第11話 天空と大人の男
俺は勢いよく踏み込むと、工場の作業着をまとった男に向かって飛びかかった。
「ハリケーン スイング キック」
必殺の鋭い回し蹴りを繰り出した。
だが――
「なっ……!」
男はその一撃を片腕で軽々と受け止めた。
だが、違和感が走る。
蹴りの感触が妙に鈍い。
まるで、水を叩いたような……。
何だこの感触……
違和感を拭い去る間もなく、男が反撃に転じる。
拳と蹴りの連続攻撃。
「ふんっ!」
俺は即座に防御態勢を取る。
パンチは手のひらで受け流し、キックは難なく避けた。
パンチの威力はあるけど動きが遅い……
こいつ戦闘にはあまり慣れてないのかもしれない……
だけどそれだけでは済まないはずだ。
こいつは「人を窒息させる」何か仕掛けてくるに違いない。
だったら――先に仕留める!
男が再び拳を振りかざし、俺の顔面を狙ってくる。
俺はそれを深くしゃがんでかわして新しい技を放った。
「ユニバース リバーサル キック」
俺は足に渾身の力を入れて男の顎目掛けてアッパーキックを思いっきり叩き込んだ。
ゴッ!
手応えは確かにあった。
男の体が宙を舞う。
俺はその勢いのまま空中でバク転し、着地した。
普通の人間ならこれをくらったら一発退場するだろう。
だけど俺は再び蹴りの感触に違和感を感じていた。
だが――
まただ……この違和感……。
水を蹴ったような、いや、もっと奇妙な感触。
「頼む……そのまま倒れててくれ……」
俺は心の中で祈ったが、現実は非情だった。
「なるほど、こいつは凄い蹴りだな」
男が不敵に笑いながら立ち上がる。
――立ち上がる、というより「押し上がる」ように。
こいつ、関節がないのか?まるでスライムみたいな動きじゃないか。
男は俺の足元に目を向け、指をさした。
「お前は既に俺によって捕らえられている」
「……なに?」
俺は自分の足元を確認した。
ぐにゃ……
「うおっ!?」
俺の両足首には水色のゼリー状のものがべったりと絡みついていた。
「うおっ!何だこりゃあ?気持ち悪い!」
「それは俺のほんの一部だ。さっきの2発の蹴りの時に両方の足に着けておいた」
俺は足を振ってゼリーを振り払おうとしが、まるで吸着剤のようにピタリと張り付き、剥がれない。
その瞬間、男が俺の腹を狙って飛び蹴りを放つ。
さっきと同じようなスピードの遅い蹴りなら簡単に回避できる。
そう思ったのも束の間。
足が……動かない!?
まとわりついたゼリー状の物体が鉛のように重くのしかかり、俺の重心移動を阻害する。
避けきれない!
ドガッ!!
鈍い衝撃が腹部に突き刺さる。
「ぐはっ!!」
完全に回避の行動をしていてお腹に力が入っていなかった分俺へのダメージは大きかった。
「天空!」
ルナが加勢しようと近寄ってきた。
「ルナ、来るな!大丈夫!問題ない」
正直、問題だらけだ。
男の攻撃は遅いが一撃の重さが異常だ。
それに、足に絡みついたゼリーが想像以上に重い。
このゼリー状の物体は多分片足だけで10キロはある。
両足で20キロ位か……。
男は俺の足が重くなったことに気づいた様子で不敵に笑いながら口を開いた。
「これでさっきのような強い蹴りは出せないな。次は両手だ。遊び終わったら最後に口を封じてやる」
多分こいつに触れるだけでこのゼリー状の物体が体に付く。
手にはまだ何も付いていないが、最初に奴のパンチを手のひらで受け止めた時も何もつかなかった。
あいつの攻撃をガードした時は何もつかなかった。
俺が攻撃した時だけ付けられる……?
そう考える間にも男はゆっくりと距離を詰め、重いパンチの連続攻撃を放ってきた。
ガードしている腕が痺れるほどの衝撃。
これ以上受け続けると確実に押し切られる。
「反撃しなきゃ……やられる……!」
俺は全身の力を込め、渾身の一撃を男の腹に叩き込んだ。
「くらえ!これが俺のインフィニット デストラクション パンチだ!」
拳が男の腹部にクリーンヒットする。
衝撃で男の体が揺らぎ、その場に崩れ落ちた。
だが、安堵する暇もなく――
俺の右拳にはゼリー状の物体がべったりと貼り付いていた。
倒れた男はまるで糸で操られた人形のように足の力だけでゆっくりと立ち上がる。
首をぐるりと回しながら、愉快そうに俺を見下ろしてきた。
「あとは左手だけだな。お前はもうまともに動く事も出来ない」
そう言うと男は片手を持ち上げ、人差し指と親指でピストルの形を作る。
――その姿を見た瞬間、俺の頭の中で警鐘が鳴り響いた。
まさか……!
ここに来る前配達の兄ちゃんが倒れこんでいた光景。
彼の口がまるで水で塞がれたように窒息していたあの状況。
やばい……こいつ、飛び道具を持ってる……!
「ウォーターガン!」
男の指先から水の塊が弾丸のような勢いで飛び出してきた。
俺は咄嗟に左腕で口を覆い、直撃を防ぐ。
ズシッ――。
痛みはないが衝撃とともに感じる異様な重み。
左腕が急に鉛のように重くなり、そのまま下がってしまう。
「これで終わりだな。ウォーターガン!」
男が二発目を撃とうとした、その瞬間――
「こっちよ!ランベリ フローガ!」
炎の魔法とともにルナが飛んできた。
ルナが男の背後から突撃し、間近で炎の魔法を放つ。
だが――
男は振り向くことなく片手を突き出すだけでその炎を受け止めた。
炎の塊は水に包まれるようにして瞬く間に消滅する。
「ルナ、逃げろ!」
俺が叫ぶより早く男の掌がルナの顔を叩きつけた。
バチンッ!
ルナの体が弾かれるように吹っ飛び、地面に転がる。
倒れたルナに向かい、男はゆっくりと手をピストルの形にして狙いを定める。
「ウォーターガン!」
ズシンッ!
ルナの両足に水色のゼリー状の物体が絡みつく。
「そこでこの男がやられるのを見ていろ」
男が俺に再び歩み寄る。
くそっ……動きが遅いくせに、考える隙を与えてくれない……!
男の動きはまるで計算され尽くした機械のようだった。
男は俺に殴りかかってきたが、両手両足に合計40キロの重りをつけさせられて鈍くなった俺はガードもままならず一方的に殴られるだけだった。
そして――
ドガッ!
重い拳が俺の腹にめり込む。
「ぐっ……!!」
「天空から離れろ!」
ルナの叫び声。
彼女は必死に、再び炎の魔法を撃ち続ける。
「ランベリ フローガ」
だが男に照準を合わせたはずの炎の魔法は横に逸れてしまった。
それを見た男はルナの魔法攻撃を無視して俺に攻撃を続けた。
ルナはその男の後ろで何度も何度も炎の魔法を放っていた。
この圧倒的な戦力差に俺にはもう為す術がなかった。
殴られながらも気力だけで立っている状態。
反撃をして立ち向かう力も残っていなかった。
久しく忘れていた大人と子供の力の差。
俺はまだまだ弱いんだという事を痛感させられた瞬間だった。
「お前の口を封じるまでも無いな。これで終わりだ」
男は拳を握りしめ、俺の顔面へと渾身のパンチを放った。
バキッ!!
強烈な一撃。
全身に響く衝撃。
俺の体は吹っ飛び――
そしてそのまま俺は気絶してしまった……。