかな視線を向けて来ていた。

 その視線に気付きつつも、あえて少年と言い合う。


「よーし、じゃあ良く見てろ。

 俺がお前よりもちっさい頃から心血を注いで来た剣術や体術が、術式にも引けを取らないという事を教えてやろう」


 言いながら短剣を鞘から抜き放つ。

 その切っ先に驚いたのか、僅かに身を引いて肩を竦めるレオンハルト。

 そんな彼を安心させるかのように、傍らでそっと手を添えている赤茶の髪をした侍女(メイド)


 ……この侍女は恐らく、そこそこ腕が立つのではないだろうか、と思う。

 空気というか雰囲気というか、そう言ったものがほんの少し異質だ。

 穏やかに微笑んではいるのだが余りに隙が無さ過ぎて僅かに浮いている。


「レオンハルト様がその武具に脅えておいでです。

 敵意がないのでしたら、そのような不用意な言動はお控え頂けますか」


 暢気にそんな事を考えていたら、怒られた。

 確かに抜き身の刀身を鼻先に置いていたのは、俺が悪いのかも知れないが。

 ちぇーと悪びれなく考えながらも、大人しく立ち上がってフィアナと向き直る。


「名乗り上げは?」

「そんな泥臭いもの、私は要らないわ」


 泥臭いと言われた。

 国々に仕える騎士や戦士が発狂するぞ、そんな物騒な発言して。


「勝利の女神とか、戦の神とか。

 そう言ったものに態々決闘を宣言するなんて馬鹿みたい」


 ふふ、と紅い唇を笑みの形に動かして歌うように言葉を紡ぐ。


「他の誰が行っている事でも、私は絶対に誓わない」


 だから。

 そう言う事は、公共の場では……あぁもぅいいや。


 つらつらと言葉を紡ぐ彼女の口をふさごうと思ったが。

 冒険者の戦士とか、街の警備兵とか――彼女の言う所の『勝利の女神』とか『戦の神』とか、そういった名の下で決闘を行っている方々の耳には既に届いてしまっていたようだった。

 これはもう、徹底的に圧倒的な手遅れ、というやつだな。


 どうせ彼女は形だけの訂正も見た目だけの謝罪も行うつもりはないだろうから。


 蹲りたくなる気持ちを抑えて、短剣を確りと目前に掲げる。

 故郷の掟に従い名乗りを上げる。


「我が名はジークルト」

「知ってるわ」


 一言。

 肩透かしを食らいながら、何とか踏みとどまる。


 術式師と正式な試合なんて無理じゃないの、これ。

 そう思っていると、少し思案した後に彼女が口を開く。


「成る程、そういうものなのね。

 ならば……」


 言うなりフィアナは優雅に跪礼した後、胸の前で両手を組み、厳かに発言した。


「我が名はフィノリアーナ・ゲフィオン・ドラシィル。

 ドラシィル家、またゲフィオンの名の下に」


 彼女なりに名乗り上げ、双眸を静かに伏せる。


 双方の名乗りを聞き終えてから、レオノーラが一歩前へ出た。


「戦の神シグフェズルに誓いを、またリーヴスラシルの土地に感謝を捧げ、双方の健闘を祈ります」


 彼女の指から金貨が天に放たれ――そして、地に弾かれ澄み渡った音を鳴らしたのだった。

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