37 義理の姉妹は、静かに微笑む その3
今日からマリアンヌは、アルテミス学園へ編入となる。
今までは8時過ぎに起きていたが、今日からは食事をして身支度を整える為、7時に起きることになった。
コンコンと、ドアのノックが鳴る。
「お嬢様、御起床のお時間です。ナビア入ります。失礼します」
シャーッと大きな窓を覆うカーテンが、開けられる。
白地に薄ピンクの小さな花が刺繍された、可愛い外カーテンが括られると、レースの内カーテンがふわりと舞う。
暖かい風が、マリアンヌの顔を擽る。
う~んと伸びをして、目を擦る。
「おはようございます。お嬢様」
専属侍女となった笑顔のナビアが、声を掛ける。
「はい。おはようございます。ナビアさん」
眠そうな顔のまま、テーブルの洗面器のお湯で顔を洗う。
その後は席に着いたまま化粧水と乳液が施され、髪を優しく梳けずられる。
綺麗な髪なので、サイドだけ三つ編みをしてながす格好だ。
背中の中央まである軽いウェーブが、日に浴びてキラキラと光る。
「お嬢様、私にさん付けはいりませんよ。ナビアとお呼びください」
「でも、私。本当のお嬢様じゃないから……」と、俯き囁く。
「ポリフェノール家のお嬢様でなくても、旦那様のお嬢様ですもの。お嬢様であってますよ」
「? そう、ありがとう」
「はい」
マリアンヌはこの時、意味が解らず流してしまった。
この国の法律的な意味も関係する言葉。
「ポリフェノール家でなくても…………」
ジンジャーはフェインの妻になったので、ポリフェノールを名乗れる。しかし娘のマリアンヌは養子縁組みをしていないので、ポリプレン姓のままだ。
間違いなく実子だとしても、婿養子の愛人に子の認知は認められていない。
以前は認められていたが、過去に愛人の子を使った簒奪が数件あり、認められなくなったのだ。
婿養子を辞めて生家の姓に戻れば、スクラロース家の姓を名乗らせることは出来る。
また、ポリフェノール当主が許せば国に許可を申請出来るが、伯爵代理のフェインでは申請できない。
アマンダの祖父(前伯爵)が生きていて、許可すれば。
あるいは時期伯爵となるアマンダが、16才で当主となり養子縁組みを認めれば可能となる。
だが、何の益にもならないマリアンヌを、家門に加える意味はない。
そう言うことで、マリアンヌはポリフェノール姓は名乗れない。
それを知らないまま、この日が来てしまっていた。
マリアンヌは、自分は父と同じポリフェノールになると思っていた。
フェインも法律的なことに疎く、解っていなかった。
『マリアンヌ・ポリフェノール』になると信じて疑わなかった。
朝の朝食時、執事長リプトンから手紙を渡されたフェイン。
差出人はアマンダだった。
『お父様へ
マリアンヌさんの編入、おめでとうございます
今日から同じ学園で学ぶことになりますね
是非頑張って欲しいものです
老婆心ですが、余計なことと思っていますが、マリアンヌさんはポリフェノールの姓は名乗れません
入学時、また社交界では、『マリアンヌ・ポリプレン』となることになります
勿論、お父様のお子で間違いないと思うのですが、婿養子の愛人の子は、法律で認知出来ないのです
もし養子縁組みをするとしても、お父様は伯爵代理であり当主ではないので無理なのです
私が当主となれば申請することは出来ますが、国王様がお認めになるかは解りません
ポリフェノールは特殊な家ですので
差し当たり本日より、マリアンヌさんが恥をかかないようにお伝えしました
重々、お節介だと思っておりますが。
他家の方は敏感なので、呉々もお間違えないようにお伝え下さいね
それでは、学校に行って参ります
アマンダ』
「ああ、そんな。なあ、リプトン。この手紙の内容は事実かい?」
思わず声が上ずり、信頼する執事長に尋ねる。
リプトンは表情なく、事実で御座いますと坦々と返す。お嬢様はお優しいですねと付け加えて。
優しい? この時まで言わないでいて。
俺の常識が足りないだけなのか?
リプトンは、見えない角度で嘆息する。
本妻を裏切り何年も関係を続けているのに、何も知らないとは子供のような男だな。
やっていることはまあ、子供には出来ないことなのだが。
無知は恥ずべきこと。
行いには責任を伴う。
お嬢様は既に6才時点で、このポリフェノール家を背負ったと言うのに、全く嘆かわしいことだ。
食事が用意されて来た為、礼をしてその場を去るリプトン。
マリアンヌとジンジャーが揃い席に着く。
そして先程の話を2人へ伝える。
「ごめんねマリアンヌ。僕今まで気付かなくて。でももし学校で名乗る時、恥をかいたら困るから言うね。
マリアンヌには、ポリプレンと名乗って欲しいんだ」
顔を青くして、マリアンヌに伝えるフェイン。
「い、今まで解らなかったのですか? だって、編入の手続きだってあったのに」
ジンジャーも、思わず声をあげた。
「そ、それが手続きの不備書類が来ていたんだけど、あまり読まずにサインしていたみたいで、気付かなくて……本当にごめんね」
フェインは頭を下げたまま、ひたすら2人に謝り続ける。
マリアンヌは「大丈夫です、お父様」と言い、席を立つ。
ああ、朝のポリフェノールでないとは、このことなんだと理解する。
ショックだけど、まだ挽回は可能だと自分へ言い聞かせるマリアンヌ。
このタイミングで伝えるのは、きっと意味があるのだ。
たぶんアマンダは、父がこの事を知らないと解っていたのだろう。
そしてあえて、この瞬間を狙って。
私達がここに来ることを、疎まれているのは感じていた。
「でも、悔しい!」
涙が滲み、頬に伝わる。
メイドが知っていることを、父が知らないのは致命的だ。
貴族に於いて常識的な部分が、父には欠けている。
きっと人任せにしてきたのだろう。
この家の実権にも、父は全く絡んでいない。
本当に種馬的な存在なのだろう。
アマンダに突っ掛かるのは、御門違いだと思う。
直前で教えてくれたんだもの。
でもそれは、この家の恥を広げない最低限のものだと思った。
何処までも侮られている気分になり胸が苦しくなるが、何故だか『このまま終わるもんか』と闘志もみなぎってくるのを感じる。
「準備して学校に行かなきゃ」
明るく声を出し、送りだすメイドにお礼を伝え、馬車に乗り込むマリアンヌ。
走る馬車の中で1人、わざと笑顔を作り無理矢理笑ってみた。
「ふふふっ。こんなことで負けたりなんかしないわ」
眦の涙を、ハンカチで押し当てる。
泣いているとばれないように擦らずに。
学園に着いているアマンダは、学長室を借り次の任務の相談を騎士団長と行っていた。
マリアンヌのことは、頭の隅に既に追いやられていた。




