55 探る眼差し
今回は短いですが、同居の話はもう少し続きます。
その後も、二人の落ち着いた日々が続いていく。
もうリーディオは、アマンダのことをアルバと呼ぶことに違和感がない。それはアマンダも同じだった。
「やあ、アルバ。今日は読書かい?」
「ええ。今度、モジャール国に行く予定があるので。特色や注意点、禁忌事項等を調べていました」
「そうか、大変だね」
「いえ。今回は調査だけなので、軽い作業です」
「言語は……。聞くだけ野暮だな。怪しまれるような言葉等使えないのだから、十分に訓練したのだろうね」
アマンダは、口元に笑みを浮かべる。
それは張りつけたものではなく、自然な表情だった。
全てが奇跡なように、前世と同じ空気感を感じられる二人。
アマンダはアルバのように幼くはないし、リーディオもバルデスのように体躯の大きい軍人ではない。
けれど、アマンダが入れる紅茶を飲むリーディオは、現世の母親を亡くしてから失った、穏やかな時間を慈しんでいた。
「どうぞ、バルデス様」
「ああ、頂くね。ありがとう、アルバ。……うん、昔に飲んだ時よりも美味しく感じるよ」
「まあ、ありがとう? と言って良いのかしらね。ふふっ」
「勿論、昔も美味しかったんだよ。そうだなぁ、上達した感じかな」
「じゃあ、褒められたことにしておきますわ」
「是非、そうしてくれ」
その後も他愛ない会話を続け、意識せずに各々の日課を熟していく。
リーディオはリプトンに、領地経営を学んでいた。
実際にポリフェノール家の現在の執務は、リプトンとアマンダが行っているので、非常に解りやすい。
この期間が終了すれば、伯爵家当主として執務につかなければならないリーディオ。
現在は王家の若手執政官が、臨時で業務に携わっている。若手執政官にしても、実際の領地に関わることは学びとなる為、特に支障とはなっていないようだ。
限りある時間を、二人は丁寧に過ごしていく。
でもそこに、マリアンヌが顔を見せた。
普段来ることのない、伯爵家から少し離れた場所にある別邸へ。
「あのぉ。たまたま散歩をしていたら、お客様がいるのを思い出して、ご挨拶をしていこうと思ったのですが…」
ファイン(アマンダの父)には、リーディオが保護目的の為にここにいると話していた。当然義母やマリアンヌにも伝わっている筈で、普通なら接触を避ける筈だ。
それでもここに来たのなら、彼女も前世に影響を受けた上での行動かもしれない。
リーディオはリプトンの許可を得て、気さくにマリアンヌへ挨拶をした。
「こんにちは、マリアンヌ様。アマンダさんにお世話になっているリーディオ・サントマイムです。お姉さんをお借りして申し訳ないです」と。
「そ、そんなこと、ないです。私はマリアンヌです。よろしくお願いします」
マリアンヌは知らずに頬を染めた。
アマンダはそれをただ眺めていた。
挨拶をして去っていくマリアンヌを、みんなで見送った。
確実に敷地から離れたことを確認する為に。
思い出している途中か、前世に強い思い入れがなかったせいで、はっきりとした人格が表面にでないのか、影響を強く受けている私達の近くにいないから、曖昧だけれど気になって来てしまったのか?
今のところはわからない。
けれどもし全てを思い出したなら、アルバを育て守ってくれたミストの記憶も戻るはずだ。
……アマンダが、そのアルバであることも。
ミストがバルデスに恋していたことも。
これ以上マリアンヌが来れば、夢のような時間が失われるのではないかと心配するアマンダ。
ダージリンのように、黙って見守る可能性は期待できない気がする。
暗部の情報では、少し前には 「リンディアスが運命の人」と口にしていたと聞いた。だからリーディオにちょっかいは出さないと思いたい。
今の彼はバルデスとは雰囲気も違い、すごく美形と言う程でもない。身分も伯爵家で、王太子のリンディアスとは比べるまでもない。
本当に、できればそっとして置いて欲しい。
僅かな穏やかな日々を壊さないで欲しい。
(こんなことを考えるのは、自分だけなのだろうか?)
アマンダが軽い混乱を見せる中、それを眺めるリーディオは優しく微笑んだ。
(ああ。鼻と口に手を当ててする困り顔は、アルバと同じだな)
少なくとも彼だけは、楽しげな時間を過ごしていた。
マリアンヌは思った。
「あんなに穏やかな人、始めて会ったわ。ずっと前から知っている人のように安心したわ」
一部正解だが、今は思い出しは完全ではないようだ。




