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38 淡い色の景色

今年はお花見というお花見はしませんでしたが、桜の写真はたくさん撮りました。

桜を観て穏やかな気持ちになれるのは少し歳をとったせいでしょうか。


 春だ。

 国道4号線を走りながら、右斜め前方に広がる淡い色の帯を視界に捉え、クラッチを切ってアクセルを煽る。

 左のつま先でトンッとチェンジペダルを踏んでシフトダウン。

 スピードを緩めながら右にウィンカーを出し、交差点を右折した。

 アクセルを開く。

 左手に移った淡い花の連なりを横目に、バイクが加速する。

 この辺りでは桜の名所として有名な埼玉県営権現堂公園の桜堤。

 約1000本のソメイヨシノが植えられ、1kmにわたって一斉に花を咲かせる。

 時刻はまだ午前5時40分。

 つい10分前に陽が登ったばかりだ。

 早朝の公園は、駐車場もまだ開放されておらず、人の姿もほとんど無い。

 私は長い桜堤の端まで行って、スピードを落とし、バイクを路肩に停めた。

 シートから降り、ゆっくりと歩道の端までバイクを押し、スタンドをかける。

 ヘルメットを脱いだ。

 朝の空気はまだ少しだけ冷たい。

 その中に春の香りが漂っていた。

 朝の光を浴びて桜の花が暖かな色合いに染っている。

「春だな…」

 春はバイク乗りに優しい。

 一ヶ月前までの風の冷たさも、吐く息の白さもすんなりと忘れさせるほどに、空気は柔らかく、暖かく、その色合いすら穏やかだ。

 視界一杯に広がる桜の花を見ながら、カメラを取り出し、シャッターを切った。

 電子音と共に薄いピンク色の景色が切り取られる。

「うーん」

 私はカメラの液晶画面に目を落としながら唸った。

 持ってきたのは一眼レフではないが、性能的には充分なはずのカメラだ。

 それでも目の前に広がる柔らかな春を写し込めない。

 おそらく私の腕に問題があるのだろうが、人間の感性には機械は及ばないのかもしれないとも思う。

「まぁ、良いか」

 この淡い色の花を見るとどうでも良くなる。

 桜は日本を代表する春の花だ。

 冬の冷気に耐え、春に先駆けて凛と咲く梅の花も良いものだが、淡い色の花を一気に咲かせて儚く散っていく桜の花は、私達の心理に何か訴えるものがある。

 この時期に人生の節目となるイベントが多いこともその一因なのかもしれない。

 7年前、クリスマスを目前に控えて生まれた私の息子が、この春からランドセルを背負って小学校に行く。

 月日の流れるスピードの速さを強く感じるのも、この花を見る時の特有の心情だと思う。

 朝の陽射しの中を風が通り過ぎ、花びらが舞い上がる。

 シートの上に淡く小さな花びらがのった。

 一枚一枚は本当に小さく、薄い色の花だ。

 これが枝一杯になった時、あの胸の奥を優しくキュッとつかむような、なんともいえない気持ちにさせる。

 私はカメラをしまい、ヘルメットをかぶってグローブをはめた。

 キーを挿してスタートボタンを押す。

 キュキュッ、バンッ、ババババババババ…

 休憩を終えてエンジンを鼓動させる相棒の背に跨り、チェンジペダルを踏み込む。

 ゆっくりとクラッチを繋いで道路に出た。

 まだ朝のクルマは少ない。

 私は大きくアクセルを開けて、舞う花びらの中を加速した。

 ヘルメットの視界の隅を花びらが手を振るかのようにヒラヒラと通り過ぎていく。

 また来年。

 風が柔らかくなる頃にまた会おう。

 加速しながらヘルメットの中でそっと呟いた。

 春が終わり、夏がやって来る。

 アクセルを開けば新緑の、色鮮やかな樹々の梢がバイク乗り達を手招きするように揺れるだろう。

 甘い花の香りに代わって、清々しい緑の香りが風に混じるだろう。

 バイク乗りの季節はこれからだ。

桜の下をバイクで走る時、ヒラヒラと舞う花びらが手を振っていきます。

また来年、今度は息子とタンデムで走りたいですね。

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