2年前
AI(人工知能をもつロボット)がこの世に登場し、将棋ソフトが人間を凌駕するようになってから10年あまり、AIはあらゆる場面で重宝され社会に不可欠な存在となった。
「我が社は、日本のロボットの未来を背負う企業として、AIを他社に先駆け本格的に導入する。」2028年4月1日。
社長の真田貴がこう宣言しAIが俺の勤め先に導入されたのは今から2年前のことだ。
これまでAIは、経費削減や人員不足を補うため工場での作業や、人事査定に導入されることはあったが、人間と共に業務をこなし、これまで人間が行っていた営業や人事等の領域に導入された例はなかった。が、よりによってなんで俺の勤め先なんだ。なんで導入されたのが俺の部署なんだクソ。
導入から2年たった今、AIの業務成績は人間の平均を圧倒的に上回りNOBUNAGAは今年の春の人事で部長に出世した。NOBUNAGAはAIの名前だ。AI導入時に社長の真田がAIの名前は日本らしいものにすると言って名付けた。もっともこのNOBUNAGAという名前には日本らしい名前という意味だけでなく、戦国武将の織田信長のように逆らった者や不用になった者を感情に支配されずにバタバタ切るという意味が含まれているらしい。つい先日も考課会議で森課長が課長から平への降格を言い渡された。降格を通知する書面には人事考課の結果を通知する文面の他にこうあったという。『この結果は考課会議での幹部の意見や、AI NOBUNAGAによる的確な分析によって厳正かつ公平に決定されたものである』と。森さんにはよく飲みに連れて行ってもらったのに・・・人望もあるいい人なのになんでやねん・・・営業職の森さんと人事部の俺の接点は、給与や年金に関する説明をするときや営業の業務を新入社員に説明するための資料を作るときに相談にのってもらったりするなかで生まれたものだ。
クソ~腹立つわ~。いや待て待て俺怒るな、対応を間違えたら俺もタダでは済まない。森さんはクビにならなかっただけラッキーだ。また飲みに連れて行ってもらおう。
「お~伊藤ひさしぶりだな。」
「お~渡辺ひさしぶり。」
「お前いつこっちに。」
「昨日だよ。」
「日本はやっぱいいな。」
「おまえアメリカに行きたくて行ったんじゃなかったっけ?」
「行きたくて行ったよ。でも行ってみると飯がマズくてな。働く環境は良かったけど毎日パサパサのパンとコーヒーじゃな。俺には日本食がいい。」
「渡辺は美食家だからな。」
「これからは毎日美味い飯が食える。」
「伊藤おまえこそこの1年どうしてたんだよ。」
「いつも通りやで。9時に出社して、セキュリティーチェックを受けて、自分の机に座って仕事して6時に退社。夜ご飯食って寝る。この繰り返し。」
「変わったことといえば、NOBUNAGAが部長に出世して俺の上司になった。」
「NOBUNAGAって会社のAIか?」
「そうやで。導入2年であっという間に部長に出世しやがった。俺はな会社に入って8年30にしてやっと主任だっつうの。腹立つわ~。」
「おちつけ伊藤。ロボットと比べるな。」
「昔は成績人間と比べるだけでよかったのにこれからはロボットとも比べないとあかんのかよ。マジ大変やわ。疲れるわ。」
「ロボットと比べても勝てるわけないしな。」
「でも伊藤諦めるのはまだ早いぞ。」
「渡辺にはアメリカから持ち帰った秘策があるのか?」
「伊藤が人事部で出世してNOBUNAGAを使えなくする。」
「人任せかよ。」
「ま、まだまだ道のりは長い。」
「何十年後やねん。」
「笑えるな。」
「確かに。」
「ところでさぁ、NOBUNAGA部長とは普段どうやって仕事をやるんだ?」
「人間と一緒やで。」
「人間と一緒って?」
「朝9時に自分の家から出社して来て、俺らみたいにセキュリティーチェックを受けて自分の机でパソコンを起動して作業開始。作業の指示もバンバン飛んで来るし。違うことといえば、作業スピードがスゲ~早いねん。尋常じゃなく。」
「家って!?」
「NOBUNAGAに家があるのか?会社じゃなくて!?」
「あるねん。真田社長の指示で会社が渋谷に30畳の家を月30万円で借りてる。」
「ロボットのために家を借りてるのか!?なんで?」
「NOBUNAGA部長の定期的なメンテナンスをしやすくするためとか社長は言ってるらしいがよくは知らんねん。」
「食事会とか宴会はどうするんだ?」
「みんなと一緒に居酒屋に行くねん。」
「飯は食わないけど、会話はするし、大阪弁やし、たまに会話がヒートアップしてくると、えらい学者さんみたいに横文字まで使う。この問題にはフレキシブルな対応が大事だとか。」
「へ~マジか~・・・」
「でもNOBUNAGA部長、飯食わないでどうやって生きてるの?」
「NOBUNAGA部長いわく、自分の家に帰ってロボット用のマッサージチェアーみたいな装置に横になって寝る(充電する)らしい。寝るといっても馬みたいに立ったまま寝るみたいやけどな。」
「へ~マジか。」
「趣味とかあるのか?」
「趣味はな阪神タイガースの試合を見ること、音楽を聴くこと。」
「音楽って何聴くの?」
「ミスター、桜坂35、オーランドマーズ、ベートベンまでなんでも。」
「ベートーベンってあれ、あのダダダダーンってやつだよな。」
「おーそうや」
「さすがNOBUNAGA聞く音楽にも殺気だったものが含まれてる。」
「おまけに桜坂とか聴くときは一緒に踊るんだとよ。」
「スゲーホントに人間と変わんね~。」
「ホンマやで!全然人間と変わらん」
「こないだなんか、朝から不機嫌でどうしたんですか?って聞いたら阪神が巨人に逆転負けしてブチ切れたまま会社に出社したらしいねん。」
「ハ、切れたAIが!」
「感情に左右されないのがAIのいいところなんじゃねえの?」
「確かにNOBUNAGAが最初に導入されたときは何の感情もなかった。」
「でもAIって学習するやろ、将棋ソフトが対局を重ねるごとに強くなっていったみたいに。それで野球の試合を見てるうちに阪神ファンになったらしいねん。」
「でもここって東京だから普通は巨人好きになるんじゃないの?」
「阪神ファンの応援のほうがエキサイティングやったらしいねん。」
「エキサイティングね~。」
「確かに関東育ちの俺がみても阪神のあの応援は面白いけどな。」
「面白いか?」
「面白いなぁ。負けたときのアホ・ボケとかの強烈なヤジとか、逆転勝ちしたときのあの見知らぬ人とも抱き合って喜びを爆発させるあの感じとか。」
「あと、相手投手を降板させたときに流れる蛍の光のえげつなさとか。巨人ファンはあそこまで熱狂的じゃないから俺からしたら阪神の応援は面白い。」
「本来感情をもたないはずだったNOBUNAGA部長もああいう阪神ファンの熱狂的な応援を見てたら感情が芽生えちゃったんじゃねえの。」
「感情が芽生えて俺らにマイルドになってくれればいいけどなぁ。」
「それはないな。」
「マジ勘弁やわ~。」
「まぁしゃーないな。」
「飲みに行こうぜ。」
休日のコーヒーは美味い。平日、会社に行く前に飲むコーヒーとは何故か味が違うように思う。心のゆとりのせいかもしれない。ふとそんなことを思いながら伊藤は1人春の優しい朝を満喫している。
学生時代の就職活動でこれからの時代はロボットだと直感し今の会社JRS(Japan Robot Sistem)に入社して8年になる。汐留本社への配属が決まり不動産屋に今の家を探してもらった。
その時の条件は
①1K10畳以上
②バストイレ別
③会社まで30分から45分
④家賃10万前後
というものだった。家賃は、8万まで会社から補助が出るため実質2万円で済むというのも今の清澄白河の家に決めた大きな要因の1つだ。
間取りは1K12畳バストイレ別の角部屋。
玄関を入ると細い廊下があり、玄関からみて右側にキッチンとトイレ、左側に風呂兼洗面所がある。廊下を通りドアを開ければそこは独身貴族のオアシスだ。部屋は正面にベランダに通じる窓があり、ベッドと冷蔵庫を右隅に並べている。部屋の左側には壁半分ほどのクローゼットがあり、残りのスペース(正面のベランダに通じる窓とクローゼットの間)には26型の液晶テレビを置いている。部屋の真ん中に、折り畳みの机を置いて普段はそこでご飯を食べる。部屋は12畳と狭いが、普段必要なものは基本クローゼットの中に押し込んであるので部屋は意外と広く感じる。家から少し歩くと北には小名木川、西には隅田川がある。また近年お洒落なCafaが増え、都会の田舎は都会のオアシスに昇格したと伊藤は思っているのだった。自分で豆をミルにかけ入れたコーヒーを飲み干したときスマホに1件の着信があった。
「達也おはよう。今日どっか連れて行って」
「ハイ?どっかってどこ?」
「達也今日は何の日でしょう?」
「今日?」
「私の30歳の誕生日です~。」
「忘れてたわ。」
「はいペナルティ~罰として昼と夜両方おごりね。」
「金ないわ。」
「問答無用。給料25日に入ったでしょ~。」
「私の誕生日27日でよかった~ぁ」
4月27日伊藤達也の彼女石原唯の誕生日である。
「まったく都合のいい日に生まれたもんやなぁ。」
「しかたないしかたない。生まれる日は選べないもん。」
「で、どこ行きたいの?」
「そうやなぁ~セカイノパンケーキ」
「じゃあお台場集合で。ゆりかもめの改札出たとこな。」
「OK~」
ゆるい・・・
唯のこのゆるさが伊藤には心地良かった。
岡山のトマト農家でのんびり育った唯は、東京の美大を出て今は都内の花屋で働いている。その他に副業で表参道で似顔絵を書いてもいる。
彼女が勤める花屋にお掃除ロボットを納品したとき彼女が一目ぼれした縁で今に至る。
「達也待った?」
「待ったな10分。」
「遅刻のうちに入らないね~。行こ~」
「来た~世界のパンケーキ。」
「並んでるなぁ~。さすが人気店。」
40分後
「ついにきたぁ~店内入場~」
「セカイノパンケーキ2つとホットコーヒー2つ下さい。」
「かしこまりました。」
「達也は最近どうしてたん?」
「いつもと変わらんで~。AI部長の要求に頑張って答えようとするけなげなサラリーマン。」
「AI部長に愚痴を言っても問答無用、人間と違って情がないからたまらんわ~はぁ・・・」
「お疲れだねぇ~」
「唯こそどうなの?」
「なんも変わらんよ~超ほのぼの系」
ゆ、ゆるい・・・
でもこのゆるさが俺を癒す。
「お待たせしました~セカイノパンケーキとホットコーヒーです。」
「うっま。」
「たまらん。」
「達也食べないの?」
「人間と会話してるとホッとする。」
「私とって言ってくれる。」
「ごめんごめん。」
「毎日ロボット部長と会話してロボットのことばっかり考えてると人間が恋しくなるねん。」
「へ~・・・」
「でも会社に人間いるよねぇ~」
「会社の人は人間やけどライバルやからホッと出来る人は少ないねん。」
「ふ~ん。」
「食べよ~スイーツは裏切らないよ~」
「美味いわこれマジ!」
「私のチョイスが良かったね。」
「まぁまぁな。」
「まぁまぁ、もっとしっかり誉めなさい。」
仕事をしている時の顔とも同僚の渡辺といる時の顔ともそしてロボット部長NOBUNAGAといる時の顔とも違う素顔の伊藤がそこにいた。
「食った食った~。」
「うまか~。」
「これからどうする?」
「お台場にきたしなぁ」
「ガンダムにでも乗る?」
「私シャーザクがいいなぁ?」
「対戦しますか?」
「負けないよ。」
お台場に等身大のガンダムが登場したのはいつのころだったろう?
時は流れ2030年、ガンダムは今も変わらず人々に愛され遊び方も進化している。
今流行っているのは実際にガンダムに乗り込み(ガンダムに乗り込むといってもその大きさはピザ屋の宅配のバイクぐらい)パイロットになりきりビームサーベルで切り合い先にゲージをゼロにした方が勝ちというフェンシングを少し改造したようなゲームである。
「アムロ行きます。」
「ありゃ~なりきっちゃってるよ。」
「負けない。」
シャキン・キン・キン・ぶるる
「おーやべー負ける。」
15分後
「ゲーム終了です。」
「負けた~~」
「やり~勝ったぁ。」
「罰ゲームはね~アムロレイの物真似ね。」
「なぐったね。~おやじにもぶたれたことないのに。」
「ハハハ(笑)(笑)」
「ハズ」
「面白かった~。」
「これからどうしよう?」
「今何時?」
「3時」
「3時か~」
「中途半端やな~」
「ソラマチでも行く?」
「スカイツリーかぁ~」
「いいね!」
「でも前売り券買ってないけど登れるかな?」
「幸運なら一番上まで登れる。」
「運がなかったら?」
「最悪は強風で登れないってやつ。」
「運試ししますか?」
「おみくじとちゃうけど幸運を祈ろう。」
「GoodLuck。」
ソラマチへはゆりかもめで新橋へ、新橋から都営浅草線というルートで出た。ソラマチ(正式には東京ソラマチ)は東部鉄道の子会社が墨田区で運営する商業施設で300を超える店舗が個性豊かに切磋琢磨している。その中心に聳え立つのが東京スカイツリーだ。
「来たね~ソラマチ」
「どこ行く?」
「そりゃ~スカイツリーに登るチケットゲットしないと。」
「運試しやな!」
「うん!」
伊藤と唯はチケットカウンターに向かった。
スカイツリーは大きく分けると地下1階から5階までのフロアー部分、その上から地上350mまでの展望デッキ部分、さらにその上の展望回廊部分に分けられる。チケットカウンターはその4階にある。
「本日はかなり込み合っておりまして整理券を配布しております・・・」
「整理券もらう?」
「そやな。」
「整理券2枚下さい。」
唯が弾んだ声で言った。
「かしこまりました。」
店員から唯が2枚の整理券を受け取った。そこには集合時間が8時である旨が記載されていた。
「8時かぁ~・・・」
「今4時過ぎやから、じゃあ今から2時間ぐらい買い物して、それから夜ご飯食べて、それからスカイツリーの幸運の夜景を観ると。」
「じゃ、買い物いこうか。」
「このボールペンかわいい1個買っとこ。」
「スカイツリーといえばスカイツリー名物のピーピー饅頭紅茶味でしょ~」
「達也の家に1個おいときなよ~このモアイ像のティッシュケース」
「ハ!」
「おもしろいやんかぁこのモアイの鼻からティッシュがスパスパ出るなんて。」
達也が鼻炎もちであることを唯は知っている。
「いいわ。はずい・・・」
2人はなんだかんだとわちゃわちゃしゃべりながら1時間半ほど経過したところで達也が言った。
「唯、誕生日やし何か買ってやるわぁ~。これとかどう?」
達也はたまたま近くにあったアクセサリーショップで唯に似合いそうなネックレスを手に取った。そのネックレスは、花柄で派手さはないが花屋で働く唯にふさわしい貴賓を帯びていた。
「綺麗・・・」
唯は納得した表情で言った。
「そろそろ夜ご飯にしない?」
「そうやな。店に並ぶ時間のこともあるしな。」
2人の買い物タイムは終わった。
達也が買うのを渋っていたモアイ像のティシュケースは唯のごり押しで結局購入することになった。その他、ここでしか売っていない限定品を中心に2人は両手が塞がるぐらいものを買い満足感に浸るのだった。
「食事はどうする?」
「高級フレンチ。」
「高すぎNGです。姫ご勘弁を。」
「じゃあなんとなく鰻かな。」
「鰻!」
「最初フレンチって言ったから次イタリアンぐらいを想像しててんけどな・・・」
「達也イタリアンが良かった?」
「鰻で。」
「じゃあ決まりやな。」
2人はスカイツリー周辺の数ある飲食店の中で『鰻屋特重』をチョイスした。
「特重か~そそるわ~。普段1人やと絶対に入らんしこんな高い店。」
「確かに。」
「でも達也って会社の接待とかで高い店使うんでしょ~?」
「使わん、使わん。そりゃ~ロボットは今旬の産業やけど、会社はロボットのために金は使っても人間のためには金使ってくれへんねんなぁ~。」
「一昔前、犬ブームとかネコブームがあったときと今のロボットブームは似てるで~。」
「どこが?」
「家族の食事がうん百円になってペットフードがうん千円するとこ~。」
「でも今日は違うね。」
「人間様が人間様のためにお金を使ってる。」
「だから今日は貴重な日やねん。こころから楽しまんとな。」
「お待たせいたしました。うな重でございます。ビールのグラスでございます。」
「美味そ~」
「とりあえず乾杯しよ。」
「誕生日おめでとう。乾杯~」
「美味い~。」
「ほんと美味しいわ。」
「こんな美味い鰻は何年ぶりやろ!」
「今日は、お台場もソラマチも面白かったし最高だね~。達也にプレゼントも買ってもらったしね。」
「あとはスカイツリーの夜景やな。今日は幸運やわ当日券でスカイツリー登れるし。」
「私に感謝だね達也。」
「なんでやねん(笑)。」
「唯こそ俺に感謝やな。」
「なんでやねん(笑)。」
「美味~。」
時が過ぎ7時半
「そろそろ行こう唯。」
「うん。いよいよだね。」
伊藤と唯は再びスカイツリーへ向かった。
2人は8時にチケットカウンターに並んだ。
そして
「展望回廊までのチケット2枚下さい。」
再び唯の声が弾んだ。
「展望デッキまでのチケットでしたら1名様2060円」
「展望回廊までのチケットですと展望デッキまでのチケット代2060円にプラス1030円の合計3090円になりますが宜しいですか?」
「はい。」
2人はチケットを受け取り直通エレベーターで一気に展望デッキに上がっていった。
「着いたね~」
「着いたなぁ~」
「達也は今までスカイツリー登ったことある?」
「1回あるでぇ。東京で働くようになってから暫くたった時に1人で来た。」
「唯は?」
「私も1回前の彼氏とね。」
「へ~」
達也はあえてそれ以上聞かなかった。
「達也、記念写真撮ろうよあそこで。」
「えっあれ・・・」
「恥ずかしがらない。」
2人は、フォトパネルでスカイツリーのマスコットと一緒に写真に納まり、記念すべき夜のイベントをスタートさせた。
「8時やのにすげ~人やなぁ」
「さすがスカイツリー登れたのはやっぱ奇跡やなぁ」
「日頃の行い・・・」
「そうかもね。」
「達也何やってるん?」
「どこら辺から見るといい景色が見れるか調べてるねん。」
「ネットによれば、フォトパネルを正面にして右手に向かってすぐのところが、東京の街並みを一望できるベストポジションらしいでぇ。」
「さすが達也仕事早いねぇ。」
「でもこんなに人がいたらなぁ・・・」
「強引に割り込む。」
「マジ!」
「もちろん。」
「達也、私と手繋いで・・・」
2人はスカイツリーのベストポジションを奪うべく息を合わせ動く。そして、人々の微妙な隙間をシレっと掻い潜りベストポジションの奪取に成功したのだった。
「唯、お前スゲ~なぁ。」
「まぁね~。」
「おい見ろよ~・・・」
「すげ~綺麗・・・。」
「綺麗!!・・・」
「やっぱ今日俺らついてる。」
「うん。間違いないね。」
「他に何が見える?」
「レインボーブリッジ、東京駅、東京タワーあとは・・・暗くてよく分からん・・・」
「そろそろ上いこ~。」
「あと1時間で閉まる~」
「ダッシュ~」
2人は、展望回廊へ上がった。
「展望デッキで見るより遠くまで見えるね。」
「ネットでは天気がいいと富士山まで見えると書いてある。」
「夜景やから分かんないけどね。」
「100万ドルの夜景も拝んだしそろそろ帰ろう。」
「そやなぁ。」
「撤収~~」
2人はスカイツリーを出た。
「達也」
「なんや?」
「明日休みやんなぁ~。」
「うん休みやで。」
「ここから私の家まで遠いんだけど・・・」
「分かった。」
伊藤は空気を察した・・・
・・・・・・
2人は何も言わないまま半蔵門線に乗り込んだ・・・
清澄白河の伊藤の家に着いた時、時計は10時半を回っていた。玄関先で伊藤が言った。「ちょっちょっと待て。一瞬で片付ける。」
部屋は男の部屋らしく雑然としていた。
唯を家に入れるのは初めてちゃうけどさすがにこの状態で入れたら引かれるな。
伊藤はいつになく手際よく部屋を片付けていく。ベッドの布団を整え、掃除機をかけ、折り畳み式の机に乗っているコップをながしにほうり込む。こういうときの男は誰でもスピーディーだ。そこにはむろん男の女に対するささやかな配慮と大きな下心が隠れている。
「待たせた。」
「おじゃまします。」
男の部屋だぁいい部屋なんやけどやっぱりかわいさがたりない。
「コーヒーぐらいならあるけどなんか飲む?」
「私ワインがいいなぁ~」
「ワインか今あったかなぁ~」
「今ないわ。コンビニ行く?」
「うん。」
2人は家からすぐのコンビニに行き、600円ぐらいのワインと酒のお摘み、洗面用具を買い家に戻った。伊藤はソラマチで買っておいたお洒落なグラスを2つ用意しそこにワインを注いだ。
「お疲れ。」
「お疲れ。」
チン
グラスの音が2人の空間に心地よく響く。
「今日楽しかったね。」
「うん。マジで楽しかった。」
・・・・・・
「お風呂炊くわ。適当に入って。」
「うん。」
「気持ちよかった。ありがとう。」
「タオルどうしたらいい。」
「適当に洗濯機にほりこんどいて。」
「今日唯はベッドに寝て。」
「達也はどうするの?」
「俺はタオルでもかけて適当に寝る。」
「達也ちょっと」
唯はいきなり達也の手をとり自分の方へ抱き寄せた。
互いの唇が温かく交わる。
唯と伊藤は互いの鎧を外しあう。
唯の肌に触れながら伊藤が言った。
「温ったかいなぁ。」
唯は伊藤を真近でみつめながらやさしく言った。
「私はロボットじゃない。」
2人はますます激しく情熱的になっていく。
互いがもともと持っている本能がむき出しになっていく、好きだという思いと共に。
2人はそのまま1つのベッドで一夜を明かした。
朝めざめてからも伊藤は唯を、唯は伊藤を意識していた。
「おはよう。」
「うん。」
・・・・・・
なんとも言えない空気が流れる。かといっていやな空気ではない。清澄白河の家に吹く風はとてもすっきりしていて澄みきっていた。情熱的な一夜を終えた2人を称え優しく迎えるかのように。
伊藤はす~とベッドから出て着替え、常備している豆を手に取った。近所のコーヒー屋でいつも買っているブレンドの豆だ。その豆を手動のミルで潰していく。ゴリゴリと騒音が響く。がコーヒー好きには、この騒音が心地いい音色として頭に響く。伊藤は食事は適当だがコーヒーには少しこだわりを持っている。休みの土日や祝日は、わざわざ豆を手動のミルで引いてコーヒーを入れる。そのコーヒーをゆっくり味わって飲み1日を始めるのが伊藤の休日の習慣となっている。
今日は唯の分も含め2人分4杯分のコーヒー用意した。あとは普段なら適当に食パンを焼いて食べて終わるが今日は目玉焼きと昨日買ったチーズが追加されている。伊藤は女がいることを意識している。
「唯コーヒー入ったでぇ。」
「おはよう達也、うわ!ありがとう。」
「寝れた?」
「うん。」
「達也は?」
「バッチリ。」
「泊めてくれてありがとうね。あと朝ご飯も。」
「おう。」
「食べたら帰るね。」
「分かった。」
2人は、食事のあと少しのんびりしてから別れた。
伊藤と別れた唯は、仙川にある自分の家に向かった。清澄白河から仙川までは、乗り継ぎがうまくいけば40分ほどで行ける。仙川は、清澄白河と同じく近年急速に発展したエリアの1つだ。駅は京王沿線の駅で、東京メトロの千川駅とよく間違われる。新宿や渋谷に30分ぐらいで行けることや、駅前に大型スーパーやらホームセンターがあり生活には困らない。大学生からファミリー層まで住んでいる層は幅が広く、お洒落なカフェがそこそこある。そんな街に唯は住んでいる。
家は駅から徒歩10分ほどのところにあり近くには最近台頭してきた新興コンビニの『ひとりぐらしマート』やオシャレなカフェがある。
唯は、家に戻るとリビングのテーブルの前の椅子に座り我が家に帰還した安ど感を漂わせた。1度深呼吸してから冷蔵庫のペットボトルの紅茶を一気に飲み干し、忘れていた自分自身の感覚を取り戻していった。
暫くくつろいだ後、パソコンを起動し自分の勤めている花屋、Flower Artsのページからコーヒーの木を1つ注文し、伊藤の家宛てに送った。達也の家には緑がない。唯は、伊藤の家にいるとき何かしらの緑を伊藤の家に置くことを勝手に決めたのだった。
唯は伊藤の家にコーヒーの木を注文した後、寝室からお掃除ロボットのルーパーを呼び寄せた。
「ルーパー」
「お呼びですか唯さん」
「簡単にでいいから家の掃除を頼みたいんだけど」
「承知しました。」
「今から渋谷に行ってくるからお願いね。」
「お気をつけて。」
ルーパーはお掃除ロボットだが簡単な会話なら出来るだけの機能を備えている。このロボットは、渋谷のCRR(Culture Robot Rentalから1カ月6000円でレンタルしたものだ。掃除をするだけならその辺の家電量販店で全自動掃除機を買えばいいがここは東京孤独な街でだ。
唯は日頃の生活の話相手としてこのロボットを借りたのだ。このような会話までできるロボットはまだ値段が高く簡単に買うことは出来ない(1台数十万)。そこに目を付けたのがCRRだった。CRRは簡単には買うことの出来ないロボットをレンタルという方法で一般に普及させた。
時代は今まさにロボット普及元年を迎えたのだ。
ルーパーは唯の家をサクッと綺麗にしていく。床のごみをとり、フローリングを拭きご丁寧に窓拭きやらお風呂掃除までこなす。もちろん掃除の個所が変わる度に使う道具を変える。ルーパー様様である。
家は1DKで家賃は8万円(勤め先から家賃補助が4万円出ている。)間取りの詳細は以下の通り。
1DKダイニング8畳、洋室6畳、西向き、洗面所独立、バス・トイレ別、玄関を入ると右側に靴入れがある。靴を脱ぎ進んだ左側には洗面所、その奥にお風呂がある。さらに真っすぐ進むとリビングにつながる扉がある。リビングにつながる扉の前の右手側にトイレはある。リビングに入るとすぐ右手側にキッチンがあり、コンロは2口のガスコンロだ。リビングの奥が洋室でリビングと洋室はドアで仕切られている。洋室にはベランダに通じる窓がある。
ルーパーに掃除を任している間、唯は渋谷の街をぶらぶら歩き109の服を買う気はないが試着してみたり、ライバルの花屋を偵察したり、カフェで適当に時間をつぶしたりしながら1日過ごし、夕飯ののり弁当を買って6時に帰宅した。
「ルーパー只今~。」
「お帰りなさい唯さん。」
「ルーバーありがとう綺麗にしてくれて。」
「いえいえ。」
「唯さん今日は楽しめましたか?」
「ルーパーのおかげで。」
「今からご飯にするね。座って。」
ルーパーはリビングにある四角い机の左側に移動して止まった。ルーパーのいつもの定位置だ。唯はテーブルの正面に座り買ってきたのり弁を机に置いた。
「頂きます。」
唯が言うと食事はしないのだがルーパーも手お合わせ頂きますの仕草をして見せる。ここらへんがたまらなくかわいいと唯は思っている。
唯は食事を済ませた後、弁当を片付けお風呂の用意をしながら言った。
「ルーパー映画見よ。」
「そうしましょう。」
唯とルーパーはケーブルテレビの映画専用チャンネルでもともとアニメだった音楽映画の実写版を見て9時過ぎまで時間を潰した。
「ルーパーお風呂入ってくるね。」
「ごゆっくり、僕は寝てますね。」
ルーパーは唯の終身時間が近いと判断しリビングの右奥にあるルーパー専用の充電スポットに戻った。
翌朝、唯はいつものように8時に起きた。
「ルーパー朝だよ~。」
唯の一声でルーパーが起きてきた。
「おはようございます唯さん。」
唯は実家から送ってきたお米で作ったおにぎりを食べながらルーパーに愚痴をこぼした。
「今日からまた会社かぁ~。」
「唯さん頑張って下さい。」
「いつも励ましてくれるのはルーパーだけだよありがとう。」
「唯さん元気ないですね。何かあったんですか?」
「最近売ってる花が高いとか文句をガンガン言ってくるおじさんがいてね大変なの。その人文句はガンガン言うけど花は結構買ってくれるから文句言えないし・・・」
「人間って大変ですね。」
「そう、人間は大変なの。でもルーパーのおかげで元気出たよ~。」
人間よりロボットといる方が楽だと唯はたまに思うのだった。
「じゃあ行ってくるね。」
唯は食事を済ませ9時に家を出た。唯が働く花屋のFlower Artsは渋谷109の近くにある。就業時間は10時から7時となっている。唯の仕事は、店頭での花の販売と、お客さんからの注文に応じての発送の手配を行うことだ。花屋の仕事は多岐にわたり、市場からの仕入れや水上げなど朝早くから行う仕事もあるのだが、唯は事務スタッフ兼販売員のためその作業は行っていない。唯はいつものように職場につくと職場の奥に1台だけある端末の前に座り花の注文状況を確認した。昨日唯が伊藤に無断で注文したコーヒーの木の注文もちゃんと入っている。
唯は注文状況の確認が終わると店頭に立ち客が来るのを待った。すると馴染みの近所の客が1人やってきた。
「旦那の誕生日に花を贈りたいんだけど適当に見繕って。」
「今の時期だとバラは不動の人気がありますね、他には~・・・」
唯は客の要望に応える花を慣れた手つきでチョイスしていく。
計5種類の花をあしらい3500円を受け取り今日1人目の客を見送った。
「唯ぴ~」
「店長なんですか?」
「お得意さんの吉井様から5000円分の花の注文が入ったから発送しといて~」
「花は何を。」
「予算以外なにも言われなかったから適当に。」
唯はバラ、ラベンダー、オンシジウム、ペチュニア等をあしらい5000相当にまとめ店長に確認を求めた。
「これでどうでしょうか?」
「いいね、グッドジョブです。さすが美大卒。」
店長はお世辞がうまいと唯はいつも思うのだが同時に美大卒の自分のセンスが認められたという思いで嬉しくもあった。
「唯ぴー昼休み入って~」
店長に言われ唯は1時から昼休みに入った。昼は適当に花屋近くのカフェかレストランでとることにしている。東京は食事には困らない。午後からの業務を前に唯は、花屋のお掃除ロボットに指示して店頭の花びらやらごみやらを回収した。伊藤と付き合うきっかけを作ってくれた幸運のロボットだ。名を舞姫という。舞姫は店内をゆっくりと動きながらごみを回収していく。舞姫は花屋用のお掃除ロボットのため花を傷つけないように工夫されている。舞姫がごみの回収を終え花屋の奥に引っ込むとそれを追って唯が奥へと向かって行った。
「舞姫~ありがとうね。今日は私が舞姫を綺麗にしてあげるからね~。」
伊藤とめぐりあったのは舞姫のおかげだと思っている唯はロボットの彼女にぞっこんなのだ。むろん舞姫を綺麗にすることは事前に店長に許可をもらっている。唯はブラシを使って舞姫の顔から順番に上から下へ細かいところも余すところなくこすっていく。それが終わると今度はまた顔から順番にタオルで丁寧に拭いていく。これで終わりかと思いきや最後に艶出し用のワックスを全身にうっすらなでるように塗りようやく舞姫の化粧直しは終わりを迎えた。要した時間およそ2時間半、唯は我が子を愛する母親のように舞姫に愛を注ぐのだった。
「舞姫~終わったよ~。」
舞姫を磨き上げた唯は充実感を漂わせながら店頭に戻った。その後はいつにも増して販売に精を出し1日の業務は満足感と共に終わった。
唯が家に戻りルーパーと共に夕食をとっていた8時過ぎ伊藤から1通のメールが入った。
「なんやこれ!。」
「なんやこれって何?」
「いきなり宅急便が来て観葉植物置いてったぞ!。」
「達也の家に緑がないから私が勝手に買ってあげたよ~。」
「聞いてないし。」
「言ってないし。」
「育て方分からんし、すぐ枯れてごみになるからいらんのに~・・・」
「そのうちこの緑があって良かったなぁと思うよ~。」
「で、なんだこれ?」
「これはねぇコーヒーの木だよ。」
「コーヒーの木?」
「そう。達也の大好きなあのコーヒーの木だよ。」
「育て方は?」
「①出来るだけ日当たりのいい場所に置いて。でも直射日光はさけてね。できればレースカーテン越しがいい。」
「②水はたっぷりと、受け皿に水が出てくるぐらい。1回水をあげて乾燥して乾いたらまた水をあげる感じで。受け皿の水は必ず捨ててね。」
「③エアコンとかで乾燥したら霧吹きで適当にシュッシュ~。」
「大体育て方はこんな感じ~。詳しくは説明書読んでね~。」
「私の贈り物だからかわいがってね。」
「枯れても知らん。」
「観葉植物を育てることは出世に繋がるミッションやからガンバレ達也。」
「出世に繋がる?意味が分からん?」
「観葉植物を育てるには細やかな気遣いがいるでしょ~。これが出来れば絶対に出世に繋がるって。ロボット部長に負けるなよ~。じゃあね~。」
伊藤は納得いかなかったが次の日の朝コーヒーの木に水をやってから家を出た。出社し伊藤が自分の席につき30分程してから定例の人事部会議が開かれた。
「今日の議事録は伊藤な。」
「はい。」
「新規開拓営業部から営業員の補充の要望が出てるがどう思う。みんなの意見を聞かせてくれ。」NOBUNAGA部長が言った。
【鈴木課長】「現在我が社の売り上げはロボットブームの追い風に乗り上り調子です。補充する人数にもよりますが問題ないかと・・・」
【NOBUNAGA部長】「補充人数は4名。営業員3人とアシスタント1人だ。」
【斎藤課長】「理由は?」
【NOBUNAGA部長】「販売エリア拡大に伴い新たな営業員が必要になったということだ。」
【鈴木課長】「販売エリア拡大ということであれば人員確保は妥当な判断ではないでしょうか。」
【斎藤課長】「既存の営業員で拡大エリアを賄うことは出来ないのでしょうか?」
【鈴木課長】「斎藤課長それは無理です。既存の営業員たちは、現在抱えている顧客への対応で手が回りません。」
【斎藤課長】「鈴木課長私は慎重です。大手人材紹介会社のアンケートでは採用には新卒1人採用して研修するだけで約70万円かかるとされています。それに加えて毎月の給与・ボーナス(年2回)、交通費、住宅手当などの福利厚生費、社会保険料の会社負担分、業務に使用する機器のリース代、その他退職金の積み立て費用などいろんなことを考えなければなりませんので・・・」
【NOBUNAGA部長】「ネット上に載っているモデルケースでは社員1人当たり年450万円程とされているが我が社の制度ではいくらかかるか具体的に出せ。」
【斎藤課長】「いつまでに出せば宜しいですか?」
【NOBUNAGA部長】「今日中で」
【斎藤課長】「それは無理です。もう少し時間を下さい。」
【NOBUNAGA部長】「そうか~斎藤は人間だからなぁ~・・・」
《NOBUNAGAの心中》俺なら一瞬で出せるが・・・立場上人間の部下を使わなければならないから仕方ない
【NOBUNAGA部長】「来週頭までに提出するように。」
【斎藤課長】「分かりました」
《斎藤の心中》今日中って早すぎるわ。このロボットめ、クソ・・・でも助かった。
【NOBUNAGA部長】「伊藤はどう思う?」
《伊藤の心中》ここで俺かよ!
【伊藤】「そうですね~・・・他の部署から誰か回すことは出来ないでしょうか?」
【鈴木課長】「伊藤それば無理だと言っただろ。」
【伊藤】「間接部門からならどうでしょうか?」
【鈴木課長】「営業経験のない者に営業させるのは無理だ。」
【斎藤課長】「営業アシスタントから募集するというのはどうでしょうか?」
【鈴木課長】「入力業務はどうするんですか?」
【斎藤課長】「AIにやらせる。」
【鈴木課長】「NOBUNAGA部長並みのAIはいくらかかると思ってるんですか?」
【斎藤課長】「では、高性能AIではなく、簡易型AIを使ってロボットに出来るところ、具体的には~取引先からの問い合わせ内容の絞り込みをAIにやらせ、あとは従来通りアシスタントに対応させるというのはどうでしょうか?こうすることで何人かのアシスタントに1人で2人分の業務をこなしてもらう。簡易型AIならうん十万で済む。」
《鈴木課長と伊藤の心中》マジかよ人間の仕事が減る!。
《NOBUNAGA部長の心中》案外名案かも。が俺は人間を使う立場だまだロボットは人間を完全には超えられていない・・・
【鈴木課長】「私は反対です。アシスタントの負担が逆に増えるおそれがあります。」
《伊藤の心中》鈴木課長と斎藤課長は相変わらずやり合ってるな~。俺はやりにくいんだよ。
【NOBUNAGA部長】「太道常務からこの件について早急に施策をまとめるよう言われている。遅くとも今月中に。よって結論を急ぐ。斎藤資料来週頭な。」
【斎藤課長】「はい。」
【NOBUNAGA部長】「今日の会議は以上だ。」
その日の夜
《鈴木の独り言》「斎藤のやつ簡易型AIの導入だぁ・・・冗談じゃねぇアシスタントの負担が増えるし考えによっては人間の仕事がそのうちAIにとって代わられるっつ~の(怒り)。」
「女将、事務の仕事をAIが乗っ取るっていうんですよどう思います・・・」
「アシスタントの人がクビを切られるわけじゃないんでしょ~」
「クビにはならない。」
「じゃあ斎藤さんの言うことにも一理あるんじゃないですか?」
「今はクビにはならなくてもそのうち人間の仕事はなくなるよ~。」
「大丈夫よ~、鈴木さんが働いてる間は。まぁその先は分からないけど・・・」
「俺の娘が働くころには?」
「なくなってるかもしれないわね~・・・」
「女将~簡単に言うなぁ~俺にとっては大事な問題なんだぁ~(ほろ酔い)」
「でもあなたの娘さんがバリバリ働いてるころには別の仕事が生まれてるわよ。」
「そう?」
「そうよ。」
課長の鈴木には12歳と10歳になる娘がいる。31歳で結婚し今は2児の父である。
「女将はいいなぁ~子供とかいないから将来のこと気にしなくていいじゃん。」
「確かに。」
「でも、独身には独身の悩みがあるの。」
「この店のこととか、よぼよぼになったとき誰に面倒みてもらう~とか。」
「山茶花は大丈夫でしょ~なぁ伊藤?。」
「はい、とてもお洒落なお店ですし、素敵な女将さんととても美味しい料理、これだけそろえば絶対大丈夫です。」
「鈴木さんはいい部下をもったわね~。」
「伊藤さんも大変ねぇ~こんな飲んだくれの上司の部下で~。」
「いえいえ課長にはいつもよくして頂いていますから。」
《伊藤の心中》俺は銀シャリ屋でいい、あそこの飯は美味いし安いし量がある。ここの店は俺にはまだ早い。
「伊藤、お前この店まだ早いと思ってるだろ。」
「えっ!」
「そんなことはないぞ。俺もこういう店に初めて来たのはお前ぐらいの歳だった。太道常務に連れてきてもらったんだ。サラリーマンはゴルフ、麻雀、女将を大切にしないと出世できないと言ってな。」
「へ!そうだったんですね。勉強になります。」
伊藤はそう言ったものの、酔いつぶれた鈴木を見ながら内心まだこの店に来るのは早いと思っているのだった。そして気が重いとも感じていたが・・・
「伊藤さんなんか飲む?」
「いえ、大丈夫です。」
「お金のことなら心配ないわよ、鈴木さんに付けておくから。」
「でも~」
「大丈夫、大丈夫、あなたは鈴木さんの期待のかわいい部下だから。それにね私の言うことはこの人ちゃんと聞いてくれるの。」
「じゃあおすすめの焼酎と何かお摘みを。」
「物分かりがいい。それでいいのよ若いうちは。」
「あなた彼女は?」
「います。」
「そう、どんな娘なの?名前は?」
「唯っていいます。すごくのんびりしてて~ほっとします。」
「のろけてるわね~~。」
「いい娘なんだ~へぇ~」
「結婚しちゃえば。」
「けっ結婚!」
「考えてないの!」
「考えてはいるんですけど~・・・」
「いるんですけど何?」
「仕事が最近バタバタしてて。」
「関係ない。付き合ってどのくらい?」
「もうすぐ1年です。」
「1年かぁ~。結婚しちゃお~うん。もたもたしてたらチャンス逃しちゃうよ。」
「うそ、冗談よ、半分は。」
「でも半分は本当よ。結婚しちゃえ。」
「そのうち2人でおいで。ご馳走する。もちろんタダで。」
「ありがとうございます。そのうち2人で来ますね。」
「あのぅ課長は~?」
「大丈夫私が見とくから。」
夜10時半を少し過ぎたころ伊藤は鈴木を女将に任せ帰路についた。
一方鈴木のライバル斎藤も新橋のバーGrazieでのんでいたがこちらは1人飲みだ。人間大好きな鈴木と孤高の人斎藤は人間性がまるで違っている。当然合わない。
バーには数人の客とマスターがいて静かに時が流れている。
「ご注文は?」
「おすすめのものをくれ。」
「ビール、カクテル、ウイスキー、どのようなものが?」
「マスターに任せる。」
口数が少ない斎藤だが表情は会社にいるときより幾分和らいでいる。合理的でストイックな孤高の男斎藤も酒を飲んでいる時は少し人間味がにじむ。
「ジョニーウォーカーブラックラベル12年、オンザロック。」
「スコッチウイスキーといえばこれでしょ~。」
「豊な香りとコクの味わいをどうぞ。」
「ありがとう。」
「何かありましたか?」
「どうしてそう思う?」
「なんとなくです。いろんなお客さんを見ているせいでしょうか。」
「会社の会議でちょっとな。」
「・・・・・・」
「ゆっくりしていって下さい。」
マスターはあまりなにも言わず斎藤の傍を離れた。
斎藤は仕事が煮詰まるといつもここに来る。酒は出してくれるがあまり話かけてこないマスターを気に入っているのかもしれない。
《斎藤の心中》フー・・・
今日の会議はいろいろあったなぁ。鈴木のやつ相変わらず情の男だ。俺とは違うな。今の状況で他にどんな解決策があるんだ。
「2杯目いきますか?」
「ああ。」
「飲みたいものとかありますか?」
「任せる。」
「グレンフィディック12年水割り。」
「飲みやすい1杯です。」
「ありがとう。」
《斎藤の心中》いい酒だぁ。美味しい。至福の時だ。生き延びた。明日からまたいい仕事をする。
斎藤はそう自分自身に誓いを立て1人静かに帰路についた。
翌朝、早速斎藤はNOBUNAGA部長の指示に基づきJRSでの人員採用費用について調べた。
すると・・・
《斎藤の心中》高いなぁ~。思いついたものだけを計算しただけでもこれだけかかる。いつも採用に携わってるいるが、改めて調べるとやはり高い。この資料を来週の会議で提出してどう言われるか・・・
やはりこれは採用は控えた方がいい。
反対はされるだろうが俺は孤高の男だ。会社は情ではなく利益だ。俺が正しい。斎藤は1人ひそかにそんなことを思いながら仕事に没頭しついに運命の日は真近に迫った。