交じって混ざってまざりたくて<中編>
「えーと、じゃぁHRを始めさせてもらいます……」
か細い進行でスタートしたHRは、そろそろ役職が板についてきたクラス委員長と副委員長の仕切りでトントンと進められていく。
窓を全開にしているとはいえ、体育後の熱気が残る面々は、しきりに教科書やノートでパタパタとあおいでいる。クラス内がそこはかとなく落ち着いていないような感じも受けるけど、それは担任の須藤が不在というのも大きいのかもしれない。まぁ奴がいないのはいつものことだが。
例外なく俺も胸元に空気を送り込んでいると、何故か恵茉と目が合った。席的には俺が窓際の後ろの方、恵茉が廊下側の真ん中あたりだから、彼女が何か口を動かしていても聞こえるわけがないし、分かることもない。
1人だけキチンと制服を着ているのに暑さを微塵も感じさせないのは、やっぱりかわいい子の条件なんだろうか。さっきまでくくっていた髪の毛はいつもと同じように戻されている。
恵茉が自分の携帯を指さした後、俺の携帯が揺れた。
『このあとなんですけど、赤点とった授業で別課題がでちゃったので教えてもらいません?ヤバいんですよね』
そのぐらい、別に問題はねーしな。
恵茉とのラインを繰り返していると、進んでいたHRで委員長が声のトーンを少しだけ大きくしている。
「あと、もうちょっと先の文化祭のことなんですけど」
文化祭の話題になったところで少しだけクラスが色めいた気がした。
俺らの地域ではだいたいどの学校も7月上旬当たりで文化祭が開かれる。うちの学校も例外なくその時期に則って開催されるが、進学校あるあるでそこまで凝ったものじゃなかったような気がしている。
「文化祭なんですけど、クラス展があるので何をやるか、とか協力をお願いします。あと2日目の体育祭は出る選手を決めたりするので……。来週ぐらいには結構特別に授業くまれたりするのでまたお願いします」
このぐらいかな、という感じで解散を告げられる。その後はそれぞれ部活に顔を出していくのだろう、徐々にクラスメイトが教室を後にしていく。
「文化祭ねぇ……」
正直の選択肢としてはサボる一択なのだが。
「あ、サボろうとか考えてました?ダメですよ、その逃げ癖が高校生活えんじょいの阻害に繋がっているんですよ。クラスのみんなと何かを達成するとかそんな素晴らしいことありますか?ないんですよね、あ、これ反語です。古典も赤点もらってるんですよ、担任のくせに須藤先生酷いと思いません?」
「妥当だろ」
「あ、高瀬君もそっち側ですか。ちょっと頭いいからって恵茉のとこバカにしてるんじゃないですかねぇ……あっ帰らないでください!帰ろうとしないで!ちゃんと課題終わらせてからにしてくださいお願いですから~」
恵茉が俺の机に課題のプリントを山積んでいく。それはそうだろうなぐらいの量が出揃った。むしろ、補講か再試にしてあげたほうが良かったんじゃないだろうかとさえ思ってしまう。
「ここでやんの?」
教室内には委員長と副委員長と何人かの友人グループ。文化祭についてもっと詰めているのだろうか。断片的に会話が聞こえてくる。
「迷惑になっちゃいますかね?じゃぁ恵茉たちも部室でやりましょうか。あ、そういえば、ミステリ研もなにか文化祭でやりますか?やるなら許可貰いに行く必要があるんで早くしてくださいね」
「文芸部じゃねーのかよ」
あぁ、うっかり、と恵茉がはにかむ。
「部誌とか発刊するって言ったら高瀬君ちゃんとやりますか?」
「多分やんないと思うけど」
「じゃぁしょうがないです、今年は見送ることにしましょう。その代わり高瀬君も恵茉もクラスの準備にはキチンと協力する、その方針は絶対に曲げちゃいけませんからね。それで、クラス展って何やるんですかね?高瀬君はやりたいのあります?恵茉は正直よくわかんないんですけど。喫茶店なんて楽しいと思いませんか?」
旧校舎まで並んで歩く廊下の中で恵茉が提案してくる。喫茶店ねぇ。俺の脳内では恵茉がエプロン姿でお出迎えしてくれる様子が浮かんでしまう。なんというか、反則な気がする。
「楽な奴でいいけど」
「けど?なんですか?」
文化祭の話が出たということもあってなのだろうか、旧校舎の中でもいろんな部活が準備している作業が目に付く気がする。静かな暗いイメージがあるこの校舎の中にも、何か特別な雰囲気が漂う空気が流れているみたいだった。
「あのさ、やっぱりクラスの手伝わないってまずいよな」
文芸部室、あ、今は同好会室だっけ。半分がミステリ研によって占拠されているような部室の中で恵茉に問いかける。
「うーん。気になる人は気になるんじゃないですか。手伝ってないって。恵茉はよくわかんないですけど。というかなんだかんだちゃんと参加したいんじゃないですか!」
「いや、なんもしないって悪いじゃん」
「うんうん、分かりますよその気持ち。恵茉も文化祭で友達も作っちゃいたいですもん。大丈夫です恵茉に任せてください。高瀬君もちゃんと参加してるってところを上手く見せ場も作ってあげますから」
目をキラキラに輝かせて恵茉が張り切りだす。相談した相手が間違っていた感も否めないけど、よく考えれば、コイツ以外に相談できる奴なんていない。須藤?いや、そんな恥ずかしいことできるわけないし。
「ほどほどでいいからさ、マジで」
「大丈夫です、大丈夫。モーマンタイですよ。じゃぁ恵茉が高瀬君のために二肌ぐらい脱いであげるので」
二肌脱ぐと結構マズいぜ。
「ので?」
「課題、終わらせましょうか」
恵茉のひきつった笑顔につい笑ってしまった。
文化祭ムーブの機運は知らぬ間に高まっているようだ。高校生活イベントの乗り遅れは死を覚悟するのと同様に、一気に溝がえぐれるほど深くなっていってしまう。駆け込み乗車でもいいからとりあえず乗っておくことが重要な気がする。
他のクラスに遅れることなく徐々に話し合いは進んでいき、いつの間にか我がクラスは不思議の国のアリスを模した段ボール迷路を作る疑似アトラクションに決まったらしい。
「ということで、今日の放課後から作って行きたいんですけど……」
何度目かのHR。もちろん須藤はいないけど、委員長たちがそこそこの熱量でクラスの参加を促している。周りを見ると、寝ていたりスマホをいじっていたり、少しダレている様子が見受けられる。俺も人のことを言えないんですけど。
「放課後残って作業できる人いますかー?」
副委員長の掛け声にクラス内がざわつく。
もちろん、やりたいけど。今日の放課後は部活がー。なんて模範解答のようなざわざわ感。俺の口実は何にしようか、他校の喧嘩に巻き込まれててぇ、なんて言ったらじゃぁ学校来なきゃいいのにって話だ。参加はそれなりにしたいけど、ここで手を上げるほどのカリスマ性は持ち合わしていないのが現状だ。が。
はーい、とキレイな声で一人手を上げる女子生徒。
「恵茉、暇なんでいいですよ。あ、あと高瀬君も暇だと思うんでとりあえず二人は確保できそうです」
急に呼び出しを喰らって、なんて思いそうだけど、恵茉が手を上げたときから俺の名前が呼ばれることは想像するに難くなかったし、というかそうなるように前もって言ったというかなんというか。
でも俺の名前もセットになることは委員長的には想像できなかったようで、逆に彼女の方が少し戸惑いを見せている。
「ふぇ!家入さんは良いんですけど、え、あの、高瀬君も……」
クラスの視線が刺さった気がする。さっきと同様にスマホだけ見てればいいのに、なんて言うのはおこがましいか。
「手伝うだけならやりますよ」
おぉー、と恵茉だけが拍手。アレかな、不良が優しくしたら好感度が上がるみたいな特典は付かないかな。つかないよね。
「えーと、まぁ手伝える人は残ってもらう感じで……。用がある人はしょうがないので何回かあるんでそこで参加してもらえばいいと思いまぅ……」
クラス展の準備と言っても、今日できるのは準備の準備だろう。必要なモノの買い出しとか収拾とか。
「うーん、思ったより残る人が少ないですね。恵茉的にはもうちょっと残って友達と仲良く、ってイメージだったんですけど。アレですかね、高瀬君の名指しのせいでみんな帰っちゃったんですかね?」
「いや、俺のせいにするな」
急きょ決まった放課後の作業だからそれはしょうがないだろう。なんだかんだ明確に予定を決めればみんな参加するはずだ。
クラス内に居るのは俺たちと委員長、あと数グループ。
「えーと、とりあえず残った人たちでやってきます……」
さっきよりもちょっとだけトーンが下がった委員長とフォローしながら役割を振っていく副委員長の構図で準備に入る。
予想通りに買い出し班と段ボールを集めてくる係に別れて今日はほとんど何もせず終わるようだった。
「恵茉も買い出しが良かったんですけどね」
意外にも、というか結構段ボールを使いたいというクラスや部活が多いこともあってか、校内にはほとんど残っていないらしい。
ここは、と思って寄った図書館も既にもらわれていた後だった。俺と恵茉二人で校内を闊歩していてもしょうがないので、少し離れたスーパーまで歩いていく。
「買い出しはほら、予算とかクラス委員の出るところだからそれは俺らには任せられないでしょ」
「その買い出しに行くってのが良いんじゃないですか。絵にかいた高校生っぽいし。友達とワイワイやりながらですよ。いらないものなんて買ってきちゃって、クラスのウェイ男子から『何だよこれーいらねーだろー』とか言われてみたり」
恵茉の妄想に出てくる男子は具体的に誰なんだろうと想像するが上手くあてはまる気がしない。
「少し残して打ち上げの費用に回しましょうとか。あ、そういえば文化祭、体育最後の打ち上げってあるんですか?恵茉も行った方が良いですよね?高瀬君はどうします、恵茉的には高瀬君フォローに回る余裕がないような気がしてるんですけど。だって恵茉はこの後めちゃくちゃ友達ができる予定ですので」
少し考えて答える。
「俺、家遠いから行きたくない」
「なんですかその理由。コンパ断る女の子じゃないんですから、一人寂しく隅の方でご飯食べてるべきですよ、絶対」
容易に想像ができる話はやめてもらいたい。
「全然話変わるんだけど、恵茉ってクラス委員長とは友達じゃないの?」
iPhoneの地図頼りに細い道を進んでいく恵茉に問いかける。別に打ち上げの話が嫌になったんじゃないけどな。
「うーん。どうでしょう。何をもって友人というのか」
「それはココもそうだろ」
「難しいですね。でも、恵茉をあまり一人にさせないように声はかけてくれるんですよ、体育の時とか。ただ、なんというか、もうちょっとの距離の詰め方がまだもう一歩というか。あと委員長の友達の子が恵茉のとこ苦手なんですかね……そこがまた別問題として浮上している気がするんですよね」
「あーそっか」
「そうなんですよ。てゆーか恵茉の話だけじゃなくて、問題は高瀬君なんじゃないんですか?どうなってるんです?友達作りの方は、一向に自分から作ろうとする気が見えないんですけど」
iPhoneをしまって俺に向き直る。目的地のスーパーには着いたはいいが、どうやって持ち帰ればいいんだ
ろう、なんて考えていた。
「俺も何とかしなきゃいけないよな……」
むぅ、と恵茉の鳴き声が聞こえた気がした。
推理パートに入れない。もうちょっと上手くいく予定だったのに。委員長が悩みを抱えるって設定が書きながら降ってきた。こういう時ってちゃんと書き直したほうが良いのかな。あと今更気づいたけど、前回も委員長(図書)だ。かぶってる。なんにも考えてなかった。
反省。