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受付嬢のドロレスは、慣れた様子で説明を始める。
「すべての冒険者は、ギルドに登録と同時にタグとマナカードを支給されます。金属製のタグにはカッパー、シルバーなどの階級がありますが、これは身分を証明できる人のタグです。
ランバードさんのようなそれができない人は、全員こちらのレザータグになります」
そういって、革製の無地の札を見せられる。
「身分証明がない冒険者の方は、ギルドと合わせて宿屋でも登録をしてもらいます。ギルドと提携している宿屋でしたらどこでもけっこうですよ。あとは、このタグ自体が身分証となりますから、常に持ち歩いてくださいね」
なるほど、宿屋のメイさんが冒険者に詳しかったのは、こういうことだったのか。
ノゾミが空白のタグを手に取って裏返してみると、そこには名前を刻むスペースがある。表は冒険者、裏には登録宿屋の名前が刻まれるようだ。
「マナカードのほうはギルド支部の管理で、持ち出しは禁止です。その冒険者が受けた、今までの依頼の履歴が書き込んであります。
あ、ちなみに冒険者たちが単に『マナ』と言う時は、マナカードや依頼履歴のことを指すことが多いですから、勘違いしないでくださいね」
よくもまあと思うほど早口でまくしたてながら、手はせかせかと書類を束ねていく。
当然ながら、ノゾミのマナカードはまだ真っ白だ。
「さて、肝心の依頼についてですが、あちらの掲示板に貼り出してある用紙をご自分で選び、受付まで持ってきてください。細かい説明が必要なら、その時に。あとは受付用紙にサインをしていただければ、正式に依頼を受けたことになります。
依頼用紙には難易度、受領資格も記載されていますので、よーく注意してください。これを守らないと――」
受付嬢は身を乗り出して、急に真剣な目つきになる。
「死にますよ、ほんともう、あっさりと」
ほんの少しだけ身震いする。しかし今更だ。ノットマンがあればそうそうヤバいことにはならないだろうが、保険や保証のない世界に来たことを自覚させられる。
受付嬢はそんな葛藤などつゆほども気にせず、さっさと元の調子に戻る。
「後は壁などにも細かい注意書きはありますけど、質問があればいつでも話しかけてくださいねー。女性の冒険者は少ないし、応援してますから!」
「あ、はい、ありがとうございます」
受付用紙を提出し、レザータグを代わりに受け取る。あとは宿屋に行くだけだが、その前に依頼用の掲示板を眺めていく。読み書きも勉強していたつもりだが、汚い書きなぐりの字を解読するのは難儀した。
低ランクの依頼は、隣町への護衛や薬草探しなどの比較的穏やかそうな依頼が多い。せいぜい街道のゴブリン退治くらいだろうか。
ランクが高いものだと、何某かの遺産探しや鉱山開拓の手伝いにレッドドラゴン討伐なんてものまで。
意外と戦うばっかりじゃないんだなー、と思いながら、しばらくぽかんと掲示板を見上げていた。
宿屋、『七日だけ亭』。主人のメイは、代々ここで宿屋を営んでいる家系らしい。
妻に先立たれ、今は一人娘のマレーンと二人暮らし。歴史こそあれ、今は寂れた小さな宿だ。
彼が提示した宿泊料金は、相場の半額程度だった。おまけにノゾミが文無しなのを見越して、依頼をいくつかこなすまで支払いを待つという破格の待遇だ。
冒険者にとっての宿とは賃貸住宅のようなものであり、宿屋にとっての冒険者は格を示す看板でもある。
年齢に不釣り合いな戦闘能力を持つ新米冒険者。恩人という部分を抜きにしても、商売人としての勘が働いたのだろうか。
こうして、ノゾミのレザータグの裏には、『七日だけ亭』の文字が刻まれることになった。