気になる匂いの正体は<後編2>
俺の制止も聞かず、恵茉が思い切りよく登山部の部室をノックした。
「すいませーん、誰かいませんか?」
もう一度、恵茉が扉を叩こうとしたときに、ボロボロのメッキのドアが開いた。
厚めの眼鏡をかけた部員が面倒くさそうに外に出てくる。多分、先輩だと思われる人の登場だが、恵茉は別にひるむことなく話しかける。逆に先輩は校内でもそこそこ知名度を得てきた恵茉に少々面食らっている様子だ。
「すみません、私文芸部のものなんですけど……」
文集を作る際に登山部の部室を参考にしたくてぇーと明け透けな嘘で中を覗く恵茉。ゴリゴリに帰り支度をしている女の子なんだから察しが良ければ嘘だとバレそうでもあるが。
もしこれで登山部が煙草の件の方でビンゴだったならきっと立ち入り禁止になりそうでもあるが、先輩はすんなりと中へ通してくれた。あ、容疑はかからないのかな。
普通の文化部の部室は教室だったからそれに慣れすぎているのだろうか。かなり昔に建てられているのであろうコンクリむき出しの部室棟の一部屋はかなり小さく、窮屈に感じられてしまった。3人でこのぐらいの感じだと、大人数の部室はどうなのだろうか。
いや、それは俺の思い違いなのか。部室の半分を占めるぐらいに山岳用品がところ狭しと並べられている。なるほど、これで圧迫感があったのか。
それにしても、だ。
「……火気類は無いんですか?あの、ガスとか……」
こういう時は可愛い女の子が聞く人に限る。先輩も恵茉相手だからか丁寧に説明してくれていた。
火気は顧問の先生の管理下だという。実際の登山の時に先生が忘れたこともあって困ったというエピソード付きで。
へぇーと恵茉が可愛く相槌を打ってる中で、俺はそれ以外も一応目を光らせてみる。もちろん、俺らが予想しているモノなんて白昼堂々、蛍光灯の下に置いてあるはずがないのだが。
「すみません、お忙しい中、ありがとうございました」
捜査は打ち切りだ。ちゃんと応対してくれた先輩に感謝。
逃げるよう、とまではいかないが、足早に場所を移動する。
「……ありませんでしたね」
「そうだな」
「ということは決まるんじゃないですか?」
「バレー部が、ってこと?」
恵茉は俺の返答に応えなかった。思い出したように言葉を紡ぐ。
「というか最初の推理も外れてましたね。確かにガスなんか部室に置いといちゃマズい気もします。そういう面では登山部はしっかりされてる方たちが多いのかもしれませんね。不良では無いほうで」
恵茉が俺の格好を見て笑う。そういう面では俺はしっかりされていない方ですからね。
「バレー部も見たほうが良いですか?」
上目遣い、というかそもそもの身長差があるんだから基本恵茉は上目になるんだよな、なんてことを思った。
「止めとこうぜ。発見なんてできるはずもないし。というかクラスの人が犯人だった、なんて嫌じゃん」
「いや、だからです」
凛とした声が返ってきた。
「だから、ですよ。もし、本当にバレー部だったら嫌です。何もなかったです、とりあえず終わりました。分からなかったです、しょうがないです、の方がマシです。あの人かなぁ、って思っちゃってる方が嫌ですし」
それに、と続ける。
「それに、もし持ってたとして。明日とか荷物検査があったら嫌じゃないですか」
確かにそれもそうだな、と俺の定まらない心持を誰が攻められようか。
バレー部部室の前。登山部が部室棟の2階にあったが、バレー部は1階の反対側にあった。恵茉もそうだけれど、俺もちょっと緊張している。
女子の部室ってことで恵茉も扉を叩くことはしない。そのクラスの人にline電話をかけている。
「……でますかね?」
「いや、知らんけど。電話したことあんの?」
「トーク自体が初めてです」
……なかなか強メンタルをしているようで。
その後ワンコールツーコール。
恵茉が自嘲気味に笑って首を振った。これならしょうがない、と思った。
「あ、繋がりました」
Lineのキャッチと同じタイミングでバレー部のドアが開いて、クラスメイトが外に出てくる。鉢合わせとはまさにこのことなのだろうか。
「あれ、恵茉ちゃん?え?」
「ごめんなさい、いきなり電話して……」
お互いの声が互いのスマホから重なるように聞こえる。
えぇと、どうしようという恵茉とバレー部の彼女を後ろから眺めていた。制汗剤の匂いが漂った。
あ、と思う。もしかして、とも。
例えば、報知器なんだけど、スプレーにも反応するんだったら。
気づけば俺は当たり障りのない会話で間合いを読み続けようとする二人の間に割って入ってしまった。なんだろう、ちょっとカッコつけてるのかもしれない。
短い咳ばらいを一つ。
「近いうちに荷物検査あるかもしれないから、気を付けたほうが良いんじゃない?」
カマをかけたような俺の物言いに二人ともあっけに取られて、それでも、先に分かったような恥ずかしいような顔をした恵茉じゃないほうの女の子が下を向く。
「……知ってたの?」
小さな声で彼女が尋ねたけれど、全部偶然の出来すぎた話だろう。だから、何を知ってたのかも俺には分からない。
「しらね」
「あー、なんというか。恵茉はそういう変なカッコつけ方好きじゃないですし、というか高瀬君乗り気じゃなかったくせに。あの、詳細はまた後でlineしますね。ごめんなさい、部活中に。また明日です」
先に職員室へと向かう俺の後ろを恵茉が追ってくる。スクールバックを俺の背中に一回バウンドさせて、横に並ぶ。
「ホント、推理でもないですよね。たまたまですね」
恵茉が微笑む。釣られて俺も笑った。
これは本当に何気ないはずだから。
翌日。結局、タバコの問題は公表され、放課後には大々的でもないが形だけの荷物検査が行われた。何も出てこないことが目的になっている謎な検査だ。
終わり次第解放される手筈なので文芸部室に向かう。
「……あれ?」
いつもは空いているはずの部室に鍵がかかっている。恵茉はまだ来ていないのだろうか。スマホには何も着信が無いことを確認しながら、壁にもたれて恵茉を待つ、
遅れること数分、いつものようにパタパタと音を立てながら階段を上ってくる女の子。
「もぉ、どうせなら一緒に行けばいいじゃないですか」
「いや、そんな別に」
「職員室で終わった須藤先生に聞いてきました。部室棟の誤作動は女子バレー部からで間違いないらしいです。まぁ誤作動じゃないのが事実なんですけど。スプレーに反応した、ってことになってるらしいです。公的には」
「そんなウソ、みんな気づいてるよな」
でしょうね、と恵茉がはにかむ。部室の鍵を開けて、いつもの席に二人座る。
「どこの部室から鳴ったのかはオフレコですから。その点は大丈夫なんじゃないでしょうか」
どうだろうか。でも噂が立ったとしてもそれも数日のうちに消えるだろう。
「誰からも何も出てこなかったのでよかったよかったです。けれど先生ヒドいんですよ。恵茉の愛用の香水だけ没収したんですから。意味が分かんないですよね。取りに行けば返してくれるんですから……」
「恵茉、香水付けてたの?」
あ、と恵茉の顔が固まる。少しだけ止まった後にごまかす様に笑った。それは別にどうでもいじゃないですか、と。
俺はスン、と鼻を鳴らしてしまった。甘い香りが鼻をかすめた気がした。
書ききることが目標なんです。
つまり中身の酷さには目をつむってほしいということなんです。。。。
秋編終了です。高瀬君の不良属性をどうにか生かしたくて、タバコをモチーフにしたいなぁとずっと考えていました。最初は「どう火をつけたか」に焦点を当てて、登山部だ!って感じにしようと思ってたんですが……。どうしてこうなった……。
書けば書くほど悩めば悩むほど変化していきます。最初のプロットとはいったい何だったんだ?っていうのもしばしばです。
来月中に冬編を完成させてどっかのラノベの賞に送るのが目標です。
雑文に付き合っていただいてありがとうございました。




