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第46話 旅立ちと異界樹

……異界樹を探せ。

ウェルシュナーが静かにそう告げた瞬間、俺の胸の奥がざわめいた。


「異界樹?だからあれは燃えてしまって……」


あの日、異界樹は黒煙を上げ、完全に焼き尽くされた。

あの光景がまだ脳裏に焼き付いている。


「ああ。しかし異界樹は一つだけではない」

「……え?」


ウェルシュナーは、冷静に言葉を続けた。


「下の世界とこの世界を繋ぐゲートはいくつか存在する」


その言葉を聞いた瞬間俺の目が大きく見開かれた。


「本当か?」

「だが、それらは精霊の導きが無ければ決して辿り着く事はできない。それに精霊は滅多に姿を現さないため実質的に異界樹まで到達する手段は限りなく無いに近い」


精霊の導き……精霊を探さなければ……だけど、精霊がいる場所の手掛かりなんて全く無い。

それに異界樹まで行ったとしても俺は王家の血を引いていない……

そんなの、今の俺にはどうしようもないじゃないか……


「……じ、じゃあ……どうすればいいんだ」


俺の拳が自然と強く握り締められる。

イヴァンとルナが下の世界に行ってから、もう十日以上も経っている。

このまま何もしないで待ってるだけなんて……

絶対にありえない。

俺は押し潰されそうな気持ちで顔を伏せた。

その時だった。


「天空」


静かに、ウェルシュナーが俺の名を呼んだ。

顔を上げると、ウェルシュナーはまっすぐ俺を見据えている。

そして、絞り出すような低い声で問いかけてきた。


「どうしてルナエレシア様は、きみの部屋に落ちてきたのか?」

「……え?」


俺は言葉を失った。


「異次元の空間を彷徨っていたはずのルナエレシア様を救い、きみの部屋の中に落とした存在がいるとすれば……それは精霊以外に考えられない」


胸が、強く締め付けられた。


「精霊……?」

「だが、精霊がわざわざ人間のために動くことは極めて異例な事。だけどきみが精霊の力を持っているなら話は別だ」

「俺が精霊の力を持ってる……?」


ウェルシュナーは静かに目を細め、俺に核心を問いかけてきた。


「……天空、きみは何か心当たりがあるんじゃないのか?」


その言葉に、俺の胸が強く締め付けられる。

あの日、俺のベッドに落ちてきたルナ。

最初は偶然だと思っていた。

……精霊……?

あの日、俺の部屋のベッドに落ちてきたのは偶然だったはずだ。

だけど――

今、ウェルシュナーの言葉によって俺の記憶の奥底が激しく揺さぶられる。

偶然じゃない……?


「ルナが……俺の部屋に落ちて来たのは……精霊の仕業……?」


心臓が激しく脈打つ。

ルナがベッドに落ちてくる前、俺は何をしていた。

頭の中に、強烈な映像が蘇った。

――御神木。

――いや、異界樹。


「異界樹……!」


俺の頭に一瞬、あの神社の御神木の姿が鮮明に浮かんだ。

俺は初めてイヴァンを連れて一緒にあの御神木の下まで行った。

だけどイヴァンと一緒にお参りした時、いつもと違う感じがした。


俺はガタッと立ち上がった。


「ウェルシュナー、俺、今すぐに下の世界に行かなければいけない!」


俺の目は強い決意を宿していた。

ウェルシュナーはそんな俺を見つめ、静かに問いかける。


「……どうやら何か心当たりがあるんだね?」

「ああ……思い出したんだ。ルナが俺の部屋に落ちてきた理由が……もしかしたら分かるかもしれない!」


俺は強く拳を握りしめ、今にも走り出しそうな勢いで言い放った。

ウェルシュナーは少し寂しそうに目を細めた。


「……そうか。きみの強い意志は感じたよ。そして、力になれて良かった。だが天空……無理だけはするな。きみの命もまた、何よりも大切なものだからな」

「ありがとう、ウェルシュナー。俺、絶対にルナをこの世界に連れて帰るから!」


そう言い切った俺に対し、ウェルシュナーは小さく微笑んだ。


「……きみの覚悟、確かに見届けたよ。そして、帰ってきたらもう一度私に会ってくれないか?きみの帰りを信じている」

「分かった……ありがとう……ウェルシュナー」


――俺は急いで喫茶店を飛び出した。

家には帰らなかった。

気づけば俺の足は、自然とあの場所へと向かっていた。

長い石段を駆け上がる。


青空の空の下、神社は静かに佇んでいた。


「はぁ……はぁ……」


神社の拝殿の横には、雑草が生い茂る細い道があった。

俺は一切迷わず、その慣れた道をひたすら進んでいく。

足元の土を踏む感触すら感じられないほど、頭の中は無意識だった。


やがて目の前に現れたのは、巨大な御神木――いや、異界樹。

その瞬間だった。


――スッ


耳からすべての音が消えた。

風の音も、鳥の声も、すべてが――まるで時間だけが止まったかのように静まり返る。


ただ目の前に、異界樹だけが在った。

まるで俺を待っていたかのように。


俺はゆっくりと異界樹に歩み寄り、その幹に手を触れた。


「ルナを……助けてくれたのは……お前だったのか」


静けさの中、俺の声だけが響いた。

声が震える。

異界樹は何も答えない。

ただ沈黙だけがそこにあった。

だけど――

分かってる。


俺はゆっくりと異界樹に頭をつけた。


「ルナを……助けてくれてありがとう……」


俺はただ、心の中から深く感謝を伝え続けた。

異界樹は何も答えない。

だけど、俺の胸の中に確かに伝わってくるものがあった。


「……お前はずっと……俺を見ていてくれてたんだな……」


異界樹は何も答えない。

だけど俺は分かった気がした。

ずっとここから、俺を見守り続けていた事を。


俺は異界樹の根元に腰を下ろし、そのままゆっくりと座り込んだ。

そして、俺は異界樹から見える景色をただ黙って見つめていた。


「イヴァンとルナが下の世界に行ってしまったんだ」


異界樹は静かに何も言わずにそこに立ち続ける。


「俺……悔しいんだ。あいつらを下の世界に行かせてしまった事……」


静けさだけが、俺の言葉を包み込む。


「ルナ……今頃泣いてるだろうな……イヴァンだって……きっと酷い目に遭ってる……」


俺がもっと強ければ、あの二人を救えたのに――


「……悔しいな」


言葉を絞り出すように、俺は異界樹に静かに語りかけた。


「……あいつら、今頃どうしてるのかな」


異界樹は何も答えない。

ただ風だけがゆっくりと吹き抜けていく。

遠くに見える町並み。

思い出す。

あの日まで、ルナは楽しそうに笑ってた。

イヴァンだって、俺とバカな事で笑い合ってた。


だけど今――


二人とも、俺の手の届かない場所にいる。


「俺さ……あいつらを必ず助けに行くって決めてるんだ」


幹に背中を預けながら静かに語りかける。


「でも、どうすればいいか分からなくてさ」


異界樹は何も言わない。

だけど確かに――俺の言葉を聞いてくれている。

目の前に広がる景色を見ながら。


「イヴァン、ルナ……お前ら、今どこにいる?」


柔らかい風が頬を撫でた。

――どれだけ時間が経っただろうか。


「なぁ、異界樹……」


静かに、俺は言葉を紡ぐ。


「……俺、そろそろ行くよ。だから待っててくれないか?」


長い沈黙。

静けさの中で異界樹はただ黙ってそこに立っているだけだった。

だけど、俺の胸の内だけに、確かに何かが伝わってきた。

俺は静かに立ち上がった。


「……イヴァンとルナ、オーウェンとエドワードさんを必ず連れて帰る」


俺はゆっくりと目を閉じた。

ふっと、背中に柔らかい風が吹いた。


次の瞬間――

ザワァァァ……

異界樹の幹が、静かに光を放ち始めた。

光輝く無数の葉が、空から舞い降りてくる。

それはとても美しく、きれいに輝いていた。


「異界樹……今までずっと俺を見守ってくれてありがとう。そして、待っていてくれ。俺は必ず戻って来るから」


そう言い残し、俺は迷わず異界樹の幹が放つ淡い光へと足を踏み入れた。

光が俺を包み込む瞬間、背後から、かすかな風が吹いた。

まるで異界樹から「行っておいで」と言われたようだった。


「それじゃあ……行ってくる」


その瞬間、光が俺の体を包み込んだ。

そして俺は光の中へと消えていった。


静寂が戻った。

異界樹は変わらず、そこに佇み続ける。

だけど、確かにその葉は震えていた。


まるで――

俺の帰りをずっと待ち続けるかのように。


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