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探偵志望ワトソンさんと  作者: 北乃コウ
イロコイ文化祭
9/36

交じって混ざってまざりたくて<後編2>

それ以上は特に何も起きなかった。


 確かに、段ボール迷路のクラス展示を完成させる際に椅子や机が足りなかった、なんてコトはあったけれど、それは想像の範囲内ではないだろうか。恵茉も食いつく様子は見せなかったから、そこに事件の香りは漂わなかったのかもしれない。


 三日間かけて開催されていた文化祭も今日で最終日だ。


 放送部の軽快なラジオDJをバックグラウンドで流しながら、俺は今日も変わらずに部室で読む気にもならない本をめくっていた。


 「それで?高瀬は何してんの?」


 びっくりして顔を上げると、美術部が販売してたはずのお面をお祭りスタイルに被り、うちわ、その他大量の荷物を持った須藤と目が合った。


 ビニールに入っているのはたこ焼きだろうか、ソースの良い匂いが部室を通り過ぎていく。


 「何その期待外れみたいな顔。俺が来るのは意外だった?」


 「期待外れって……そんなことはねーけど」


 俺の前に戦利品をテキトーに放り投げて、今日は煙草の代わりにポップなキャンディーを口にくわえる。


 「あげよーか?俺、サッカー部とも仲いいから裏から無料でもらえんのよ」


 「なんで生徒にたかってんだよ……」


 「たーかせくんはさぁ」


 もごもごと動く飴のせいで若干聞き取りにくい。


 「文化祭楽しんでるのぉ?」


 「須藤ほどじゃないけどソコソコには」


 校内放送はいつの間にか各模擬店紹介をやっている。ちょうどサッカー部のターンだったが、テンションが上がりすぎているのかワイワイやってて話が進んでいかない。羨ましい身内感でもある。俺は勝手にたこ焼きのパックを開ける。焼きたてだったのか、まだほんのりと湯気が立っていた。


 「なぁんお前、部室に引きこもってるやつは楽しんでるなんて言えないだろ。コレを見ろ、財力に物を言わせて買いまくるのが俺の楽しみ方だからな」


 中はより熱かったせいで空気を取り込むのに必死になってしまう。


 須藤は自分の手首に巻いた青色のラバーを外して俺に投げた。


 「うわっ」


 唐突すぎて上手くキャッチできず、地面に落としてしまった。


 「なんすか、コレ?」


 「あ、お前知らねぇんだ。学祭委員がダマで売ってんだよ。メンズは青、レディースはピンクで。交換するとカップルになれるって伝統付き」


 「……いらねーよ」


 返そうと思って投げ返すと、須藤はうちわで上手くはじき返してくる。


 「俺が持ってるとJKが大量に寄ってくんだよ、モテんだよね」


 ニヤリと笑って用は済んだとばかりに足取り軽く外に出ていく。俺の様子を見に来た、って勘繰るのは少し思い上がりすぎなのか。


 「あ、そうだ」


 今度はお面をきちんとつけているから表情は読めない。ただ、きっと、少し垂れた目で小ばかにするようにニヤついているに違いないだろう。


 「ちゃん恵茉と上手くいくと良いけど、さっきも告白されてたずぇ。ふぁいと~」


 「はっ!?か、関係ねーし」


 部室には俺と恥ずかしい沈黙だけが取り残される。読みかけの文庫本を片して、机に散らばった戦利品を整理しようとして、丸まった文化祭のパンフレットを落とした。別に変な動揺なんてしていないつもりなのだが。


あと一つ残っているとすれば後夜祭ぐらいだろうか。拾ったパンフに目を通す。確かにラバーブレスレットなんてものはどこにも記述されていないから、生徒間に残っていた伝統か何かなのだろう。


 「くっだらね」


 それでも一応手首に回しておく。ほら、なんというか、ほんのわずかでも誰かに交換をせがまれたら困るからさ。


 反応するようにピコンとlineが鳴った。




 「あ、高瀬君……すいませんシフトお願いして……」

 

「別に、暇だったから」


 体育館では軽音部のライブらしい。クラス展示のシフトと誤ってバッティングしてしまったらしく、女の子が一人来れなくなってしまったようだった。


 「ありがとうございます……その、家入さんにもお願いしようとしたんですけど、繋がらなくて……」


 「恵茉も恵茉で忙しいみたいだし。俺は昨日と同じ作業してればいい?」


 「……お願いします……」


 何回も頭を下げて委員長の指示に従う。Lineは委員長からで、内容はシフトのお願いなんて単純なことだった。俺は裏方として迷路の構造を微妙に変えてゴールに向かう人を少しだけ足止めする作業を繰り返している。


 「ふぅ……」


 クラス展示の準備もさることながら、当日も参加していないと下がりようのないはずのイメージがさらに悪化してしまう。というか、この文化祭を通して、友人を一人でも作るのも俺らの裏目的でもあったはずだ。それなのに、俺はこの期間を通して近づいたと言えるのは委員長ぐらいなものだ。それも事務的なことがメインの。


 他校からの参加者の私服の女の子たちが出て行って、もうクラス内にはシフトに入ってるクラスメイトだけみたいだった。クスクスと小さな声の笑い声が聞こえる。


 「お疲れ様」


 「うわっ!お、おす……」


 気配を忍ばせていきなり後ろに委員長。さすがに少しだけビクッとしてしまう。アレだな、恵茉だと気配をまき散らして近づいてくるからなかなか無い経験だと言えるのかもしれない。


 ふ、と委員長の腕元に目が留まる。


 「あ、それ」


間を埋めるつもりもなく、言葉が出てきてしまう。委員長はピンク色のラバーを触った。


 「?え、これ……私も流されて買っちゃった。女子ならみんな持ってるんじゃないかな。高瀬君も……」


 「あぁ、俺は須藤に貰ったんだけど」


 「色は変わってないの?」


 ちょっとだけ柔らかい物言いで尋ねてくる。下から見上げるように合った目にちょっとだけドギマギ。


 「変わるわけねーじゃん」


 そっか、と委員長。最後に意味深に、変わりそうだけどね、なんて付け加えて。


 「シフト、穴埋めしてくれてありがとう……もうそろそろ終わりだから、高瀬君も大丈夫だよ」


 「あぁ、そう」


 体育館で総務の成績発表がそろそろ始まると放送でアナウンスしている。もう文化祭はタイムリミットみたいだ。


 人気がなくなっていく教室で委員長がポツリ、と語りだした。準備期間のあの時と状況が似ているな、なんて思った。


 「私さ、委員長なんて荷が重いし、文化祭も絶対ダメにしちゃうな、って悩んでたの……ほら、高瀬君とか、怖かったし」


 俺の目を見て表情を崩す。まぁ、そうだと思うし、心配にはなるわな。


 「でも、結局私は力不足だったけれど、みんなに手伝ってもらって。とりあえず、ここまで成功させることができて。本当にありがとうございました」


 改まって言われると俺も非常に気恥ずかしい。ちょっとだけ熱くなった頬を見せないように強引に後ろを向いてしまった。


 「別に。俺はそんなんでもなかったから。というか、俺らも体育館行こうぜ、後夜祭も始まりそうだし」


 「……そうだね」


 まだ終わってないから、感傷に浸るのは時期早々ってヤツだ。


 あともう一つ。終わってないことが。というか、意識的に終わらせてなかったことが。


 真っ暗な体育館の後ろの方で、委員長と二人肩を並べて熱狂の渦を見守る。


 「あ、そう言えば」


 俺の身体がぐっと沈み込む。委員長に肩口を掴まれていた。


 暗いことと、音が大きいことで委員長の距離がいつも以上に近い。


 「明日、片付けの後、打ち上げがありますから、高瀬君もちゃんと参加してくださいね」


 腕が離されて、視界が元に戻る。流行りのジェイポップを背景にして、カラフルな色のライトが次々に切り替わっていく。


 壇上には文化祭の実行委員長なのだろうか、自らの集大成を披露するように大ぶりなMCで後夜祭を盛り上げていた。


 「さぁ!最後のお待ちかねイベント!ミスコンの決勝発表!」


 マイクを通して大音量が校舎中に鳴り響いたんじゃないだろうか。ワァ、と再び熱気が強くなる。汗が籠った体育館のくせに嫌な気分にはならなかった。


 「あ、ミスコンなんてやってたんだ」


 「え……高瀬君知らなかったの?」


 「開催されてることも知らなかったわ。うちのクラスからは誰が出てたの?」


 「それは……」


 一段と歓声が増えたように感じる。ステージ上に決勝の男子女子が並んだようだ。誰がやってるのか分からない指笛がこだましている。


 ギラギラに化粧で武装したり、服装で狙いに行ったりしている人も見られたが、たった一人見覚えのある子が。セーラーでなく、誰が用意したのか分からない白いドレスが際立っていた。


 「あぁ、そっか」


 「そうだよ、多分、学校でも一番かわいいんじゃないかな……」


 決勝の発表は聞かないことにした。


 どうせ、決まってるだろうし。





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