表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『異界樹物語』  作者: 大井翔
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
49/173

第48話 燃料と獲物

――グルルル……。


低く唸るような咆哮が灼けた砂と熱風の漂う空気を震わせた。

砂地の上に二匹の巨大なトカゲが悠然と身を横たえている。

その全身を覆う鱗は冷えた溶岩のように黒く鈍く光り、赤い瞳と鋭く湾曲した牙が獰猛さを際立たせていた。

その赤い瞳は、まるで俺を睨んでいるようだった。


「な……なんで魔物が人間と一緒にいるんだ……?」


喉の奥から声が漏れた。

魔物――理性を持たぬ異形の存在。

言葉を話さぬ魔物が人間の指示に従って動いている。

頭では「あの魔導士の言っていたこと」を理解していたはずだった。

だが実際に目の当たりにすると、その光景はあまりにも異様だった。


そういえば、あの魔導士が言っていた。

「下の世界には魔物を従える者たちがいる」と。


「サリゴフォラスを動かせ!」


怒声が響き渡り、直後、別の男が鋭く口笛を吹いた。

甲高く鳴るその音に応じて先ほどのトカゲ……サリゴフォラスと呼ばれた魔物が重々しく立ち上がる。

砂を踏みしめるその足取りはまるで地面を抉るかのように重く、力強い。

その巨体には大量の荷物が括り付けられていた。

革製のベルトが何重にも胴を締め、剥き出しの筋肉に食い込んでいる。

金属製のハーネスが背に食い込み、完全に飼い慣らされた家畜のようだった。


あれほど獰猛で、理性など通じるはずのない魔物が人間の命令に従っている。

支配された獣のように従順なその光景は、ただ不気味で異常としか言いようがなかった。

だが、それが下の世界の現実だった。


「おい、突っ立ってんじゃねぇ。さっさと歩け!」


怒鳴り声と同時に背中を乱暴に押された。

振り返る間もなく俺の体は前のめりに倒れそうになった。

足元が砂に取られ、よろめきながらもどうにか踏ん張った。


「うっ……やめろよ!自分で歩けるって言ってんだろ!」


「黙れ。お前はもう燃料なんだからな」


(……燃料?)


その一語が脳の奥にじわじわと広がり、思考を曇らせていく。


(俺は……燃やされるのか?生きたまま?)


「さっさと中に入れ」


男の命令は冷徹だった。

有無を言わせぬ力で腕を引かれ、俺は巨大な装甲車の内部へと引きずり込まれる。

内部は思いのほか広く、奥行きのある倉庫のような空間が広がっていた。

積まれているのは干からびた食材、燻製肉、缶詰、薬品類。

そして無造作に山と積まれた包帯、布、毛布。

明らかに戦場を渡り歩く者たちの物資だ。


「……ここは……?」


思わず呟いたが男は答えなかった。

男は無言のまま俺をさらに奥へと引いていく。

やがて行き着いた先には無骨な鉄製の梯子が天井に伸びていた。

梯子の先は魔導装甲車の屋根へと繋がっている。


「上に行け」


「は?何でだよ!」


「いいから登れ!」


男の怒鳴り声が鋭く空気を裂き、俺の腕が無理やり引き寄せられた。

俺は抵抗する気力もなく、しぶしぶ梯子に手をかけた。

筋肉が痛む。喉が渇く。体力は限界に近い。

だが、逆らえば何をされるか分からなかった。


重たい身体を引きずり、ひと段ひと段、踏みしめながら梯子を登る。

そして屋根に出た瞬間、息を呑んだ。

そこには魔導装甲車の天板全体を覆うように複雑な魔法陣が彫り込まれていた。

その四隅には錆びついた金属の枷が鎖で繋がれている。

その配置は人間を寝かせて拘束するために仕組まれたとしか思えない。

魔法陣に組み込まれた生贄の台座、そんな不吉な意図すら漂わせていた。


「お前はここでこの魔導車の燃料になるんだよ」


「……なっ!?ふ、ふざけんなよ!!」


だが、叫ぶ間もなく数人の男たちが俺に取り付き、腕と足を押さえつけた。

無理やり床に倒され、重々しい枷が両手両足を容赦なく締め上げる。

鉄の冷たさと重みが体に食い込み、抵抗する力を奪っていく。


「やめろっ!やめろって!!」


声を張り上げたが誰一人として耳を貸さない。

抵抗も虚しく、俺の体は魔法陣の中心へと固定された。

喉が焼けるほど乾き、意識がぼんやりと霞む。


「やめてくれ……お願いだ……!」


誰にも届かない叫びは、生ぬるい砂風に流されていく。

それでも男たちは振り返ることすらなく、無表情のまま魔法陣を見つめていた。

次の瞬間、魔法陣が眩い光を放った。

純白ではない。

淡い紫の閃光が幾重にも重なりながら広がり、俺の全身を包み込む。


「……っぐ……!」


電流にも似た痺れが神経の奥まで駆け抜ける。

同時に身体の内側から何かが無理やり吸い上げられていく感覚が走った。

息をすることすら苦しい。

喉が勝手に空気を求めて喘ぐ。


「……あれ?魔法陣の光が……弱いな」


男が首を傾げた。


「こいつの体力が尽きてるせいで魔力マギアもうまく吸い出せねぇんじゃねぇか?」


別の男が呆れたように言いながら、じろりと俺を見下ろす。

胸の奥がきゅうっと痛み、俺は咳き込んだ。


「……み、水……っ」


言葉にならないほど乾いた喉で俺はかろうじて絞り出した。

すると傍らに控えていた女が無言のままこちらへと手を掲げた。


「清き古の水、聖なる流れよ、その潤いを我が手に集いて解き放て――ヒュドロス ポティシオ」


淡々と紡がれる詠唱と共に俺の顔に冷たい水が降り注いだ。

それはただの水ではなかった。

ほんのりとした清涼感が宿る水。

額に触れた瞬間、干上がっていた身体の奥にかすかな命の灯が戻ってくるような感覚が走る。


ごくり。

唇が勝手に動き、水は喉へと吸い込まれていった。


「もうすぐ移動だから、それまでに少しでも体力を回復させてね」


女の口調は穏やかだったが、そこに宿るのは慈悲ではなかった。

生かすためではなく使うため。

命の価値が物資と変わらぬこの世界で、俺はただの燃料だった。

それでも水が喉を通るたび、霞んでいた意識は少しずつ晴れていく。


「……なあ、待てよ。なんで……なんでこんなことするんだよ!俺、何もしてないだろ!」


叫ばずにはいられなかった。

だが、返ってきたのは冷笑混じりの男の声だった。


「はあ?お前みたいな王国の坊っちゃんには分かんねぇだろうがな――」


その声には露骨な軽蔑があった。


「ここじゃ、誰かを売ろうが殺そうが生きるためなら当たり前なんだよ。人ひとりを燃料にしてでも、生き延びる奴の方が正しい世界なんだよ」


言葉が出なかった。

ここでは命の価値そのものが、俺の知っているものとは違っていた。


その時、魔法陣が再び光を放ち始めた。

今度はまるで燃え上がるかのように紅い光が脈動する。

同時に車体の下部から、ゴゥゥン……と低く重々しい駆動音が響き渡る。


「出発するぞ!」


誰かがそう叫んだ直後、車体が振動を始めた。

巨大な装甲車が唸りを上げながら砂の大地を蹴って前に進み出す。


「……なんなんだよ、これ……どこに行くつもりなんだよ……!」


思わず叫んだ俺の声に近くの男が冷たく笑った。


「関係ねぇ。黙って寝てろ」


ゴォォッ――!

車体が一気に加速し、砂の海を滑るように進んでいく。

鉄の塊が唸りを上げながら突き進むとタイヤの下から砂煙が巻き上がり、車体を包み込むように視界を遮った。


魔導装甲車の横では、あの大トカゲ――サリゴフォラスが並走していた。

背中に大量の荷物を載せながらも、その足取りは滑らかで無駄がない。

まさに生きる運搬獣そのものだ。


そして俺の目の前には果ての見えない砂漠が広がっていた。

無限のように続く砂丘と遠くに霞む岩山。

逃げ場などどこにもない。

空はどこまでも澄んでいて、あまりにも静かだった。

その清澄さが、かえって残酷だった。

その時だった。


ガガガッ……!

甲高い悲鳴のような音と共に車体が急激にスピードを落とし、無理やりブレーキをかけた。

タイヤが砂に食い込み、車体の前部が一瞬浮きかけてからズシリと沈む。

その反動で枷に繋がれた腕が前方に強く引かれ、体ごと仰け反るように持っていかれた。


「ぐっ……な、何だ……!?」


呻くように呟いたその時、車内に緊張した空気が走った。

運転席の方から荒い息遣いと共に男の苛立った声が漏れる。


「……はぁ……はぁ……なんか、おかしいと思ったんだよ……」


声が微かに上ずっていた。


「どういうことだ?」


別の男の声が重なる。

どこか警戒するような響き。


「……はぁ……はぁ、いつの間にか……俺の魔力マギアが尽き始めてる」


沈黙が落ちる。

その異常な沈黙に車内の空気が一瞬で凍りついた。

男たちは互いに視線を交わし、次第に表情を強ばらせていく。


「……どうした?何が起こってる?」


無骨な声が、低く、鋭く空間を切り裂いた。


「……あの子供さぁ……魔力マギアが、全然ねぇんだよ」


驚きと疑念を隠せないまま、別の男が呟く。


「なんでだ?普通は子供でも多少は反応するだろ……魔法陣があれだけ展開されて、まったく反応しねぇなんて……」


ごくりと誰かが唾を飲み込む音がした。

静寂の中で、その音さえもやけに大きく響く。

そして、内部の階段から誰かが屋根に上がってこようとしていた。

カンッ、カンッ……。

鉄製の踏板を鳴らす足音が屋根の下から徐々に迫ってくる。


「誰か……来る……」


俺が無意識につぶやいた直後、中央のルーフハッチがギィ……と軋みを上げながら開かれた。

途端に強烈な砂漠の陽光が車内へと流れ込む。

逆光の中、ひとりの人影がゆっくりとハッチから姿を現した。


「よう、お楽しみのところ悪いが……」


その男は周囲の空気を支配するような足取りでゆっくりと近づいてきた。

胸元まで開けたシャツ、日焼けした肌、腰には無骨なホルスターと幾つかのポーチ。

髪はぼさぼさ、無精髭は手入れすらされていない。

その風貌は、どこかラテン系を思わせる粗野な印象だったが、目だけがまったく笑っていなかった。

射抜くように冷たいその眼差しは、どんな軽口よりも先に本性を告げていた。


「……!」


その男は俺の前にしゃがみ込むと、じっとこちらを見据えてきた。

近い。

酒と煙草が混ざった息が顔に吹きかかり、鼻を刺す。

俺は思わず顔を背けそうになったが、意地で睨み返した。


「おい、貴様……何者だ?」


口を開けば恐怖と悔しさが一気に噴き出しそうで、俺は黙って睨み返した。

男はひとつ、鼻で笑った。


「へぇ……目だけはまだ死んでねぇか。面白ぇ」


そう言うなり俺の下顎を乱暴に掴み、無理やり顔を引き上げられた。


「……だがな。こっちも遊びじゃねぇんだよ」


鋭い眼差しがぐっと近づいてくる。


「ここに連れてこられた連中は大体最初は怯える。目が泳ぎ、口を開けば助けを乞う。……だが、お前は少し違うな」


男の目が試すように細められた。


「……うるせぇ。……離せ」


俺はかすれた声で吐き捨てた。


「ほぉ?」


男は面白がるように片眉を上げたかと思うと、がっしりとした指で俺の顎をさらに締めつけ、ぐいと持ち上げた。

喉をさらけ出すように首が反り返る。


「じゃあ、一つだけ聞いてやるよ」


その声は先ほどまでの軽さとは打って変わっていた。

低く、冷たく、鋭く、底の見えない闇のように。


「なんで魔法陣が発動してねぇ?」


「……は?」


思考が追いつかず、呼吸を忘れそうになった。


「普通ならな……お前みたいな使い捨てをここに縛り付けて魔導車が動いた瞬間――」


男は無言で俺の胸元をトントン……と指先で軽く叩いた。

沈黙が不気味な重さで満ちる中に男の声がゆっくりと落ちてきた。


「……魔法陣が作動すれば体力も魔力マギアもゴッソリ吸い取られる。普通ならとっくに干上がってるはずなんだ」


男は煙草をくわえたまま目を細め、低く呟いた。


「けどよ……お前からは何の反応もねぇんだ。魔力マギアがゼロだ。完全な空っぽ。……おかしいと思わねぇか?」


鋭い視線が俺の顔に突き刺さる。


(……知らねぇよ、そんなの)


そう心の中では叫びたかったが言葉にはできなかった。

この見知らぬ地に堕ちてきて以来、俺の中で起きるすべてが異常すぎた。

魔力マギアの概念すらなかった上の世界から来た人間が魔力マギアゼロであることがそんなにおかしいのか?

俺は答えず、ただ目を伏せた。


「……黙るってことは、やっぱり何かあるんだな?」


男は腰を浮かせて立ち上がった。

金属のパネルが軋み、鈍く唸る。

そのまま隣にいた仲間に顎をしゃくった。


「おい、こいつは絶対に逃がすな。ただの燃料じゃねぇかもしれねぇ」


「え? でもこいつ、魔力マギアゼロっすよ?」


若い声が返る。

が、男は薄く笑った。


「だからだよ」


笑ったままくわえていた煙草を口から落とす。

床に落ちた火種が転がり、ジリジリと音を立てて消えた。


魔力マギアがねぇガキがこの瘴気まみれの砂漠でどうやって生き残れた?普通なら魔物に喰われて終わりだろうが」


「……確かに。魔力マギアゼロで生き残るなんて、普通じゃないっすね」


「だろ?こいつ……何かを隠してやがる」


男の目が細められ、何かを決めたように息を吐いた。

そして次の瞬間、ホルスターに手を伸ばし、銀色に鈍く光る銃のような装置を抜き取る。

それを俺の眉間に突きつけた。


「決めた。こいつは燃料じゃなくて調査対象だ。少し手荒な真似でもして吐かせてやるさ」


銃口が眉間に触れる。

冷たい金属が皮膚に食い込んだ。


「ふざけんなよ……やめろ!」


思わず声が漏れ、体を必死に捩じった。

だが、両手足を縛る枷はびくともしない。

分厚い鉄板で押さえつけられているかのように全身が封じられていた。

逃げられない。助けも来ない。

この場所には俺を生かす理由すらない。

そんな絶望が胸を押し潰しかけた、その時だった。


「おいっ!!ゼリオクス!!」


突然、右側から怒声が飛んだ。

車体の外、大トカゲの背に乗った偵察兵らしき男が声を限りに叫ぶ。


「まずい!スコロピオス軍の奴らに見つかった!このままだと包囲されるぞ!!」


(ゼリオクス……こいつの名前か?)


声の主に目を向けながら、ゼリオクスは舌打ちを一つ。


「……あの腐れ外道どもが。俺たちの食糧を取り返しに来やがったか」


怒りを噛み殺すような低い呟き。


ゼリオクスはわずかに未練を残すような視線を俺に投げると、銃をホルスターに戻し、無言のままルーフハッチから魔導装甲車の中へと消えていった。

遠くから砂嵐を裂くような咆哮が響いていた。


「車を動かせ!急げ、囲まれるぞ!あいつらに捕まるわけにはいかねぇ!!」


「了解!!」


車内に緊迫した空気が充満した。

怒鳴り声が飛び交い、足音が響く。

砂と金属の匂いが鼻をつき、車両は轟音とともに動き出した。


拘束されたままの俺は目だけで周囲を見渡す。

そこには果てしなく広がる砂漠と、砂嵐の中から姿を現す異様な軍勢があった。


錆びついた装甲車。

赤い大トカゲ。

毒針を揺らすサソリの群れ。

そして巨大な蜘蛛。

その背には兵士たちが乗り、武器を構えながらこちらを睨んでいた。


まさに異界の軍勢――恐怖と殺意が渦巻く戦争の前触れ。

言葉が喉の奥で詰まり、目の前の光景がまるで幻のように思えた。

こんなものが現実のはずがないと心のどこかで願った。


だが、これは現実だった。

下の世界で俺は今まさに恐ろしい運命の渦中にいるのだ。

逃げ場はない。

俺は枷に繋がれたまま、その光景を見上げることしかできなかった。

異界樹物語を読んで頂きましてありがとうございます。

ここから世界一面白いストーリーが展開していきます。


【読者様にとっても重要なお願い】

少しでも面白そうと思ってくださった方は画面下部の☆☆☆☆☆を★★★★★にして応援して下さると非常に嬉しいです。

ブックマークに追加もお願いします。

皆様が思ってる以上に評価とブックマークは大切なんです。

この下に【☆☆☆☆☆】欄がありますので★を入れてくださいませ。

どうか、どうか本作の応援をよろしくお願い致します!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ