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探偵志望ワトソンさんと  作者: 北乃コウ
気になる匂いの正体は
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気になる匂いの正体は<後編1>

生徒指導室。とは言ってもそれは名前だけで、普通の教室となんら変わることは無い。進路指導にも使われているのか赤本や参考資料がスゴイ量置いてある。


 机の上には“拾った”ハズのセブンスターの空箱。


 本当だったら向かいは可愛い女の子なはずなのに、微妙な顔をした教頭先生。あのまま連行された俺と無言の時間が続いている。


 重苦しい印象を与えるフチなし眼鏡の奥から覗く目にはお世辞にも輝いているとは言えないだろう。かといって怒りに震えているわけでも無い様子だし、なにを考えているのか推し量ることは困難だった。

 何分ぐらいだろうか、時計の長身が5回ぐらい動いたところで、ガラリ、と重い扉がゆっくりと開いた。


 「こんちわっす」


 ぬっ、という擬音が当てはまるかのように長身のぼさぼさ頭が入ってくる。


 「すいません、須藤先生。お忙しいところ来てもらって」


 ぱっと顔を上げて、教頭が自分よりも一回り以上若いであろう教員に丁寧にあいさつする。腰が低いような印象を受けるが、きっとコレが教頭先生の素なんだろう。


 「いえ。うちの生徒がまたなんかやらかしたと聞いて」


 発言するや否やチラリと机の上を見る。確認すると少し驚いた表情をして、俺に目で問いかけてくる。吸ったんか、と。さすがに強く否定。冤罪です。


 「あ、いや、やらかしたかどうかはまだ判明してませんし……」


 何故かかばうように教頭が口をはさむ。上に立つものは状況証拠だけではなかなか動かないらしい。どっかの誰かに聞かせてあげたいぐらいだ。


 空中に視線をさまよわせながら教頭は続けていく。


 「えー、私が見たのはこの箱を持っている高瀬君でして。その、吸ってる現場を見たわけじゃないんです。あー、それで参考までにお話を聞こうと思いまして……」


 なるほど、と須藤が俺の横に腰を下ろしながら相槌を打つ。スマホで何かを打ち込んでいる様子だったが、上司と話すときぐらいそれは置いておけよ。


 「で、高瀬は吸ってたの?」


 「違います。えっと、俺、文芸部のゴミ捨てで」


 教頭が少し驚いた顔をする。そうだろうな、俺が文芸部に在籍してるとは想像しにくいもんな。


 「それで、捨てに行ったらたまたまそれが落ちてて」


 しどろもどろで言い訳チックな弁明感が出てしまった。


 「あー、事情は分かりました。ただ、高瀬君の、その、頭髪や態度を考慮すると疑われる可能性は高くなってしまうことだけは覚えておいてください。その、髪の色について無理に戻せとは私は強く言いませんが……」


 分かりにくいがコレは説教なのだろうか。それでも決めつけで停学なんて自体に発展するなんてことにならなくてよかった。


 すみません、と頭を下げた。


 「そうするとコレは誰が持ち込んだんでしょうね」


 俺は何気なく須藤を見る。お前じゃないの?


 「嫌だな高瀬くぅん。容疑が晴れたからってセンセを疑ってる?俺、実はこの前電子に変えたのよ~」


 不敵な笑み、というかこの場では不適切なしたり顔で自慢するように電子タバコ一式をポケットから取り出した。なんの意味があるんじゃい。


 「須藤先生、校内はこの前禁煙になりましたよ……」


 教頭先生が眉をひそめた。この教師のせいで生徒もやんちゃに走っちゃってる可能性があるね。反省してほしい。


 「もしかしたら、先ほどの部室棟の報知器の作動もこれが原因だったかもしれませんし……」


 深いため息を教頭が吐いて、重苦しい雰囲気が漂ってしまった。大人が抱える悩みの種をまた一つ増やしてしまったのかもしれない。


 「高瀬、とりあえずお前の持ち物検査な」


 「は?」


 「いや、一応な。なんつーか、俺は完全にお前が疑われてると思ってたから荷物見せれば解決すると思ってたんだよ。つか、片割れを呼んじゃったし」


 須藤がスマホを指さした。そんな前時代的な検査、本当に存在するんだな……。


 タイミングよく、とは言わない。やや遅れてバタバタと廊下を走る音。反応して頭を抱える教頭。ニヤニヤ笑う須藤。俺はどうなんだろうか。


 勢いよくドアが開けられる。もちろんそこには俺の荷物を抱えた恵茉。


 「びっくりしましたよ!まさか報知器の件もうやむやにしようとしたのは高瀬君が吸ってたからなんですね!恵茉すっかり騙されましたもん。いやー、疑わしきは罰するべきですよ。はい、須藤先生これ容疑者の鞄です。多分、絶対入ってますよ。どうしましょう?恵茉、少しだけワクワクしてきました」


 嬉々として俺の鞄を机の上に置く。この子は他の人とのテンションの差を認識しているのだろうか。いや、上手く空気を読めるなら友達作りに失敗はしてないんだよな。


 「プライベートだぞ」


 俺の指摘に恵茉がノンノンと指を振った。ムカつく。


 「プライベートなんてそんなの捜査の前には存在しないんです。それともやましいものが入ってるんですか?ますます怪しいですよ。あ、でも恵茉のヤツはダメですよ。女の子の鞄は秘密の花園です」


 「まぁまぁ高瀬君。せっかく持ってきてもらったんだし、先生はお前の潔白を証明したいだけなんだよ」


 「そんな疑ってませんけど……」


 弱弱しい教頭の援護射撃は届かない。まぁ別に何もないけどな。





 

 「むぅ、何も出てこないとなると、どうなんでしょう。高瀬君の容疑は晴れたとしいて、あの空箱。旧校舎の部室の誰かが持ち込んだんでしょうか」


 早々に解放されて恵茉と二人文芸部室まで並んで歩く。さっきまでの暑さは落ち着いていて、むしろ一気に冷え込む予兆さえ感じられた。秋は陽が沈むのが早くなっている。既に空はぼやけた赤色が差し込んでいた。


 「そういうわけじゃないんじゃない?むしろ運動部が持ってたら今日のタイミングで捨てるかもしれないし」


 「冤罪を誘発するためですか?」


 「それだったら見事に成功したわけだけど」


 恵茉が軽快に階段を二段飛ばし。すっかり片付いた部室はどことなく寂しく俺の目に映る。ちょっとだけ感傷的、だいぶイタイのかもしれない。


 もちろん俺の鞄からは何も出てくるはずは無いんだけど、これだともう手詰まり感は否めない。さらに言えばタバコやライターなんて簡単に隠せるし、捨てられるし、部室に置かれていたらどうすることもできない。


 「でも悔しいです。なんとか見つけられないですかね?」


 「もう不可能じゃないか?あとは公式発表を待つだけだろ」


 「高瀬君は良いんですか?そんな、誰かに冤罪かけられて。恵茉と一緒に帰る時間をも奪われて。許せないですよ、というか許せなくないんですか?」


 自分を中心に物事を考えるな。


 「そう考えると教頭先生も須藤先生も甘いんですよ。しらみつぶしに部室を当たって探すべきなんですよ、抗争です。血で血を洗うんです」


 手早く荷物を回収して慣れた手つきで部室に鍵を閉める。金属の軋む、どことなく良い音が廊下に響いた。


 もうそろそろ上着を用意しなければいけないかもしれない、と感じる。それぐらい旧校舎は冷えていた。


 「例えば、例えばですけど」


 語気を強めて恵茉が話し出す。


 「タバコは実際、生徒さんは吸っていない。外部から、少なくとも先生たちの誰かって線はあると思いますか?」


 俺は首を横に振る。


 「先日、校内禁煙になったって。教頭がさっき言ってたでしょ」


 「あぁ、そうでしたね……」


 「あるとしたら運動部かな」


 「やっぱりそう考えますか?」


 恵茉の口調が弾む。


 「今日の火災報知器。アレはやっぱりタバコで反応したんですよ。そうすると考えられるのはやっぱり運動部じゃないですか。須藤先生に確認すればどの部室から鳴ったのかも分かりますから特定できるはずです」


 どうしようかと悩んだが、再び俺は肩をすくめた。止めとこうぜ、と。声を聞かなくても恵茉の言わんとすることは分かったがそれでも首肯する気にはなれない。


 「何でですか!そこはミステリ研の部員としての意地を見せてくださいよ」


 「誤作動じゃなかったとして」


 部室の鍵を返すために職員室へ向かってたはずだけど、その近くで話すにはあまり向かない内容だろうから、微妙に足が遠のく。結局、運動部部室棟のやや近くまで来てしまった。


 「誤作動じゃなかったとして、だ。あの時外に出てきた部活動を恵茉、覚えてるか?」


 両手の指を折りながら確認していく。右手と左の指を一緒に曲げるんじゃない。自信がないですけど、と前置きして話し出す。


 「確か、登山部。コレは高瀬君の第一推理にも登場したから覚えてます。あとはバレー部。クラスの人がいるんです。恵茉は結構話したことあるんですよ。それと、弓道部と……あ、確かサッカー部。この4クラブしかあの時は外に出てなかったハズです」


 「そもそもサッカー部は外にいたから除外してもいいと思う」


 「じゃぁ残り3クラブですね一気に絞れました」


 恵茉が右と左で3を出してくる。それだと6だぞ。


 「弓道部は部室が無いんだよ」


 ここまで来てしまったので、踏み込みはしないけれど現場検証だ。俺と恵茉は閑散とするには少しだけ早い運動部部室棟へと足を入れる。


 自分のテリトリー外だと微妙に場違いな空気を感じてしまう。お前はココに居てはいけないんだぞ、と空気が訴えかけてきている気がする。恵茉は微塵もそんなことを感じていないようだから、この感覚はそもそも俺がチキってるだけなのかもしれない。


 恵茉が部室棟を隅々までチェックして、その結果を自分の気持ちと共に報告してくれた。


 「あ、本当です!弓道部ありません、というか武道系はありませんね。逆になんでですか!?」


 「弓道部とか剣道とか柔道とか。特別に道場があるから部室は無いんだよ」

 

 わざわざ放送通りに校庭に集まったのは多分、弓道場からではこの部室棟が良く見えなかったからだろう。やじ馬根性で集まったのだと俺は考えている。

 

「なるほど。ということは残り2つですね」


 ジャージに身を包んだ女子グループが訝しげな面持ちで俺らの横を素通りしていく。女の子特有の甘い香りがキツい。


 「で、これ以上はもうどうしようもない。もしかしたら本当に登山部の火気のせいかもしれないし」


 「残りは恵茉が捜査で導いてみますよ」

 

 既に登山部の部室の前で恵茉がスタンバっていた。


 もう少し俺がハッキリと止めるように言うべきだったかもしれない。だって、もしクラスメイトが今回のお目当ての人だったら嫌じゃない。


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