笑ったら可愛いよ、ちょー可愛い
あのにやけた笑いを浮かべる顔面に、一撃をお見舞いしてやりたい。
そう思って斬撃を繰り返すものの、頭に血が上った今のジークルトの剣筋などアレッサからするとたやすく見切れるようだ。
数撃繰り出したものの、掠る事すらなく距離を置かれた。
(あの野郎絶対泣かす)
と胸中で毒吐いてみるものの。
思っている以上にアレッサはずるくて狡猾で、そして抜け目ない。
決して弱い訳でもなく、己の技量や能力に過信していないところも手ごわく感じる。
また戦い方に隙が無い。
術式に頼るだけの術式師ではなく、また剣にだけ系統する騎士とも違う。
戦闘中に考え、思考し、可能な限りの最適解を見つける能力が高いのだろう。
育ちは貴族という綺麗な世界の筈だが。
戦い方に関してはとても貪欲なのかもと感じた。
否、実際には貴族社会だからこそ全てに貪欲なのかも知れない。
望むものは手に入り、そして分け与えるもの。
その思考の上でアレッサは生きているだろう。
「しかし、所詮人形なんだなぁ」
隙無くこちらの様子を伺いながら、ぽつりと言葉を漏らす。
左手を結んだり開いたりして、何かの感触を確かめる所作を行うアレッサ。
己の手をまじまじと見詰めて感心するように続けた。
「手応えってもんが、全くねぇよ。
実際に痛いとか辛いとか悲しいとか、そういう感情もあるんかねぇ?」
「黙れよ」
端的に台詞を遮ってやると、アレッサは笑みを強くする。
どうにも彼の胸糞悪い発言、挑発は基本姿勢らしい。
確かに感情的になって突進する相手ならば、どれだけ腕の立つ騎士であろうと問題は無いだろう。
術式師からすれば、一発何かの術式で身動きを止めてやれば良いのだ。
身動きの取れない相手に対して、煮るなり焼くなり好きなままだ。
それをきちんと理解しているのだろう、彼は良く挑発を行う。
実はその裏には、フィアナの揺れやすい感情が根源にあったりする。
フィアナは普段冷静を装って、装おうとしてはいるが、実に短気だ。
少しの不満や不平があると声を荒げたり、拗ねたり、また力技に走る。
冷静沈着でもある祖母のようになりたいと願い、普段は他者に対して気を使ってはいるのだが、その内面には激しい炎が渦巻いている。
小さなきっかけ、些細な棘でもあれば彼女の感情値は爆発する。
そんなフィアナと昔から長い付き合いがあるからこそアレッサは、彼女のような単純な相手のあしらい方を覚えたと言っても良いだろう。
アレッサ自体はフィアナを悪くは思っていない。
容姿端麗で且つ術式師としては最高の血族と言っても良い祖を持ち、そして若い。
彼自身決して女性からの初見の評価は悪くないのだが、どうしてもフィアナ以上に見初められる女性はいない。
四つ下の彼女と出会ったのはアレッサが十の時であるが、その時から彼女は華やかで聡明で人目をひいた。
ただどうやら、フィアナからすれば術式師としての能力が己より低いアレッサは、特別な感情を抱くには至らなかった様だ。
それをありありと感じたのは、彼女があの人形ととても良く似通った容姿になった時。
身長も並び髪と瞳の色こそ異なったものの、ともすれば間違えそうになる位に二人は似ていた。
その辺りから、アレッサは気付いてしまった。
ユノとフィアナは興味の無いものには見向きもしない。
強いて言えば前者は常に無表情だが、後者は露骨に顔に出る。
二人がドラシィル家の庭園にて術式を学んでいる時に出くわした事があるが、二人ともアレッサを無いものの様に扱った。
確かに四つも年上のアレッサでも、その時は既にフィアナに術式師としては完全に負けていた。
それを肌で実感した彼女は、もう彼から学ぶことなどないとでも言わんばかりに、彼との交流を切り捨てた。
幼さゆえの残酷さでもあったのだが、丁度フィアナが第二次性長期でもあったというのも理由の一つではある。
しかしそんな彼女の内面など知る由も無いアレッサは、その時からフィアナに対する感情に黒いものが混ざるようになる。
様々な理由から、アレッサは短気な人間相手には挑発が何より有効だという事実を知った。
その為、相手が大切にしているものや目標としているものなど、そういったものを発見すると徹底的にけなす。
馬鹿にしてそこから生まれた相手の激情による隙を、余すことなく貫く。
「フィアナと人形とはそれなりに長い付き合いだけどさぁ。
その人形が感情を表現した所なんて、俺は見たことねぇし。
人形にそんなもんはねぇんだろうけどなぁ?」
どうやらアレッサは、意外とユノは感情を漏らしているという事に気付いていないらしい。
おそらくはそこまでユノに関わるということも無く、またユノ自体も彼にはそこまで気を許していないという事だ。
一応、残念ながらジークルトもそこまで深い関わりは持っていないのだが。
良く解らないが、フィアナがジークルトに対して敵対した感情を持っていない為か、ユノも警戒心が薄い。
……ジークルトが、というよりもレオノーラがフィアナに気に入られているという部分の方が大きいようには感じるが。
一応レオノーラとジークルトも長い付き合いにはなるし、この街だって二十年近く拠点にしているのだから馴染むと言うものでもある。
彼の生まれ故郷はこの大陸よりももっと遠いのだが、早々帰る手段も理由も無い為、街の正確な場所すら思い出せない。
何か機会でもあれば帰省するだろうし、機会がないから今は帰省しないだけだ。
そうジークルトは考えており、その考えで困ったことはない。
所で、アレッサは一点だけ見誤りをしていた。
確かにフィアナは自他共に短気であると認めてはいるが。
ジークルトは此れでも何度も死線を潜り抜けてきた騎士であると言う事。
誰かを守り敵を穿つのが騎士の役割であり、使命である。
彼は何処かの国に仕えている訳でもないが、その心にはきちんと騎士としての想いが根付いているという事。
一瞬激情を声に出したものの、その後は冷静にアレッサを観察している。
感情の制御を失って不用意に敵陣へ突っ込むと言う事が何を意味するのか、きちんと彼は理解していた。
「ユノは笑ったら可愛いよ、ちょー可愛い」
その上で、軽口を叩く。
アレッサは首を傾げて、理解出来ないといった様子だ。
「はっ、そいつぁ良かったねぇ?
でもその人形は雷に打たれて倒れてんだけど、そこは良いのか?」
理解できなかったのはジークルトの態度のようだった。
アレッサ自身の頭を、右手の剣を持った指の節でトントンと叩いてから、剣を外側へ広げる。
剣さえ持っていなかったとしたら、恐らく頭を指で叩いてから手を広げるような所作を行ったのだろうと予測する。
それに対して両手を広げて肩を竦める動作を行った。
「俺は良く解らないけど」
感嘆に前置きをしてから、続ける。
アレッサはいぶかしむ様に此方を見ていて、ジークルト以外の辺りの様子は一切確認していない。
何か一点に集中してしまいがちなのは、術式師の驕りなのか何なのか。
騎士であるとか、取り敢えず術式師以外で戦闘中に相手の言葉を大人しく待っているなんて早々居ない。
それとも単に、この男の性格なのかもしれないな。
そんな事を暢気に考えながら。
時間を置いたことによって冷静になった頭で、しっかりと相手の動揺を誘う言葉を考えながら、言葉を発する。
「あいつに術式は効かないらしいぞ」




