次はお前だとでも、言いたげに
「炎の蛇を斬る、か。
面白い事をするなぁ……。
後ろの人形の言う通りに避けてくれたら、即座に方向を変えて首元に焼き付かせてやるつもりだったんだけどねぇ」
ぞっとしないな。
口元に笑みを浮かべて、再び剣を構える。
「俺の名はジークルト。
我が愛剣、ブリュンヒルデの元に貴様を斬る!」
故郷の掟に従い、名乗り上げる。
正式な名乗り上げは、右手を拳の形にして心臓の前に置くと言うが、彼の故郷では剣を顔の前に構えるのが慣わし。
そんな彼をさも可笑しそうに見遣り、アレッサも口を開いた。
アレッサは腰から一番長い剣を引き抜いて此方に突きつけるように構えて。
「我が名はグレネマイアー家がアレクサンドリア・グットルム・グレネマイアー。
我が前に立ち塞がりしジークルトを滅ぼさんが為、いざ参らん!」
思わず肩から力が抜けそうになる。
何という名乗り上げなんだろうかと、ジークルトは呆れた。
おちょくっているのかとも言いたくなる、もしくは本気なのか? あの名乗り。
それよりも彼は貴族と言ったし、基本的には対等の決闘よりも貴族に楯突く平民を断罪する、の様な意識が強いのかも知れない。
とするとあの名乗りは本気であって、彼なりの決意なのだろうか。
そんな事を考えているとアレッサは突き型の細剣を扱う時の様に、真っ直ぐに向かってくる。
迎え受けるべく、ジークルトは剣先を無造作に下へ下ろしてゆったりと構える。
彼の故郷流の名乗りの場合は、双方の間に剣を掲げて名乗りを上げる。
しかし通常の剣ならば問題は無いのだが彼が愛用している剣は通常のものよりも長めであり、その分どうしても多少なり重さに変化が現れる。
あのまま構えていると、敵が振りかぶったり突いてきたり斬り払ったり掬い上げたりした時に、どうしても対処が遅れる。
ジークルトはそういった点も加味しながら、ある意味で自己流の構えを見つけた。
ともすれば剣先が地面に触れると言わん程度まで下ろして、待ち構える。
いっそ剣先を地面に接触させてしまっても良い位だ。
だが以前そのように構えた時、相手の斬撃を受けようとして地面の小石に当たって軌道がずれた事がある。
その苦い記憶をいつも思い出し、必ず彼は切っ先を数ミリ程度は地面から浮かせている。
「来いよ、さぁ」
アレッサには聞こえない程度に小さく呟いて、ジークルトは前に意識を集中させる。
そんなジークルトと対し、アレッサが構えているのは長めとは言え短剣の部類だ。
決して細剣ではないから突き型の構えは、最有力な攻撃手段とは言い難いのだが。
しかしそれも彼が騎士だった場合の話だ。
「プラ・アングイス」
アレッサが術韻を唱えるのと同時に、その刀身に再び先程の赤い炎の蛇が絡み付く。
本来騎士同士の決闘であれば、獲物の長さや重さで覆せない圧倒的な差が生まれる事がある。
そこまで行かずとも、双方の技量や速度、腕力……そして獲物。
それらを加味した上での更に精神が結果を左右することになる。
どうやらアレッサは、術式騎士に該当する様だ。
実際の貴族としての位は全く解らないが、あれらは正式な騎士と同等の意味は持たないとも聞くが。
彼の戦い方は、過去に見た術式騎士に該当する。
剣を使い、そして術式を剣の補助として扱う。
術式を剣術に重ねる事によって斬撃の速度を加速、また重さなどを増す事が出来――
そこで何かの引っ掛かりを感じて、相手の剣を避けずに敢えて受けてみる。
斜め下から刀身を持ち上げるように下から弾く形で何度か斬撃を受け流してから、相手が大振りした時に真正面からしっかりと剣を斬り合わせる。
剣が打ち鳴らされる音と同時に、アレッサの刀身に絡み付いていた炎の蛇がジークルトの剣にまで絡み付いて来た。
双方の刃を絡めとろうとせんその様子に即座に反応して強く剣を前に押し返す。
力で押し返されたアレッサはその表情を歪めたが直ぐに笑みで覆い隠し、即座に後方へ飛びずさってジークルトと距離をとった。
決して判断は悪くない。
力で勝てない相手と組み合う意味は殆どなく、押し負けて体制を崩すよりはとっとと距離を開けた方が次の手を使いやすくなる。
本来は見えなくなる所まで立ち去って奇襲でも仕掛けたいところではあるが、地下水路は前後の方向性に対して見晴らしが良い。
それに音も反響して良く響く、もし奇襲狙いで距離を稼いだとしても、結局は足音や風音を隠す事が出来ない以上は結果は同じだ。
アレッサがジークルトと距離を取った事によって、彼の剣に絡みついていた炎の蛇はその姿を消し辺りに異臭を撒き散らす。
土と人体が燃えたようなそんな異臭に、思わず顔を顰めてしまう。
一瞬だけユノを確認する様に視線を向けたが相変わらず彼女は全く動じずに、いつもの無表情で二人の様子を見ていた。
そんないつもと変わらない様子に安堵し、再度アレッサに向き直る。
右半身を少し後ろにひいてから強く踏み込んで前へと走り出し、アレッサの目前で右手の剣を斜め下から左上に斬り上げた。
ジークルトの突進を見て攻撃を予測していたのか彼は一歩後ろへ下がって切っ先を避けた、が。
ジークルトの剣先はアレッサの上着を僅かに切り裂いて、そして空へ抜けた。
同時に金属が石を打つ音……彼の上着に仕込まれた装飾が懐から零れ落ちた音だった。
しかし音が異様に軽くなく、ジャリンとでも言うような重い音――どうやら装飾に見せかけた暗器のようだ。
その音に気を取られたのに呼応するようにアレッサは左手を腰に回して、取り分け短い二本の短剣を片手で構える。
人差し指と中指、そして薬指と小指で器用に短剣を構えて、更にその剣先を取り巻く靄。
フィアナが一度源素世界を視せてくれたお陰で、あれが術式を発動させる為の源素だと言う事が良く解る。
どうもユノと出会った辺りから、目の感度が上がった様で、術式陣へ流し込まれる発動直前の源素を感じられる様になった。
もっと詳しく読み取れれば――それこそ源素の色が解れば――もっと良いのだろうが、発動の確認が出来るだけで大分楽になる。
術式とは全く縁の無いジークルトでも、術式師の術式発動のタイミングを察知し、対応が可能になるからだ。
「グロム・ティラトーレ」
アレッサの一声で発動したのは、二つの短剣に雷を纏わりつかせる術式だったようだ。
という事は、下手にあの短剣に当たると麻痺する可能性もがあるのだろう。
前回戦闘した時は、彼は死角からの奇襲を仕掛けてきた。
まさか同じ手を二度使うとは思わないが、用心するにこしたことは無いだろう。
そう考えて、アレッサの左手を意識しながら半歩身をひく。
三歩程の距離を空けていたのだが、アレッサは笑いながらその左手を無造作に振るった。
短剣が手元からすっぽ抜けて、ジークルトの目前に飛んでくる。
「――ッ?!」
反射的に右手の剣で一つの短剣を払い落とすが、もう一つに間に合わない。
懸命に顔を右にそむけるように避けるが、生憎と頬を掠ってしまった。
痛い、よりも熱い?
そんな感覚が左頬から顔の左側面に広がる。
唇が引きつってぴくぴくと痙攣するように動く。
短剣が纏った雷が、顔の神経を嬲った。
顔を起点としてゆっくりと全身に緩やかにしかし確実に回る痺れ。
剣先に雷が纏わり突いている時点で、麻痺は読めていたというのに。
まさか短剣をそのまま投げるとは思わなかった。
しかし考えてみれば当たり前の話なのだ。
ジークルトのような騎士に属する場合、その手に持った武具を手放すということは殆ど無い。
何故ならその武具自体が攻撃にも防御にも転じ、また人や己を守るための道具足り得るからだ。
しかしアレッサのような術式騎士に関しては、手に持った獲物だけが武具ではない。
必要ならば術式で創造すれば良いのだし、下手な話そこらに転がっている枝ですら、術式による強化を行えば只の剣よりは硬くて丈夫だ。
だから彼にとっては武具など使い捨てにも等しいし勝てるのならばそちらの勝利が必ず優先となる。
そう考えながら、左手を左頬に添えて少しだけ揉み解す。
顔に痺れは残っているが体の麻痺、この程度なら動けない事もない。
そう考えて無理矢理にでも体を動かそうとして。
「トルナーレ」
アレッサの搾り出すようなその言葉に、全身を粘り気のある脂汗が伝う。
本能に従って地面に倒れこむように転がり、悪寒の元を回避する。
何故か先程頬を掠めた短剣が背後から、再び一撃を加えんと刃が此方に突き刺さろうとしていた。
髪の毛を一房切り裂いて、短剣が目の前に転がる何かの装飾に突き刺さる。
紫電を帯びたその短剣を目視すると同時に、起き上がってアレッサの顔を見た。
相変わらず口元は歪んだ笑みを模っていて、とても不快だ。
起き上がりざまに一気にアレッサに走り寄ってその左肩と顔の間に一撃を食らわせようとして。
「バッテレ」
叫ぶようなアレッサの声が耳に届くより早く、ジークルトの後ろで。
最初に払い落とした筈の短剣が紫電を帯び、靄が一気に膨れ上がる、と。
――振り返ったジークルトの目の前で、ユノが短剣から放出された紫電に撃たれたのが、確認出来た。
一瞬、何が起こったのか理解できなかった。
そもそもジークルトは彼女の存在を忘れていた。
否、忘れていたと言うよりも、この戦いには関係ないものと思っていた。
何故ならユノは傍観者であったしそもそもが戦闘能力を持ち合わせていない筈で。
全うな決闘ならば、無防備な観客を狙い撃ちなんて事は、普通は。
普通ならば。
「アレッサァ―――!!!」
己の見通しが甘かった。
言って見ればそれだけの事ではあるのだが、まさかそんな下らない理由で。
今は自分とあいつとの戦いの最中で、その最中ならば倒すべきは周りの誰でもなく自分であるべきで。
それなのに自分以外に攻撃を、術式を当てるなんて。
そんな、そんなこと。
なんて下司で下種で下衆で下劣で卑劣で低劣で賎劣で陋劣で。
いくつもの言葉が頭の中を回る。
それでも事実は消えず、消せず、後悔は激しく押し寄せて。
何が可笑しいのか。
笑みを崩さないアレッサに、溢れる激情が止め処なく止め処なく。
己の未熟さへの失望であったり奴の卑劣さへの憎悪であったり。
何が正しい感情なのか解らず理解出来ずけれどもこの感情とこの想いとこの決意はきっと間違いがなく。
激情のままに右手で構えていた剣の柄を両手でしっかりと握り直して、駆け出す。
その様子を、食用の家畜を屠る時の肉屋の顔で、アレッサはジークルトを見ていた。
曰く、次はお前だとでも、言いたげに。
口元には相変わらず笑みが浮かんでいた。




