第52話『地震』
休憩なしのノンストップで体術の実技練習を終えた俺は早々に自室へと戻っていた。
魔王城の三階に用意された俺の部屋は元いた世界で言うホテルのスイートルームみたいな部屋だ。家具一つ一つが大きく、調度品には細やかな装飾が施されている。白と黒で統一されたシックな部屋は俺好みで、結構気に入っている。
お洒落だけど、飾ってない感じが好きなんだよなぁ。魔族の皆さんはセンスがいい。
フカフカのベッドにバフッと飛び込むと、そのままベッドに体を沈めた。
はぁ····ルシファー、強すぎ····。あんなの勝てる訳ないだろ。
もうちょっとでルシファーのスピードについていける!ってところで、毎回スピードアップするんだぜ?おかげで寸止めのオンパレードだった。きちんと防御が間に合った試しがない。あれって、ちゃんと訓練として成り立っていたんだろうか····?まあ、今更あれこれ考えたって仕方ないか。もうなるようになれ!って感じだ。
『ふぅ〜····』と大きく息を吐き出しながら、ごろんと寝返りを打つ。
そういえば····訓練が終わったあと、ルシファーが急いでどこかへ転移して行ったが、何かあったんだろうか?かなり焦っていたみたいだけど····。
いつもニコニコと機嫌良さそうに笑うルシファーが珍しく眉間に皺を寄せていたからな。おまけに部屋に戻ってくる途中、城仕えの魔族たちが忙しなく廊下を駆け回ってたし····。魔王陣営に加わってから、まだ一週間しか経っていないが、そんな俺でもこの状況が可笑しいことは分かる。
何かあったと考えるのが妥当だが····ルシファーや魔族の皆が俺に何も言わないってことは首を突っ込まない方が良いん····んっ!?
「何だ!?この揺れ····!!」
────────何の前触れもなく突然起こった地震。家具はきちんと固定されているのか倒れることはなかったが、ベッドの上で優雅に寝そべっていた俺は見事床へと落ちた。ドンッ!とかなり大きい音を立てて、床に背中を強打した。
「いってぇ····」
背中に走った鈍い痛みに顔を歪めつつ、床に仰向けになった体を起こす。火傷のようにじんわり広がる痛みと熱に知らんふりをし、乱れた髪と服を整えた。
とりあえず、強打した背中のことは良い。今まず考えるべきことはただ一つ────────この地震の原因だ。
ただの自然現象なら良いが、人為的に引き起こされたものならば、これは·····。
ルシファーの意味深な表情、城仕えの異変、突然の地震····これらが意味するものは恐らく─────────敵の襲来。
あくまでこれは俺の憶測に過ぎないが、そう考えれば全て辻褄が合う。出来れば、そうであって欲しくないが····。
『····残念ながら、音羽の予想は合っているようです。ついさっき、勇者朝日率いる一行がここ────魔王城へ乗り込んで来ました。今の揺れは魔法の衝突による衝撃波が原因だったようですね』
なっ····!?朝日がここに!?
朝日は勇者なのだ、魔王城へ送り込まれるのは当然だろう。そう頭では理解していても心の方が追い付かなかった。
この世界に召喚されたあの日から一度も顔を合わせていないクラスメイト····。友達ですらない相手だが、何故だかとても·····再会するのが気まずかった。教室ではしょっちゅう顔を合わせていたと言うのに···何故今更····。あれか?夏休み明けにクラスメイトと久々に会うのが嫌みたいな、あの感じか?
なんて自問自答している間にも爆発音や地震、人々の怒声なんかが城内に鳴り響く。たまに女性の悲鳴なんかも聞こえた。
今現在、魔王城のエントランスホールでは朝日率いる勇者パーティーと魔王軍が交戦を繰り広げていることだろう。三階の奥に位置するこの部屋にも叫び声や爆発音が聞こえてくるほどの激闘····。戦況は分からないが、すぐに決着がつかない事から苦戦していることが分かる。
はてさて、どうしたものか····。
様子を見に行きたいところだが、勝手に動いていいのか分からない。以前は俺一人の意思で好き勝手に行動出来たが、魔王陣営に加わった以上そうもいかないだろう。集団行動の基本が独断と単独行動の禁止だ。魔王軍と言う組織に加入した俺はもう自由には動けない。何事にも確認と許可が必要だからな。そこが最も面倒臭いことであり、集団行動において最も大切なことでもある。
今の俺の立場を考えれば、ここでじっとしておくのが最善なんだろうが····。
「じっとなんかしていられる訳な····」
「────────だよねー!分かる分かる〜!」
えっ?今、子供の声が····?誰だ!?
パッと周囲を見回すと、部屋の出入口付近で両手を上げてピョンピョン飛び跳ねる男の子を発見した。半袖短パンの軽装にダボッとした大きな白衣を身に纏う少年はどこからどう見ても子供····だよな?外見年齢は10歳から12歳くらいの小学生くらい。ただ彼も魔族だとすれば····外見年齢に反して実年齢はもっと上である可能性が高かった。
「····お前は誰だ?」
「あははっ!そっか、お兄さんは僕のこと知らないのか〜!僕は魔王軍幹部のマモンだよ〜!吸血族の真祖!こう見えて、ルシファーと同い年なんだ〜!成長停止が思ったより早くて、外見は子供そのものだけど、立派な大人だからよろしくね〜!」
「あ、あぁ····俺は音羽だ。よろしく頼む···」
ビックリするほど、ハイテンションで自己紹介をするマモンは赤にも似たルビーの瞳を嬉しそうに細め、にっこり笑った。子供特有のあどけなさが残る無邪気な笑みにぎこちなく笑い返す。
お、おい!まず、どっから突っ込めば良い!?どこから突っ込むべきなんだ!?ツッコミどころが多すぎて、もはやツッコミを入れていいのかすら分からないんだが!?
ダボダボの白衣に身を包むマモンは袖に隠れた手を俺に向かってブンブン振る。腕を振るスピードが早すぎて、室内に物凄い風が巻き起こっているが····もう何も言うまい。
ルシファー率いる魔王軍の連中が規格外なのはもう分かってる。いちいち驚いていたら、キリがない。だから、俺は····ツッコミどころ満載のマモンに無反応を貫く!!
バラバラの長さで切られたマモンの柔らかな青髪は風に揺れてはハラハラと肩に落ちて、を繰り返していた。
「そ、それでマモンは何しに来たんだ····?」
「ルシファーの命令でお兄さんの護衛に来ただけだよー!今、下に勇者とその仲間が来ててさー!ベルゼとアスモはその対応に当たってるから、僕とお兄さんはここでお留守番!いやぁ、詰まんないよねー!僕だって戦いのにさ〜!」
随分と好戦的だな、この幹部····。あと、すげぇ軽い。なんつーか····ノリが軽いって言うか、なんて言うか···とにかく軽いのだ。
まあ、とりあえずマモンが俺の護衛をしに来たのは分かった。それがルシファーの命令だってことも···。
この護衛は恐らく、俺の見張り役って言う意味もあるんだろう。俺が勝手に単独行動を起こさないよう、護衛を送ることで遠回しに牽制してきた。ルシファーには俺の考えはお見通しって訳か。さすがは魔王様。魔王という肩書きは伊達じゃない。
手だし無用ってことか···。まあ、それもそうだろう。俺はまだ幹部連中にも歯が立たない圧倒的弱者だ。そんな俺が動いたところで意味は無い。
対応しているのはベルゼとアスモだし、余程のことがなければ負けることはないだろう。あいつら二人の実力は底が知れない····正直化け物だ。
メスゴリラと色気ムンムン女を脳裏に思い浮かべ、俺は頭を振る。
あの二人が相手とか終わったな、朝日····。あの二人が相手かと思うと、敵の方が可哀想になってくるぜ···。
「────────で、お兄さんに提案なんだけど〜····ちょっと見に行かない?人族が圧倒的力にねじ伏せられるト・コ・ロ」
青髪の少年は悪戯っ子みたいな笑みを浮かべて、俺を戦いの観戦に誘った。




