第二話 カイル、不思議な少女と出逢う
村の周囲で起き始めた異変を調べるため、少年カイルは故郷を旅立つ。
長老が「終末の兆し」と呼んだその現象を追う途中、彼は村の近くに露出した古代遺跡で、遺跡に異様な情熱を注ぐ旅人の少女ローラと出会う。
不用意に遺跡を刺激して危機に陥ったカイルを救った彼女は、どう見ても変わり者。けれど遺跡の知識だけは本物だった。
終末を調べる旅のはずが、なぜか遺跡オタクの少女と遺跡巡りが始まる。
この作品は生成AIを利用しています。
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エルサ村を出ると、リシュカへ続く道はすぐに丘の裾へかかった。右手の斜面はだらだらと長く、歩いてもなかなか途切れない。春先の短い草が風に揺れ、ところどころ土の薄い場所がまだらに覗いていた。
左手には森が続いている。木々は道のすぐ脇まで迫り、枝の間を抜けた風が、冷えた匂いを運んできた。右からは草の匂い、左からは湿った木の匂いがする。その間を、踏み固められた細い道がリシュカの方へ伸びていた。
広いとは言えないが、道はしっかり踏み固められている。行商が荷車を通すには少し骨が折れるが、人が歩くには十分だ。
カイルは肩の力を抜いて歩いていた。急ぐ理由はあるようでない。今日中に街へ着く距離ではないし、日が落ちる前に遺跡を見て、のんびりリシュカに向かえばいい。
もっとも、頭の中が空っぽかと言われると、そうでもなかった。
終末の兆しだの、昔話だの、崩れた丘の下から出てきた石壁だの。考えれば考えるほど、結局よく分からないところへ戻る。分からないものを無理に考え続けるのは性に合わない。だから途中で諦めて、腰の剣の収まりを確かめたり、道端に残った獣の足跡を見たりしていた。普段に比べて、その数の少なさに眉を顰める。
森沿いの道をしばらく進む頃には、日の向きも少し傾いてきていた。
木立の間を抜ける風はひんやりしている。森の大きさの割に鳥の声は少なく、地面を走る小さな生き物の気配も薄い。普段なら左手の藪ががさっと鳴ったり、遠くで鹿が駆けたりする。今日はそれがない。
「こいつは酷いな」
独り言をこぼしてから、カイルは足を止めた。
道の先で、右手の斜面が崩れていた。
草に覆われていたはずの土肌が大きく剥がれ、抉れた土が道の脇まで流れ出している。根を露出した木が一本、斜面の途中で傾き、土を掴みきれずに止まっていた。
その奥に、灰色の壁が見えた。
崩れた土の中から、まっすぐな線が覗いている。自然に割れた岩じゃない。土の下に埋まっていた何かが、斜面ごと口を開けたみたいだった。
カイルは目を細め、崩れた場所を見上げた。
村から見えた違和感は、思っていたよりずっと大きい。
石だ。
ただの岩ではなく、削られた面を持つ石。土をかぶったまま、壁の一部だけがのぞいている。けれど、表面の端に細く光るものがあった。石の割れ目にしてはまっすぐすぎる。さらに目を凝らすと、その横に影が落ちていた。奥へ続く細い裂け目か、通路の口みたいなものがある。
「うわ」
足元の土を滑らせないようにしながら、カイルは裂け目を下りた。
入口は狭かったが、下りきると中は少しだけ広くなっていた。崩れた土と石片の間に、古い石畳のような床がのぞいている。石畳の隙間には細い草が入り込み、壁際では木の根が灰色の面を押し割っていた。そこから奥へ、細い通路が続いていた。外の光は背中側から差していたが、十歩も進むと弱くなり、代わりに奥の方から、陽の光とは違うぼんやりとした明かりが漏れてくる。
壁に手をつきながら進む。削られた石だと思った面は冷たく、指先にかすかな金属の硬さを返した。土に埋もれた継ぎ目が、ところどころ細い線になって走っている。裂けた継ぎ目からは白い根が這い出し、壁の内側へ潜り込んでいた。通路はまっすぐではなく、崩れた柱や落ちた建材を避けるように、少しずつ右へ曲がっていた。
その先で、急に視界が開けた。
これが遺跡か。
ぼっかりとひらけた空洞に、ぼんやりとした明かりが灯っていた。見渡すと、石に似た灰色の建材や、崩れて支えるもののなくなった柱が立っている。柱の割れ目からは、錆びた骨組みのような金属がのぞいていた。床板は石畳にも金属板にも見えた。継ぎ目には土が詰まり、そこから生えた雑草が、歪んだ板の隙間を押し広げている。歩く度に躓きそうになる。こんな場所にも埋まっていたのかと、感心より先に呆れる。何でも地面の下に押し込んであるな、とバルドに聞かれたら叱られそうなことを思った。
広間の奥は暗い。左右には崩れた柱が並び、右手側には半分折れた柱が斜めに倒れていた。奥の壁際だけが、うっすら赤く濁って見える。
近づいてみようかと、一歩踏み出す。
その時だった。
「止まって!」
鋭い声が飛んできた。ほとんど同時に、右手の柱陰から誰かが勢いよく飛び出し、カイルの肩を掴んだ。そのまま地面へ引き倒される。
「うおっ!?」
背中を打つより先に、頭上で乾いた音が弾けた。
金属を叩いたような、高く硬い反響音。次の瞬間、カイルが今いた場所の空気を何かが突き抜け、背後の壁に突き刺さった。
カラカラと破片が落ちる。
遅れて理解した。矢だ。いや、矢に似ているが少し違う。細長い金属片が、半ばまで壁に食い込んでいる。
「な、何だ今の!?」
「何だじゃない、遺跡よ!」
すぐ横で少女の声が返る。カイルの上半身を押さえつけていた手が離れた。見上げると、金髪の少女が広間の奥を睨んでいた。厚手の外套の隙間から見えるのは動きやすそうな体つきで、腰にはショートソード。ぼんやりした明かりに透ける髪は金というより、磨いた真鍮みたいな色をしている。
彼女は短く舌打ちして立ち上がった。
「下がってて」
「下がれって言われても――」
「いいから!」
叱るように言われて、カイルは慌てて身を起こした。その間にも、奥の壁際がじわりと赤く光る。
「まだ来る!」
少女が叫ぶのと同時に、カイルは体を横へ投げた。赤い光の筋が床を舐め、砂を弾き飛ばしながら草を焦がす。熱が頬をかすめた。矢ではない。今度は光そのものが飛んできた。
少女も同じ方向には逃げなかった。光が走る寸前に身を沈め、右手の崩れた柱の陰へ滑り込む。
「何だよこれ!」
「遺跡には近づくなって習わなかった⁉」
「知らねーよ!」
続ける余裕はないらしい。少女は柱の陰から飛び出し、角度を取るように横へ走った。狙いを散らしているのだと分かる。遺跡の奥の何かは、彼女を追って二射、三射と光を放つ。速いが、動きの先を読んで狙い続けるほど賢くはない。
カイルは左手側の柱の陰に転がり込みながら、腰の剣ではなく、先に投げナイフを抜いた。
暗闇の奥、発光の中心を見定める。
熱を溜める瞬間がある。
次に撃つ、そのわずかな前に腕を振った。
銀色の刃が薄明りの中を走り、奥の石に当たって甲高く弾かれた。外した、と思うより早く、発光がぶれた。わずかだが照準が逸れる。放たれた光は地面を焼いただけで終わった。
「今の」
少女が目を見開いた。が、感心している場合でもなかった。彼女はすぐにショートソードを抜き、より近い柱の陰へ回り込む。
「そこ、もう一回!」
「えっ、俺!?」
「他に誰がいるの!」
「分かったよ!」
返しながら二本目を抜く。今度は少し深く息を吸い、発光の芯ではなく、その手前を狙った。ようやく目が慣れてきた。壁に埋まった細長い矢筒のようなものが見える。詳しくは分からない。ただ、そこが動いている。
投げる。
金属音。
次の瞬間、少女が柱の陰から低空を飛ぶ鳥のような速さで距離を詰めた。赤い光が彼女を追う。少女は撃たれるより先に身を沈め、斜めに倒れた柱の影をかすめるように走った。
光が床を焼き、草と砂を弾き飛ばす。
カイルが息を呑む間に、少女が暗闇の中へ滑り込む。激しい金属音が一度、二度。火花が散り、遺跡の奥で何かが鈍く砕ける音が響いた。
赤い光が揺れた。
消えかけたと思った瞬間、もう一度だけ奥の壁際がぼうっと明るくなる。カイルは反射的に身を縮めたが、光は狙いを定める前に弱まり、ひび割れた金属の隙間で小さく明滅した。
少女は剣を構えたまま動かなかった。カイルも柱の陰から半身だけ出し、息を殺して奥を見る。
一つ、二つ、欠けた部品が床に落ちる音がした。
それきり、赤い光は戻らなかった。
終わった。
しん、と静まり返る。呼吸の音が、やけに響いた。
少女は剣を構えたまま壁面を睨み、カイルは柱の陰から半身を出したまま、次が来ないかを待つ。だが、もう何も起きない。
「……止まった?」
「みたいね」
少女はようやく剣を下ろし、長く息を吐いた。切っ先を一振りしてから鞘へ納める。その仕草が妙に慣れている。
カイルも柱の陰から出た。焼けた砂と草の匂いが鼻につく。さっき自分のいた場所には、細い溝みたいな焦げ跡が走っていた。少女が助けてくれなかったら、こんがり焼けていたのは自分の肉だった。
「あなた」
先に口を開いたのは少女の方だった。
「不用意すぎる」
「いや、それは……」
「それは、なに? 遺跡を見つけたら、まず攻撃性を確認するの。そんなの旅人なら常識」
「俺、旅人じゃないし」
「じゃあ何なの」
「村人」
真顔で言うと、少女は一瞬黙った。金色の目がまじまじとこちらを見て、それから呆れたように眉を上げる。
「……本当に?」
「本当に」
「何でそんなのが一人でこんな道歩いてるのよ」
「そんなのって言うなよ。村長に言われたんだよ。遺跡を調べて、街まで行って来いって」
「それで、ふらっと近づいた?」
「まあ」
「馬鹿じゃないの」
「さっきから遠慮ないな」
だが、助けられたのは事実だ。そこに文句はつけられない。カイルは頭を掻いてから、広間の奥へ目を向けた。
鈍く砕けた壁面の手前に、銀色の刃が一本転がっている。カイルはしばらくそれを見つめてから、そろそろと柱の陰を離れた。
「……もう撃ってこないよな?」
「今は止まってる」
「今は、って言った?」
「遺跡相手に絶対なんて言えないでしょ」
「言ってほしかったな、それ」
少女は呆れたように眉を寄せたが、剣の柄から手は離していなかった。カイルもそれを横目で見て、少しだけ腰を低くする。焼け焦げた床を避け、割れた床板を踏まないように進む。奥の壁際では、壊れた金属の隙間に残った赤い光が、今にも消えそうに瞬いていた。
近づくたびに、また光るんじゃないかと思って肩がこわばる。
何も起きない。
カイルはしゃがみ込み、ナイフの柄を掴んだ。拾い上げるだけの動作なのに、やたら長く感じた。刃についた砂を軽く払って腰へ戻すと、ようやく息が出る。
それから少女の方へ振り返った。
「助かった。ありがとう」
「それはどうも」
少女はあっさり頷いた。礼を言われ慣れているというより、当然のことをしただけという顔だった。
近くで見ると、年はカイルと大して変わらない。十代後半くらいだろう。羽織った厚手の外套には土埃がついていて、旅慣れているのが分かる。腰の水袋も使い込まれていた。
「俺はカイル」
「ローラ」
「旅人?」
「そう。旅人。遺跡を巡る」
「好きであれに近づくのか?」
「攻撃性を確認して、安全そうならね」
「安全そうじゃなかったけど」
「だから止めたでしょ」
それもそうだった。
ローラは石壁の端に近づき、今度は慎重に奥を覗き込む。さっきまで命のやり取りをしていた人間の顔ではない。どちらかというと、面倒な鍵を壊してやっと中身を見られる時の顔だ。
「大丈夫なのか?」
「動力は壊した、はず」
「分かるのか?」
「少しはね」
「遺跡って見ただけで分かるもんなのか」
「見ただけで全部は分からない。でも雰囲気はある」
「雰囲気」
「あるの」
押し切られた。
あの、背中がチリチリするような緊張感のことか?
ローラは腰の小袋から細い棒を取り出して、円筒状の上部を引っ張った。継ぎ竿みたいに伸びる棒が三倍ほどの長さになり、裂け目の奥へ差し込まれたり、壁面を軽く叩いたりし始める。さっきまでの警戒した動きとは別人みたいだ。目が妙に生き生きしている。
「ほら、ここ」
「ここがどうした?」
「力の導線がある」
「いや、分かんないんだけど」
「あるの」
出来の悪い子供でも見るような目を向けられて、肩を竦める。よく見ると、ローラが棒で示した壁には、土に埋もれた細い溝が走っていた。模様にも見えるが、途中で錆びた金属の筋に繋がっている。
カイルは少し離れた場所で腕を組んだ。
「危なくないのか」
「それを今見てるとこ。ほったらかしにして、何も知らない村人が近づいたら危ないでしょ」
「こっち見るのやめろよ」
「そう? うーん、この模様……やっぱり攻撃してくるのはこの様式か……」
「……何言ってるか全然分からん」
「分からなくていい。たぶん、説明しても長いし」
自分で言って、ローラは石壁を撫でたままふっと笑った。
しばらく観察してから、彼女はようやく石壁から離れた。
「思ったより狭い。奥もそんなに深くない。だから遺ってた、か」
「じゃあ宝はなしか」
「そういう発想がもう村人なのよ」
「村人だからな」
カイルが返すと、ローラは肩を揺らして笑った。
「どこの村?」
「エルサ村」
「聞いたことない」
「だろうな」
「どこの街に行くの?」
「リシュカ。古書館に行けってさ。紹介状まで押し付けられた」
その途端、ローラの顔つきが少し変わった。
「リシュカ?」
「うん」
「古書館って、街の西寄りにある石造りの?」
「知らない。まだ行ったことないし」
「……へえ」
ローラは顎に指を当てた。考える時の癖らしい。すぐにこちらを見る。
「私もリシュカまで行くとこ」
「そうなのか」
「なら一緒に行く?」
言われて、少しだけ間が空いた。
初対面の相手だ。さっき助けてもらったとはいえ、はいそうですかと頷くには早い気もする。だが一方で、旅慣れていて、遺跡のことも知っていて、同じ街へ向かう相手を断る理由も薄い。
ローラの方は、こちらの逡巡を見抜いたのか、軽く手を振った。
「別に嫌ならいいけど。こっちとしては、遺跡にそのまま突っ込む村人を放って先に行くのも気分悪いし」
「言い方」
「事実でしょ」
「まあ、半分くらいは」
「全部よ」
そこまで言われると、逆に笑うしかない。
「じゃあ頼むよ。俺、一人旅は今日が初めてなんだ」
「本当に初日なの?」
「何でそんな驚くんだ」
「初日に遺跡に撃たれる人間を見るとは思わなかったから」
「俺だって思ってなかったよ」
ふいに、地面が揺れた。ゴゴゴと地響きがする。遺跡の奥で何かが崩れ、金属がぶつかる音がした。異変の原因はこれかもしれない、とカイルは思った。
二人で道へ戻る。さっきまで遺跡の中だったのに、少し離れるだけで、そこはもう森沿いの細い道だった。振り返ると、右手の斜面は剥がれた土肌を見せたまま、根を露出した木が一本、まだ斜めに倒れかかっている。その奥で、裂け目だけが暗く口を開けていた。あれだけ光や音を吐いた場所とは思えないほど、静かだった。




