交じって混ざってまざりたくて<後編1>
部室に一人佇んで、読みかけの本のページをめくる。帯と表紙に釣られて、ついとってしまったものだったが、読み進めるうちに引きずり込まれていく。奇しくもミステリー小説というところに少しだけ縁なんて感じてしまう。
校庭ではライトに燦燦と照らされながら、野球部が熱心に練習している。金属音はゆっくりと響きわたって、薄暗くなりつつある空へと消えて行った。
本を置いてスマホを眺める。もちろん着信なんて来てるはずもないのだけれど。
「まだ来ないんかよ」
俺をこの場所にとどめた超本人、恵茉はまだ副委員長と買い出しの途中なのだろうか。肌寒くなってきた部室のはずなのに頭だけは、やけに熱い。
野球部もそろそろ片付け始めている頃に、バタバタと階段を駆け上る音が響き渡った。
「遅くなりましたー」
バタンといきなり扉が開いて、このままの勢いで壊れそうに蝶番が悲鳴を上げた。
「あー、もうだいぶ暗いですね。いやー、待っててくれてありがとうございます」
ハイこれ、と缶コーヒーを渡される。
「待ってて頂いたお礼です。恵茉、意外と気が利くでしょ。まぁネタバレすると本当は甘いの欲しかったんですけど、間違えて黒いの買っちゃったので押しつけです。最近のってなかなか苦いかどうか判断しづらくなってる気がしませんか?恵茉だけですかね?じゃぁこれは恵茉の弱点です。色覚異常、なんて」
笑えないような一言をつけるな。
「俺の苦いの得意じゃないけど」
「多分恵茉よりは得意なはずですよ」
プシュ、とプルタブを開ける心地の良い音をさせて一気に飲み切る恵茉。清涼飲料水のCMにでも出るつもりなのか。
「さて、高瀬君。なんで恵茉が待っているように言ったのか教えてあげましょうか?」
見覚えのある手帳とセンスの悪い筆箱。カバンの中から取り出して、準備ができたと言わんばかりに俺を見る。
まぁ、別に教えてもらいたいわけでもない。
「あぁあとこれ、忘れてました」
そう言ってさらに、チェックの帽子を出して被る。ふふん、と浮かべたドヤ顔に少しだけ嫌悪感。
「なに?なんかあったっけ?」
「気づかないのならちょっと注意力散漫ですね、ワトソン君。さっきのあの一瞬で恵茉はミステリの檻に閉じ込められてしまいました。あ、この言い回しなかなかにおしゃじゃないですか?積極的に使っていきましょ」
「いきなり……いや恵茉の言わんとしてることは分かるよ、つか分かってたよ」
「あら、なら話は早いですね。ミステリ研の出番かもしれませんよ」
「内容は?」
もしかしたらこっちの顔の方が恵茉は生き生きとしているかもしれない。
「ペンキが足りなくなるのなんておかしいと思いませんか?」
右手を顔の近くに纏わせて考えているポーズ。多分、本当にポーズだけなのかもしれない。
恵茉の言いたいことは分かる。俺らだって一応買い出しの時にそばにいた人間だから。委員長も『来年も使えるぐらいの量』と言っていたはずだ。普通に見てもかなり余るだろうと思って購入されたことに間違いはないだろう。
「そうなんですよ。となると誰かが何かトリックを仕掛けたと考えるほかありません」
「いや、普通に使いすぎたか、こぼしちゃったかでしょ。そんなにクラスメイトを容疑者に祭り上げるな」
窓を閉めて鍵をかける。この前、須藤に怒られたから帰る際はキチンとしておかないとまずい。
「でも、誰かがこぼしたとか使いすぎたとか。そんな話は副委員長から聞いてませんよ」
「知らせてないだけじゃないの……」
恵茉を連れて部室の外に出る。思ったよりかなり暗くなっていた。この時期は陽が沈むと一気に暗くなるな、なんて思った。
「まぁ、恵茉的推理を聞いてほしいんですけど」
開けるに開けられないブラックコーヒーを片手に階段を下りる。必死で昇ってきてもらった恵茉には悪いけど、こんな放課後推理劇場は駅に着くまでに解決するはずだから。
「こういうのはどうでしょう?クラスの出し物をぶっ壊そうと画策した人物がいるんです。何故なら……、ええと、そうですね。あー、文化祭のクラス展示は確か、順位がつくはずです。優勝を狙いたいクラスの人が恵茉たちのクラスを陥れようとしたんです」
どうでしょうか?と恵茉がのぞき込んでくる。
「……なるほどね。となると容疑者は全校生徒か」
「むぅ。なんですかその言い方。まるで間違ってることが前提みたいな」
「さすがに俺らのクラスは優勝なんて無理でしょ。だから、潰すとしても他の組を狙った方が良いはずだし、ペンキ1色だけなくしたところでどうしようもないし。あとその推理が正しければ他の組でも同様な被害が無きゃダメでしょ」
「まぁ、今のは推理というか予想ですから、そんなムキにならないでくださいよ。あと、正論ばっかり言う男の子はダメだってテレビでやってましたよ」
教室に寄って行こうかと考えたけどこれ以上遅くなると電車の本数的に俺が厳しい。続きは当日でって言うのも悪くないかもしれない。
「俺はなんとなくだけど、当たりは着いてる気がする」
「え?嘘⁉本当ですか?」
「自信は全くないけど」
青白く廊下を照らす蛍光灯がパチパチと点滅した。
「あ、だったらまだまだダメです。ミステリ研の部長は恵茉ですよ。高瀬君ごときが出しゃばらないでくださいよ」
じゃぁなんで待たせたんだよ、と心の中で毒づく。
昇降口はガランとしていて吹き抜けてきた風がひんやりとしている。校舎にはポツポツと明かりがついていて未だに残っている生徒がいることを教えてくれる。
「あ、うちのクラスは着いてませんね。みんな帰っちゃったみたいですね。というと一人残って細工って言う線は無いと言っていいんじゃないですかね。どうです?これは一つの考慮すべきポイントです。つまり、犯人は複数犯ってことになりますね。あと、犯行は衆人環視の元、白昼堂々と行われたということが浮かんできます」
恵茉が意気揚々と語った推理に思わず感嘆の声が漏れてしまう。なかなか鋭いのではないだろうか。
「複数犯か。となるとなんでだよ」
「ちょっと。速攻で詰めに来ないでくださいよ。恵茉の頭の中グルグル回転で頑張ってるんですから辞めてください。えーと複数犯である必要ですよね、その、文化祭に敵意を持ってる人である可能性でどうですか」
もうそろそろ恵茉がオーバーヒート気味になっていってるのではないか。学年最下位の強さを見せつけられている。
「文化祭に敵意って、それ別に単独犯でもいいじゃん」
「もぉ!だから正論ばっかり言うのはダメって言ったばっかりじゃないですか。ちょっと調子に乗ってる感が湧きまくりですよ。良くないです」
「そんなことないだろ」
ゆっくりと駅まで歩く道がやけに早く感じる。背負ったスクールバックがパタパタと俺を叩く。合わせるように地面を蹴る恵茉のローファーが響き渡った。夜の方が音が響くみたいな話は物理で習ったんだっけ、と意味もなく思い出していた。
「ということで高瀬君の推理を聞かせてほしいんですけど」
先を歩く恵茉が振り返ることもなく俺に問う。
「複数犯って言っていいのかわかんないけど、複数人だと俺は思ってるし、白昼堂々ってのは意味分かんねーけど、放課後の準備時間だと思ってる」
「ふむ、続けてください」
続きはどうしようか。少しくだらない考えが俺の頭をよぎる。文化祭は俺にだって少し魅力的なところはあるから。
「まぁ、大したことじゃないし、本番は明後日だからさ。答え合わせは文化祭最終日っていうのも良いんじゃねーの」
突拍子もない俺の提案に膨らませた顔でこちらを向く。
「なんですかそれ、待てですか?恵茉、別に犬じゃないんですけど」
引っ張る理由はちょっとした俺のエゴってことで。
ん、では誰がやったのだ?




