第一話
私立士峰館学園。
百数十年以上の歴史を誇り、幼稚舎から高等部までを擁するこの学園は、特に女子部においては何よりも武を重んじる。
『勝った者が正義、強き者が絶対』という唯一無二の信条を掲げ、帯刀を許された《剣徒》と呼ばれる女子たちが、己の強さと信念を懸け、日々研鑽を積み競い合う。
――そんな殺し合いすら日常茶飯事の狂った世界に、ある日迷い込んでしまった高校に入学したての朝岡美夜日。
かつての平和な世界へ帰るため、そして奪われた『青春キラキラJKライフ』を取り戻すため、彼女は今日も今日とて喋る刀と共に、学園を、この世界を疾駆する。
そして彼女以外の人間もまた例外ではない。士峰館剣徒は皆、疾駆する。
※本編、【朝岡美夜日は疾駆する 〜常識がバグり散らかした世界で、喋る刀と青春キラキラJKライフを勝ち取ります〜】からお読み下さい。
「はよぉ」
私は欠伸をかみ殺しながら、ガラリと一年玻璃組の教室の戸を引き開けた。
『しゃっきりしやがれ。この学園が命のやり取りが平気で行われる場所だってこと、忘れてんじゃねぇぞ』
わかってるよ。いちいちうるさいなぁ。
左腰に差した刀、ハクロウことハクが頭の中で私に語りかけてくるのにもすっかり慣れた。
『ふん、朝から相変わらずのアホ面晒しやがって。油断してっとまたひどい目に遭うのがオチだぜ』
またとかひどい目ってのの心当たりが多過ぎて、どれのことだかいまいちピンとこなかった。それくらい私はこの学園で、この世界で、ひどい目に遭い過ぎている。
ったく、こんなよく晴れた天気のいい日にわざわざ不吉なこと言うのはやめてよね。いくら人が死ぬのが日常茶飯事だからって、朝から誰かのぶった斬られた腕や足を見たいわけがないんだから。
『だったら尚更しゃんとしてろってんだ。この環境にすっかり慣れて余裕かましてんじゃねぇならな』
別に慣れたくて慣れたんじゃないし、余裕ぶってるわけでもないっての。ここへ来て今さらビクビクおどおどしてたって仕方ないでしょうが。
『ま、そりゃそうなんだけどよ』
この常識が改変されたおかしな世界に連れ込まれた時、私自身もまた学園の剣徒たち同様死というものに恐怖や嫌悪をろくに覚えない精神に認識を書き換えられていた。
でも、そんな非常識を完全に受け入れる気は当たり前だが毛頭ない。どこの世界にネットの面白動画の話してる横で、生徒同士の殺し合いを許容するJKがいるってのよ。
『剣徒な。どこってここに山ほどいんだろが』
だから私は求めてないって言ってんの。細かい訂正とかどうでもいいの。
どうせジタバタしてもどうにもならないなら、ある程度そういうもんと受け止めて生活するしかないのが現状だ。
剣道部の防具入れのようなドデカい鞄を自分の席へと置く。私が入学前に選んで買ったはずのスクバは、この世界に来ると同時にこんな無粋な物にとって替わられていた。本当に腹立たしい限りだ。
「おはよう、美夜日ちゃん」
「おはよう」
隣の席の片山恵里ことエリちゃんと挨拶を交わした直後、教室中央で大きな笑いが弾けた。
あはは、なんて可愛らしいものじゃない。ギャハハ、あるいはゲラゲラと形容されるちょっとお下品な笑い声。
見ると、声の主は私と仲良しのスズちゃんとゆっこのコンビだった。なぜか私の方をチラチラ見てくる。それを「こっちへ来い」と解釈した私は、二人のもとへと向かった。
「何がそんなに面白いの」
私は道山鈴蘭――スズちゃんに声を掛けた。
しゅっとした長身、毎朝早起きしてセットしている巻き毛とメイクがばっちり決まっている。彼女はこのクラスのリーダー的存在だ。
「おはよ、美夜日。何がって、くくっ」
笑いを噛み殺す。
要領を得ず、スズちゃんの後ろの席の村瀬結宇子――ゆっこを見る。愛らしい笑顔と小柄な体格が小動物を思わせる。頭の上で結ったおだんごがふんわり揺れた。
「おはよー、ミヤッピ。……ぶっ」
私の顔を見るなりゆっこもまた吹き出した。
「なに二人とも。人の顔見て笑ったりして。なんかおかしい?」
「いやいや、なんもおかしくないよ」
「うん。そうそう、今は」
二人は笑いを堪えながら首を横に振る。
今はってどういう意味?
「ちょっとこれ見てみ、美夜日。ぷっ、くっ」
スズちゃんがゆっこのスマホを指差す。
「なに?」
ゆっこが笑いを堪えながら、私の顔に向けてスマホの画面を差し出した。
んなっ――?!
そこにはひとつの画像が表示されていた。
べっちゃりと机にへばりつくようにして座っている私が映し出されている。そこまではまだいい。問題は私の顔だった。
居眠りしている私は盛大に口からヨダレを垂らし、机の上に小さな水溜まりを作っていた。みっともないなんてもんじゃない、ありえない醜態だった。
『おーおー、こりゃあお前のアホ面の中でもかなり高ランクに位置する出来だな』
馬鹿にするハクに対して反論の言葉も出ない。固まっている私を見て、スズちゃんとゆっこの笑いが爆発した。
――あっはっはっは!
こいつらぁ!
「盗撮じゃない!」
私は怒鳴りつけた。けれど二人の笑いは更に大きくなる。
「すぐに消して! つーか消せ!」
「えー、よく撮れてるのにぃ」
目元に滲む涙を拭いながら、ゆっこが言う。
「消・し・て」
「ちぇー、分かったよ。しょうがないなぁ」
スッスとスマホを操作するゆっこ。まったくいつの間に撮ったんだか。油断も隙もあったもんじゃない。
『ちなみに昨日の五時間目が終わった時だ』
言えよ、ハクあんたも! 知ってたんなら!
――ピロン。
ん?
――ピロン。ピロン。ピロン。
教室のあちこちで連続して通知音が鳴る。
スマホを取り出して画面を見た子たちが、吹き出したり、ぷるぷると震えながら机に突っ伏したりし始めた。エリちゃんまでが肩を震わせている。
いったい何が……。
「あっ!」
嫌な予感に、私はたまたま近くにいた芝崎凛子――シバリンのスマホをひったくった。
そこにはさっきゆっこのスマホに写っていたのと同じ私の醜態画像。ご丁寧にもピンクの書き文字が新たに加えられている。
『zzz もう食べられない♡』
――ぎゃっはっはっは!
「拡散してんじゃねぇ!」
私は怒鳴った。
『クックック』
ハクまでなに笑ってんのよ!
◆
「ったく、仲いいんだから二人とも。中等部……ううん、初等部の頃からそんな仲だったわけ?」
私の醜態画像騒ぎがなんとか一段落した後、呆れつつそう尋ねた。どうせこの二人のことだから、低学年の頃からコンビで悪さばっかりしていたのだろう。
そんな風に思っていたのだが、きょとんとした二つの視線が私を見返してくる。なんのことだか分からないとでも言いたげに。
「なに、なんか変なこと言った?」
「あ、悪い。そんなふうに言われたの初めてだったからさ」
「ズーラン、そりゃそうでしょ。ミヤッピは高等部からの外部入学生なんだから。私らの関係なんて知るわけないよ。全くすぐ忘れんだから」
この一年玻璃組にいる外部入学生は私だけだ。学年で見ても、少し前に何人か殺されたのもあってほんの数人しかいない。
つまり私を除けばこのクラスは、全員が幼稚舎からの生粋の士峰館っ子だけということだ。そのため今さら二人の関係がどういうものかを知らない人間がそもそもいない。私の反応が二人には新鮮だったようだ。
「わかってんだけどさ。前も言ったと思うけど、なーんか美夜日って馴染んでんだよね。不思議と」
「あ、分かる分かる。私たちって前から三人組だった、みたいな。ミヤッピ、ほんとは中等部にいたんじゃないの」
じっと二人が私の顔を見つめてくる。
まずい。
この剣が口ほどに物を言う世界に叩き込まれた直後、矛盾にツッコミを入れたら、危うく世界そのものが崩壊しかけたことがあった。恐らく二人の中ではそういう認識なのだ。
私は慌てて否定した。
「んーなわけないじゃん。実は私も遥乃みたいに忍部で、顔や身分を変えて中等部から通ってたとでも言いたいわけ? 呆れた」
実際に中等部に通い、忍部に籍を置いている渡会遥乃を引き合いに出して大げさに呆れてみせる。
私のその言い分に納得したのか二人は顔を見合わせて笑った。
「だね。ミヤッピがそんなわけないか」
「忍って柄でもないもんな。だいたい直情的な性格のあんたに、隠密任務なんか頼む奴いないって。士峰館の作法も初等部の子よりもからっきしだし」
ひどっ。私が言い出したこととはいえ、もうちょっと言い方あるじゃん。でもまぁ、話題が逸れてくれて助かったけどさ。
「で、なんの話だっけ、ズーラン」
「あーしら二人の仲」
「話逸れ過ぎ」
「悪い悪い。あーしとゆっこの付き合いは中等部一年からだよ」
「え、意外。幼馴染みとかじゃないんだ」
「ズーランと幼馴染み?! 違う違う。ぜーんぜん違う」
「士峰館の女子部はただでさえ人数が多いから、比例して学級数も多くなるからね。幼稚舎から中等部まで一度も同じ教室で机を並べたことないって子はまぁまぁいるよ」
へぇ、そんなもんなんだ。
「それなのにそんな風に仲いいって、なんかいいね」
私の言葉に二人が顔を見合わせる。
「出会いは最悪だったよね」
「だね」
「それがこんな関係になるなんてね」
「まぁね」
二人は少し遠い目をする。私だけが知らない表情をお互いに向け合う。それがなんだかちょっと寂しい。
「よかったら聞かせて」
「そんな面白いもんでもないよ」
「でも面白くなくもないかも」
渋るスズちゃんにゆっこがニヤつく。
「どっちよ」
「ズーラン、どうぞ」
ゆっこが掌をスズちゃんに向けて、話の主導権を譲った。
「ま、いいか。あーしらが最初に話したのは、中等部に上がって間もない頃――」
スズちゃんとゆっこの昔話が始まった。




