02-2
襲われていた商人風の男は、メイと名乗った。ベーメンという街にある宿屋の主人らしい。話を聞くと、先ほど上空から確認した大きな都市がそれのようだ。
ノゾミは、自分が冒険者志望の旅人で大きな街を目指しているということを説明すると、それならばと護衛を依頼してきた。もちろん正式な依頼ではなく、先ほどのお礼にと道案内を兼ねてのことだ。
どうやらベーメンは、この辺りでは最大の都市らしい。大きな冒険者ギルドがあり、依頼や武具の購入など、冒険者のための施設も充実している。
そうこうしているうちに、ベーメンの大きな門が見えてくる。関所だ。
あ、まずい。
ノゾミは急に不安になる。身分証だの関所だのという話は、事前の説明に含まれていなかったからだ。
そもそもジェリー社は、ツアーのプレイヤーに必要最低限の説明しかしない。言語や文字などのコミュニケーションについてはわりと細かくフォローしてくれるが、翻訳機を使用するプレイヤーにはそれも無いくらいだ。
大雑把なルールと攻略のための道具は与えます、あとは現地でご自身が調べてください。それがツアーの方針だし、実際そのほうがプレイヤーにも評判が良いらしい。
心配そうな顔をしているノゾミに気づいたのか、メイが声をかけてくる。
「ああ、こんな大きな門がある街は珍しいですからね。大丈夫ですよ、私はここの住人なので、同伴しているノゾミさんも軽い登録だけで入れます。」
実際、拍子抜けするほど簡単に門をくぐることができた。名前と職業、年齢など、平凡なことを聞かれただけだ。
もっとも、審査が簡単だったことに関しては、メイの信用が大きかったのだろう。二人が門を通り過ぎる短い間にも、何組かの旅人が衛兵と揉めていた。
門の向こうには、まさに中世都市が再現されていた。いや、再現ではない。仮想現実でもない。これがこの星の現実なのだ。
石畳とほこりの乾いた匂いに、通り過ぎる馬車の体温。バーチャルでいくら光景を再現しても、ここまでの圧倒的な現実感は無い。今までの用意されたリアルさには欠けていた五感。それが埋められていく感激に、ノゾミはしばらく動けなかった。
「それではノゾミさん、先ほど渡した地図とお金は、ちゃんと持ってますね? 私の宿はここ、ギルドはこっちです。それではまた後でお会いしましょう」
「え?あ、はい! いろいろありがとうございました! じゃあ、ちょっと行ってきます!」
慌てて我に返るノゾミ。メイは馬車を引いて、さっさと消えてしまった。
そうだ、とりあえず冒険者ギルドだ。感動もいいが、今日のうちに顔出しくらいはしておきたい。
早くしないと日が沈みかけている。
大通りをそのまま歩くと、すぐ左手に頑丈そうな大きな建物が見えてきた。盾型に意匠をこらした看板を何度も確かめると、えいやっと重たいドアを押し開けた。
そこには、予想通りの素晴らしい光景が広がっていた。
年季が入った木製のテーブルを囲み、何人もの屈強な冒険者が座っている。
腰には斧や矢筒、革製のカバン。酒と肉の匂いもしているのは、夕方だからだろうか? 壁を見ると、周辺地図と大きな掲示板が並べてあり、いくつもの依頼用紙と思われるメモ用紙が乱雑に張り付けてある。
奥のテーブルにはパリッとした服装のメガネの女性。まず間違いなく、受付係だろう。
じろじろ視線を投げてくる男たちの間をすり抜け、ノゾミは奥に座る女性に近づく。机上にある受付という単語を確認し、話しかけてみる。
「ノゾミ・ランバードと言います。冒険者登録をお願いします。あと、ここは初めてなので、説明もよろしくお願いします」
受付の女性は、ドロレスと名乗る。
「初めまして、ランバードさん。ようこそベーメン冒険者ギルドへ。
ええと、ランバードさんのご出身はベーメンですか? 身分証をお持ちなら、提示をお願いします。あとは戦闘経験の有無、力量など、わかる範囲でこちらの書類に記入をお願いします」
「あ、いえ、身分証はありません。東のほうのラハムっていう小さな村から来たんですが……」
ドキドキしながらツアー前に教えられたセリフを言う。ラハムという村は、ジェリー社が作った偽装用の地名である。
田舎から出てきたばかり(という設定の)ノゾミに対し、受付嬢は優しく微笑んだ。
「ああ、そうなんですね。心配しなくても大丈夫ですよ、登録はどなたでもできますから」