↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「婚約破棄ですか? ありがとうございます!」アラフィフ聖女が引退したら、国王陛下が絶叫しました  作者: 姫野ことは(旧名:KOTOHA)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/6

最終話:十八歳の君も、四十八歳の君も。

 殿下が王都へ戻った翌日の夕暮れ。


 ヴァルター様に誘われて、町外れの丘を登った。


 頂上に着くと、眼下に湖が広がっていた。


 沈みかけた夕日が水面を金色に染めている。


「まあ……きれい」


「君に見せたかった」


 ヴァルター様は、湖を見つめたまま言った。


 しばらく、風の音だけが聞こえていた。


「ヴァルター様。夜会のとき、柱の陰で何とおっしゃっていたの?」


 今度は「さあな」とは言わなかった。


「ようやくか、と言った」


「ようやく?」


「ようやく、君が自分のために生きられる日が来た、と」


 ヴァルター様が、こちらを向いた。


「三十年前、君に伝えられなかったことがある」


「まあ。そんな昔のお話?」


「俺にとっては、昨日のことのようだ」


 夕日を背にしたその顔は、ひどく真剣だった。


「君を愛している。初めて会った日から、ずっとだ」


 ――え?


「君の使命を、邪魔したくなかった。夜明け前に起きて、誰よりも先に祭壇へ向かう君を、引き止めることはできなかった」


 ヴァルター様は、少しだけ言葉を探した。


「いや……それだけではないな」


「……?」


「俺にも、守るべきものがあった。騎士団を率いていた頃は部下たちを。辺境伯となってからは、領民たちを。君だけを見て生きてきたわけではない」


 私は黙って耳を傾けた。


「それでも、君のことを忘れた日はなかった」


 ヴァルター様は、少し照れたように笑った。


「縁談も、何度かあった。だが、どうしても首を縦に振れなかった。君以上に心を動かされる人には、出会えなかったんだ」


「まあ……」


「領地は、いずれ兄の息子に返すつもりでいる。もう本人とも話をしてある。だから、俺の立場を気にする必要はない」


 そこまで考えていらしたなんて。


 四十八の私では、跡継ぎは望めない。そのことに私が引け目を覚えるより先に、この人はもう答えを用意していたのだ。


「だが、君に想いを告げなかったのは、義務のせいだけではない」


 ヴァルター様は、まっすぐ私を見た。


「君が、自分の人生を選べる日を待ちたかった」


 胸の奥が、きゅっと鳴った。


 誰かに必要とされることは、何度もあった。


 聖女として。


 婚約者として。


 国の守り手として。


 でも、私が何を望むのかを、三十年間も大切にしてくれた人がいたなんて。


「で、でも、私、四十八歳ですよ?」


「知っている」


「見た目だけは若いですけれど、中身はすっかりおばさんですし」


「それも知っている」


「朝はゆっくり寝たいですし、甘いものも好きですし」


「それも知っている」


 ヴァルター様の口元が、ふっとゆるんだ。


「だから毎日、菓子屋に通った」


 ――ああ。


 甘いものがお好きでもないのに。


 毎日、「さあな」と言いながら。


「俺は、十八歳の君だけを好きだったわけじゃない。今の君が好きなんだ。寝坊する君も、焼き菓子を二つ食べる君も」


 頬が熱い。


 四十八にもなって、こんな気持ちになるなんて思わなかった。


 聖女でも、婚約者でもない。


 ただのオデットとして、誰かに好きだと言われたのは、生まれて初めてだった。


「……ひとつ、よろしいですか?」


「ああ」


「私、これからは自分の好きなように生きたいんです」


「もちろんだ」


「朝寝坊もしますし、気が向いたら旅にも出ます。誰かのために、無理をするのはもうおしまいにしたいんです」


「それでいい」


 ヴァルター様は、静かに頷いた。


「君が行きたい場所へ行けばいい。俺も、自分の務めを果たしながら、できるだけ一緒にいたい」


「……まあ」


「君の自由を奪うつもりはない。ただ、その隣にいられたら嬉しい」


 私は、差し出された手を見つめた。


 剣を握り続けてきた、大きくて硬い手。


 三十年前、新米聖女だった私を何度も支えてくれた手。


 その手を、そっと取った。


「では、これからよろしくお願いいたしますね」


「……こちらこそ」


 ヴァルター様の声が、少しだけ震えていた。


 丘を下りる途中、腰が小さくきしんだ。


「……下り坂は、腰にきますわね」


「つかまれ」


 差し出された腕に、遠慮なくつかまった。


 麓に着くと、いつもの菓子店がまだ灯りをともしていた。


「焼き菓子を二つ、くださいな」


 ヴァルター様が、私の顔を覗き込む。


「今日も二つ食べるのか?」


「ええ。三十年分のご褒美ですもの。まだまだ足りませんわ」


 ヴァルター様が、声を上げて笑った。


「では、明日も買いに来よう」


「まあ。毎日ですか?」


「これからは、毎日が休日だろう?」


 私は、満面の笑みを浮かべた。


「そうでした!」


 湖からの風が、湯けむりを揺らしていく。


 明日の朝も、私はきっと寝坊する。


 そして、焼き菓子を食べに出かける。


 今度は、隣に誰かがいる。


 ――四十八歳。聖女を引退した私の人生は、どうやらこれからが本番らしい。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!


三十年間、誰かのために頑張り続けてきたオデット。


四十八歳から始まる、彼女の新しい人生と恋を「よかったね!」と祝福していただけましたら、ぜひ下の☆☆☆☆☆から作品を応援していただけると嬉しいです!


皆様の応援が、これからの創作の大きな励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
オデットは自由になれて良かったね(°▽°)でもね、一言だけ言わせて、その年で甘いもの食べ過ぎたらあっという間に太るからね(; ・`д・´)私、過去最高の体重に今泣いてるわ(; ・`д・´)オデットも気…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。