表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/3

第一話 カイル、生まれ育った村を出る

村の周囲で起き始めた異変を調べるため、少年カイルは故郷を旅立つ。


長老が「終末の兆し」と呼んだその現象を追う途中、彼は村の近くに露出した古代遺跡で、遺跡に異様な情熱を注ぐ旅人の少女ローラと出会う。

不用意に遺跡を刺激して危機に陥ったカイルを救った彼女は、どう見ても変わり者。けれど遺跡の知識だけは本物だった。


終末を調べる旅のはずが、なぜか遺跡オタクの少女と遺跡巡りが始まる。



この作品は生成AIを利用しています。

今後は毎週月曜日18:00更新予定です。

 冷え切った朝の空気が、日が昇るにつれて固くなった土が温まる。鋤を入れる度に湿った土が裏返って、草の根が細く千切れる。遠くで羊が鳴き、川の方から水汲み桶の触れ合う音がした。


 カイルは額の汗を手の甲で拭って、背を伸ばした。低い丘の向こうに、まだ白く霞の残った空がある。村の朝はだいたい同じだ。誰かが畑に出て、誰かが柵を見回って、誰かが羊を追っている。森が近いから獣の気配には気を配るが、そうでなければ静かなものだった。


 なのに、ここ数日は妙だった。


 森の縁に吊った罠を見に行っても、獣がほとんど掛からない。見回りの途中で鹿の足跡を見つけても、途中でふっと消えたみたいに村の方を避けている。時おり地面が揺れて、遠くで大きな音が鳴る。川の水かさもおかしい。減ったと思った翌朝に、今度は岸辺の藻が上流側へ寝ていた。あれを見た時は、さすがに目をこすった。


 鍬を肩に担いで畑の端まで歩くと、隣の畝で作業していたマルタ婆さんが顔を上げた。


「カイル。あんた、今夜も聞いたかい」


「何を?」


「丘の音だよ。ぐううって腹でも鳴るみたいなの」


「ああ」


 聞いた。聞いたどころではない。夜半に寝返りを打ったところで、床板の下から響くような低い唸りがして、目が覚めた。雷とも風とも違う。遠くで鳴っているはずなのに、耳元に張り付くみたいな音だった。


「また崩れなきゃいいけどねえ」


「崩れたら崩れたで、薪拾いが楽になるかもよ」


「馬鹿言いな」


 ぴしゃりと言われて、カイルは笑った。マルタ婆さんは眉間に皺を寄せたままだったが、追い払うように手を振る。


「長老んとこに行っといで。朝から探してたよ」


「俺を?」


「そうだよ。鍬なんか持ってくと叱られるよ」


「叱られるのはいつものことだろ?」


「それもそうだね」


 ようやく婆さんが口元を緩めたので、カイルは肩をすくめた。鍬を畑の端に立てかけ、手についた土を払って村へ戻る。二十数軒の家が寄り集まっただけの小さな村だ。誰がどこで何をしているか、大体わかる。木柵の内側では子どもが走り回り、家の前では誰かが干した毛皮を叩いている。竈からは濛々と湯気が立ち、流れ出る匂いに空いた腹を抱える。いつもの景色だ。


 長老バルドの家は、村の中でも少しだけ高い場所にある。家と言っても他と大差ない木造だが、前に立つと何となく背筋が伸びる。扉を叩く前に、中から声が飛んだ。


「いるのは分かっとる。入れ」


「まだ何も言ってない」


「足音が間抜けだ」


「その言い方はないだろ」


 文句を言いながら扉を開ける。中は薄暗く、薬草と古木の匂いがした。壁際の棚には包んだ紙束やら乾燥肉やらが詰め込まれていて、窓辺には見慣れない石片がいくつか並んでいる。バルドはいつもの椅子に座り、杖を膝に立てていた。小柄なのに、座っているだけで部屋の中心みたいな顔をしている。


「呼んだって?」


「お前に頼みがある」


「なんだよ、頼みって?」


「座れ」


 素直に座ると負けた気がしたので、カイルは立ったまま机の上を覗き込んだ。紙が二枚と、蝋で封じた封書が一つ。ほかに、見慣れない剣が横向きに置かれている。鞘は地味だが、手入れがいいのは一目でわかった。


 それを見て、少しだけ嫌な予感がした。大体、こういう時は碌なことにならないと相場が決まってる。


「なんだよ、その剣」


「お前のだ」


「俺の?」


「今からな」


 カイルは剣からバルドの顔へ視線を戻した。冗談を言う顔ではない。そもそもこの老人は、面白いと思って冗談を言うことがほとんどない。


「……森に大物でも出たのか?」


「村の外だ」


「外?」


「リシュカへ行け」


 言われた意味が、すぐには繋がらなかった。リシュカは一番近い街だが、それでも徒歩で数日かかる。毛皮や羊毛をまとめて持っていく時は、村の大人が何人か連れ立っていく場所だ。カイル一人がふらりと行くような距離ではない。


「俺が?」


「お前がだ」


「何でまた」


 バルドは返事の代わりに、机の上の紙を指先で叩いた。


「この土地の昔話は知っとるな」


「丘の向こうに王様の宝が埋まってるってやつか?子どもの頃、掘って怒られた」


「その馬鹿話じゃない」


「じゃあ、もっと古い方」


 いくつか思い当たる。昔、空が赤く燃えたとか、森が一晩で枯れたとか、地面が割れて谷が出来たとか。年寄りの語る昔話は大体そんな調子だ。真面目に聞いていると途中で寝るが、何度も聞かされているうちに耳には残る。


 バルドは低く息を吐いた。


「昔から、妙なことが立て続けに起きた後に、大きな破壊が来た、文明に終末が訪れた、という話が各地にある。お前も聞いただろう」


「まあな」


「今の村は、その妙なことが多すぎる」


 言いながら、一本ずつ指を折る。


「獣が近づかん。川が枯れて溢れた。夜ごと丘が唸る。村外れの空地で、金属を叩いたような音が返る」


「それは……確かに」


「昨夜、丘が崩れた」


 カイルは瞬きをした。


「崩れた?」


「見てこんかったのか」


「畑に出る時は暗くて見えなかったな」


「朝方だ。崩れた場所の下から、石壁と通路が出とる」


 その一言で、嫌な予感の形が変わった。丘の土の下から石壁。村の近くにそんなものがあるとは聞いたことがない。石を積んだ古い祠くらいなら珍しくもないが、通路となると話が違う。


「遺跡……か?」


「おそらくな」


 バルドは断定しなかった。そこが余計に嫌だった。知っていると言い切れないものを前に、この老人は慎重になる。


「だからリシュカへ行け。古書館に司書がおる。ローデリクという男だ。こいつを渡せ」


 封書を差し出される。受け取ると、思ったより重かった。中に紙が何枚も入っているらしい。


「紹介状だ。お前が読んでも意味はない」


「読めるかどうかくらい試してみてもいいだろ」


「封を開けたら頭をはたく」


「はいはい」


 胸元へしまいながら、カイルは机の剣を見た。やはり自分のために置かれているらしい。鞘口に触れるとほんのりと温かかい。


「で、これが俺の?」


「昔、お前の父親が使っていた物だ」


 思わず手が止まる。父の話をされると、今でも少し居住まいが悪くなる。嫌ではないが、背中を押されるみたいで落ち着かない。


「そんな物があったなら、もっと早くくれよ」


「村の周りで振り回すには長すぎる」


「そりゃそうだけど」


 カイルは苦笑した。普段使うのは、獣相手の短めの剣か鉈に近い刃物だ。森や藪ではその方が扱いやすい。だが旅となれば、話は別かもしれない。


 バルドはじっとこちらを見ていた。


「行けるか」


「それ、行く前提で話してるよな?」


「そうだ」


「断ったら?」


「蹴り出す」


「クソ爺。最初から断らせる気ないだろ」


「分かっとるなら四の五の言うな」


 カイルは頭を掻きながら、椅子の背にもたれている老人を見た。頑固な顔だ。こうと決めたら動かない。昔からそうだし、多分死ぬまでそうだ。


「でも俺一人で行って、何が分かるんだよ。遺跡のことなんて知らないぞ」


「だから聞きに行くんだろうが」


「まあ、そうだけど」


「賢いやつが山ほどおる場所で、頭の良し悪しを気にしても仕方あるまい。お前は見て、聞いて、持って帰ってこい」


「簡単に言うなあ」


「簡単だ。余計なことをせず、死なずに帰ってこい。それだけだ」


 余計なことをせず、というのが一番難しそうだったが、そこは口にしないでおいた。代わりに窓の外へ目を向ける。昼の光が差し込み、村の屋根が見えた。その向こう、低い丘がある。土の色が少しだけ変わって見える気もした。


「本当に終末の兆しだと思ってるのか?」


 視線を戻すと、バルドはむっつりと口を引き結んだまま、カイルをじろりと睨んだ。杖の先で床を軽く一つ叩く。


「わしは学者じゃない。だが、嫌な符合はある。昔から伝わっとる話と、今起きとることが似すぎてる」


「似てるからって、本当にそうとは限らないだろ」


「そうだ。だから確かめに行かせる」


 その答えは、妙にまっすぐだった。


「わしは、分からんことを分からんまま放っておくのが一番嫌いだ」


 それはカイルも知っている。柵の杭が一本傾いていただけで総出で直させるような老人だ。気持ち悪いものをそのままにしておけないのだ。


 机の剣を持ち上げる。思ったより手に馴染んだ。長さの分だけ重みはあるが、振れない重さではない。むしろ、妙にしっくり来る。


「今日出ろ」


「いきなり過ぎるだろ」


「日が高いうちに丘も見ておけ。目で見たことは、話す時に違う」


 確かにその通りだ。村を出ると決まれば、荷もまとめなければならない。水、干し肉、硬いパン、少しの金。何日分持つか頭の中で数える。


「分かったよ。行けばいいんだろ、行けば」


 口にすると、ようやく現実味が出た。リシュカまでの道は知っている。街道に出るまでは森沿いの道だ。迷うことはない。だが、一人で行くのは初めてだ。


 バルドは短く頷いた。


「昼までに支度しろ。マルタに保存食を包ませてある。水袋は新しいのを持ってけ。古いのは漏れる」


「知ってるならもっと早く替えてくれよ」


「お前が面倒くさがるからだ」


「否定しづらいな」


 剣を腰に当ててみると、やはり村で使うには少し邪魔そうだった。旅なら、まあ何とかなるだろう。封書をもう一度確かめ、落とさないよう懐の奥へ押し込む。


 扉へ向かいかけて、ふと足を止めた。


「……爺ちゃん」


「何だ」


「もし何もなかったら、帰った時に笑ってやる」


「好きにしろ。その時はわしも笑ってやる」


 それならいい。カイルは軽く手を上げて家を出た。


 外は昼前の明るさだった。空は高く、風はまだ涼しい。なのに丘の方を見ると、胸の奥が少しだけざわつく。土の裂け目が遠目にも見えた。たしかに崩れている。草の生えていた斜面が抉れ、その内側から灰色の壁がのぞいていた。村の土と同じ色をしていない、妙に冷たく感じる。


 子どもが近づこうとして、母親に腕を引かれていた。


「カイル兄ちゃん、あれ何?」


「さあな」


「宝?」


「だったら先に俺が拾う」


 二っと笑って見せると子どもは笑ったが、その母親は笑わなかった。丘からは何も聞こえない。今は、ただ静かだった。その静けさがかえって気味悪い。


 自分の家に戻ると、支度はすぐ終わった。一人暮らしだと荷物は少ない。干し肉と硬パン、火打ち石、小袋の塩、投げナイフ、替えのシャツ、水袋。旅人用の丈夫な服に着替え、剣を腰に下げる。家の中を見回して、忘れ物がないことを確認した。


 いつも通りの部屋だ。寝台と机と棚しかない。明日には戻らないと分かっていても、特別な感じはしなかった。ただ、戸締まりを確かめる手が少しだけ丁寧になる。


 外へ出ると、村の何人かがもう待っていた。マルタ婆さんが布包みを押しつけてくる。


「途中で変なもの拾って食べるんじゃないよ」


「俺、そんな子どもじゃないでしょう」


「昔、青いキノコ食って寝込んだだろうが」


「あれは七つの時です」


「七つでも馬鹿は馬鹿だよ」


 横から笑い声が上がった。羊飼いのトムおじさんが新しい水袋を投げて寄越す。受け取ると、ちゃんと口紐まで替えてあった。


「道中で漏れたら、戻ってきてから文句言え」


「漏れたらその前に死にますよ」


「だから戻ってこいって言ってんだ」


 皆、口々に冗談を言っては笑い声が上がる。終末が迫ってるって言うのに、のんきなもんだ。知らんけど。


 最後にバルドが来た。杖をつきながら、村の門の前で立ち止まる。


「道は分かっとるな」


「分かってるよ」


「街に着いたら、まず古書館だ」


「飯の前に?」


「前だ」


「ですよね」


 小さく笑うと、バルドはじろりと睨んだ。


「カイル」


「はい」


「死ぬな」


 その一言だけは、やけに重かった。軽口で返しづらくて、少し困る。


「……行ってきます」


「ああ。行け」


 木柵の門をくぐる。踏み慣れた土の道が、そのまま村の外へ伸びていた。背中に何人分もの視線を感じる。振り返ると、余計に行きづらくなりそうで、そのまま前を向いた。


 村を離れるにつれて、いつもの音が遠ざかっていく。羊の声も、桶の音も、人の話し声も、すぐに風の中へ溶けた。代わりに聞こえるのは、自分の足音と、腰の剣が鞘に触れる小さな音だけだ。


 踏み固められた道から視線を外して、丘の方を見た。


 崩れた斜面の奥に、石壁が口を開けている。昼の光を浴びているはずなのに、そこだけ妙に暗く見えた。


 カイルは少しだけ目を細め、それから視線を戻した。


 遺跡。そこにはいったい何があるのか。


 自分を待っている運命がそこにあるかもしれないと、少しだけ胸を躍らせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ