30 バイク乗りの時間
よくある週末の風景です。
朝からバイクに乗れる日もあれば、まったく乗れない日もあります。
やっぱり通勤以外でバイクに乗りたいですね。
朝起きて顔を洗い、ヒゲを剃りながら窓の外を眺めると、2月最後の土曜日の空には雲一つなかった。
このところ空気の冷たさが薄れてきたように感じる。
リビングでは子供達がテレビを見ている。
うーん、と伸びをしてからボンヤリとテレビ画面の左隅に映る小さな天気予報を眺め、壁にかかった時計を見た。
午前9時10分
久し振りに寝過ごした。
妻と子供たちはもう朝食を済ませ、出かける準備をしている。
私は妻にパンを一枚焼いてもらい、牛乳と一緒に簡単に朝食を済ませた。
寝間着を洗濯カゴに放り込み、ジーンズとセーターというラフな格好に着替え、出かける準備をする。
いつもと違うのは私が少し寝過ごしたことくらい。
家族で買い物に行き、どこかで昼食を食べ、子供達に流行りのキャラクターゲームをやらせてやり、帰宅する。
いつもと変わらない、週末の一日だ。
私は妻の軽自動車の運転席に座り、ATのチェンジレバーをドライブにいれた。
良い天気だ。
いつもと変わらない土曜日のショッピングセンターは人で一杯で、子供と手をつないで歩きながら、少し人混みに酔う。
チェーン店のイタリアンレストランで昼食を済まし、さっきやったゲームのことで楽しそうに盛り上がる後部座席の子供達を、バックミラーの中にチラリと見やる。
私の隣りでは同じく人混みに疲れたのか、妻がうつらうつらと船を漕いでいる。
私は急ぐでもなく、車の流れに合わせながら軽自動車のアクセルをやんわりと踏む。
と、すれ違う車の列の向こう側にチラリと白と赤の花がついた枝が見えた。
ああ、公園の梅の花が咲いているのか……
しかし公園の景色はすぐに車列の向こうに見えなくなる。
「…‥」
私は前方に視線を戻し、緩慢な流れの国道を自宅に向けて軽自動車を走らせる。
私はマンションの駐車場に車を入れ、買い物をした荷物を降ろし、リビングのソファに腰を落とすと大きく長く息を吐いた。
時計に眼をやると午後3時20分。
子供達は自分達の部屋に行き、妻はカーペットに腰を下ろして洗濯物をたたんでいる。
「……」
日が沈むまであと2時間くらいか…。
「…ちょっと、出かけてきても良いかな?」
私が窓の外を見ながらぼんやりと聞くと、妻は
「気を付けて行ってらっしゃい」
と笑った。
私はソファーから立ち上がり、自分の部屋の壁にかけたジャケットを羽織ると、ヘルメットを手にとって玄関のブーツに足を突っ込んだ。
駐輪場へ。
カバーをかぶった静かな佇まいが、そこで私を待っていた。
ゆっくりとカバーをはずし、丁寧にたたんで、隣りに置いたもう一台のカバーの中にそれをしまう。
250ccの、スリムでコンパクトなライムグリーンの車体がそこにあった。
重いチェーンロックをはずす。
軽い車体を駐輪場から引き出し、そのまま路肩まで押していった。
午後の陽の光の中で、のんびりと周りを一周し、タイヤやエンジンオイルを確認する。
OK
いつも通りだ。
燃料コックをPRIにして、軽くストレッチをしていると遠くに近所の子供達が遊びまわる声が聞こえてくる。
ONの位置に燃料コックを戻し、キーをSTARTまで回してチョークノブを引き、スタートボタンを押した。
キュキュ、バッ、ババッ、バババババババ
単気筒のエンジンが目を覚ます。
通勤の短い距離とはいえ、毎日乗っているので寝覚めは良い。
アクセルを調整しながらチョークノブを元の位置に戻す。
ジャケットのファスナーを襟元まで引き上げ、ヘルメットをかぶった。
周りの音が少しだけ遠くなって、目の前のエンジン音がその輪郭を際立たせる。
左手からゆっくりとグローブをはめた。
ハンドルを握って右足を蹴り上げ、シートに跨る。
しなやかなリアサスペンションが、私の体重を受け止めて車体を沈めた。
クラッチレバーを握り、まだ足に馴染みきっていない新品のブーツでチェンジペダルを踏み込む。
足首がまだちょっと硬いかな。
アクセルを少しずつ開きながらクラッチレバーをゆっくりと開放した。
車体がスーッと前に進み始める。
ヘルメットの中の口許がついゆるんだ。
アクセルを大きく開く。
単気筒のエンジンが鼓動音を大きくし、加速が始まる。
陽が傾き始めるまではあと1時間くらいか?
バイクならあの花に夕陽が当たる前に公園まで行けるだろう。
お日様と競争か……。
腰の下でバイクを傾けてコーナーを抜ける。
アクセルを開けてシフトアップ。
ゴールは梅の花が満開の都市公園。
夕刻前のバイク乗りの時間がやってくる。
ほんの短い時間でも、職場以外へバイクを走らせるのは楽しいですね。
なかなか1日中バイクに乗ることは出来ませんけど、乗れるだけでわりと幸せです。
単純。




