第14話 急襲
◆ドラゴンと天使の異世界・異種族恋愛ファンタジーです。
毎週火・土曜日の夜8:00に更新予定。
第一章は龍界編。主人公の一人、アスランの話です。長くなりそうですがよろしくお付き合いください。
ある夜、王都に警報が鳴り響いた。
「星を降らせるドラゴン」の伝説を持つテオライト一族に侵略をかけるドラゴンなど、何百年もの間いない。だが、この日、その平和は唐突に打ち破られた。
襲いかかってきたのは、今やこの龍界で最も力のあるドラゴン、「龍王」の二つ名を冠するバハムート。彼が自ら王宮騎士団を率いて、20頭ほどの群れで飛来したのだ。
小国とはいえ、一つのラグーンに対してドラゴン20頭は普通なら少ない。しかし、テオライト=アースドラゴンはヒトより多少強いくらいの脆弱なドラゴンに退化してしまっている。
いずこともなく現れ、途中の町を焼きながらまっすぐ王都を目指す巨大な龍の影に国中が騒然となり、城下町からは避難するドラゴンが城へ押しかけた。
「皆、落ち着け! 大丈夫だ、我々は星を呼ぶ古きドラゴン。龍王を名乗っていても、この星の精霊しか操れぬドラゴンなど恐れるに足りぬ」
アスターシュは広間で震える国民の前で演説を振るった。バハムートは、ドラゴン達の間で雷を巧みに使うということで知られており、さらに炎、大地、水、風も使えると噂されていた。5つのエレメンタルを従えることは容易ではない。だが、アスターシュには彼らを追い払う勝算があった。
今では、目眩ましではない、本当の星を降らせる力があるのだ。できるだけ王城にひきつけたところで、隕石をぶつける。アスターシュが見たクレディアの星を降らせる威力なら、うまくいけばバハムートとその騎士団を一網打尽にだってできるはずだ。
臣下をはじめ、国民たちは不安そうにざわめいた。自分たちには実際に星を降らせる力などなく、この数百年間、偽物の星を降らせて敵を撃退していたことをみんなが知っている。そして、クレディアが本当の星を降らせる力を得たことも、ごく一部の者を除いて誰も知らないのだ。
「心配するな」
アスターシュはその空気を一蹴した。
「男たちは城の守りを固め、女子どもは後宮に隠れよ。あそこが最も堅固だ。それから――」
アスターシュは隣に控えていたクレディアを振り返った。クレディアも頷く。
「妃、私に力を貸してくれ」
「はい!」
クレディアは急いで部屋からアエリタを連れ出すと、アスターシュと、数名の精鋭に守られて城の屋上へ向かった。
新月に近い、痩せた三日月が闇夜に架かっている。その下を、輝く黄金の鱗が横切った。
「――――あそこに!」
兵士の一人が叫ぶ。城壁から、ほんの数百メートル向こうの空を巨大な黄金のドラゴンが飛んでいた。その後ろには隊列を組んで赤や青、黄色など、さまざまな色のドラゴンが追従している。
「時間がない、……クレディア!」
アスターシュは城壁の上に立つと、両手を空に掲げた。あくまでも自分が星を降らせているように見せなくてはいけない。王が絶対的な力を持っていると、民や兵士に見せて安心させなくては。そして、このラグーンが不可侵だと、あの侵略者達に分からせなくては。
クレディアもそれを理解していて、アスターシュの後ろ、城壁の影に立つ。敵からも、味方の兵士たちからも見えない場所で、そっとアエリタを肩に乗せると、目を閉じて魔力を練り上げ始めた。
アエリタから流れ込んでくる、銀色の清浄な魔力。最初はぽつりと、雫が落ちるように。やがて、乾いた大地に染みこむように自分の中にその魔力が吸い込まれる。
もっと、と望めば細い雨のように。もっと! と切望すると、それまでの細い流れを呼び水に、奔流のように魔力の洪水が流れ込んでくる。
【ああ……、アエリタ、聞こえる? またあなたと繋がっている。世界に満ちる魔力が見える】
銀緑の虹彩が輝く瞳を開き、クレディアはアエリタに心の中で語り掛けた。
【聞こえるよ クレディア。世界が魔力で……マナで できてるのが、よく見えるね。あたしも、クレディアも、アスターシュも】
濃密な魔力の糸を互いの間で交流させながら、ふたりには今、世界が魔力の元素から成り立っているのが見えていた。
このラグーンにどうして星がよく降るのか。ラグーン独特の鉱石の中に、星と共鳴しやすいマナがふんだんに含まれているからだ。その種類、組成、ドラゴンの耳にさえ聞くことができない、星と共鳴する石の奏でる音も今のクレディアとアエリタには聞こえる。
その音に耳を澄ませて、共鳴を大きくさせる。星に届くように。空の遥か彼方を浮遊する、無数の小さな星をこの大地へ引き寄せるように。
――キィン、
高い音がして、次の瞬間。
ドォン! ドン!! ドン!!
燃え盛る星が夜空を物凄い勢いで駆け下りてきて、龍王率いるドラゴンの群れに直撃した。
「オォオオォォオオオォオ!!」
「ギェエェエ!!」
突然のことに、何が起こったのか分からないまま、数頭のドラゴンが断末魔を上げて砂漠へ落ちていった。
「やった!!」
兵士たちの間から歓声が沸き起こる。城内からも、城のテラスに住民たちが駆けだしてきた。自分たちの王が龍王の軍隊を撃退している姿を一目見ようと、城壁を振り仰いだり、砂漠に落ちていくドラゴンを見たりしている。
「皆、出てくるな! まだ終わってはいない!」
アスターシュは叫んだ。
燃え盛る星が、突如空から降って来る。その天変地異を前に、そして仲間が攻撃されて墜落したというのに、龍王も残りのドラゴンも未だに城に向かって飛んでくるではないか。
「クレディア」
アスターシュは小声で妃の名を呼んだ。
「もう一度だ」
キィン、と高い音がした。空の彼方に赤く燃え盛る光が幾つも現れ、次の瞬間には星が降り注ぐ。さっきよりも多く、大きな隕石が、残った群れに向かって。だが――
先頭を飛んでいたバハムートが首をもたげ、黄金の翼を大きく動かした。
ただそれだけで、無数の隕石が粉々に砕け、砂漠へ落ちていく。今度は一匹たりとも撃墜することができないまま、ドラゴンの群は悠々と城の上空までやってきた。
「な……、なんだと」
アスターシュが目を見開く。もう一度、とクレディアに目配せをしようとしたが、もう遅かった。黄金に輝く鱗の主が城壁を巨大な爪を持つ後肢で掴み、降り立つ。残った部下達のほとんどは城の上空で威嚇するように旋回していたが、鉛色をした、老いた片腕のドラゴンと、珍しい紫色の鱗を持つまだ若いドラゴンはバハムートの両隣に降り立った。
「クレディア、アエリタ殿を連れて逃げろ。其方とアエリタ殿は捕まってはいけない」
侵略者達の意識が自分の方へ向いているうちにと、アスターシュはクレディアに囁いた。
「いいえ陛下、私も一緒に……、」
「龍界のためなんだ!」
共に戦おうとしたクレディアの声を、アスターシュは鋭く遮った。
「逃げろ、クレディア。アエリタの存在を決してあいつらに知られるな。早く、さあ!」
いつも穏やかなアスターシュの、切羽詰まった声に命令されてクレディアは目を見開いた。それから数歩あとずさり、アエリタを胸に抱くと、城壁の影から飛び出し、兵士たちが右往左往する中を駆け抜けて階下へ走った。
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なかじま ひゃく