戦場の地雷の方が余程良心的
「レオノーラからほんの僅かばかりの話を聞いた限りでございますから、わたくしは断言出来かねます」
「何を惚けた事を言うのかしら?
例え誰に聞いた話だとしても、貴女が裏を取らないなんて有り得ないでしょう。
ましてや大切な大切なレオンハルト子爵の傍に居た存在に対して、情報が乏しいだなんて言い訳は通じないわ」
相変わらずの微笑を崩さないシャルロッテの鼻先に、指を突き付けてやる。
人は目前に唐突に異物が現れた時は多少なりとも目を閉じたり瞬きをしたり、何か反応を見せて来るはずなのだが。
「左様でございましょうか」
全く動じる様子もなく、そう問い返された。
「彼女自身は流れの冒険者との事でした。
但し当然レオンハルト様のお傍へ近寄り二人で勉学に励む以上、当然身分の保証は出来ております」
「少なくともそこらの平民よりは上、という事なのかしら」
取り合えず少なくとも異父兄妹である兄が六色全て見えているようだった。
術式師に必要な才能とは血だ。
別に貴族に才能を持った存在が多く平民に少ない、という事はない。
ただ世に出る術式師の大半はある程度の社会的に存在を認められたものが多いのは、術式に限らず勉学には金銭が必要だ、という所もあるのだろう。
文字を読むのですら最低限の教養が必要であり、書くに至っては羽ペンだとかインクに羊皮紙も必要になってくる。
それはつまり、その何れも所有していない平民の中でも恵まれていない人間は、例え才能があっても開花させる事が難しいという一つの理由だ。
確かにナタリーは源素を見る眼は持っていなかったが、生まれて直ぐに眼を持っている存在など少ない。
合わせて彼女の場合は兄が生成したという眼鏡を持っていた。
眼を開くには本来、相応の術式師が複数人必要だ。
もし彼女の周りで術式を扱える存在が彼女の兄だけだった場合、彼女が開眼していなかったとしても可笑しくは無い。
彼女の兄の方が才能的に優れていたとすれば、兄の両親が双方とも才能を有していて彼女の父が才能を所有していなかったという可能性がある。
その場合は彼女が得た才能は、二人の母親から受け継いだだけのものとなってくる。
もし兄が開眼しているとすれば兄側の実父が生存していた間に開眼していたのかも知れない。
母と兄の才能に大きな開きがあったとすれば、開眼が出来なかった理由にも説明がつくのではないだろうか。
「わたくしからは何とも申し上げる事は出来ません」
素気無くされたが、気になるのはそこではない。
「ナタリーがリーヴに戻ってきているとして。
シャルロッテは会ったのかしら?」
「お答えする義務がわたくしにはございますでしょうか? フィノリアーナ嬢」
「答えてくれないのなら構わないわ。
今から直接おじさまか、レオンハルトにお尋ねするしかないようね」
館の方向を仰ぎ見ながらそう嘯くと、シャルロッテが笑みを深めた。
はっきりと表情が変わったことは感じ取れないが何と無く、悪戯っぽい表情になったのが分かった。
小さく拳を作り咳払いをして見せてから、仕方ないと言った風に彼女が口を開く。
「彼女が再び来訪したのはつい先週の事でございます。
当リーヴスラシル家、ロイジウス様へご挨拶へ参られました」
先週には戻ってきていた、と言うことか。
もしかして街の北側にでもいたのだろうか? あの辺りは冒険者が多数うろついていると聞く。
フィアナの活動圏内はリーヴの南東が多く、あまり北の方には足を運ばない。
あちらには騎士や兵士の詰め所もありあまり立ち寄りたいとも思わない、という理由もあるのだが。
「どのようなご用件だったのかはわたくしは生憎と存じ上げません。
けれどレオンハルト様の勉学についてのお話だったのではないかと予測しております」
「レオンハルト……術式についてのお話かしら?」
確かに彼の勉学はまだまだ終わっていなかった。
ちょこちょことフィアナも見る事はあるが、そうそういつもいつもあの無茶な少年に付き合っているほど、暇ではないのだ。
「左様でございます。
彼女の講義のみではまだまだレオンハルト様はその才能を満遍なく発揮するには至らず。
かといって御当主様では術式について明るくないものですから、その点についての問答があったのではないかと考えております」
先ほどから断定が少なく、あまり彼女自体も情報を所有していないのだろうか?
そう思い確認しておく。
「話の内容は知らないという訳なのね」
「お人払いをなさっておいででしたので、わたくしは存じ上げておりません」
少し悲しげに眉を潜めて、そう答えるシャルロッテ。
「けれど御当主様の為さる事、何の心配もしてはおりません。
わたくしはただただ彼の仰る通りに役目を全うするのみ。
そうですね、現在であればレオンハルト様のお体を気遣う事でしょうか」
双眸を細め、夢を語る乙女の様な微笑を浮かべて彼女はそう言うが……。
そうそうあの少年は大事にはならない、と思う。
というか、おそらく大事になるのは回りの人間ではないだろうか?
可能ならあの少年はきっちりと館の中で管理しておいて欲しいと願う。
以前腕を凍らされた事を思い出し、無意識の元に腕をついつい摩ってしまった。
「現状は把握したわ。
では現時点のナタリーの居場所は、ご存知かしら?」
この女は基本的に、リーヴスラシル家の面々の事しか考えていないようだ。
勿論、その面々が日々健やかにすごせる様に、また何か問題が発生し彼らが危機に巻き込まれないように、リーヴの街全体にも気を配ってはいるのだが。
彼女が日ごろ行っている事を何も知らなかった場合にはただただ彼女が好き好んでリーヴスラシル家の面々の世話を焼いているようにしか見えないのが――とても怖いところだ。
恐らく不用意に彼らを貶める発言をしたら、例えリーヴスラシル家の血縁関係であるフィアナであろうと、容赦なく手を下されるのだろう。
否、問題は発言には有らず、つまりは彼らがどう受け止めるかというただ一点のみ。
例え暴言を吐いたところで彼らが不愉快にならなかったのならば彼女は微動にしないだろうし、もし褒め言葉であっても彼らが気分を酷く害したのならその限りではない。
これならば、戦場の地雷の方が余程良心的なのではないだろうか。
胸中で溜息を吐きながら問い掛けるが、彼女は答えない。
微笑を浮かべたままにこちらを見て――、そして恭しく跪礼する。
反射的に術式陣を編み上げるが、頭を上げたシャルロッテと眼が合い……色々と、諦めて片手を払う。
(流石に……話し過ぎたようね)
「ナタリーがどうかしたのー?」
その腕一杯に色取り取りの花を抱えて、にっこりと天使の微笑みを浮かべた少年がいた。
花の香りが辺りに漂って甘い空間が演出された。
「フィノリアーナ、久し振りすぎるよー!
なんだかシャルロッテと愉しそうにお話しているのがお部屋の窓から見えたから、来ちゃった!」
笑顔のままで、その胸に抱えた花束を此方へ差し出してくる、少年。
反射的に腕を伸ばしてつい、花束を受け取ってしまう。
庭に咲いていたものを恐らく侍女辺りが綺麗なものを摘み取り棘や不要な葉を切り取り、彼の部屋へ活けていたのだろう。
まさかこんな所でプレゼント用になるとは、その活けた主もこの花々ですら予想外だったのではないか。
そう思いながらも鼻腔を擽る芳しい匂いに包まれて、つい頬が綻んでしまうのを自覚したフィアナであった。




