56 遠い過去の記憶
「リーディオ様は伯爵家を継ぐのですか? それならお姉様との結婚は無理ですわね」
何となく、ポツリと呟くマリアンヌ。
マリアンヌは別邸でリーディオを見てから、彼のことばかりを考えている。
彼とは初対面のはずだ。
彼が住む領地は、此処よりかなり遠方にあるから、王宮の夜会などにも殆ど出席することはない。
だけど、気配と言っても良いのだろうか、何とも懐かしくて胸が熱くなるのだ。
マリアンヌの父は、彼の警護について懐疑的だった。
「何故に、斜陽貴族などを連れてきたのか? もし何らかの証言をさせる為の保護ならば、家族を危険に晒すだろうに。一貴族のポリフェノール家に…… ブツブツ………」と、歓迎していない。
マリアンヌの呟きなど、耳にも入っていないだろう。
その時ふと、母ジンジャーがその名を口にした。
「まさか、バルデス様?」
口にしてからハッとするように、口をつぐむ。
その名を聞いたマリアンヌは、一瞬にして過去の記憶が溢れ出した。
「バルデス、バルデス様。そうだわ、彼は…………」
生まれ変わりだ。
恋い焦がれた、バルデス様の。
そう思うだけで、一気に気分が高揚するのを感じた。
顔も赤みを帯びていく。
その様子にジンジャーは、マリアンヌも過去を思い出したことを悟った。
姿形は別人なのに、感情だけが過去に遡る。
そして、ジンジャーがアミール(母)。
マリアンヌがミスト。
ダージリンがサンド(兄)。
バルデスは言うものがな。
そして、アマンダがアルバであると言うことも。
「なんで、また、アルバが! あの時だって、彼の心を奪った貴女が。どうしてなの?」
過去の記憶に翻弄され、憤ったマリアンヌは意識を失った。
それを抱き上げるファインは、彼女を寝室へ運ぶ。
驚く彼に、ジンジャーは声をかける。
「寝不足で、貧血になったみたいよ。私が見ておくから、心配しないで」と安心させた。
過去でアミールは、アルバとミストを逃がす為に先に死んでいた。それはサンドも同様だった。
ただサンドであるダージリンは、ポリフェノールから直接後日のことを聞いていた。ミスト達に何が起こったのかを。
それを知らないアミール(ジンジャー)は、彼女の口から当時のことを聞くことになるのだ。
◇◇◇
アミールの友人ターニャを頼り、訪れた場所で裏切りにあった二人。
バルデスの母キンバリーにアルバを人質に取られ、ミストはアミールとサンドを殺した魔導師ヴォークスに嫁がされた。
彼との間には、男の子ドーネルが一人生まれていた。
その後にアルバが死に、キンバリーが幽閉されたと聞いたミストは、バルデスの元に駆けつける。
家族で命をかけて逃がしたアルバは、キンバリーに撃たれて殺されていた。それも先に撃たれたバルデスを、ポリフェノールと言うエルフに治療を願った後に。アルバは、彼が治療を受けている目の前で倒れたのだ。
幸せだったと言って。
ポリフェノールは力を使い果たし、彼女の子も、アルバも助けることは出来なかったと言う。
母親の起こしたことに絶望した彼は、ずっとアルバの冥福を祈り続けていた。
アルバに関わった己を呪いながら。
ミストはヴォークスと離婚し、バルデスの使用人として遣え暮らしていた。ドーネルを傍で育てながら、いつかバルデスに振り向いて貰えるようにと、気持ちを持ち続けていた。
彼は誰とも結婚することなく、職務だけに忠誠を誓いミストより先に儚くなった。その後に気力を無くしたミストも寝つき、すぐに彼の後を追うように亡くなった。
◇◇◇
《ここより、ミストが知らないドーネルの視点です》
ドーネルは、いつも切なく母を見ていた。
年を経ても魅力のある母だったが、生涯をバルデス様だけを見つめて過ごした。
そのバルデス様は、アルバだけを思っていた。
ドーネルは、前に踏み出せない二人を見て、小さな胸を痛めて来た。
母に愛されてはいたが、一番はいつもバルデス様なのを知っていた。
いっそバルデス様が、誰かと結婚してくれれば踏ん切りも着いたのに。だけど…………家族を亡くした母には、もう頼れる人はバルデス様だけだったのだろう。
後から知ったことだが、母には最愛の家族がいた。
その家族を、仕事とはいえ殺した父ヴォークスでは、その役は無理だったようだ。
自分にはその仇の血も流れている。
だから、いつか捨てられるのではないかと、いつも怯えていたのだ。
バルデス様も母も亡くなった。
人間と比べると10倍はある寿命だが、二人はずっと苦しんでいたようだ。
ドーネルは結婚し穏やかな家庭を持ったが、彼らのような強い気持ちはなかったと思う。
でもあれは愛情なのか、執着なのかは今でもわからない。
◇◇◇
そんな過去を知り、マリアンヌを抱き締めたジンジャー。
今でもその思いは続いているのだろうか?
「頑張ったね、最期までお仕えしたんだね。偉いわ」
「ああ、もう昔のことなのに。なんでこんなに悲しいの? お母さん、辛いよっ、えぐっ、うっ……」
ああ、神様。
どうして娘ばかり苦しめるのですか?
今だって、辛いトラウマと戦っているのに。
一時はリンディアス様が素敵だと楽しそうだった。
身分なら、ギリギリある。
サクラ侯爵令嬢と共に、モデルなどをして多くの味方も出来た。
けれど男爵に襲われたマリアンヌでは、王妃どころか、側妃にもなれない。
夢を見ることも許されないと言うの?
もしマリアンヌが、ミストとしての気持ちが強くてリーディオ=バルデス様を求めるなら、今度こそ叶えてあげたい。
寧ろその為に、思い出したのではないの?
二人が混乱で泣き続ける中、それを知らないアマンダとリーディオは、穏やかにお茶を楽しんでいた。




