027膝下ぐらい
027膝下ぐらい
ドラゴンゾンビはとうとう王都北城壁に辿り着いた。
まだ食い残しがちらほらと残っているが、それでも新鮮な肉、つまり俺達を目指したらしい。
麻痺毒をばら撒いているみたいだが、城壁の上は特に何も無い。
上空にどんよりした積乱雲が降りているから、多分今は上昇気流が発生しているはずだが、それでも届いていない。
結構重いガスらしい。
ドラゴンゾンビはのったりと北城壁に近づく。
体は大きくなっている。どうやって吸収しているのか知らんが、すごい速度だ。
だが同時に吸収できなかったのか代謝の賜物なのか、物凄い腐臭の糞も撒き散らしていた。
腐った部分を入れ替えているのかもしれない。
俺達は、北城壁上で、ただ囮として突っ立っていた。
もう試したのだ。
黄金球は鱗で弾かれ、体が膨張した事によって出来た隙間に当たっても、ズブリと入るだけでなんの反応も無い。
ゾンビの体内はスライムに似ている。
体内の魔石は、まるで割った卵に落ちた殻の破片の様に、当てようとすれば流れて逃げてしまう。
当たっても滑って逃げるだろう。
そもそも何処に魔石があるかも分からない。
サイズは人間の頭程もあるだろうと予測されているが、この巨体で人間の頭程度なんて、探しきれるものではない。
おまけに魔法が効かない。魔力を吸収してしまう。
火魔法や水魔法を当てても、火魔法はすぐに消えるし、水魔法は形状を維持できなくなってただの水掛けになってしまう。
魔力をわざわざ与えてやる義理はないので、魔法攻撃はすぐにやめた。
黄金化した杭の乱れ打ちは効果無し。
内臓があって無い様なものだし、点攻撃では殺せない。
巨大なナタの様な水柱を作って黄金化して倒してみたが、一度切断した面がそのままくっついた。
もうわけかわらん。
ナニこの生物。いや、ゾンビだけど。
「実際に見るのは初めてだが。アレはスライムではないのか?」
と王様も疲れ果てた様子で言った。
□
魔法士達の魔力が限界になっている。
厄介な事に、水を黄金化すると体積が19分の1に縮む。
そうすると、アレに大ダメージを与える程の大きさの武器が作れない。
細く長くしても弾かれるだけだった。
一点集中にすれば体に小さな穴を開けるだけになり、平たくすれば体に弾かれる。
『巨大である』というのは、それだけで厄介なものだ。
魔法士達はまだこれから各地に散って早急にモンスターを探索、殲滅しなければならない。繁殖されてからでは遅い。
ただの実験の様な攻撃でこれ以上疲弊させるわけにはいかなかった。
そんなわけで、とうとう最後の手段にとっておいた方法を実行する事にした。
ドラゴンゾンビがべたりと北城壁に両前脚を掛けた。
それでもうドラゴンゾンビの鼻先が目の前に来た。
女騎士は俺を抱える。
それから、他の兵士と王様も固まって、王都に降りた。
北城壁近くのなるべく高い建物の上に立つ。
しばらくすると、城壁の上にドラゴンゾンビの頭が見えた。
それから、ずるり、と壁を超えて落ちて来た。
地響きが建物を揺らし、泥が飛び散った。
北城壁近くの建物が砕け散り、石や木片がバラバラと降り注ぐ。
ついでに泥も降ってくる。
王都中央広場には家畜を集めてあった。
俺達はそこまで屋根を伝ってゆっくりと退く。
ドラゴンゾンビはバチャバチャと濁った水を掻き分けながら、建物を押しつぶしながら近寄ってきた。
□
モンスター対策で、城壁の穴を全て塞いであった。
もしもモンスターが抑えられなかったら、王都内に侵入させ、餌を食わせる。そして、水で満たした王都で黄金化を行い、足を切断する。
そして殲滅。という作戦だった。
王都は流石王都というべきか、石畳の街並みに、排水機構がしっかりしていた。
それを全部塞いだ。
石畳の街は、締めてあった川の関を開くとどんどん水が溜まっていった。
綺麗な水では無い。排水溝に溜まったゴミとか、なんか土塊とか、汚物的なものとかが排水溝から浮き上がり、混じり合って、微妙に黒い部分がある。
ドラゴンゾンビが城壁外で屍肉を漁っているうちに溜まった水は、まだ足首程度だろうか。
早朝モンスター群が到着してからもう夕方になろうというところだ。
皆疲労困憊である。
もはや王都も守り切れなかった。
逃げたモンスターも多い。そいつらの討伐軍を組織して殲滅しなければならない。
ドラゴンゾンビは脅威だが、いかんせん動きが鈍い。
作戦中も、これを殺せるとは思っていない。
ただ足止めして、さっさとここを去り、後はドラゴンゾンビを監視しながら進路上の国民を逃し、自滅するのを待つだけ。
既に、この後の面倒な戦いを想像して、皆疲れていた。
□
王都中央広場には家畜が纏めて繋がれている。
この場所は少し土地が高くなっているが、それでも牛の足元が濡れている。
そんな家畜達が、バタバタと倒れ始めた。
ドラゴンゾンビが接近してきたのだ。
主食は人間だが、目の前に新鮮な肉があればそれを避けたりしない。
ドラゴンゾンビは水飛沫を上げながら王都中央広場に侵入した。
激しい雷鳴が空を揺らし、ポツポツと降り始めた雨は一気に勢いを増した。
この厄介な天気も、兵士達の心を弱らせる。
土砂降りという程ではないが、そこそこ強い雨が降り、俺達の体を冷やしていく。
今にも落ちて来そうな黒い雲は、まるで俺たちの今の気持ちそのものの様だ。
雨のおかげで、水位は早く上がった。
もう水の上に半分浮いている様な家畜をザブザブと食っているドラゴンゾンビは、さらに動きが鈍くなっている様だ。
今更になってドラゴンゾンビを殺す方法に気付いた。
王都をダムにしてドラゴンゾンビを沈め、黄金化で圧縮する。
そしたら勝てただろう。
だが、家畜を食い終わってもアレが沈むだけの水量には達しない。
食べ終われば壁の外に出て行くだろう。
俺達がアレの気をそらして飛び回ればどうだろうかとも思ったが、無理だ。
夜中までかかっても多分一杯にはならない。そのうち犠牲者が出る。
かなりの被害は出るだろうが、ドラゴンゾンビは放置しておけば勝手に死ぬ。
ここで兵士の命を減らすわけにはいかない。各地に散ったモンスターが繁殖するまえに殲滅しなければならない。
勢いで命を掛ける場面ではない。
王様の指示で既に多くの兵士がモンスター群の後を追って散った。
彼らは近隣の街へ行き、冒険者や兵士を纏めて、襲ってくる、または潜んでいるモンスター狩りの計画を立てる。
今残っているのは、城壁上に100人という所か。
雨の中、俺の隣に王様がいる。さっさと退けばいいのに、律儀に最後まで残っている。
薄く水の張った王都をじっと見ていた。流れ者の俺でも、王様にとってこの王都にどれだけ思い入れがあるかは分かるつもりだ。
「民を逃せて…… よかった」
王様は自分に言い聞かせるように、小さく言った。
雨の中で、その声は隣の俺にしか聞こえなかったかもしれない。
□
ドラゴンゾンビを沈めて黄金化して潰す話はした。
俺が懸念していた囮の件は、頑張れば良い、という答が返って来た。
もしかしてアレを殺せるかもしれないと皆高揚し、会議が開かれたが、無理だという結論に達した。
王都には8の城門と、11の河川入り口、13の河川出口、そして地下排水溝が21もある。
それら全てを塞いだが、王都城壁内を満杯にするほどの水の圧力にはこれが耐えられない。
今でも全ての穴から水漏れが発生している。
雨のおかげで溜まるのが早いが、これ以上水位が上がったりすれば決壊するだろう。
むしろ、決壊する前に早く黄金化を行うべきだという事になった。
□
ドラゴンゾンビが家畜を食べ終えた。
「よし。いくか」
女騎士の声もどこか力が無い。
城壁の上からドラゴンゾンビの様子を見ていた俺は、女騎士に抱えられて王都におりた。
今の水位は王都中央広場でやっと人間の膝下ぐらいだろうか。
もう既に辺りは暗い。
雨のせいなのか、ドラゴンゾンビから距離があるからか、麻痺毒ガスの影響は無い。
王都城壁内周辺に置いてあったほとんど沈んでいる何かの箱の上に乗った。
俺は水面に手を触れて、黄金化を行なった。
地響きと共に爆風が巻き起こり、王都のあらゆる建物が崩れ落ちた。
王城すら基礎部分を破壊され、完全に崩れ落ちた。
ドラゴンゾンビは悲鳴すらあげない。
痛覚が無いのだろうか。
それはとても不思議な光景だった。
4本の足が千切れたドラゴンゾンビが、黄金の皿の上に乗っている。
あんな巨大な黄金、どれ程の価値があるのか。
だがその上には禍々しいモノが乗っている。
千切れた足の断面からは大した出血もなく、ドス黒い血液の様なものが少し垂れているだけだった。
もぞもぞとゆっくり動くそれを見て「ツチノコみたいだ」なんて思ってしまった。
あれでも30分あれば足が生えてくるらしい。
たった30分の時間稼ぎだが、それでも価値がある。
そう思いたい。
□
なんとも後味の悪い幕切れである。
これで仕事は終わりだ。
後はドラゴンゾンビ観測班を残して、俺たちは去る。
俺は手を伸ばし、黄金化の能力を発動した。
手に落ちた雨粒が細かい金粒になってパラパラと落ちて行く。
俺はそれをもう片方の手で受け止めて、ドラゴンゾンビに向かって投げた。
廃墟になった王都に放った細かい金粒は、雨の中に消えていった。
□
女騎士に抱えられて城壁上に戻った。あとは解散するだけだ。
ふと空を見上げた。
ドス黒い雲から雨が落ちている。
その雲の中にワイバーンが入ったり出たりしていた。
城壁北は雨でガスも溶けたのか、まだ残っていた死体にワイバーンが群がっている。
空中に控えている連中はすでにお腹いっぱいなんだろうか。
俺は、隣の女騎士に話しかけた
「あのドラゴンゾンビって、あのまま放置していてもいいけど、倒せるなら倒した方がいいですよね?」
「…… ああ」
「作戦があります」
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