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探偵志望ワトソンさんと  作者: 北乃コウ
迷惑ラブレター
19/36

迷惑ラブレター<中編>

 

「恵茉、それもラブレター?」


「そうです、高瀬君がもらったやつと同じですね」


「まったく?」


「えぇ。まったく同じです。何か気持ち悪いじゃないですか」


「中身も?」


「えぇと、貸してもらってもいいですか?」


 綺麗に折りたたまれた手紙をもう一度恵茉に渡す。雑に広げた恵茉は間違い探しをするように、俺のと恵茉の、二つを見比べていた。


「中身も、です。一言一句、検証しますけど、多分同じです」


「質の悪いイタズラかなんかだな、帰ろうぜ」


「恵茉、分かっちゃいました」


 ニヤリ、と恵茉が笑う。


「流石だな。じゃ、帰ろうぜ」


「ちょっと待ってくださいよ!なんでなんですか!というか今どき若手の芸人さんだってこんなにきれいなちょっと待ってくださいよ、なんて言いませんよ。恵茉、もしかしたらバラエティで食べて行けるかもしれません」


「……」


「少しは笑うところです」


 自分の言ったことに反応が無いと恥ずかしくなるのか少し声が大きくなるみたいだ。


「とにかく聞くところでしょ!恵茉の探偵としての超絶思考回路がピンと来たんですから。推理ショーの始まりなんですよ?こんなチャンスなかなか無いんですから。前もあった気がしますけど、高瀬君に取られてしまいましたし……」


「分かったって、聞くよ」


 探偵もどきは、ゴホン、ともっともらしく咳をして喉の調子を整えてゆっくりと語りだした。


「まず、この手紙、恵茉と高瀬君の二人の下駄箱に入っていました。封筒も中身も全く一緒の時点で、この二つを下駄箱に居れたのは同一人物だと考えられます。そして、内容です。ラブレターといってもなんら差しさわりのない文面です。けれどおかしな点がありますね、それは……高瀬君、なんだと思います?」


 いきなりのクイズ形式に恵茉の自信が現れている。


 放り出したスニーカーはまだ役目が無いだろうから拾いあげて、何も入っていなくなった下駄箱にしまい込む。


「……手書きなんだろうけど完全に印刷された物なこと、それ。あと……」


 続きを待たずに恵茉が口をはさむ。


「そうです、宛名と差出人の名前が無いことです」


 それぐらい俺だって言おうとしたんだけどね。恵茉のドヤ顔を直視するのが嫌になってリノリウムの床に座り込む。恵茉は下駄箱に寄りかかっていてお世辞にも上品とは言えないだろう。


 返してもらった、一応、俺当てのラブレターもどきを受け取って、今一度中身を確認する。


「つまり、これはラブレターでは無いってことはこの時点で証明されましたね?」


「まぁそれは分かっていたけど」


「あ、なんかちょっと悲しそうですね。ダメですよ、そういうの。まぁ確かに?高瀬君はともかく、恵茉はラブレター貰う可能性がありますもんね?」


 思わず彼女を見上げてしまう。こんな発言を許されるのはよっぽどの美少女じゃないといけないはずだから。目が合った彼女は恥ずかしそうでもなく、さも当たり前のような顔をしていて、とても否定する気になんてなれなかった。


「可能性はあるだろうけど……」


「むふぅ」


 あからさまに嬉しそうな顔をするな。


「コレが恵茉だけの下駄箱に入っていたのなら、紛れもなくラブレターで良いと思います。古風な告白ですから、実に恵茉好みと言えるでしょう。その観点からすればこの犯人さんは少し惜しかったかもしれません」


 それだけだとラインでの告白は恵茉的にNGなのが分かるだけだ。


「繰り返しになりますが、この迷惑なラブレターもどきはミステリ研の二人の下駄箱に入っていたのです。完全に我々二人を狙い撃ちにしたこの犯行」


 たっぷりと間を置いて恵茉がにんまりと笑った。


「つまりこれは挑戦状です」



 宛名も何もない手紙からはこれ以上読み取れることが無さそうだ。



「挑戦状ね、なるほど」



「だからこの手紙の内容には絶対謎解きみたいな何かが隠れているのです」



 恵茉は穴が開くほど手紙を見続けている。ひっくり返したり逆さまにしたり、それ、謎解きだったらお粗末すぎやしないか?



「で、どうですか?恵茉の推理?何か引っかかるところはありますか?」



「いや、別に。ラブレターじゃないのなら果たし状か何かでしょ?で、実際内容がラブレターに近いから謎解きの挑戦状って線は妥当だと思うわ」



 解けるだけの謎が隠されているのかということと誰が出題者なのかはこれから考えていくとしても、恵茉の推理は冴えていると言わざるを得ない。



「ふふん、恵茉の探偵としての才能が見え隠れし始めますね」



「隠れちゃダメだろ……」



 腰に手を当てて大袈裟に胸を反らす恵茉の鼻息が荒い。



「となると何かヒント見たいのが隠されているはずだから……」



「狸の絵があれば簡単なんですけどね」



 横目で恵茉を見ると必死に手紙とにらめっこしている。多分、恵茉は本気で言っているのだろう。と思うとこの天然さが少しでもクラスに伝われば友達なんて余裕なのにな、なんて考えてしまう。安定しない思考を回していても一向に読み解ける気配がない。それは恵茉も同じようで、一旦別の角度から考え直してもいいのかもしれない。



「恵茉、あのさ……」



 俺が恵茉に声をかけるのとほぼ同時だった。授業終わりの集団が声高らかに下駄箱に流れ込んできた。と言ってもまだ終業のチャイムは鳴っていないから、それでも早い方なのだろう。大きな声にかき消されて俺の声は恵茉に届かない。



 3人グループは2年生のようで、はしゃぎ声はトーンダウンすることも無い。そのおかげで大事な情報が聞こえて来ることになったのだが。



「あれ、なんだこれ」



 間の抜けた声がこの空間に響きわたった。








「あれ、なんだこれ」



 1人がさっきの俺のように底抜けの明るい声を出す。その姿がありありとイメージできる気がする。


 恵茉と二人顔を見合わせてしまう。まさか、という恵茉の表情からさっきまでの楽しそうな感情が消えて行っている気がした。



「おい、コイツ、ラブレター貰ってんぞ!」



 俺らと同じ手紙が彼らの下駄箱の中にも入っていたのだろう。その一人は他の二人に見せびらかしたに違いない。呼応するように歓声が上がる。



 その言葉に恵茉がこの世の終わりのような表情で固まる。



「嘘マジかよ!うらやまー」



「うっわ!超嬉しいわー!ギャハハ」



「うわマジかよ!え?俺の所にも入ってるんだけど?」



「は?嘘つくなよ」



 あからさまに声音が小さくなる先輩方。



「マジマジ!」



「え、うわ、俺んとこにも」



「3人に入ってる確率とかエグない?」



「いやでもこれ、全部同じだし……」



 しょうがなく立ち上がって、俺のすぐ横の下駄箱を開ける。何も入っているなと、念じるけれど、そこにはもう見慣れてしまった手紙が入っている。



 大前提が崩れる。これはミステリ研だけに向けられたものではない。



 大きなため息が向かい側から漏れ出た。それでも声音が明るいのは、きっと、彼らの学園生活が些細なことに引っ張られない強度を兼ね備えているからかもしれない。



「なんだ、ただの嫌がらせかよ。期待して損したー、帰ろうぜ」



「はー、迷惑なことする奴もいるもんだな」



 おそらく普通の反応なのだろう。申し訳程度に備え付けられているゴミ箱に手紙を突っ込むと先輩方は外へと駆け出していく。嵐が過ぎ去ったかのように下駄箱は静まり返ってしまった。



 同じくらい大きなため息をついた女の子をそっと気遣う。



「……恵茉」



「……最悪です」



 最悪です、と小さく繰り返して、恵茉も俺と同じように無作為に下駄箱を開けていく。



「俺ら以外にも、というかほとんど全部に入ってるんじゃないかこれ」



「……推理が振出しに戻ったじゃないですか……」



 彼女は手元にラブレターもどきを集めてトランプのように動かした。雑念を振り払うでもなく、ただ単純に手持ち無沙汰になって遊んでいるようだった。



「まぁここからがミステリ研の本番です。じっくり考えていきましょう」






「とりあえずさっきの先輩方が捨てった奴と近くの下駄箱に入ってたやつを拝借させてもらいました。れっきとした捜査ですから、横領?ではないですよ」



 俺は床に座り込んだまま恵茉と続きを始める。はたから見たらきっと迷惑なカップルなんだろうけど、傍から見る人が居ないお陰でなんとか免れてはいる。



 2年生側に入っていたであろう手紙も何ら変わりなく、ただ数が増えただけだ。



 恵茉は落ち着きなく昇降口の端まで行くと、ためらうことなく3年の下駄箱も開け始めた。



「あれ?高瀬君、ちょっと来てください」



 呼ばれた先で開け放たれた誰のかも分からない靴箱を覗く。



「入ってませんね」



 また頭をひねらなきゃいけなくなってしまう。その横も、その横の横も、反対側も恵茉が次々と開けていくが中に手紙の類は一切見られない。



「3年の下駄箱はターゲットになってない?」



「そういうことになりそうですね、もしかしたら縦割りの組って可能性もありますけど……、いいえ、ごめんなさい。なさそうです。各組の一番だけ開けてみましたが3年生には配られてないみたいです」



 恵茉と一緒にまたさっきまで会話していた場所、自クラスの下駄箱前に戻る。



「どれがどれだか分かんなくなりそうだな」



「ですよね。一応、これとこれが恵茉と高瀬君の所に入ってたやつです。見比べると……」



「全部、同じだな。違いが一個も無い」



「というと、どうなりますか?」



 自分の考えを確かめるように俺と思考を合わせてくる。



「恵茉の推理が外れて、俺らミステリ研への挑戦状では無いってことになるのでは」



 うぅん、とあきらめの悪い声が恵茉から鳴った。



「いや、待ってくださいよ、これ全部がミステリ研への挑戦状かもしれないじゃないですか」


 ガバガバな推論に少し緊張が解れる。恵茉らしいと言えば恵茉らしい発想なのだろう。



「そしたら違う人に謎が解かれてしまうかもしれないぜ?挑戦状を出して、挑戦してほしい人以外が来ても犯人は困るだろ」



「ぐぬぬ」 



 それが自分の可愛さの証明でもあるように頭の悪そうな反応を取る。ぐうの音がでないと言ってもそれを示す表現は他にもあるだろうに。



「となると果たし状でもないから……」



「あっ!じゃぁ本物のラブレターってことでどうですか?百人に出して一人からオッケーがでればいいって考えたんですよ。はい、恵茉賢い」



 キャ、と調子が一個上がる。なるほど、と思ったがすぐに首を横に振らざるを得ない。



「男子か女子かも決めずに?」



「ぐぬぬ」



 さっきよりも楽しそうな声音から、もしかしたら分かってて楽しんでいるのかもしれない。






 中のわら半紙から読み取れる情報を、と思ってもう一度広げた。手に馴染んだ紙質から五感をフル稼働させて考える。



「手書きの文字からして女の子なんだろうけど、決め手には欠けてそうだよな。実は男子って可能性も捨てきれない」



 割と可愛めの封筒からも宛先が男女どっちもという点からも性別までは絞り込めそうもない、が……。



「……」



「?どうしました?」



 不意に黙った俺に恵茉が心配そうな態度を取った。



「いや、ちょっと引っかかることが合って」



「え、なんですか?恵茉に隠すことですか?」



 恵茉に隠し事なんてする理由もないし、する気も起きない。頭の中にふと浮かんだ情報を間違えないように恵茉に伝えていく。



「思い出したことがあったんだけど。実際、この件とは何も関わりが無いだろうけどさ。その、今日俺、遅刻してきたじゃん?」



「しました。あれ、ラインでも行ったんですけど辞めてくださいね。ちょっとドキッとするんですから。話す人いなくなったらどうしようって思うんですよ?マジで。今日とかグループ授業が無い日はいいですけど、無慈悲に二人一組作らせる授業の日は絶対ダメですからね」



「それは本当にごめん。で、その遅刻した時なんだけど。だから、一限目が始まってるぐらいの時間に2年生の方からもう一人、同じように遅刻した人が居たんだよね」



 恵茉が目を丸くして声を張り上げる。



「え!?それって有力な犯人候補じゃないですか!?容疑者ですよ!面白くなってきましたね!?年は?性別は?彼氏はいる?知り合いですか?調べてありますか?」



 恵茉の追撃を元にゆっくりと記憶を探る。あの時、恵茉からラインが来る前に感じた違和感の正体を思い出す。



「ショートカットの女の子だったんだけどさ、あの時何か引っかかって……」



「特徴は?なにかこう、おっきいリボンをしてたとかあるじゃないですか。それか、鞄とか!おっきい人形を付けているとか、リュックを背負ってたとか、派手なトートだったとか、いろいろありますよ」



 パチンと、記憶が鮮明になる。なんだかんだ恵茉の一言が決め手になって思い出すなんて気恥ずかしい気持ちにもなってしまう。



「思い出した。あの時、遅刻だろうな、って思ったのにその子が鞄を持ってなかったから気になったんだ。そう、もしかしたらその人が……」



「……え、それだけですか?」



 思っていたよりも芳しく無いリアクション。



「……いや、え?……うん。それだけだけど」



「……まぁ、うん。期待しすぎた恵茉にも問題はありますからね。そのぐらいの目撃証言で許してあげます。ただ、ごめんなさい、恵茉の推理だとその子はノーカウントで良いと思うんですよね」



「なんで」



「だって、その子が居たとしても、その時点では高瀬君の下駄箱に異常はなかったんでしょ?なら、そういうことです」



「あ、そっか」



 折角思い出せたことが水の泡と消えて少しだけ気落ちしてしまう。そんなことを感じ取ったのか、恵茉が穏やかな微笑みを携えて俺の肩口を触った。



「分かりますよ。恵茉に憧れて推理ごっこしたくなったんですよね、大丈夫です。高瀬君の気持ちは恵茉がちゃんと理解してますからね」



 前言撤回、今はこの女の子に無性に腹が立つ。




「3年の下駄箱には配られてないこと。ラブレターじゃないのにラブレターもどきであること。凝った労力がかけられていること……。分かんないことだらけで、正直、お手上げ」



 ダメですよ、と恵茉が考える人のポーズをとったまま答える。そのまま石像になってしまうんじゃないかって程綺麗な立ち姿だったけれど、落ち着いていることは石像になった恵茉にも不可能だろう。



「むむむ、この名探偵の恵茉ちゃんの脳をグラグラに揺らす犯人はとても知能犯とでも言うべきでしょうか」



 名探偵『気取り』だろとは思うが言葉には出さない。



 HRが終わるまで時間は無い。きっと手紙が配られていることが露呈する状況が犯人にとっての狙いだろうから、急がなくてはならない。



 俺はわら半紙を手紙の中にしまい込むと立ち上がる。



「……ちょっとコピー室にでも行くか」



「なんでです?」



 ピンときてない恵茉の顔に思わず呆れてしまう。



「この手紙の中身、というか、この紙、見たことない?」



「……うぅーん」



「え、お前授業中ずっと寝てんの?」



 中身を見て紙を見ず。取り出した時の指に馴染んだ理由。恵茉は両手で挟むように持って肌触りを確かめるように動かしている。



「あ!授業で配られてるプリントと同じやつです!見たことあります!手触りとか、なんか知ってると思ってたんですよね~。あぁー、そっか、だからか~」



「もしかしたら証拠とかも残ってるかもよ」



「悪くないアイディアですが、それ、恵茉もずっと思ってましたからね」



「はいはい」



 ちょっと急ぎ目で俺らは下駄箱を後にする。証拠があることを願いながら階段を駆け上がった。






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