第53話『観戦』
少年野球の観戦に誘うみたいな軽いノリで俺を戦いの観戦に誘ったマモン。ルビーの瞳は楽しげに細められていた。薄い唇から見える牙から目を逸らしつつ、俺はマモンの言葉を脳内で反芻する。
ちょっと見に行かない?ちょっと見に行かない?ちょっと見に行かない?ちょっと見に行かない?ちょっと見に·····って、見に行っていいのかよ!?
マモンって、俺の見張り役も兼ねて護衛に来たんだよな?なのに何で俺を戦いの観戦に誘ってんだ···?しかも、ライブ行こうぜ?みたいな軽いノリで····。
マモンが指定した行き先は戦場だぞ?なのに何でそんな····。
「ねぇー!お兄さーん!行こうよ〜!ここに居たって暇じゃーん!僕、人間が死ぬところ見たーい!」
「いやいやいやいや!!ちょっと待て!!最後の一言可笑しいだろ!!」
人間が死ぬところ見たいって····お前はサイコパスか何かか!?
思わず、ツッコミを入れてしまった俺に対し、マモンは笑顔で答える。
「え〜?何で〜?だってさ─────────僕の同族を殺した人間が死ぬんだよ?これ以上に最高なことはないじゃん」
ルビーの瞳を細め、にっこりと笑うマモンはどこまでも無邪気に·····どこまでも真っ直ぐにそう返答を返した。
その彼の本音が────────やけに胸に刺さる。
ルシファーと同い年のマモンは長い時を生きてきた分だけ、同族の“死”を知っている。人族に殺されてきた同族を····彼は恐らくルシファーと同じくらい見て来たんだ。彼はサイコパスでも何でもなく、ただ正しい反応を示しているだけ。同族を多く殺してきた人族が死んで嬉しいのは必然と言えた。
平和な国で育った俺には理解し難い感情だが、その理由と経緯を知ればマモンの言葉を否定なんか出来ない。彼の苦しみも葛藤も深い悲しみも何も知らないが····その言葉だけは否定しちゃいけない気がした。
俺も一時期誰かを本気で殺したいと思ったことがある。虐めが加速し、自暴自棄になり、何もかもに絶望して頭が狂いそうになった中学二年の時のことだ。いじめの主犯格である奴を本気で殺そうと思って、学校まで折り畳み式のナイフを持っていたことがある。こいつを殺して、社会的に終わっても俺は後悔しないと思ったんだ····一矢報えるなら、それでいいと···本気で思ってた。でも、最後の最後で怖気付いて····お先真っ暗な未来が怖くて····俺は結局ナイフをポケットから取り出すことが出来なかったんだ。あの時ほど、自分が弱者であることを恥じたことはなかった。
だけど──────────こいつは違う。
確かな覚悟と決意、それから揺るぎない殺意を持っているマモンは俺とは全然違った。まあ、当たり前と言えば当たり前か····。こいつと俺では状況が全く違うんだから。でも─────────誰かを憎む気持ちは····本気で殺したいと叫ぶ心は少しだけ理解出来る。
ただ弱者である俺と強者であるマモンでは決定的な違いがあるがな····。
「····ああ、分かった。見に行こう。言っておくが、責任は取れないぞ」
「良いよ、別に〜。それにルシファーから命令されたのはお兄さんの護衛だけだからー!部屋に閉じ込めておいて、なんて言われてないもーん!」
『だから、大丈夫〜!』とVサインで答えるマモンに『どこがどう大丈夫なのか』と問い質したい衝動に駆られるが、それを何とか胸の内に抑え込む。突っ込んだら、負けだ。
◆◇◆◇
マモンに連れられるまま、自室をあとにした俺は無駄に広い城内を歩き回り、一階のエントランスホールへと降りていた。一階は部屋数が少なく、エントランスホールや広場に多くスペースが取られている。そのため、隠れる場所が極端に少ない。俺とマモンは階段の陰に身を潜め、エントランスホールで繰り広げられている戦いを観戦していた。
おっ、本当にベルゼとアスモが応戦してる。純白の光を放つ長剣を構えるベルゼと真っ赤なドレスに合わせた紅蓮色の鞭を手にするアスモ。二人ともほとんど無傷だ。掠り傷が数箇所見当たるが、アスモの治癒魔法ですぐに完治する。ベルゼやアスモ以外にも魔族陣営に加わって戦う魔族が数人居るが、彼らもまた無傷だった。
魔族側は実質損害0···ではないか。城の柱や壁に傷がついてるし····だが、まあ全員無事って観点では損害0と言えた。
対する人族側は····魔族側が死なないよう手加減しているのか死人は居ないが、重傷者が多数····。ほぼ全員血だらけだ。ただ一人無傷な奴が居るが····。
「─────────あの勇者、仲間を盾にするとか終わってるね〜」
マモンは呆れにも似た半笑いを浮かべ、勇者────朝日に軽蔑するような冷たい眼差しを向けた。赤にも似たマゼンダの瞳は恐ろしいほど静かだ。
マモンの言う通り、朝日はさっきからずっと仲間に守られてばかりでピクリとも動かない。あぁ、一応朝日の名誉のために言っておくが、奴は別に『俺を守るために盾になれ!』など仲間には言っていない。放心状態の朝日にそんなこと言う余裕はなかった。
ただ呆然と突っ立っている朝日は大きく目を見開いたまま動こうとしない。
まあ、こんな地獄絵図が広がっていれば動けなくもなるよな。俺と朝日は平和の国──────日本で育った極普通の男子高校生だったんだから。言うならば俺達は巻き込まれた被害者だ。ま、そんな言葉で片付けられるほど、世の中甘くないが····。
「あ····う、ぇあ···?俺、こんな····こんな事····」
朝日の口端から漏れ出る言葉は意思疎通の意味を持たないものばかり····。だが、混乱と恐怖を感じている朝日にまともな言葉なんて口に出来る筈がなかった。
朝日の場合、俺と違ってラノベ知識もなく、この世界に送り込まれたからな。きっと、俺より多くの苦悩と混乱を経験してきただろう。
人族の王族連中に一体どんなデタラメを吹き込まれたか知らないが、朝日の予想していた結果と違ったのは確かだな。朝日の度を超える動揺と意味をなさない言葉から、それがよく分かる。
恐らく、『勇者である貴方なら魔王を簡単に倒せる』とか何とか言われたんだろうな。で、あとは何か成功する度に手離しで褒めちぎる····。『さすがは勇者様〜』とか『これなら、魔王もイチコロです!』とか、な。朝日を煽てに煽てまくったって訳だ。人族のずる賢さと朝日のチョロさには溜め息も出てこない。
にしても····異世界召喚してから、まだ一ヶ月も経っていないのに勇者を送り込んで来るなんて···予想外も良いところだ。朝日のステータスがどの程度なのか分からないが、俺より低いのは安易に想像がつく。あの特殊スキルを与えられた俺より朝日の方が上なんて考えにくいからな。
俺のレベルは今、92。レベル500オーバーであるベルゼには到底敵わない。
と───────言うことは、俺よりレベルの低い朝日がベルゼを始めとする魔王軍幹部や魔族に敵う筈がないのだ。
そんなのは人族も重々承知の筈····なのに朝日を適当に煽てて、早い段階で勇者を送り込んできた。それが何を意味するのか、もう分かるだろう?
人族にとって、朝日とは────────ただの捨て駒の一つに過ぎないのだ。
以前ルシファーが言ったように勇者パーティーの襲来は魔族にとって、良い牽制になる。そう────要するに人族は魔族を牽制出来れば良いんだ。その方法の一つが勇者パーティーを捨て駒として扱うこと。
もし、本気で魔王を打ち倒す気があるなら、こんな早い段階で朝日を魔王城へ送り込んだりしない。きちんと一から教育し、鍛え、相当な準備をする筈だ。だが、それがなかった····。
勇者である朝日の力量もそうだが、勇者パーティー全体の実力があまりにも低過ぎる。これでは無駄死にしろと言っているようなものだ。
朝日が好きそうなナイスバディなお姉さんばかりのパーティーは弱すぎて話にもならない。
素人目から見ても、朝日やその仲間が捨て駒扱いされているのは明白だった。
あくまで主戦力は手元に····いや、例の依代の護衛に当たらせておきたいってことか。なかなか用心深いじゃないか。
勇者パーティーによる魔王軍の牽制、依代の護衛を主戦力で固める····見破ってしまえば、とても単純な作戦だが、その作戦が魔王軍に通じているのもまた事実····。人族のゲスさと狡猾さがよく分かる最低最悪な作戦だ。
ベルゼのカマイタチとアスモのファイアボールを安っぽいシールド魔法で受け止めた人族側の魔法使いは若く、顔に幼さが見える。朝日を守るため前に出るその女性は朝日より、よっぽど勇者ぽかった。
土台無理な話だったんだ。平和な国で育った朝日が勇者なんて····殺し合いなんて、朝日には無理だ。
「女に守られるだけなんて、情けない勇者だね〜。ま、そんなことはどうでも良いか〜」
朝日のことを情けないと嘲笑ったマモンはつまんなそうに視線を逸らした。どうやら、興味がなくなったらしい。ダボダボの白衣の袖で目元を擦り、『ふわぁ〜』と大きな欠伸をした。
飽き性のマモンの性格に苦笑しつつも、視線を元に戻す。
そこでは人族と魔族の睨み合いが続いていた。
はてさて、ここから一体どうなるのか····。




