必要ないならば知る必要すらない
「ユノが貴方を寄せ付けた意味が、少しだけ解るわ」
ぽつりと漏らすと、ジークルトは不思議そうな顔をした。
「全然相手にされていないと思うんだが」
「それでも名前を呼んで、名前を聞いたのでしょう?」
確認すると、頷いてきた。
「あの子は興味を持たなかった人間には、話し掛けることもしないわ。
名前を聞くなんてもっての他。
……名前は力を持っているもの、必要ないならば知る必要すらないでしょう?」
真名でも知ろうものなら、相手の生殺与奪を握る事になる。
騎士が決闘などの際に家名を含め真名を全て名乗るのを、術式師は不思議に思うのはその為だ。
フィアナに至っては、あまりにも愚かで馬鹿で、愚鈍で愚考で愚行だと思っている。
騎士が名乗りを上げて直ぐに、呪術式の一つでも展開出来ればそれで全てが終わる。
勿論フィアナ程の技術や知識を持った術式師でなければ、其ほどまでに瞬時に対応する事は不可能では有ろうが……僅かな危険すらも回避するように動けないのであれば、やはり愚鈍だ。
最近では術式も覚えた騎士が現れたりしているらしいが、それでもまだ勝てるだろうと考えている。
まぁ術式の上に格闘術も身に付け、生き残る為の戦闘技術に長けた術式師などともし対立した場合は、大いに苦戦する可能性は否めないが。
「ただジークルトが、何れだけ懸想していたとしても。
私は人形を破壊する。
止めても無駄よ」
確りと釘を刺しておく。
何か言いた気にしているジークルトを黙殺して、立ち上がった。
まだ僅かに警戒しているらしき彼に小さな一つの術式を投げる。
小さな小さな異物に反応し、ジークルトは身体を斜めにし構えの体制を取る。
敢えて源素を流さず、発動の術詞を唱えず、そのまま彼にぶつける。
それは皮膚を通過し体内に進入すると、ジークルトの体内源素と混じって溶けた。
視えるならば、術式陣が霧散したのを知る事が出来ただろうが、彼は感じる事しか出来ないようだ。
不安気に此方と、体内に混ざった術式陣を気にしたそぶりを見せている。
そんなジークルトに笑みを向けながら、フィアナは敢えて何も言わずに歩き出す。
今夜は宿を一室借りた。
何だか気怠い疲労感を感じて、酒場から宿である二階へ向かう階段に足をかけた。
まだ何か言いた気なジークルトへ、手の平をひらひらと振ってあげる。
「私はもう休むわ。
あの子はまだこの街中にいるようだから、また明日から追い掛けなければならないの」
そこまで言うと、やっと彼が反応した。
「何故、ユノがまだ街に居る事が解るんだ?」
一瞬答えを述べるかどうか逡巡した。
けれど誤魔化す必要性を感じなかったし、この男には虚言は出来るだけ吐きたいと思わない。
そう思わせる何かを有している対象に敢えて逆らう必要も無いと感じて、素直に答える。
「私とあの子は繋がっている。
双方の位置は何と無く解るの」
……とは言うものの、正しい答えを全て返す必要はないだろう。
煙に巻くつもりは無いが、聞いても理解に困る感覚的な部分だけを敢えて伝えておく。
案の定、苦虫を噛み潰したかのような何とも言えない表情を浮かべるジークルト。
「取り敢えずはそう言う事だから。
今日は疲れたから休ませて貰うわね、またね」
最後の台詞に再びジークルトはぴくりと反応した。
解りやすい男だ、こんな男が戦場に立って無事生存しているのがとても不思議だ。
しかし七色目を使える事といい、人間は見掛けに寄らない……という事だろうか。
何かまだ言いたげな相手へ完全に背を向けて、階段を上る。
用意された今夜の寝床への扉に手を掛けて引こうとした瞬間、声を掛けられた。
「フィノリアーナ嬢」
何時の間にか二階へ上がっていた、娘だった。
「何か用かしら? レオノーラ。
まさか貴女もあの子についての詮索なの?」
少し目を細めて牽制する。
しかしレオノーラはその顔に笑みを湛えながら首を振った。
「わたくし共がお客様の情報を詮索する等、あってはならない事です。
けれど一言だけ、どうしてもお話をさせて頂きたくてお声掛けさせて頂きました」
そう言ってレオノーラは真っ直ぐに此方を見て来た。
ジークルトの様な真っ直ぐな瞳の輝きは、彼と全く同じ。
唯一違うのは瞳の色だろうか?
「ジークルトには、悪気はないのです」
ふと言葉の意味を理解するのに数秒を要した。
そして思い出す。
先程のジークルトとのやり取りを、レオノーラは見ていたのだろう。
傍目から見ていると、術式の構成や構築が見えない為に、何気ない会話を行っている最中にジークルトが声を荒げたように見えない事もない。
とすると彼の紹介でフィアナという宿泊客を連れて来たという現状では。
宿としてはジークルトのフォローも必要だと考えたのではないだろうか。
「粗雑者で大変申し訳ありませんが、それでも」
「大丈夫よ、レオノーラ。
彼に対して憤怒などの気持ちは一切無いわ」
言うと、レオノーラはほんの少しではあるが嬉しそうな顔をした。
そんな彼女に対して言葉を続ける。
「それよりも信頼出来る人間だと感じたわ。
だから何も心配する事は無いのよ」
微笑んでみせる。
「けれど、悪気は無くとも失礼を行った場合は、仕置きが必要よね。
その場合は容赦しないように決めているの」
腕を横に凪ぎ、それから拳を一度強く握る。
顔の横まで拳を引き寄せて、レオノーラに見えるようにウインクする。
「それはジークルトが悪いですから、仕方ありませんね。
その場合は私も参入させて頂きましょう」
フィアナと同じ動作をレオノーラも繰り返す。
思わず微笑んでから、拳を解き手を振った。
「それはとても素敵ね。
宜しく頼むわ、レオノーラ」




