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ティアートロリアの謎  作者: えりせすと
第一章
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泣き顔も死に顔もさぞや美しいだろう

 送るだけ送らされてしかも好奇の視線溢れる中に一人放置され、た……。


 何だろうこの絶望感。


 頭を振って、気を取り直す。

 取り敢えず修道院を見やる。


 静謐で荘厳な建物だ。

 確か此処で生活している修道女は、街中での清掃活動なども行っていた筈。

 人手が足りない時などにレオノーラの宿の清掃を行っていたのを見た事がある。

 しかし思うのだ。


 ……何か、教会に比べてでか過ぎないかなぁ……。


 そう、何というかでかい。

 良く知らない人間ならば間違えて修道院へ立ち入ってしまいそうな位に大きい。

 しかもフィアナが言った様に男子禁制だとしたら、教会と間違えて立ち入ってしまった男が過去にいたとしたら途轍もなくご愁傷様、としか言いようが無い。


 近くの壁に凭れ掛かって、暫くぼうっとしている。


 去れと言われたものの素直に退散して良いものか。

 それとも離れた位置で待機して、出て来たらお帰りと言って上げるべきか。

 疲れた頭でそう思う、ジークルト。


 フィアナの希望は案内だけだったので、別に戻りを待つ必要は一向にないのだが。

 性根なのか性格なのかそのように育ってきたのか、ジークルトは大人しく壁に凭れて相手を待とうかと考えた。



「美しいお嬢さんですねぇ」


 そんな彼の耳に、少し間延びした男の声が届いた。


「まぁ容姿だけは……そこそこ、かな?」

「これはこれは手厳しいですね。

 あそこまで美しいお嬢さんでしたら――俺ならそこらの暗がりにでも連れ込んで、襲っちゃうかも知れないなぁ」

「……何だって?」


 世間話かと思って会話に応じていたら、途端に不穏な事を言い出した。

 肩眉を吊り上げて、声のした右側後方を振り返る。


 赤黒い髪は少し長めで前髪が左目を完全に隠している。

 見えている右目の色は黒。

 けれどフィアナの様な深く美しい漆黒ではなく、漆の様な光の無い黒だった。

 赤い縁の眼鏡を掛けていてその硝子は少しだけ青味が掛かっている。

 服装は街中で良く見かけるシンプルなもの。

 更に腰に帯剣しておりその本数が多い。

 ずらりと五本、長さの違う短剣が吊り下げられていた。


 そんな男は此方がねめつけるのを確認すると、くっくと楽しそうに笑う。

 その笑い方がとても不愉快で腹立たしく思わず嫌悪した。


「何だ、お前」


 警戒心を露にして問いかけてしまったが、相手は欠片も動じずに此方へ目線を寄越す。

 舌をだらりと垂らして音を立てて舌なめずりしている。

 先端に何か紋章の様なものが見えた、気がした。


「動じるなよ人間、俺が誰かなんて関係ないだろ?」


 特徴的な呼び方。

 一般人でそんな呼び方をしてくる事は先ず無い。


 と言う事は、つまり。


「フィアナの知り合いか?」

「それを聞いてどうすんの?

 知り合いだって言ったら、大人しく尻尾巻いて帰んのか? あぁ?」

「……どちらにしろ、あまり良い知り合いじゃなさそうだな」


 右足を一歩後ろへ引いて、構える。

 腰を落として体勢を低くして――しかし相手の反応を待った。


 男は面白そうに此方を眺めていたが、唐突に腰に下げた短剣の一番長い物を抜いた。

 長いと言っても手首から肘までよりは短い、その程度の長さだ。

 手の上で握り手を持ちつつもぽんぽんと空中に投げては捉え、と手遊びを始める。


「何がやりたい」

「別に、特には。

 ただ強いて言えば……あのお嬢さんの泣き顔でも見たいなぁ、なんて言ってみたり?」

「ふざけているのか?」

「だから強いて言えば、だって言っているだろ?

 泣き顔よりは血反吐に塗れたぐっちょぐちょの顔でもいいねぇ」


 何が可笑しいのかくすくすと笑い出した。

 とても楽しそうだし、これが会話せずに傍から眺めているだけであれば仲の良い二人組みに見えるだろう。

 冗談にもならねぇけどな。


「ふざけるな」

「結構本気だけどね?

 あれだけ美麗な顔ならば、泣き顔も死に顔もさぞや美しいだろう」


 男の口が三日月に笑み再び舌が見える。

 舌の先端に、黒い紋章が見えた。

 星を抱く蛇の紋章。

 不穏な印象を受ける、そして目が離せない。


「やらせねぇよ」

「やらせるやらせないじゃない、俺が見たいと思ったらやる」

「何の目的があってそんな」

「良い女だから、かねぇ……あの気の強そうな顔が泣いて許しを請うところを想像すると、たまらんね」

「お前……」


 思わず怒りで目の前が赤くなった。


 頭に血が上ったのが自分でも解る。

 こいつは危険だ、危ない……本来なら会話が成り立つ筈なのに全く通じていないと感じる事が出来る。

 とまれ、この男には早急に立ち去って貰いたい所だ。


「俺がまだ冷静な内に、立ち去る気はないか」


 念の為聞いておく。

 もしかしたらちょっとからかってやろう、的な軽い考えだったのかも知れない。

 それなのに此方が本気になって手を出してしまっては、全く意味がないだろう。

 けれど男はジークルトの問い掛けに対して、噴き出した。


「へぇ? 何を言い出すんだよ?

 お前が冷静であっても俺が立ち去る理由にはならない。

 俺の邪魔をするなら、お前も一緒に泣かせてやっても構わんぜ」


 男はくっ、と喉の奥で笑ってみせる。


「小便もらさねぇ様に気をつけてなぁ?」


 さも可笑しそうに笑ってくるのだが、何が可笑しいのか全く解らない。

 そもそも短剣で手遊びをしているようだが、剣を扱うのだろうか。

 しかし腰への帯剣が五本……まともな剣士とは思えない。


「話にならないな。

 強制退場して貰うしかないようだ」


 物凄く面倒くせぇ。

 でも、今此処にフィアナが帰って来たらと思うと、早々放置も出来ない。

 胸中で盛大に溜息を吐いて、意識を切り替えるよう努めた。


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