02-2
「ねえ、メイさんって行商人なの?」
「ははは、そう見えます?」
「見えないわ。だって、荷物なんてろくに積んでないもの」
「しがない宿屋の主人ですよ」
ノゾミはがらんとした荷台を眺め、「ふーん」と興味なさげに返す。
正直なところ、メイは彼女を怪しんでいた。というより、困惑かもしれない。
彼女は言った。「私、道もよくわかんないし」と。
いくら田舎から出てきたとはいえ、このあたりを歩いていてベーメンへの道を知らないなんてことがあるだろうか。
ただ、ウソを吐くならもう少しマシなウソだろうとも思う。
この世界で宿屋のメイン客層は、旅行客ではなく冒険者だ。メイ自身も多くの冒険者たちを見てきた。そんな彼の目から見て、彼女は異質だった。
まず感じたのはその装備品。あまり見ない形なのは、まあいい。山脈を超えた奥の村なら、あるいは北の商業都市なら、こちらとは造りの違うものもあるだろう。
気になったのはその新しさ。
色褪せたような部分はあるが、不思議と使い込んだような跡がない。鉄の角も立っている。
そして彼女の使っている長剣。美しい銀色で、きっとかなり高価なものだろう。
ただ、それでも捨て置く気にならなかったのは、彼女の人柄だった。
助けてもらったこともある。だが、話していて、打算や嘘を吐いているようには見えない素直さがあった。
そうこうしているうちに、ベーメンの大きな門が見えてくる。関所だ。
遠目に、数人の旅人らしきものたちが、衛兵と揉めているのが見えた。
ノゾミは思わずつぶやく。
「あ、まずい」
反射的に思考を巡らせる。身分証だの関所だの、事前の説明では何も聞かされていない。
そもそもジェリー社は、ツアーのプレイヤーに必要最低限の説明しかしない。言語や文字などのコミュニケーションについてはわりと細かくフォローしてくれるが、それだけだ。
プレイヤーに与えられるのは、現地の大まかなルールのみ。あとは自身が体験し、調べていく。それがツアーの方針だし、実際それが、多数のプレイヤーに支持されている理由だった。
不安そうな顔をしているノゾミに気づいたメイが、声をかける。
「ああ、こんな大きな門がある街はここくらいですからね。大丈夫ですよ、私はここの住人ですから。同伴者も軽い登録だけで入れます」
ぼろ布をまとった男が文句をがなり立てる横を、二人はすんなり通り過ぎる。
実際、審査は拍子抜けするくらい簡単だった。メイが何やら身分証らしきタグを見せ、それだけだ。ノゾミが聞かれたのは名前と職業、年齢くらい。
門をくぐると、まさに中世都市が再現されていた。いや、再現ではない。仮想現実でもない。これがこの星の現実なのだ。
石畳とほこりの乾いた匂いに、通り過ぎる馬車の体温。バーチャルで再現された冒険はノゾミにも経験があったけれど、いくら高性能のデヴァイスを使用しても、ここまでの圧迫感はない。
かつて経験した”リアル”に欠けていた五感が埋められていく感激に、ノゾミはしばらく動けなかった。
「それではノゾミさん、先ほど渡した地図とお金は、ちゃんと持ってますね? 私の宿はここ、ギルドはこっちです。それではまた後でお会いしましょう」
「え?あ、はい! いろいろありがとうございました! じゃあ、ちょっと行ってきます!」
慌てて我に返るノゾミ。メイは馬車を引いて、さっさと消えてしまった。
そうだ、とりあえず冒険者ギルドだ。感動もいいが、今日のうちに登録はすませておかないと。
早くしないと日が沈みかけている。
大通りをそのまま歩くと、すぐ左手に頑丈そうな大きな建物が見えてきた。盾型に意匠をこらした看板を何度も確かめると、えいやっと重たいドアを押し開けた。
そこには、予想通りの素晴らしい光景が広がっていた。
年季が入った木製のテーブルを囲み、何人もの屈強な冒険者が座っている。
腰には斧や矢筒、革製のカバン。酒と肉の匂いもしているのは、夕方だからだろうか? 壁を見ると、周辺地図と大きな掲示板が並べてあり、いくつもの依頼用紙と思われるメモ用紙が乱雑に張り付けてある。
奥のテーブルにはパリッとした服装のメガネの女性。まず間違いなく、受付係だろう。
じろじろ視線を投げてくる男たちの間をすり抜け、ノゾミは奥に座る女性に近づく。机上にある受付という単語を確認し、話しかけてみる。
「ノゾミ・ランバードと言います。冒険者登録をお願いします。あと、ここは初めてなので、説明もよろしくお願いします」
受付の女性は、ドロレスと名乗る。
「初めまして、ランバードさん。ようこそベーメン冒険者ギルドへ。
ええと、ランバードさんのご出身はベーメンですか? 身分証をお持ちなら、提示をお願いします。あとは戦闘経験の有無、力量など、わかる範囲でこちらの書類に記入をお願いします」
「あ、いえ、身分証はありません。東のほうのラハムっていう小さな村から来たんですが……」
ドキドキしながらツアー前に教えられたセリフを言う。ラハムという村は、ジェリー社が作った偽装用の地名である。
田舎から出てきたばかり(という設定の)ノゾミに対し、受付嬢は優しく微笑んだ。
「ああ、そうなんですね。心配しなくても大丈夫ですよ、登録はどなたでもできますから」




