第12話 クレディアの宝
◆ドラゴンと天使の異世界・異種族恋愛ファンタジーです。
毎週火・土曜日の夜8:00に更新予定。
第一章は龍界編。主人公の一人、アスランの話です。長くなりそうですがよろしくお付き合いください。
事の起こりは2年前。即位したばかりのアスターシュは、従姉妹であり、婚約者でもあるクレディア=ハース=テオライトから内密の話があると呼び出された。
婚礼を目前に控えてお互いが準備に慌ただしく、なおかつアスターシュに至っては国王としての引継ぎもあって目の回るような忙しさの渦中にいたため、このタイミングで内密に会わなくてはいけないとはよほどの事かと、真夜中に何とか時間を取ってクレディアの屋敷へ向かった。
クレディアは家の者にも内緒でそっと屋敷を抜け出してくると、ドラゴンに変化して王都から離れた、誰もいない廃鉱山へアスターシュを誘った。
砂漠と岩山を、満月が神秘的に照らし出す夜。間もなくつがいになる若いふたりの逢瀬なら、ロマンティックな言葉が相応しいようなシチュエーションだが、クレディアはヒト型に戻ると、途方に暮れた表情でアスターシュを見上げ、切羽詰まった声で言った。
「陛下、申し訳ありません。私……、宝を見つけてしまったのです」
「宝を?」
驚きはしたが、めでたいことだ。ドラゴンにとって、宝物は生涯をかけて探すべきもの。第二王子だったアスターシュが長男を退けて王位に就いたのも、1年前に宝を見つけたからだった。
「おめでとう。すごいじゃないか! 私とクレディア、宝を持つドラゴン同士がつがいになればこの国はますます……、」
「いいえ!」
喜んで祝いの言葉を述べるアスターシュを、クレディアの鋭い言葉が遮った。
「……いいえ、この国を私は……、……私が見つけたのは、」
クレディアは何度も言葉を紡ごうとしてつっかえ、目を瞑る。しかしやがて、覚悟を決めたように濃い緑色の瞳を開いてアスターシュを見上げた。
「……“龍を破滅に導く呪われた宝”。……命宝なんです」
「-――!?」
命宝。その名の通り、生きた宝のことだ。普通、龍の宝物は無機物で、見つければ生涯失われることはない。だが、命宝は違う。まず、ほとんどの命宝はドラゴンに突然宝だと宣言され、家族や故郷から連れ去られることでそのドラゴンを恐れるか憎むかする。
ごく稀に、ドラゴンと通じ合うことができる命宝が現れても寿命がこの世界でもっとも長いドラゴンと同じ時間を過ごせる者はいない。
やがて宝を失ったドラゴンは呪い龍となり、体の内から腐っていく。同時に思考も宝を失った悲しみに囚われ、自我を失い、その体が完全に溶けて崩れ落ちるまで周囲を破壊し尽つくす。しかも、そのドラゴンが死んだ場所は何百年も浄化されない毒の沼地となり、ラグーンの規模によっては国自体が機能しなくなると言われていた。
命宝が、“龍を破滅に導く呪われた宝”と呼ばれる所以である。
「そんな……確かなのか? 命宝を得たドラゴンは、記録にもほとんどない。クレディアの勘違いということは……?」
「……では、これをご覧ください」
クレディアは、そっとうなじの後ろから銀色に輝く何かを手に取ると、大切そうに両手で包み込んだ。目を閉じると、だんだんその手が内側から銀緑の光を放ち、やがてクレディア自身も銀緑の光に包まれる。
「――星よ、」
次の瞬間、クレディアが目を開けながら呟いた。その瞳は緑と銀色が混ざり合った不思議な光彩になっている。
両手を上げ、夜空に向かって大きく開く。手の中にいた何かが、するりとクレディアの手首から腕を伝って肩の上に腰を下ろした。一緒に、空を見ている。
「降り注げ!」
クレディアが叫んだ。次の瞬間、キーン! と空気を裂くような音がし、目の前の砂漠に燃え盛る星が落ちる。一瞬遅れて、ドォン! と大地を揺るがす振動が来た。
「な……!」
アスターシュは目を疑った。いつも自分たちが目眩ましに使っている偽物の隕石なんか比べ物にならない。本当の星の欠片が降ってきたのだ。
キーン! ドォン! キン! ドォン! キーン! キン! キン!
鳴りやまない高音と次々と砂漠に降り注ぐ巨大な隕石に、アスターシュの体は勝手に震えた。砂の下は固い岩盤になっているはずの砂漠が、その岩盤までえぐられて形を変えようとしている。
「クレディア、わ、わかった! 止めてくれ!」
アスターシュの声に、クレディアの瞳がふっと緑色に戻る。そしてそれを合図に、隕石はぴたりと止まった。これだけの魔力を使っていながら、クレディアは息一つ乱さずにアスターシュと向き直った。
「……陛下、これまでの私にこのような力が出せたでしょうか? アエリタの……私の宝の力なのです」
そう言うと、クレディアは肩にちょこんと座っている小さなモノを右手でそっと掬い上げた。暗闇の中でうすぼんやりと銀色に光るそれは……アスターシュが初めて見る小人族だった。
「これは……、何だ。ドワーフではないな。こんな種族がこのラグーンに……?」
「クルウリ族というそうです。彼女は、数カ月前にヒト族に捕まり、私たちの鉱石との取引の品として持ち込まれたようです。たまたま、未来の王妃……つまり、私への献上品として、ジギエルド伯爵が持って来ました」
「……生き物と鉱石の取引は禁じているというのに」
王家へ取り入ろうと、前々から賄賂問題などが多い伯爵の名前にアスターシュは苦虫を嚙み潰したような顔になる。
「しかも異界の小人族とは……。そうだ、言葉は通じるのか?」
「はい、片言ですが、話せるようです。森界で遊んでいたら、ヒト型の魔物に捕らえられてここへ連れてこられたと……。名は、アエリタと言うそうです」
「そうか……。アエリタ殿、この度は我が国のドラゴンが大変な失礼をした。どうか許して頂きたい」
テオライトドラゴンの一族は、異種族との交流が長いせいか、ドラゴン特融の高慢さがない。王であっても己の非を認めれば頭を下げ、謝罪する。それが、この小さな小人を驚かせた。
「ドラゴンて もっといばってる 思ってた」
鈴のような声がコロロと笑いながら言う。アスターシュは顔を上げてやわらかく微笑んだ。
「異界の客人に迷惑をかけて威張れる道理がありません。しかし、その……あなたは、私の妻となる女性の、宝、らしいのですが」
「そうみたい」
コロロ、と高い声が言う。困っても、怯えてもいない声だ。
「恐ろしくはないのですか。クレディアも、ドラゴンなのですが……」
アスターシュの問いかけに、アエリタはきょとんと首を傾げて見せた。芽吹いたばかりの萌芽のように輝く薄緑色の髪の毛が肩の上でさらりと揺れる。
「クレディア、あたしによくしてくれる。怖くない、なかよし」
そういって、アエリタは「ね」とクレディアを見上げる。
クレディアといえば、もうこの命宝にメロメロで、婚約者であるアスターシュさえ見たことのない満面の笑顔で「うんうん!」と頷いていた。さっきまでの切羽詰まった様子はなんだったのかと言いたくなる蕩けようだ。
「しかし……アエリタ殿、あなたは故郷へ帰りたいですよね?」
アスターシュはクレディアの顔色を伺いながら尋ねる。攫われてきたのだから仲間や家族も心配しているだろう。
「うん、あたし かえりたい!」
アエリタがぴょいっとクレディアの手の平で跳ねながら言う。途端に、クレディアの表情が凍り付いた。
「ア、アエリタ……。帰りたいの? そんな……。し、しばらくいてもいいんじゃない? 龍界なんて滅多に来られないでしょう? めずらしいお花とか、七色に光る湖があるのよ。見たくない?」
クレディアは必死に引き留める。この様子から、どうやらアエリタを故郷へ帰す選択肢は持ってなかったな、と、アスターシュは溜息をついた。そして、アエリタの一挙手一投足に瞳を爛々と輝かせて一喜一憂するクレディアに、これは確かに宝に対するドラゴンの執着だと思わざるを得なかった。
「……クレディア、この事は長老も含めて話し合おう。アエリタ殿が残ってくれるとしても、戻るとしても、ひとつ間違えると大変なことになる。其方だけではなく、この国や、もしかすると龍界さえも」
「陛下……でも……」
不安そうに見上げてきたクレディアに、アスターシュはやさしく微笑んだ。
「悪いようにはしない。其方は私の大切な妃だ。其方を呪い龍にしないために、何ができるか考えよう」
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なかじま ひゃく