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『異界樹物語』  作者: 大井翔
第三章

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第163話 支配を望んだ闇の王と異次元を越えて届く光

俺は倒れ伏したネクロスを見下ろしていた。

床に叩きつけられたまま、ネクロスは動かない。

閉じられた瞳も、微動だにしない指先も、まるで時間から切り離されたようだった。


――ドクンッ。

鼓動が耳の奥で暴れる。


――ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ――!

異常なほど速い。

呼吸が追いつかない。

喉から肺にかけて焼けつくように熱く、視界の端がわずかに明滅めいめつする。


その時だった。

スゥ……と全身を包み込んでいた紅蓮ぐれんのオーラが煙のように薄れていく。


「……うっ」


熱が消える。

それと同時に体を無理やり支えていた力まで一気に抜け落ちた。


「ヒートウェーブヴェイルが……消えた……?」


次の瞬間、全身に激痛が走った。


「ぐあああっ……!」


膝が耐えきれず力なく折れ、床へ片手をついた。

腕は震え、脚もまともに身体を支えられない。

暴れ狂う血流が血管を内側から焼き裂いていくようだった。

心臓はまだ暴走したまま脈打ち続けているのに、肉体の方が完全に悲鳴を上げている。


「ぐっ……はぁ……!」


呼吸が乱れ、にじむ視界が揺れる。


(やっぱり、無理をしすぎたな……)


自嘲じちょうするように息が漏れる。


(俺のヒートウェーブヴェイルは……パイロスのとは違う……)


途切れそうな意識の中で思考を繋ぐ。


(全身の血を無理やり暴走させて、限界以上の力を引きずり出している……見よう見まねで技を使ったけど、こんなに反動がくるとはな……)


立っているだけで限界だった。

筋肉はきしみ、骨の芯は焼けるように熱く、しびれた指先から少しずつ感覚が鈍っていく。


それでも視線だけはらさない。

倒れているネクロスを見る。


「……まだだ……まだ終わってねぇ」


胸の奥が警鐘けいしょうを鳴らしている。


「早く……パンドラの体からネクロスを追い出さねぇと……」


ゆっくりと右手を持ち上げると、てのひらへ淡い白光が集まり始めた。

揺らめく精霊力せいれいりょくの光。


「俺の精霊力で……てめぇを引きずり出す」


足を引きずるように歩く。

一歩。

また一歩。

ネクロスの目前まで辿たどり着き、こぶしを握る。

そのまま白光を纏った拳を振りかぶり、ネクロスの胸へ叩き込んだ。

次の瞬間、白光が弾ける。


だが。


「……?」


あまりにも静かだった。

何の反応も返ってこない。


「な、んでだ……?」


その瞬間。


ドバァッ――!

ネクロスの全身から闇が噴き上がった。


「ぐあああぁぁぁっ!!」


衝撃波が炸裂さくれつする。

俺の身体はそのまま吹き飛ばされ、床を何度も転がった。

肺から空気が吐き出される。


「うっ……はぁ……!」


視線を上げると、ネクロスの身体はゆっくりと宙へ浮かび上がり、両腕を広げていた。

その姿を中心に黒い炎が渦を描きながら膨れ上がっていく。


ボォォォォォ――ッ!!

大広間全体を覆うように、漆黒しっこくの炎が半球状に燃え広がった。

床も。

壁も。

天井も。

大広間そのものが黒き業火へ塗り潰されていく。


「私の名はネクロス。煌月家こうげつけの当主にして――この地を統べる者」


低く重い声が響く中、ネクロスの全身が変貌していく。

闇が肌へ染み込み、焼け跡のような灰が身体中へ浮かび上がっていく。

異様なほど白い肌。

底の見えない黒い瞳。

顔にはすすのような灰がこびりつき、身体の各所から黒煙が立ち上っている。

もはや生きた人間ではない。

それは、焼け落ちた亡骸なきがらそのものだった。


「……へっ、やっと本性しょうたいを現しやがったか」


俺は口元をゆがめながら、ゆっくりと立ち上がる。

脚は震えている。

それでもネクロスを真正面から睨み据える。


「まるで悪霊だな。結局、てめぇは死人なんだよ」


その瞬間、ネクロスの姿がき消えた。


「――ぐっ!」


次の瞬間には俺の目の前に立っていた。

五本の指が首へ食い込む。


「がっ――!」


一気に身体が持ち上げられ、床から足が離れる。

喉がつぶれ、呼吸も止まった。

ネクロスの黒い瞳が至近距離で俺を見据えていた。


「貴様さえいなければ、すべては私の支配で秩序が完成する」


ネクロスの指の力がさらに増す。


「そして私こそが、この世の頂に君臨する唯一の支配者となるのだ」


俺は震える腕を伸ばし、ネクロスの手首をつかんだ。

苦しい。

視界が暗くなる。

それでも俺は喉を潰されながら無理やり笑う。


「……結局……てめぇは……全部、自分のもんにしたいだけじゃねぇかよ……」


ネクロスの目が細くなる。

次の瞬間、そのてのひらから闇が流れ込んできた。


「貴様は私の魂のかてとなれ」


闇が全身を包み込む。

冷たい。

命そのものを吸い取られている。


「が……あああああぁぁぁぁぁぁ!!」


皮膚が引きる。

身体が急速に老いていく。

腕がみるみる細くなり、肌から水分が抜け落ちていく。


対照的にネクロスの顔には徐々に生気が戻っていく。

灰に覆われていた肌へ色が差し、瞳の奥に光がともり始める。

ネクロスがわらう。


「灰となって消えるがいい。恐怖と苦痛に呑まれながらな」


だが、俺も笑った。


「……へへっ……」


「何がおかしい」


「俺はな……悪霊退治は、わりと得意なんだよ。何度も見て来たからな」


死にきれない人の未練。

生へすがりつく魂の叫び。

だから分かる。

こいつは結局、死を恐れているだけだ。


(パイロス……もう一度、俺に力を貸してくれ……!)


目を閉じ、意識を沈める。

すると、消えたはずの熱が再び胸の奥でともった。


――ドクンッ。

赤熱したオーラが身体の奥を駆け巡り、揺らめく紅蓮の輝きが全身を突き抜けていく。

震えていた脚に力が戻り、俺は拳を握った。


「……ヒートウェーブヴェイル」


低くつぶやく。


「てめぇも地獄みてぇな炎を一回味わってみろってんだ……!」


掴まれたまま俺はネクロスの腕を逆につかみ返す。

次の瞬間。


ゴォォォォッ!!

赤熱したオーラと白い精霊力が一気に流れ込んだ。

紅蓮ぐれんと白光。

二つの力が激しく混ざり合い、奔流となってネクロスを呑み込む。


「な――!?」


ネクロスの身体が内側から灼かれるように赤く染まる。

黒い闇が悲鳴を上げるように揺らぎ始めた。


「ぐおおおあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


絶叫が大広間を震わせる。

黒炎が乱れ狂い、空間全体がきしみ始めた。


ネクロスの絶叫が響く中、俺の身体へ少しずつ生気が戻ってくる。

干からびていた肌に張りが戻り、老いていた顔も少しずつ若さを取り戻していく。


「ぐっ……ぅ……!」


ネクロスの指が痙攣けいれんするように震えた。

俺の首をつかんでいた手から力が抜ける。

その瞬間、俺は強引に腕を振りほどいた。

床へ着地すると同時にすぐに後方へ飛び、距離を取った。


「はぁ……はぁ……」


呼吸のたびに胸が焼けつく。

鼓動はまだ暴れている。

それでも口元だけはゆがんだ。


「……嫌な気分だ。まさか、この歳でジジイになるとは思ってなかったぜ」


喉をさすりながら笑う。

だが、その笑いとは対照的にネクロスの姿はさらに異様な変化を始めていた。


黒い。

いや、黒すぎる。

闇が皮膚へ染みつき、全身を覆い尽くそうとしていた。

皮膚も輪郭も曖昧あいまいになり、まるで人型の影だけがそこに残っているようだった。

黒炎が揺らめくたびにその輪郭は崩れ、また形を取り戻す。

もはや人ではない。

執念だけでこの場へ留まっている亡霊ぼうれいそのものだった。


「私は……煌月家こうげつけの当主……ネクロス……」


低い声が響く。

だがその声はどこか濁っていて、幾つもの呻き声を無理やり束ねたように聞こえた。


「貴様を……ほうむる者……」


次の瞬間、ネクロスが消えた。


「――!」


黒い残像だけが視界を横切る。

直後、背後から凄まじい殺気が迫った。


「ぐおおおおおおおっ!!」


振り返りざまにネクロスの腕が襲いかかる。

空気を引き裂くほどの速度。

だが。


「全部、見えてるぜ」


――ドクンッ。

鼓動が脈打った瞬間、景色が鮮明になる。


ネクロスの重心、指先の動き、筋肉の収縮――そのすべてが手に取るように見えていた。

俺は最小限の動きだけで身をらす。

黒い腕が頬の横をかすめ、背後の床をくだいた。

轟音ごうおんが響く中、それでもネクロスは止まらない。

殺意だけを叩きつけるように距離を詰め、上下左右から黒い腕を嵐のように振るってくる。

もう技名すら使わない。

ただ俺を殺すためだけに動いていた。


だが、全部見えていた。

俺は一歩だけ動く。

それだけですべての攻撃が空を切った。


「どうした?」


振り返り、そのまま真正面からネクロスを見据える。


「それで終わりか?ネクロス」


ネクロスが動きを止めた。

黒い瞳が揺れ、それでも再び高速で踏み込もうとする。

距離を測るように動いているはずなのに、その足運びはどこか鈍かった。

俺へ近づけない。

いや、近づくことそのものを身体が拒絶している。

やがてネクロスの足は、その場で完全に止まった。


静寂せいじゃく

黒炎だけが不気味に揺れている。

俺はゆっくりとこぶしを握った。

赤熱したオーラが脈動する。


「本能じゃ分かってるみてぇだな」


ネクロスの肩が微かに震える。


「教えてやるよ。てめぇが恐れているのは炎なんかじゃねぇ。てめぇが恐れてるのは、俺が受け継いだ煌焔家こうえんけの意思だ」


ネクロスの目が見開かれた。

その瞬間、黒炎が大きく揺らぐ。


「てめぇには煌月家こうげつけの誇りがねぇんだよ」


一歩、踏み出す。


「何度でも言ってやる。煌月家こうげつけの当主はパンドラだ。てめぇじゃねぇ!」


視線を真正面からぶつける。

ネクロスの輪郭が大きく揺らぐ。

だが次の瞬間。


「……くっ……くっくっく……」


低く濁った笑いが漏れる。


「私が……恐れているだと……?闇の中で生き残った私が……!」


ネクロスの全身から闇があふれ出す。


「いいだろう……ならば貴様を完全なる無へかえしてやる……!」


ネクロスが両手を胸の前へ掲げる。

てのひらの中心で闇が渦を巻き始めた。

周囲で燃えていた黒炎が次々と掌へ吸い込まれていく。


「……なんだ?」


空間そのものがゆがんでいた。

息を吸うたびに身体の内側へ闇が入り込んでくるような圧迫感。

その中心でネクロスがゆっくりと詠唱を始める。


い寄れ――無謬むびゅう漆黒しっこく。太陽をのろい、天をうとみ、すべての生を土へかえ泥濘でいねいの闇よ」


声が響くたびに闇が脈動する。

周囲の黒炎が荒れ狂う。


「影は実体を食らい、意識は永久とわの闇に溶け、己が誰かすらも思い出せぬ無の境地。境界は崩壊し、因果を飲み干し、残るはただ一つ。もはや叫びすら届かぬ場所」


ネクロスのてのひらの中心で漆黒の塊が脈動しながら膨れ上がっていく。

もはや球体ではない。

そこにあるのは、何もかもをみ込む奈落ならくそのものだった。

ネクロスの黒い瞳が俺をとらえ、その両手が一気に振り下ろされる。


「さあ、永劫えいごうの孤独に沈め――――アヴィソス メラス!」


闇が迫る。

いや、ただ迫っているわけじゃない。

空間そのものが漆黒へ侵食され、無数の黒い粒子が濁流だくりゅうのように渦を巻きながら広がっていく。

空気も、音も、感覚すらも、その闇にみ込まれようとしていた。


「ぐっ――センソーラ!」


その瞬間、俺の感覚が異様なほどまされる。

闇が見える。

粒子の流れ、波打つ軌道、脈動する揺らぎ――そのすべてが鮮明に映っていた。

まるで闇そのものが意思を持ってうごめいているみたいだった。


(違う……これはただの闇じゃねぇ……!)


心臓が鳴る。


ドクンッ――!

その一拍に合わせ、闇の動きがさらに鮮明になる。

俺は両手を構え、人差し指と中指を揃えて突き出した。

闇を切り裂くように腕を振り抜く。


だが、触れた瞬間だった。


「――なっ!?」


ズブリ、と腕が闇へ沈んだ。

闇を裂けない。

それどころか何の感触もなく、底なし沼へ腕を沈めたみたいに、そのまま闇の奥へ引き込まれていく。

ネクロスの声が響いた。


「アヴィソス メラスは、ただの魔法ではない」


低く、重く、どこか勝利を確信した声。


「その闇は、世界の理から隔絶された絶対の領域。触れた者すべてを闇へ閉じ込める――忌まわしき、不可侵の虚無だ」


闇がさらに膨れ上がる。


「生身の人間がこの空間へ踏み込んだ瞬間、存在そのものが耐え切れずくだけ散る」


闇に身体が引っ張られる。

肩まで沈む。


「貴様は異次元の狭間はざまで消え失せるがいい」


「う、うわあああああぁぁぁぁぁぁっ!!」


視界が反転し、上下がどちらか分からなくなる。

感覚そのものがじ曲がり、全身が無理やり引き裂かれていく。

骨も、血も、意識も、何もかもがバラバラになっていくようだった。


そして、気づけば俺は闇の中にいた。


「……ここ、は……」


あまりにも静かだった。

目を開けているはずなのに、何も見えないほどに。


「あいつは最後に異次元の狭間って言っていた」


そこには黒すら存在していなかった。

光そのものが存在しない。

上下も分からず、足元の感覚さえ消えている。

自分が立っているのか、落ちているのか、それとも漂っているのか。

それすら曖昧あいまいだった。


「じゃあ、ここが……異次元の空間か……」


ヒートウェーブヴェイルの熱は消えていた。

呼吸するたび胸がきしみ、全身が裂けそうに痛む。


それでも不思議と怖くはなかった。

闇の中にいるはずなのに、胸の奥だけは妙に静かで、身体の痛みだけが自分がまだ生きている事を教えてくれていた。


「……ルナ」


ふと、その名がこぼれた。


「お前は……俺と会う前、こんな場所に閉じ込められてたのか……」


誰もいない。

返事も返ってこないまま、言葉だけが胸の奥へ静かに沈んでいく。

暗闇しかないこの場所でルナはずっと一人だった。

どれほど孤独で、どれほど怖かったんだろう。


「……そりゃ、泣くよな……」


小さく笑いながら右手へゆっくり力を込める。

すると、ポゥ……と白い光がともった。

闇しかない空間でその光だけがはっきり浮かび上がる。

小さい。

それでも、その光は消えなかった。

まるで無限に広がる夜空の中で、たった一つ消えずに輝き続ける星みたいだった。

俺はその光を見つめる。


「どうして俺が精霊力せいれいりょくを持ってるのかは分からない」


静かな声が闇へ溶ける。


「どうして異界樹いかいじゅが俺を導いたのかも分からない」


それでも右手の光は揺らがない。


「だけど……いつだって、みんなが俺を支えてくれる」


気づけば言葉がこぼれていた。

誰に向けたものなのかは分からない。

それでも、その一言だけは伝えたかった。


「ありがとう」


左手で右手首をつかみ、全身に散っていたオーラを右腕へ集める。

鼓動が鳴る。


――ドクンッ。

身体の奥に散らばっていたオーラが一気に右腕へ収束しゅうそくしていく。

精霊力の白い光が闇を押し返すほどに強くなる。


俺はゆっくり目を閉じ、深く息を吸った。

そして、天を突き刺すように右腕を掲げた瞬間、白光が全身から溢れ出す。

闇が震え、空間が軋む。


同時に足裏の感覚が戻る。

床を踏み締める感触と重力、張り詰めた空気が意識を現実へ引き戻した。


ネクロスの目が見開かれた。


「有り得ぬ……そんな事が……!」


大広間に黒炎が揺れている。

砕けた床の破片が散らばり、崩れた柱が黒炎の中に沈んでいる。

そして、真正面にはネクロスが立っていた。


「あの男は……確かにアヴィソス メラスに呑み込まれたはず……!」


黒い瞳が揺れる。


「何故だ……何故まだ存在している……!」


俺はゆっくりと目を開けた。

目の前には初めて明確な恐怖を浮かべたネクロスの顔がある。


「俺はな……」


右手の光が脈動する。


「あいにく、これより深い絶望なら嫌というほど見てきたんだよ。こんなただ暗いだけの闇で、俺を止められると思うなよ」


踏み込むと同時に床が爆ぜる。

左手を離し、腰を回し、肩を振り抜く。

そしててのひらを突き出す瞬間、左手で右手首をがっちり押さえ込んだ。

圧縮されていた精霊力が限界を超え、白光が爆発する。


「はああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


咆哮ほうこうと共に空間が裂ける。


「オーバーブースト――ラディアント リベレーションッ!!」


――ドォォォォォォォォンッ!!!

閃光せんこう

白い奔流ほんりゅうが一直線にネクロスへ撃ち放たれる。

光が大広間を呑み込み、黒炎がき消える。

漆黒の闇は閃光の中へ溶け、ネクロスの身体を覆っていた闇もかれながらがれ落ちていった。


「あ……あり得ん……この私が……こんな男に……」


ネクロスの声がかすれる。

闇ががれ落ち、執念だけで繋ぎ止めていた姿が崩れ始める。

黒く染まっていた身体が白光の中で少しずつ輪郭を失っていく。


「ぐあああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


絶叫。

次の瞬間、ネクロスの身体が凄まじい勢いで吹き飛んだ。

轟音ごうおんと共に壁へ激突し、衝撃で大広間全体が激しく震える。

白光がすべてを塗り潰した。

黒炎も、漆黒の闇も、その閃光の中へ消えていく。

やがて、空間を埋め尽くしていた光がゆっくりと薄れていく。


突き出した右手が小さく震えていた。

全身から力が抜け、乱れた呼吸がかすれるように漏れる。

白い粒子が空気へ溶けるように散っていく。


静寂せいじゃく

そして、光が完全に消えた時。


床へ倒れていたのは――パンドラだった。

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