24 私とバイクの隙間
久し振りにバイクに乗るとちょっと不安な気持ちになったりします。
私が未熟だからなんでしょうが、なんとなく…ね。
そんなお話しです。
バイクに乗るようになってから、特に通勤でもバイクを使うようになってからは、2週間以上もバイクに乗れないなどという事態はあまり記憶に無い。
今回、体調を大きく崩して長いこと寝込んでしまい、初めて長期間バイクから離れることになった。
もっとも、路面が雪に覆われてしまう地域に住んでいるライダーから見れば、2週間などほんのわずかな時間に過ぎないのだろうが、ほぼ1年中バイクに乗ることのできる地域に住む私にとっては、2週間は長く感じるのには充分な時間だ。
ようやく体調が戻った土曜日の午後、私は膝の踏ん張りがきくようになったことを確認しながら、ジャケットに袖を通した。
久し振りに履いたブーツは、足首がちょっと窮屈だった。
駐輪場へ行き、バイクのカバーを外す。
チェーンロックを解除し、バイクを引っ張り出した。
わずか110kgの、軽いはずのバイクを重く感じる。
タンク下の燃料コックをPRIの位置まで捻っておいて、慎重にバイクを路肩まで押した。
大きく息をついて、サイドスタンドをかける。
燃料コックをONに戻し、チョークノブをしっかりと引いて、キーをONまで回した。
ギアがニュートラルに入っていることを示す緑色のランプが灯る。
スタートボタンを押した。
キュキュキュキュキュ…‥
セルモーターは動くが、エンジンが応えない。
キーをOFFに戻して一呼吸置き、再度ONにしてスタートボタンを押し込んだ。
キュキュキュキュキュ、バッ、バババッ、バババババ…
今度はエンジンが目を覚ました。
アクセルを調整しながら、ゆっくりとチョークノブを戻していく。
少しだけアクセルを開け、通常のアイドリングより高目の回転数でエンジンを回す。
エンジン音と排気音が規則正しくリズムを刻み、エンジンに火の入らなかった2週間を取り戻していく。
しばらくしていつものエンジン音に落ち着かせ、10分ほどかけて暖機運転をした。
バイクの脇にしゃがみ込み、エンジン脇のチェック窓からオイルの量と色を確認する。
OKだ。
タイヤやクラッチレバー、ブレーキなどの状態も一通り確認し、「問題無し」と自分を納得させる。
ヘルメットを被り、グローブをはめ、右足をゆっくりと上げてシートを跨いだ。
ミラーの角度を調整し、息を一つ吐いてから左足でサイドスタンドを解除する。
クラッチレバーを握り、チェンジペダルを踏む。
前方に視線を移してクラッチをゆるゆると繋いだ。
同時にアクセルを少しずつ開く。
緩やかなスタートだ。
暖機運転をしたわりに、エンジンの吹け上がりが鈍い気がする。
焦らず、アクセルを開く手首の角度をゆっくりと調節した。
徐々にエンジンの声が大きくなり、鼓動音が強くなる。
加速が始まった。
2速、3速、4速とシフトアップする。
と、奇妙な感覚に襲われた。
内腿や腰の辺りがなんだかフワフワする。
エンジンは調子を取り戻し始めているのに、スピードを上げたくない。
なんだ、これ?
「‥‥怖い?」
多分そうだ。
私自身が、バイクの加速についていけていない。
気持ちが、スピードを上げるのを嫌がっている。
私はアクセルを少し戻し、ヘルメットの中で大きく息を吐いた。
速度を抑えたまま、視線をもう少し遠くへと移す。
肩に余計な力が入っていた。
脚も開き気味で、バイクとの一体感が希薄になっている。
私は肘と肩の位置を心持ち下げ、膝をそっと車体につけてニーグリップを確認した。
いつの間にか、バイクと私とのあいだに隙間のようものが出来てしまっていたようだ。操作の面でも、気持ちの面でも。
落ち着こう。
何も特殊なことをする必要はない。
慌てず、一つ一つの操作を確実にやれば良い。
コーナーが近づいてくる。
早めのブレーキ。
右足と右手でペダルとレバーを操作し、しっかりと車速を落とす。
シフトダウン。
クラッチを切ってチェンジペダルを踏み込み、再度クラッチレバーを開放してギアを繋いだ。
ターン・イン。
くるぶしから膝の辺りまでを使ってバイクと自分の重心の位置を合わせ、お互いの中心線を一つにする。
そのまま1人と1台を傾け、リーン・ウィズの姿勢でコーナーを抜けた。
バイクがしっかりと出口を向いたところでアクセルをゆっくりと開く。
傾いていたバイクがスピードを増すとともに起き上がっていく。
コーナーを抜けると、フワフワした感覚はいつの間にか消えていた。
大丈夫だ。
ちゃんと繋がっている。
多分、しばらくバイクに乗らなかったことで、私とバイクのあいだに『不安』という隙間が出来ていたのだろう。
走り出すまでの確認が念入りになったのは、しばらく動かしていなかった機械への不安。
フワフワした感覚は、ちゃんと操作が出来るのかという自分への不安。
それが、私とバイクのあいだのあの奇妙な感覚となって隙間を作った。
でもそれもコーナーを抜けるうちに消えた。
もう大丈夫だ。
私達のあいだにはもう隙間は無い。
私は『バイク』という一つの加速する存在を構成する『ライダー』というパーツに戻った。
体重移動をし、アクセルも開けられる。
私は…‥いや、私達は、再び加速を始めたのだ。
加速し、前方に向かって収束する意識の中、世界が鮮やかに色づいていく。
体調を崩した後は膝に力が入らなくなったりして、ちゃんとバイクに乗れるか不安です。
しばらくするとなくなるのですが、自信が無いからでしょうね。
復帰した後しばらくはいつも以上に安全運転を心がけています。




