38 噂のあの娘(こ)? その1
馭者の横に座していた従僕が、学園に到着したマリアンヌに手を掲げて恭しく下車させる。
「ありがとうございました。それでは行って参ります」
微笑んで軽く頭を下げる。
「お気をつけて。頑張ってください」
従僕はそう言って深い礼をし、嬉しそうな顔でその場を後にした。
ここアルテミス学園への入学は、10才から15才までの5年。
16才で成人となるこの国では、卒業後に1年間準備をして婚姻となる者も多い。
入学試験に合格した貴族、秀でた特技(経営力・魔術や剣術・発明等)を持つ平民の通う場所。
知識を得るだけではなく、将来遣える者を探したり、側近となる者を探したり、コネクションを作ったり、結婚相手を見つけたりと、本来の目的以外の部分も多い。
勿論、問題のある人物はお金を積んでも入学出来ない。
卒業後しただけで、優秀だと言う影響力のある学園だ。
その学園へ、噂の渦中の人物がやって来たのだ。
ポリフェノール伯爵の再婚相手の娘。
籍には入れないが、現伯爵(伯爵代理)フェインの正真正銘の娘。
ポリフェノール家正統継承者、アマンダの同い年の義妹。
『マリアンヌ・ポリプレン子爵令嬢』
本妻の家へ乗り込んでくる愛人の娘とは、どんな厚顔な者なのか?
興味本意の視線が、マリアンヌに注ぐ。
だがそんな視線を受けても、貼り付けたものではなく、無邪気な微笑みで返す令嬢の姿があった。
ポリフェノール伯爵と同じ、紫水晶の瞳と光に煌めく長いプラチナブロンドの髪、優雅な立ち居振舞い。
「アマンダ様と似ている」と、誰かの呟く声。
いくら愛人の娘と言えど、ポリフェノール家に入った者に無礼は働けない。それ以前に、上級貴族と言っても差し支えのない身のこなし。
周囲は、ただただ遠巻きに眺めるだけだった。
クラス編成は、成績が良い順にABCDに分けられる。
編入成績が優秀なマリアンヌは、Aクラスと連絡が来ていた。
「本日からこちらで学ぶことになりました。マリアンヌ・ポリプレンと申します。よろしくお願いします」
優雅な礼と無邪気な微笑みで、見とれる生徒達。
本来なら、淑女の微笑みは些か緊張を孕む。
相手を見定めようとして、手の内等見せぬように。
だが、此処にいる令嬢は、心から嬉しそうに微笑んでいた。
この学園で学ぶことを楽しみにしていたのだと、嬉しそうなのだ。
そして、恥ずかしそうに付け加える。
「今までは、母や市政の先生の元で学んでいました。いろいろ足りない部分があるかもしれませんので、是非教えてくださいね」と。
警戒していた生徒達は、牙を抜かれたように放心した。
振る舞いは美しいが、言葉遣いや表情などは貴族らしくないものだった。
平民のような飾り気のなさ。
Aクラスの平民生徒は、好感を覚え。
貴族生徒達は、様子をみていた。
苛められることはないが、遠巻きにされている数日。
裏がない姿を見た生徒達は、次第に心を許していく。
中には舐めて下に見てくる者も、僅かに現れ出した。
近づく者の中には、アマンダをライバル視する令嬢達も含まれていた。
伯爵令嬢だと言うのに、王や騎士団・魔法師団とも仲の良いアマンダを敵視する者達だ。
その筆頭が、公爵令嬢『アガサ・マグダーリン』
父は現王の王兄。
本来の継承権順で、前王が第一王子だったので王となった。
第二王子のサンガスは、第二継承権があったも早々にマグダーリン家に婿入りした。
側妃や妾が山といる第一王子。
自分に王位が巡って来ること等、夢にも思わなかったからだ。
結果的には、第四王子が現王位に着いた訳だが、それで良いと思っていた。
王には責任も敵も多くて、安らげない。
公爵だとて責任は付きまとうも、王の比ではない。
むしろ第四王子には、申し訳ないと思っ ているくらいだ。
シルクルードは、病院組織を統合経営しており、領地を治める暇がないと言い、臣下にも下っていなかったのだ。
現在はポリフェノール家の人脈で、以前よりも規模の拡張は出来、支援も受けられたとのこと。
本来目的としていた、医療を幅広く国民が受けられることは叶いつつあるが、多忙な日々を送る話を聞く。
「まだ39才と年若く、王位を継ぐ息子もいる。あいつ程適任者はいないな」
晩餐の席でその事を聞く度に、アガサは悔しかった。
父が王となれば、アマンダに大きな顔等させなかったのに。
だって王女になれば、アマンダより立場が上になるのだから。
国で王妃の次に権力を持つ女性に成れるのに。
元々、王とポリフェノール家の立場は、上下関係が希薄だ。
ポリフェノール家が根回ししないと、王家の運営も儘ならないからだ。
伯爵と言う立場だって、本来低すぎる爵位なのだから。
だから、アガサは誤解していた。
ポリフェノール家が、自分よりも下なのに優遇されていると。
そして失脚の機会を狙っていた。
アマンダの義妹を、利用できるのではないかと。




