カレンが笑顔を調理する。
カレンは、アイテシアに山積する問題に光を当てます。
では、本編をお楽しみになってください。
"停滞は、後退に如かず"現状維持では、アイテシアはいずれ帝国か連邦に併呑か蹂躙の憂き目に遭うだろう。
今まで併呑されなかったのは、マ法持ち貴族がいて頑張って居たのが大きいが、世代が進むにつれ驕慢度が増していると見ることが出来る。でなければ、母ちゃんが高貴なる者の義務を声高に叫んだりはしないだろ?
「よく考えても見てください。今のアイテシアは、南北に敵勢力を抱え、流行病によっても人口は抑えられています。寧ろ、病の流行で休戦を余儀なくされるという皮肉な場面も有りますが、
そこで私の提案です。病に対しての特効薬は、何も薬だけでは有りません。私は、この粗末な麦粥がアイテシアの現状だと申し上げましたよね?」「ああ、まあ。それで、どうだと?」
「そこに、この栄養豊富な卵黄を入れます。病を治したいなら、基礎体力をつけるのが良いでしょう。」卵黄をお箸で摘んで、ボリッジの中に入れた。「なるほど、その栄養をトマトやジャガイモにする訳だな。」
「パンさえ食べれないと、ボリッジを食すそうです。このボリッジはライテや蜂蜜が入っておりますが、貧しいとこうした物も入らず塩だけ入るか、ロクに食べ物も口に入らない生活をしていると聞きました。」父ちゃんが、肩をすくめて両手を上げる。
「それでは栄養が足りなさ過ぎて、子供達の死亡率が高いのも頷けます。」
「なぜ、カレンはそんな事に興味があるのだ。」「決まっています、皆が楽しく暮らして行く為には、この人口を抑えられた状態を早く解消する必要があります。」
「だから、この状態の改善は難しいと言ったと思うが。」「はい、でも、この状態を続けて居ましたら、アイテシアは早晩、独立を失うでしょうね。」
「なに、そこまで酷いとカレンは思うのか?」
「人口が抑えられるという事は、才能が有っても若くして亡くなる可能性が高いと言う事ですわ。それは、社会の新たな切り口の観点から、新たな提案をする人材が減るという、社会に取っての自殺と言って良いほどの凄まじい損失ですわね。」父ちゃん、社会資本という元手は人財を基調とするのさ。
「あくまで可能性ですが、ここに1人の新生児が産まれたとしましょう。その子は長じて、農業改革で今の2倍の収量の新種麦を作れます。なのに、若くして病いで呆気なく亡くなったら、大きな損失じゃないですか?」イノベーションというのは、社会に新陳代謝に等しい作用を齎すんだ。
「それにお母様が、何故に"貴族として決して偉ぶらない事"を言うのかわかりますか?」「それは、貴族として民の上に立つ心構えを言うのでは無いか。」
孫子の兵法に、『算多きは勝ち、算少なきは勝たず』とある。意味が通じ易いから、算の所を"策"と読んでもいい。ぶっちゃければ、負けられない勝負事ならよく頭を使った方が得だよって感じ。アイテシアは、昔の偉い人達ならともかく、現状は長い戦乱に慣れて、明日も明後日も変わらない毎日、貴族の権威も変わらないのだと勘違いしているんじゃないのかな〜。
「反面、グザヴィエ王以来の貴族のあり方が問われているという事で、貴族が平民の上にドッカリとアグラをかいて驕慢に成っているという証左じゃないでしょうか?この国が攻め難いのは内にシッカリとした結束が有るからで、これに揺さぶりを掛けたい勢力が居ても可笑しくはないです。」
俺はクレモンに向き直って、「クレモンさん達、カロリナの民が独立を願いますのも、キャナル貴族の驕慢が原因じゃないかしら、違います?」「・・・お嬢様に、俺たちの気持ちを利用している人間が居ると聞いて、なんと言えば良いのか分からないが、キャナル貴族には確かに気分の悪くなる奴らも居ます。」
「それで、カロリナの民とキャナル貴族の間に蟠りを作って得をするのはいったい誰でしょう。私や、母様に小さな意趣返しをした所で、父様が母様をデュチェッセにした事も覆らないし、ジュヌビエーヴ様がデュチェッセになり得ることも有りません。いったい、誰得なんですかね。」クレモンがハッとした顔をして、「では、お嬢様は、カロリナとキャナル以外の第三者勢力が居るとお考えか?」
「私の手元に来ている情報だけでは確証は掴めませんが、予測を立てて実験をして確証を得るのを科学的な検証と申します。これは、その応用です。クレモンさんにお願いがあります。あの2人を見張って、唆した者が居ないか調べて欲しいのです。リスクを恐れて、ジュヌビエーヴ様派なら接触を図ろうとはしないでしょう。もし接触があれば、第三者勢力がいると確証を掴めます。」「そういうお考えならこの不肖クレモン、謹んでお引き受け致します。」
「独立派を出汁に使う似非融和派にとっての利益は、今回の事で公爵の権威に土をつけ、長い目で自己利益を図るという小さな物です。もっと大きな利益は、この公爵とカロリナとの間隙を利用する事ですわ。もし、これの積み重ねで内乱にでもなれば、アイテシアを攻略するキッカケに成りますね。」
ギルドの2人が目を見開いて首を振りながら、「そんな政治的に大切なお話を、私達のような者に聞かせて構わないのですか?」「ええ、構いませんよ。3歳児がここまで読めるとは誰も思わないですし、情報分析力が無ければ読めるのが分かっていても甘く見る。向こうが私の事を所詮は3歳児と見くびってくれている内に、泳がせた2人に食いついて貰わなきゃね。その為に情報を流すのです。」「なんと、豪胆な!」
「アイテシアに不協和音を奏でたい人間が居るとすれば、あの2人が生きているのは誤算でしょう。リスクを犯して始末しに来るか、完全無視の選択肢が有りますが、見えない所から画策する人間は神経質かと思えば、見つからないと思って存外と大胆な行動に出る物ですわ。私が、ここまで読んでると思えば2人は安全ですし、読めてないと舐めれば何らかのアクションを起こします。」
「なるほど、よく状況が見えているな。辺境伯がカレンを褒めるわけだ。」「最上の戦略は、どちらに転んでも利益を見る事ですわ。あの2人の近くに万一の場合に備えて、リュミエラともう1人光マナ法士を付けて貰えますか、お父様。」「ああ、分かった。」
情報戦略に於いて、欺瞞情報を上げたりして敵方の情報収集力と分析力を試すのは基本だよ。それに今、尻尾を掴んでも俺の地歩が不安定なうちは対処に困る。父ちゃんを動かすには大義名分が要って、今は証拠が足りなさ過ぎる。いずれ、力が付いたら処断するつもり。今は、尻尾を掴めれば上々だね。
ん?クレモンが、信じられない物でも見る様に、俺の顔を見ながら首を左右に振る。「何故ですか?あの2人は、貴女の料理を台無しにしようとしたのですよ?」「私にとって、この屋敷にいて仕える者は皆、家族なのです。家族なら、例え仲が悪くとも最後は救おうとするのは当たり前の事です。」
「これは、今日は驚いてばかりでしたが、さっきからのが1番の驚きでした。お姫様は、名うての商人以上に情報に聡い。」俺はニッコリ微笑むと、「クスッ、有名な商業ギルドの会長さんに言われるとは思いませんでした。お世辞と、受け取って置きます。では、本題に戻ります。」俺はテーブルの上のベルをチリンチリンと鳴らして、目的の料理を運んで貰う。
「その前に、カレンにもう一度問う。何故、あの2人が、"唆された"と思うのか?」「あら、お父様。お顔が恐くなっておりますわ。簡単です、あの2人だけの行動ではリスクが大き過ぎます。」クレモンが大きく頷く。
「バレたら厨房に居られなくなりますし、今回みたいに命さえ危うくなる危険が有るのに、誰かが安全を保証して利で釣り、再雇用口の世話でもと唆さなければ行動にまで至りません。今回は、2人の行動を予測してリュミエラが頑張ってくれたお陰で、いち早く身柄を確保できて敵方に手出しをさせなかった訳です。」
俺が何故、そこまで見通せるかって?前にも説明したと思うけど、情報を素子と言う部品に水平展開でバラして一つ一つに検証を加え、違和感を覚えたら情報の裏取りをする。前にクレモンにしたよね?アレを、今回の件全体の検証に使っただけだよ。
振り返って検証し、予測をして反証を加える。情報に携わる者の基本動作だね。弁護士をしていた頃は、顧客でさえ気が付かない問題点をあぶり出すのは俺の仕事の範疇と考えていた。
あ、来たきた、ジャガイモのフライをたんまりと乗せた皿に、コロッケ(=木槌形フリット)が一緒に装ってある。その名の通り、木槌の頭に似た俵形コロッケだよ。茹でて皮を剥いたポマの身を潰して、炒めた挽き肉(比較的安い牛スネ)と玉ねぎに、パセリの微塵切りを入れて俵形に整形したら衣を着せて揚げ物にする。
マイッレとポマス・フリットに付けるのは、オランデーズソースに粒マスタードを入れ、ドライ・トマトを叩いて仔牛のガラ出汁でトロトロになるまで煮詰めた(トマトケチャップみたいな物かな?)ダブルソースで頂く。マスタードは、油脂類と同じくらいポマに合う。
「揚げ物の様だが、この俵形のは何かなカレン。」「ジャガイモのフリットです。マイッレと名付けました。」「これが、状況打開の特効薬なのか?」「はい、セル・マッロンは、この辺りの気候と土質なら春から初夏、晩夏から秋、年に2回の収穫が見込めます。」「なに!?」アンデス高地原産でな、痩せた土と盛んな日光、乾冷な気候に耐えて成長をする。
「私はこの茶色いのに、ポマ(ジャガイモは、大地の林檎と呼ばれるから)に、紅いのはプレと(慣用句の"お願いします"から来ている)名付けました。ポマは、茹でて一晩置いて厚切りしたのを干しても良いし、生のままで干し芋にしても長期保存に向きます。芋のままで置くなら、林檎と一緒にして置けば芽が出にくい性質があります。プレも、干物にしてオリーブオイルに漬け込んでいつでも使えますし、旨味の塊ですしね。」
「本当、良いお味ね。あの熱を入れると、カスカスして犬も食べないと言われたポマを美味しく変えるなんて、カレンはお料理の天才なのかしら。」母ちゃんが、ウットリとした表情でナイフとフォークを使ってフリットを口に運ぶ。
俺は、塗りでも木を削ったお箸でもなく、銀のお箸でフリットやマイッレを一口大に千切ってひょいパク、ひょいパクって食べてんの。皆んな、不思議そうな顔をしているけど、さっきまでの会話に仰天してこの程度は無視してくれている。扇子と一緒に、小物細工師さんに頼んでたんだ。
だってさ、フォークが3本歯(鋤きの三本歯が原型)で、とっても不便をしてるんだよ。パスタなんか、手づかみで食べんだぜ?常温ならフィンガーボールがあるから、まぁまぁ我慢できるけどアツアツのフリットはむーりー。今度、4本歯を作って貰おうかな。銀製品は、毒対策だよ。
「ねぇ、私はクレモンさんが大好きですわ。」クレモンに対する父ちゃんの目線が、急に鋭くなる。「あ、誤魔化しの効かない生真面目な所が大好きという意味で、お父様の真面目さも大好きです。」たく、3歳の娘が色気づいて、中年男に懸想をするわけ無いだろ。男親って、しゃーないな。
前世、何かと言えば"科学がー"とか"科学的じゃない"って大学時代の友人がいてさ、生真面目を絵に描いたような奴で俺がよく"信じられなくとも目の前に事実を突きつけられて、それを検証もせすに科学的じゃないなんて言うな"と言葉でよく蹴ってたな。
そんな科学科学いうなら、"猫のゴロゴロ鳴きの仕組み"や、"人間の自我の在処"を科学で証明してみろよ(両方とも現代科学では証明できない)と、無理難題を出してもヘコタレずに楽しく話せる奴だった。科学てなー、事実を否定する為の物じゃなくて、未知を既知に変える学問を言うんだぜ。
俺は、知性を刺激する会話が出来る人で、何度も真面目にトライできるタイプの人間が無性に好きだったりする。そういう諦めないタイプの人間は、大成すると思うぜ。忙しくて遠から音信不通だったけど、今頃いい親父でもやってんのかな。俺が異世界転生をして、女の子をやっていたらアイツどんな顔をする事やら。
「お父様も、生真面目なクレモンさんは嫌いでは無いのでしょう?」「ああ、まぁまぁ好きだな。」「生真面目で有ればこそ、今のその技術が磨けた。それは誰の為に、何の為に有るのですか?」「それは、お嬢様が気付かせてくれたように、うちの母の為、引いては人々の笑顔の為です。」
「ならば、私や母様と"同じ物を見ている"事になりますわね。同じ物を見ているなら、私達はクレモンさんの敵ですか?それほど、憎らしいですか?」「いえ、敵だとか憎らしいなど滅相も御座いません。寧ろ今は、"同じ物を見ている"と言われて面映ゆい思いをして居ります。」
「私は、皆様に認めて貰う為に仕方のない仕儀とは言え、クレモンさんと勝ち負けを争うのは心苦しく思っておりました。だって、生まれてから口にした食事の大半は、クレモンさんが作ってくれた様なものですもの。」「ははっ!お嬢様のそのお気持ちだけで、報われた気分になります。」自分に嘘が吐けない生真面目な人って、結局、正直者なんだよ。今も認められて、素直に感動している。
「クレモンさんが勝っても負けても口さがない人々は悪く言うでしょうが、敢えて勝負に応じてくださった事を心より感謝いたしております。感謝の気持ちとして、私が授かった調理の技法は、全てクレモンさんにお渡しします。」「あの、お嬢様はご存知ないかと思いますが、調理技法の一つ一つが立派な財産なのですよ?それを、全部とは・・・。」
俺は、クスっと笑いながら、「まあ、クレモンさん。私は食べ物の料理人ではなくて、この領の、引いてはこの国の人々が笑顔で楽しく過ごせる様な故郷を作るための心の料理人です。食べ物の調理技法を公開しても、なんら惜しくない。寧ろ、技法を生かした美味しいお料理を食べたいです。」
「私が、お嬢様に勝てなかった理由に、やっと得心がいきました。」クレモンの顔から迷いが取れて輝いている。俺は、この輝いた顔が見たかったんだ。「クレモンさんには、これからもご苦労をおかけしますが、我が家のために尽くしてくださいね。」「もちろん!喜んで、お仕え申し上げます。」
俺は、クレモンに対決で勝って従わせるより、これからする事に心から喜んで協力して欲しかった。この分だと、心配は要らなさそうだな。
「私の考え方の基調は、"人と人の調和を大切にする"(=Valoriser l'harmonie entre les gens./ヴァロリゼ・ルハーム・ニョント・レ・ジョン)という理想です。平和に奴隷の平和があり調和に不協和があったとしても、奴隷の調和はあり得ません。これは、お母様の高貴なお心が根底にある考え方です。」因みにこの言葉は、和を以て貴しと為すの意訳だ。
原典は、論語の学而第一に出てくる言葉で、"尊し"じゃなくて"貴し"が正しく、頭に"礼"(の)が付く。つまり、和は貴重な事だけど、礼によってケジメを付けなさいってこと。ケジメのない奴は、何でもかんでも平和なら構わないと理解しがちだけど、不当な事まで見過ごして和を語るなってことだよ。
「カレンの理想は、とっても素敵ですわ。私が、産んだ娘なんて信じられないくらい立派ね。」「カレン、これは為政者として試みに問うのだが、それは具体的に言って、このポマやプレを与えて領民を甘やかすという事か?」
「いえ、お父様。これらの作物は、先ほども申しました収量が倍加する新種の麦に匹敵すると思われる作物です。それ故の、"人々の調和"(=Harmonie des personnes./ハーモニエ・デ・ペルソン)なのですよ。"甘やかし"(=élever dans du coton./エレヴェ・ダン・ドゥ・コトン/棉の中で育てる転じて)は、私の最も採らざる所ですわ。」「ふむ、それでは調和という良識と共にこれらの作物の導入をして、領と人の気持ちを富ませると?」
「はい、一人一人が個性を発揮しながら他人との協調関係を作ってゆくと言うのがハーモニエを掲げる意味で、甘やかすなんてとんでも無いことです。それと、人々に何かを与える時に大切なのは、物と同時に心も与えて差し上げる事です。」プロメテウスは人々に火を与えたが、どう操るべきかを伝えなかったから、後世の人々は戦争という大火を弄ぶようになったんだ。
「お父様お母様、カレンは領の為にこのグラン・ブルンの敷地に農業試験場が欲しゅう御座います。」「それは、どう言った施設なんだ?」「このプレとポマの苗を買い込んで、もっと苗を増やしたり、新大陸産で評価をされていない有為の作物を育てて増やす施設です。」
今は、豚の飼料用の砂糖大根の原種から砂糖が作れる品種に改良をしたりな。肥料の実験やら、四圃式輪栽農法の確立もある。豆→穀類→根菜類という、今までの三圃式から、牧草などの家畜の飼料を追加してやる。
三圃式の欠点は、合間で休耕地を設けなければならないこと。そこに、クローバーなどの土に栄養分を与える牧草を育てるんだ。輪栽式農法は万能と思われがちだが、ある程度の地力が無いと成立はしない。そこで、肥料の実験が必要不可欠なんだ。
何十年スパンの話だが、だからこそ今すぐにでも手を付けなきゃ意味がない。
話を戻すが、父ちゃんが言うのは、食料問題を解決しても、人が増えると様々な問題が出て来る。為政者って、10年先、100年先を見越して考えられるから、その価値がある。
オスカーは覚えているかな?父ちゃん母ちゃんが、警察力を住民自治に任せる施策を始めた。警察署長が異様に張り切っていたのは、うちの両親をリスペクトしていたからだよ。
でも、犯罪を取り締まる前に、人々に良識を植え付けなきゃいけない。だからこその、ハーモニエ運動なんだ。
本作での原因は異なりますが、現代の少子高齢化の恐ろしさに付いて触れています。人口が少なければ、才能のある若者が出現する可能性が少なくなります。それは、社会保障や税の減収のみならず、社会のイノベーションに多大な影響を及ぼします。ミルの自由論に、天才の可能性に付いての必要性が出ています。




