♡05話 プレゼント⑤
胸が高鳴るのと同時に、抱き締められて近くなった体から、とても良い香りがするのに気がつきました。コロンでしょうか? 同じコロンでもその人の体臭と混ざり合って、香りが違ってくると聞いた事がありますが、これはとても良い香りです。
近づけば仄かに香るとか、上品なコロンの付け方をしています。ついついもっと嗅ぎたくなって、鼻をくんかくんか動かしてしまいます。顔が首筋に近づいていきます。
顔が首にぶつかりそうになって、ハッと顔を引き離しました。危ないところでした。美青年の体臭を嗅ぎまくる変態になるところでした。
匂いまでいいとか、恐ろしい青年です。食中花に引き寄せられる、虫の気分を味わいました。なぜ急に青年の匂いを強く感じるようになったのか、ミユアーミは分かりません。頬が熱くなったのも、胸が高鳴るのも初めての事です。
「こんな私好みの可愛い人が、いっぱいお金を持っててよかった」
嬉しそうな青年の言葉が、耳から入って血潮のように体を巡ります。ミユアーミの体がさらに熱くなりました。
『かわいい』という言葉が青年の甘い声で、何度も頭の中で繰り返されます。初めて会った時の青年の口の動きは、その言葉を呟いたものでした。身内以外の年頃の男性に、そんな事を言われたのは初めてでした。この美青年はミユアーミの事を本気で可愛いと思っているのです。お金目当てだけど、本当に可愛いと思っているのです。
ドキドキと高鳴る胸の鼓動は早く、大きくなっていきます。
「結婚して、二人で幸せな家庭を築こうね」
感極まったような、涙をこらえるような声で、囁かれます。
何でしょう。この胸に湧き上がった切ないような気持ちは……。
「はい」
意識しなくても口をついて出た返事は素直なものでした。自然に自分もこの青年との結婚を望んでいました。
何でしょう。この淋しい青年を幸せにしたいという気持ちは……。
何でしょう。この人と幸せな家庭を築いていきたいと願う気持ちは……。
結婚するならこの人がいい……いえ、この人しかいない……この人じゃなければダメなんだと気持ちが強いものになっていきます。青年の望みはミユアーミの望みにもなりました。
熱くなった気持ちと共に、青年の体をミユアーミも抱き締めました。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
白いウェディングドレスと白いタキシードの二人が腕を組んで教会の扉から現れると、扉の前の石段に並んだ人々から拍手が湧き上がりました。
「おめでとー!」
「おめでとう!」
「お幸せにね!」
口々にお祝いの言葉が、投げかけられます。
教会の祝いの鐘が鳴り響き、辺りの空気を震わせました。
階段を降りる前に、ミユアーミは隣の青年の方を見ました。白いタキシードに身を包んだ青年は、清楚でありながら華やかさもある白い薔薇のような佇まいです。
式は王太子殿下のご臨席も賜り、大勢の方にご列席いただいた豪華なものになりました。
もちろん、誓いの口づけはタコくちなどではありません。よく言い聞かせ、特訓しました。
おかげで口づけは回りから感嘆のため息がでるような、青年の容姿の端麗さが際立つ優雅なものになりました。この容姿でタコくちキスとか、笑いを取るのは残念過ぎます。
青年の家の借金は、兄達が調査・整理にあたったところ、なんとキレイサッパリ無くなりました。元々、借金などは無かったのです。親戚や使用人達の横領や着服で、借金の書類は捏造されたものでした。青年の美貌に目をつけた金融業者のでっち上げの借金もありました。
外国の全寮制男子校で過ごしていた、世間知らずの青年を騙そうとハイエナのように悪い奴らが群がったのです。
アブネー、アブネー、ノホホンポヤポヤのかもねぎ青年でした。
青年がミユアーミの視線に気づいて、こちらを見ます。頬を染めて幸せそうに微笑みかけてくれます。初々しい花嫁のような微笑みを見せてくれました。
この青年は掘り出し物だったのではないでしょうか。顔だけで選ばれた結婚相手の候補でしたが、よい男性だと思います。ちょっと残念なところもありますが、両親のお誕生日プレゼントはアタリでした。
ミユアーミも青年の微笑みに応えるように微笑みかけて前を向きます。
腕を組んで階段を降りるための一歩を踏み出すと、一斉に鳩が放たれました。
階段脇の人々から豊穣と子孫繁栄の意味がある白い細かな植物の実が祝いの言葉と共に、パラパラと振りかけられます。
「うっ」
青年が頬を押さえて立ち止まります。何か白い固まりが頬にぶつかったようです。
「幸せにしないと許さんぞー!」
「不幸にしたら消し炭にしてやるー!」
「泣かせたらひどい目にあわせるよ!」
「ちくしょー! もってけ!ドロボー!」
「ちゃんと守れよ! 出来なければ切る!」
イチローネル兄様、ジロートラヤ兄様、サブローハドリ兄様、シローアント兄様、ゴローマルク兄様、兄達でした。
頬の赤い涙のにじんだ悔しそうな形相で、五人の兄達が口々に不穏な事を口にしながら、青年の顔に次々と白い固まりをぶつけていきます。どうやら実を紙に包んで固めて礫のようにしたものの様です。
額や鼻や頬や顎にゴツゴツと当り、当たったところが赤くなっていきます。
『顔はやめてー! やめてあげてー!』
ミユアーミは思わず叫びそうになりました。
青年の唯一の取り柄を狙うとはとんでもない兄達です。妹を思う気持ちは分かりますが、許せません。まだ、使えるかどうかも分からない股間を狙ってくれた方が許せます。
キッと兄達を睨みつけると、かれらの目からブワッと涙が溢れ出ました。
「しっ幸せにな」
「いい家庭を築きなね」
「笑顔でいなよ」
「いつでも、戻ってきていいからね」
「うんと、大事にされろ」
ダラダラ涙を流す兄達の顔を見て、ミユアーミは気が抜けます。睨みつけた目から力が抜けると、ミユアーミの目からも涙が一筋にこぼれました。
「うん、うん、幸せになるからね……」
兄達の方を向いて小さく頷くと、泣き笑いの笑顔を浮かべます。
「必ず、幸せにします」
ミユアーミの肩を抱いて引き寄せると、青年は兄達の方を向いて頭を下げました。顔を上げた青年の目にも涙が浮かんでいます。あちこち赤い跡のある顔は痛々しく、かなり痛かったはずです。
解き放れた鳩の群れが、青く澄みきった空の中、二人の門出を祝うように旋回していきます。
「「あっ」」
青年とシローアント兄の口から、同時に声が漏れました。
一瞬の静寂の後、盛大な笑い声が湧き上がります。
青年とシローアント兄の額に鳩のフンが落ちたのです。せめて頭のてっぺんだったらごまかす事も出来たのに、額の生え際のちょっと出ている絶妙な位置です。その存在は明らかでした。
こんなところで笑いを取る事になるとは、ミユアーミは思ってもいませんでした。
どうやら、青年はシローアント兄と同じ残念星の加護を受けた残念属性の残念星人の様です。
フウとため息を吐くと、青年の上着のポケットからハンカチを抜いて鼻筋に伝わっていく加護の証を拭き取ってあげました。
こんなに綺麗な顔なのにどこか残念な青年の事が可笑しくなって、クスクスとミユアーミの口からも小さな笑い声がこぼれました。
いいかもしれません。笑い声が満ちる中での門出なんてステキなのではないでしょうか。
夫となった青年は照れくさそうに微笑んだ後、ミユアーミの目を見つめます。
「愛してるよ」
囁きとともに、唇に青年の唇がそっと触れました。
とたんに回りから拍手や歓声が上がり、ピューピューと指笛や口笛が鳴り響きます。
カアッと頬が熱くなり、幸せな気持ちが全身を満たしていきました。
お誕生日プレゼントは──
最高の美青年でした。
お読みくださり、ありがとうございました。楽しんでいただけていたら、とても嬉しく思います。
すみません、いいわけです。
えー、新郎の衣装に違和感がある方もいらっしゃるかもしれませんが、ジャパンな庶民のロングタキシードなイメージで許していただければと、思います。軽いノリで書いてしまいました。
①何やら軍服のような特別な衣装……勲章やら、たすきみたいなのかけたりする。
②テールコート……勲章つけたりする。
③モーニング
知識不足でした。この順番くらいの礼装がいいらしいのですが、もう、白い衣装を着せてしまったので、お許しください。美青年の白いロングタキシード姿、かっこいいですよね?ファンタジーなどっかの国のジャパンな結婚式ということで、笑ってお許しいただければと思います。 m(_ _)m