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探偵志望ワトソンさんと  作者: 北乃コウ
迷惑ラブレター
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迷惑ラブレター<後編>

 

 職員室にほど近いコピー室はガランとしていた。もちろんそれはまだHRが終わっていないことも理由の一つであろう。時計を見るとあと五分ぐらいでタイムリミット。そこそこ急がなくてはならないだろう。



「今更ながら犯人さんは凄いですよね。だって学校のコピー室ってバレるリスクも高そうじゃないですか。バレてもいい理由とかあるんですかね~」



 恵茉が教室のプレートを眺めながら思ったことを口に出す。



「迷惑ラブレター、あれよく考えてみると凄いんだよ」



「まぁ努力は認めますけど」



「努力とか、根気もある方だと思うけどさ。あれ、なんで一目見た瞬間にラブレターだ、って思ったわけ?」



 探す場所なんてそんなに多くない。一応、コピー機を順に開けて、忘れ物が無いかを確認していく。



 バカにしないでください、と恵茉が自信満々に問に答える。



「それは、だって、内容がそう書いてあるんですよ」



「中身はね。でも、恵茉も俺も見た瞬間にラブレターだと思った。内容は知らないのに」



「……えぇ?クイズですか……?恵茉、勉強はあまり得意じゃないんですけど。それに分かってることをもったいぶって言う人、恵茉あまり得意じゃないんですよね。数学の小谷先生とか」



 ふ、と意識外の返答に思わず笑ってしまう。恵茉がちょっと睨んだ気がしたがどうだろうか。



「難しくはねーよ。……封筒を使ってたんだよ」



「封筒……ですか?」



 室内が籠っているせいで空気が気持ち悪い。おそらくダメなのだろうが、勝手に窓を開けて換気をしてしまう。



 恵茉は再びラブレターを取り出して今度は外見を注視し始める。



「そ、それも分かりやすくラブレターです、みたいな。縁の可愛いやつに入ってたわけ。そんなの用意するといくらかかるんだ、って話。俺ら高校生だし、バイトも禁止されてるし、3年の分を入れなくても、半分以上の生徒に配るわけなんだから。そうなると中身の印刷代ぐらいは浮かせたいと思わない?」



「ざっと300弱ですか……。内職の範疇ですね、それ」



 確かに、と恵茉がうなずいてくれる。その小さな行為だけで何故か嬉しい。



「でもめちゃくちゃお金持ちの方かもしれませんよ?」



「それを言われるときついんだけどさ」



「お金持ちの方だったら用意するのなんて簡単ですもんね」



 入り口近くに立ったまま恵茉は楽しそうに笑っている。俺の推理をあざ笑うかのように反例を取り出す様は、好きな子に意地悪する小学生にも見える。



 そして一向に室内に踏み入れようとしない恵茉に声をかけてしまう。



「……恵茉もちょっとは探してくれる?」



 待ってましたとばかりに恵茉が笑った。



「嫌ですよ、だって、ちょっと汚いじゃないですか、ここ。それに証拠集めのような事務作業は探偵の仕事じゃありません。助手の仕事です。延いては高瀬君の仕事です。ほら、ちゃっちゃと探し出してくださいよ」



「お前さぁ……」



「恵茉は先生に見つからないように見張りしておきますから、ね。分担作業です。恵茉、賢いんですよ。さ、お願いしますね」



「……」




「恵茉は先生に見つからないように見張りしておきますから、ね。分担作業です。恵茉、賢いんですよ。さ、お願いしますね」



「……」



 そう言うと半歩また下がってしまう。別にいいんだけどさ。



 一通り探すべき場所を見て、あとは本命だけだと思い覚悟を決める。といっても紙を取り扱う場所だから、ゴミ箱の仲と言ってもそれほど汚くはないだろう。小さな部屋だからか、頻繁に捨てられている気配はなく、中身はそこそこ入っていた。



 その中にわざとぐしゃぐしゃに丸められたゴミが一つ。



「あった」



「ありました?」



 やっと、恵茉が室内に踏み込んできた。俺の手元をのぞき込んで、ばっちりです、呟いた。



「インクが擦れたやつだろうけど、ほら。完全に同じでしょ」



「完璧です!やりましたね!さすがは恵茉の推理通りです」



 手柄を横取りするな。



「恵茉、ワクワクしてきました!核心に向かっている気がします。つまり、あの迷惑ラブレターの中身はここで印刷されたってことですね」



 ひとまずコピー室を使ったという証拠が出てきて一安心だ。これで容疑者は一気に絞られるだろう。



「そろそろ見えてきましたね!で、犯人は!?」



「容疑者は3人かな。犯人がどこまで真面目かは分からないけれど、ほら」



 教室内の入り口付近の備え付けられているノートを手渡した。



「……なんですか、それ」



「コピー室を使った人は利用者名簿に記入する必要があるみたいだし」



 そう言って今日の日付の書かれたページを探す。



 昼休みに3人の名前が書いてあって、それ以上の記述は無い。



 3年D組の生徒二人、男子生徒と女子生徒。それに新聞部の1年生一人。クラスが違うから俺と恵茉の知り合いではないだろう。犯人はこのうちの誰かだといいんだけど……。



 恵茉がげんなりとした声を上げる。



「いやいやいや、犯人が書きますか?恵茉だったら絶対書きませんよ?」



「聞いてみる分には価値があるかもしれないだろ?もしかしたら違う人が使っていた、みたいな目撃証言もあるかもしれないし」



「それは……確かにそうかもしれませんね」



 帰り際に窓を閉めておく。俺らはノートに名前を残さないから、さっさと撤収した方が良いかもしれない。



 チャイムが鳴り響いた。そろそろ時間切れだが、事情聴取をしに行くには舞台が整ったという見方もできる。



 それを受けて恵茉が早々に仕切りだす。



「じゃぁ恵茉がこの1年の女の子の話聞きに行くんで、高瀬君はこの3年生のお二人のアリバイを聞きに行ってください。これは部長命令です、絶対です。別に恵茉が3年の先輩ちょっと怖いなぁーとかそんなんでは絶対にないのです」



 絶対そうだろ。俺だって別に得意ではないんだが。



 反論する隙も与えず、恵茉が教室から飛び出していこうとする。彼女がいきなり『犯人ですか?』みたいな聞き方をしないことを願うばかりだ。



「では終わったら下駄箱に集合でお願いしますね」



 もう少しで解決しそうな迷惑ラブレター騒動も佳境に入ってきた。




 ちらほら人が通り過ぎる下駄箱で恵茉を待つ。まだ校内の噂になってもいないだろうけどこれ以上続くとまずいかもしれない。



 そう思っていると廊下を走る危なっかしい音が聞こえてきた。



「遅くない?」



 恵茉が息を整える間に小言をぶつける。



「ちょっと場所に手間取っちゃって。小関さん、えぇと、コピー室を使った女の子なんですけど。彼女、新聞部なのに部室にいないんですもん。パソコン室だったんですよ?恵茉、校内走りまくりです」



「で、どうだった?」



 聞いてきた情報を一言も落とすまいと恵茉がそらんじる。



「小関さんが言うには、使ったのは彼女1人だけだったらしいです。使用中に他の人が来ることも無かったと言ってました。もちろん先生方も。あと、これは補強情報ですが、小関さんは恵茉よりも長い髪の毛でした。あの子をショートカットと間違えることはいくら高瀬君でも無いと思います」



 恵茉よりも長いのだから相当だろう。



「部活で忙しかったみたいで、直ぐにパソコン室へと帰っちゃたんでそれ以上の情報は得られませんでしたね」



「……あ、そう」



「そっちはどうだったんですか?」



 俺もさっき聞いた話を恵茉に伝える。



「3年の2人はちょうどカップルで、二人で赤本をコピッただけだって言ってた。後は恵茉と同じで他の人も来てないって」



「ちなみに女の人は」



「……ショートだったよ」



「じゃぁ決まりじゃないですか!犯人です!カップルが我々下々を小馬鹿にするために仕組んだ罠で決まりです!」



「本当にそう思ってる?」



 恵茉は可愛く舌を出してこつんと自分の頭を叩く。



「思ってません、だって、ショートの子が違うって言ったのは恵茉ですもんね。ごめんなさい」



 迷惑ラブレター騒動も終わりにしなきゃならない。それでもまだ決め手に欠けるのは、迷惑ラブレターがラブレターの格好をしていなきゃならない理由と、俺が見たショートカットの女子生徒の謎。コレが解けない限りは帰れる気もしない。



「とりあえず、人があまり来ないうちに回収しちゃいましょう。別にコレを盗られて怒る人はいないですよね?むしろ、先に取ってあげるから恵茉に感謝です。それにしても本当に同じものばかりですね」



 恵茉は次々に手紙を取り出していく。自クラス分が終わったぐらいだが、相当な量になっていた。その作業が恵茉にとって段々と楽しくなってきたのだろう、鼻歌を混ぜながら回収していた。



「なんか『ウォーリーを探せ』みたいな。本物はあるんですかー?」



 ラブレターとしての本物。それはきっと迷惑に思ってほしくない代物。



「恵茉!」



 声が大きくなった。



 飛び上がった俺の姿に恵茉がビクッと肩を震わせた。



「うぇ!?なんですか!?びっくりしたー」



 驚いた恵茉の目を俺は真っすぐ見る。



「恵茉、もしかしたら、まだ間に合うかもしれない」



 きっと、これは叶わない恋の物語かもしれない。






 トントン、と恵茉が教室の扉を叩く。



「失礼します」



 扉を少しだけ開けて、中の人を再び呼び出す。俺はそんな恵茉の様子を後ろから眺めていた。



「あ、恵茉ちゃん。どうしたの?」



 パソコン室から出てきたのは、確かに恵茉よりも長い髪の小関さんと呼ばれた女の子だった。新聞部なのに、パソコン室から。



 それはきっと、まだ新聞部がコピー機を必要としていないことが伺える。



 つまり、彼女がコピー室へ新聞部の用事で向かうことは現状無いと言えるのだ。



「小関さん、コレ、お返ししますね」



 恵茉は紙袋を彼女に渡す。小関さんは中身を見ると、一気に青ざめた顔になった。それが全てを物語っているのだろう。



 ぱたんと外に出て、彼女は周囲を見渡す。俺と目が合って、恵茉を見て、何か合点が行ったのか追及はしてこなかった。



 恵茉は慣れていないのだろう、それ以上どうしていいのか分からず、彼女の前から動かない。



 小関さんは下を向いたまま顔を上げることは無い。



 居たたまれない空気に耐えられなくなったのは恵茉の方で、じゃぁまた明日、なんて不必要な言葉で締めようとした。



「……なんで?」



 背を向けた恵茉に小関さんが顔を上げて呼び止めた。



 恵茉がくるっと彼女の方を向くと、穏やかな声を廊下に響かせた。



「まだ間に合ったからですよ」



 恵茉の言葉に彼女が自虐的に笑った。



「……そっか。でも間に合ってないよ。だって既にやったことだからさ」



「新聞部、今日もまだコピーの日じゃ無いですもんね」



「そうだよ。そっか、そういうことか」



 彼女が教室のプレートを見上げた。堂々とコピー室の使用状況を書いたのは彼女なりの止めてほしい裏返しだったなんて、調べれば見つかるのは罰を受けたかったからなんて感じてしまうのは正しいのだろうか。



 小関さんは自分のしたことを反省するように、それを誰かに聞いてもらいたかったかのようにぽつりぽつりと話していく。



「恵茉ちゃんは分かる?親友と好きな人が同じで。その子が告白するって。応援してあげたいけど、出来なくて……。どうすればいいかわかんなくて」



 迷惑ラブレターがラブレターである意味。ラブレターじゃなくちゃいけない意味。



 それは、きっと親友の心のこもった手紙を盗むことも破ることもできない彼女が精いっぱい考えた故の行動だったのだろう。



 大量のラブレターが溢れた日なら、本物も偽物なんじゃないかって思ってくれるかもしれない、なんて淡い期待。



 彼女のつぶやきに恵茉が非情に突き放す。


「分かんないです、だって、恵茉、親友いませんから」


 想像もできません、と言わんばかりの彼女の態度。


「でも、やったことは謝って、ちゃんと話せたらいいなって、親友ができたらそうしようと思います。彼女は相談も小関さんにするんですから、本当に心が繋がっているんです。なら、きっとちゃんと話せば分かってくれるかもしれません」


 恵茉が小関さんの肩を抱いた。


「そっか……そうだよね……」


 廊下の先では、きっと、小関さんの親友であろうショートカットの女の子の姿が見える。今日の顛末を親友に話に来たのだろうか。この先に俺らはいらないだろう。恵茉が小関さんにティッシュを渡して、俺の元へと駆け寄ってきた。


 2年生の下駄箱だけだったのはその相手が2年生だったから。3年まで配る必要はないということと、1年の下駄箱にも配ったのは出した本人にも状況を知らせる目的があったのかもしれない。ラブレターという方法を取ったのは、きっと彼女も小関さんも連絡先を知らなかったから。だからこそこんな事件が生まれたのだろう。


「じゃぁ帰りましょうか」


「やっとだな」


 言葉数少なく昇降口へと向かう。既にほとんどが下校したであろうこの場所に留まっている人はいない。下駄箱を開けるともうそこには普段と変わることのないスニーカーが入っていた。


 その様子を見ていた恵茉が横から笑いかける。


「期待しました?」


「しねーよ。というかこれから入っていても勘繰っちゃう気がする」


 外の湿度は相変わらずだが、少しだけ気分が良い。


「本屋寄ってく?」


 もちろんです、と恵茉がはしゃぎ気味に答えた。そもそもそれが俺らの目的だったのだから果たさなくてはいけない。


 帰り道、恵茉と並びながら今日のことに似た言葉を交わす。


「高瀬君は好きな人が取られちゃうかもって思ったらあれだけ動けますか?」


 恵茉の質問によく考えないまま、心のままに返す。


「難しいかな」


 恵茉がふっと笑った。


「恵茉もです。恵茉も、きっと、動けません。取られることは、もちろん恵茉のものじゃないんですけど、取られるギリギリでもあんなに行動はできないと思います」


 だよな、と俺も返してしまう。


「俺も、それで嫉妬しちゃうかも」


「ふふ、なら大変ですね」


「なにが?」


 目的の本屋はまだ遠い。


「え?だって恵茉こう見えてめちゃくちゃモテるんですよ?だからー……」


「だから?」


 だから、の続きは待っても出てこない。


『だから、取られちゃうかもっていう心配は人一倍ですね』


 きっとコレが続く言葉なんだろうなんて思うのは痛すぎる。


 恵茉はぶんぶんと頭を振って、強引に話題を変えて、さっきよりも大きな声を張り上げる。


「なんでもありません。というかスゴク暑くないですか?恵茉、夏苦手なんですけどー。高瀬君はどうですか?でも、恵茉、かき氷は大好きでー」


 迷惑じゃなければ、一通ぐらい送ってもいいかもしれない。


『迷惑ラブレター』終わりになります。

読んでくださる人が居たのならば、こんな駄文中の駄文に最後までお付き合いいただいて本当に本当に心から感謝です。ありがとうございます。


何かココおかしすぎるだろ!とかココ矛盾だぞ!みたいな点が散見されて見過ごせなくなったら教えていただけると幸いです。



今どきの子はラブレターなんて方法を使うことは無いと思いますが、もし使うならこんな物語があっても良いかな、と思って作りました。


最終更新日から2年も経っているんですね。何も考えず気分のままに投稿するからこうなるんです。


『迷惑ラブレター』という題名を思いついたので、忘備録的にできたお話でした。また何か思いついたら作ろうかな、と思っているので完結にはしません。『密室バレンタイン』で完結はしてるんですけどね……。


突発的に作ったので主人公のキャラが活かされてなかったり、恵茉ちゃんの可愛さが足りなかったりモヤモヤな部分は多い気がしますが、それは次回以降に頑張れたら、と思います。逃げです。


また『探偵志望~』が書けるだけのナゾ(というには拙いのですが)を思いついたら書いていこうと思っています。その時はまたお付き合いしていただけたら嬉しいです。


今回は本当にありがとうございました。





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