優しくて、甘いのね
「そうか、大変だな。
ユノも、フィアナも」
思わず凝視してしまった。
この男は何を言い出すのだろうか。
「貴方は何を言い出すの?」
ジークルトは真っ直ぐに此方を見ている。
その真摯な鳶色の瞳から視線を逸らすことが出来ない。
大変、だなんて労われた事なんて無かった。
何時も向けられるのは、ドラシィル家としての期待や義務。
そしてユンゲニールが残した功績や結果に対する要求。
術式師として活動を始めた五年前、十六の時から常に回りの期待に応えるべきだと感じ、思い動いて来た。
「俺には感じる事も無い重圧だ。
でもそれを感じながら生きている二人は、凄いなと思った」
そこまで言うと、手に持ったグラスの中の葡萄酒を飲み干す。
「だから、大変だなと」
言いながらも目線は宙をさ迷う。
そんなジークルトを見て、思わず苦笑した。
フィアナの話を聞いた素直な感想が、其れなのだろう。
けれどもするりと感想を漏らした時に、思わずフィアナは驚愕し問い返してしまった。
その為にジークルトは己の発言を一度飲み込み、それまでの話を反芻してから改めて感想を述べた。
……何か思うところがあるのか、態々酒精まで摂取した上で。
周りには存在した事の無い反応であり対応だ。
新鮮に感じつつ、但し何も言わない。
代わりにそっと相手の腕に手を伸ばし、指を添えた。
そんなフィアナに一瞥をくれてから、少し憮然とした表情でジークルトは手に持ったグラスを机へ置く。
「優しいのね、ジークルト」
「只の感想だ」
「そうね、それでも」
ぐっと腕を掴む。
僅かに逡巡したのが伝わってきたが、特に何も動きは無い。
なので強く引き寄せて、その胸元に頬を添えてみた。
まぁフィアナは椅子に腰掛けておりジークルトは立っていた為に、実際には胸元よりも腹部に顔を寄せるに近い。
衣服越しではあるが、暖かい体温を感じる。
ジークルトが狼狽えたじろぐ様子を感じたが、黙殺。
そのまま、瞳を閉じて彼の体内源素を探る。
源素は視る以外にも感じる事で判断する事も出来る。
その場合は基本は零距離が一番正確に判断しやすく間違いもほぼ無い。
距離が出来るに従い感覚もぶれて、源素の色が判断しにくくなるのだ。
先程、眼で視ようとして上手くいかなかった。
感じる限りではジークルトは術式師では無いだろうし、色も見えないと言う事は解る。
しかし相手の体内源素を把握して、もし敵対した時の対策を練る癖は簡単には治せないようだ。
ジークルトの体内源素を探る。
予想した通りに、青が強く同じ位に緑も強い。
その二色に圧迫されながらも揺蕩う赤。
黄はそこまで強くなく白と黒は確認出来ないので、本人の体内源素ではなく辺りの源素だろう。
体内源素は本人の特性でもあるし、そのまま抵抗力にも通ずる。
なので、彼には青や緑の術式は効きにくいだろう。
代わりに黄は効きやすいだろう、今の段階では……だが。
そこまで確認してから、ジークルトの顔を見上げた。
「優しくて、――甘いのね」
笑みが零れる。
単純な術式を展開、陣に辺りの黄の源素を乗せて――
発動の為にフィアナの体内源素を乗せようとした所で、ジークルトが此方の肩を掴んで引き離した。
たがしかし、遅い……。
「待て!」
後は術式発動の条件を満たせば良いだけと言う処で。
吼える様なジークルトの鋭く強く短い声が、響く。
同時に展開していた術式に『七色目』の色がぶち当たり、そして霧散した。
ちょっと驚いた。
術式には、手順が必要だ。
先ずはどの様な術式を発動させたいかの理想系を思い描くことから始まる。
此処で思い描く結果が、最終的に顕現される術式となる。
この世の何事も、結果だけを即座に反映させることなど出来はしないのだ。
先ずは理想の想像から創造される。
次に、必要な術式陣の展開。
小さな術式であれば小さな術式陣が。
大きな術式であれば大きな術式陣が、描かれる。
此れは後で発動に必要な源素を術式陣へ流し込むためだ。
源素自体に形はなく視た限りではふわふわと漂う光の珠の様にしか見えないが、質量は存在している。
単純に述べると、術式陣には容量が存在し発動に必要な源素が不足していると、失敗する。
また簡単な術式なのに必要以上の源素を注ぐと、容量夥多になり暴走する。
大は小を兼ねないのが、術式の深くも辛いところだ。
術式力の高い術式師ならば、小さい中に密に密に術式陣を描いて少量化する事も勿論可能である。
今回は敢えて大雑把な術式陣を描き、試した。
術式師ではないと予想を立て、視える筈の無い術式陣をわざと展開して手痛い一撃を喰らわせようと企んだ。
相手にとって抵抗力の弱い色で、相手が昏倒する程度の威力の術式を、ぶつけるつもりだった。
牽制でもあり、また相手の能力値を確認する為に。
結果、ジークルトは『七色目』だけで此方の術式陣を破壊した。
この『七色目』は、別の言葉で言い換えると気だとか闘志だとかそんな言葉が当て嵌められる。
残念ながら原理ははっきりとは解らないものの、源素自体をぶつけたり纏わり付かせたりと言った動きをすると聞いている。
術式陣は存在せず、また操作条件も発動も具現も、通常の術式とは異なる。
そんな七色目の色である『紫』を身に纏い、ジークルトはフィアナを伺って居た。
戸惑いと警戒と、その裏に漂う不安。
「頼む、此処では止めてくれ」
相変わらず真っ直ぐにフィアナを見詰めながら、続ける。
「店内で暴れると、レオノーラが怒る」
一瞬、何を言われたのか脳内で理解が出来なかった。
攻撃されかけたことより、その結果己が危険だったことより。
暢気に心配を口に上らせる様が、不覚にも可愛く感じて安心した。




